かーくんとゆーちゃん

秋月真鳥

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19.ゆーちゃんの過去

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 僕と寛は高校を卒業してからご家族用のマンションの一室を借りて、そこでシェアハウスをしている。部屋もたくさんあるし、キッチンも広いということで、寛も僕もそこに満足していた。

 シェアハウスのインターフォンが鳴ったので、何事かと見に行くと、見知らぬ女性が立っていた。
 マスクの下は綺麗にお化粧をしているのだろう。服も可愛すぎない綺麗めなシャツとスカート姿だ。

「どなたですか?」
『不動寺くんのお宅はここだって聞いたんですけど』

 寛の知り合いだろうか。
 深い縁のある子ならば、寛が専門学校時代からあのお店でアルバイトをしていて、今でも働き続けていることは知っているはずだ。
 寛を訪ねるならお店の方になるのだが、それを言っていいものか判断がつかない。

「ゆーちゃ……寛は仕事に行ってますよ」
『あなたは、不動寺くんの何なんですか?』

 んん?
 何だか問いかけに角があるような気がする。
 僕は警戒しつつ答える。

「ただの同居人です」
『同居人なんですよね? 不動寺くんに恋人ができても構わないんですよね?』
「それは、本人が望むなら」

 アセクシャルだと自分が気付いてから、僕は色んなことを調べた。アセクシャルのひとでも子どもが欲しくて結婚したり、自分で選択して身体の関係を持ったりするひともいないわけではない。
 誰もが僕と寛のようにずっと一緒にいる相手を見付けて暮らしているわけではないのだ。

 僕が答えると女性は去って行った。
 この後も僕はあの女性に会うような気がしていた。

 寛のお店に行くと案の定、あの女性が来ていた。
 目を合わせないように店内に入っていくと、じっと見つめられる。

「悪い、今満席で」
「相席いいですよ?」
「ソーシャルディスタンスのために相席はやってないんだ」

 女性に言われたけれど、寛は断っている。

「不動寺くんは何も話してくれないから、オトモダチとお話することにするわ」
「かーくん……楓に迷惑かけるんじゃない!」
「その言い方、やっぱり二人ってデキてるんじゃないの?」

 女性は苛々しているように見えた。
 僕はその理由が知りたかった。
 恋愛感情というものを僕は持ち合わせていないけれど、たくさんのロマンス小説を書いて来て恋愛感情を理解した気にはなっている。

 寛が分からないのなら、僕が助けに入るときなのかもしれない。

 透明な衝立を立ててもらって、席を遮って、僕は女性の前に座った。
 定食を食べる前にタロットクロスを広げて、タロットカードを混ぜていく。

 過去、現在、未来の三枚のカードで見る、スリーカードという簡単なスプレッドを使うつもりだった。

 タロットカードを混ぜている僕に女性は興味津々だ。

「占いができるの?」
「占いは統計学と心理学だと思ってるけど、その中で気付きを得ることがあるから。例えば、星座のラッキーカラーが黄色だって言われて黄色を身につけていたら、身に着けていないときには気付かない小さなラッキーに気付くかもしれないだろう」

 僕が話していると、女性は聞きながら頷く。

「スピリチュアルなことを言われるよりもずっと納得できるわ」

 僕は過去のカードを捲った。
 恋人の逆位置が出た。
 意味は、心地よさ。
 僕はそれをそのままに読んでしまう。

「あなたとゆーちゃんは恋人同士だったわけなんだ。でも理由があってその関係は崩れた」
「まぁ、見てたら分かるわよね。彼が専門学校時代に付き合っていて、それから他の相手とも付き合ったけど、どうしても彼が忘れられないの」

 俯きながら定食を箸で突いている女性の表情は真剣だ。
 それだけ寛がいい男で忘れられなかったというのは分かる。
 寛には僕もいけないと思いながらも、依存してしまうところがあるからだ。

 二枚目の現在のカードを捲る。
 ソードの十の逆位置が出た。
 意味は、岐路。
 悲恋に浸るという意味もある。

「悲恋に浸ってしまって、あなたは前に進めない状況なのか」
「どうしても不動寺くんのことが忘れられないのよ。キスもしなかったけど、それだけに綺麗な思い出で」

 三枚目の未来のカードを捲る。
 塔のカードの正位置が出た。
 意味は、破壊。
 恐ろしいイメージはあるが、塔のカードも正位置の場合にはショックを受けるが、その一撃でまた新しく進めるという意味がある。

「これからショックを受けそうなことがある。でも、そのおかげであなたは新しいステップに進めるかもしれない」

 僕が話していると、寛が定食を持って来たので、僕はタロットカードをポーチに入れてタロットクロスを丸めてバッグに入れた。
 今日の昼の定食は、鰆の西京漬けだった。
 甘い白味噌に漬けられた鰆が綺麗に焼けている。

 箸で身を崩すとほろりと崩れて、口に運べばご飯が進む。
 青さと豆腐のお吸い物も、小松菜の和え物も、お漬物も全て上品に仕上がっていた。

「今日の定食も素晴らしきかな」
「魚も悪くありませんな」
「川辺の一族にも声をかけた甲斐がありましたな」

 最近、寛の店には、化け猫に狐に白蛇に天狗に鬼の他に河童も来ていた。きゅうりの漬物をぽりぽりと食みながら、明らかに顔色が緑の男性が定食の余韻に浸っている。

 来るときも以前は一団で来ていたが、数が多くなったので、時間をずらすようになっていた。そのおかげで寛のお店は昼間もお客を回せて大繁盛している。

「夜もまた参ります」
「誠に美味しゅうございました」
「夜も期待しておりますよ」

 会計を済ませて一団が出て行くと、次の一団が入ってくる。
 寛はとても休めそうになかった。

 寛が反応してくれないので女性も不満なのだろう。残り少ないご飯と西京漬けを突いて食べ終わらないようにしている。
 そのままお昼の時間が終わる三時近くまで客足は途絶えず、僕は女性と向き合って座っていた。

 やっと客足が途絶えて、閉店の札を出した寛が女性と僕の席に来る。
 女性はやっと残していたご飯と西京漬けを食べ終えた。

「店のことを教えたつもりはなかったけど」
「別れた頃に、尾行していったことがあったのよ。この店のことも、あのマンションに住んでることも、ずっと知ってた。通りがかるたびに、不動寺くんのことを考えてた」

 真剣な表情の女性に、寛が少し俯く。
 僕は口出しできない。
 寛は僕の方をちらりと見た。

「かーくん、本当のことを言ってもいいか?」
「ゆーちゃんが言いたいならいいよ」
「かーくんのことも……」
「構わないよ」

 真剣に他人と向き合いたい。
 寛がそう考えるのだったら、僕は寛がカミングアウトすることに賛成だ。僕のことも言ってもらって構わない。

「本当のことって何!? やっぱり、二人はそういう関係なの?」

 不安そうな顔の女性に、寛は口を開いた。

「俺とかーくんは、アセクシャルなんだ」
「アセクシャル?」

 なにそれ?
 分かっていない顔の女性に、寛が説明をする。

「恋愛をしない、恋愛感情を持たない、性欲もないタイプの人間なんだ。だから、付き合ってたときには、嘘を吐いてた。ごめん」

 頭を下げる寛は、付き合っていた頃に彼女に好きとか、愛してるとか言ったのかもしれない。その頃には寛も自分のセクシャリティというものをよく理解していなかったので、仕方がないことだろう。

「恋愛をしない……性欲もない……つまり、私が魅力的じゃなかったってことじゃないわけ?」
「そうなんだ。俺の方に問題があったんだ」

 呆然と立ち尽くす女性の表情が明るくなっていく気がする。

「初めてのときに、服を脱いで、一生懸命、シようとしたのに、できなかったのは、あれは、私が魅力がなかったわけじゃなかったのね」
「俺がまだ自分がアセクシャルだという自覚がなくて、それから調べて、自分のことを知ったんだ」

 ショックを受けてはいたが、女性の表情はそのショックを乗り越えて明るくなっている。

「ずっと心につかえていたのよ。他の誰とするときも、私には本当は魅力がなくて、無理やり付き合ってくれているだけ。溜まっているからしてるだけなんじゃないかって。そんなことなかったのね」

 女性は寛の手を握って喜んでいる。

「教えてくれてありがとう。ショックだったけど、知ることができてよかったわ。私、不動寺くんと同居人さんの生き方を応援しているから」
「許してくれるのか?」
「許すも何も、そういうセクシャリティだったってことでしょう? そういうことは生まれたときに決まってて、後から決められないことだもの。許すも何もないわ。ちょっと残念ではあったけど」

 付き合っていた時代に寛がついていた嘘も、女性は受け止めてくれていた。
 占いの通りになったようで僕は嬉しくなる。

「またお店にも来るわ。ありがとうございました」

 頭を下げて爽やかに女性は去って行った。
 女性が去った後の店内で、寛が僕を見る。

「かーくんのことまでカミングアウトしてごめん」
「気にしないで。いいひとでよかったね」
「そういうところが、好きなのかもしれないって思わせてくれたのかもしれないな」

 寛が唯一付き合った女性。
 彼女は過去を乗り越えて未来に向けて歩き出していた。
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