双子のカルテット

秋月真鳥

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四重奏

四重奏 朱 3

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 参観日には店を休んで薫と響が交代で、真朱と青藍のクラスに来て見てくれる。いいところを見せたくて手を上げて発表してみたりしたが、背が高くて異国の風貌の二人は保護者の中でも噂になっていた。

「若いお父さんね」
「知り合いの知り合いからの伝手で引き取ったんですよ」

 後ろの席なので、保護者同士の話が聞こえて、真朱が可愛くてたまらないという様子で話している薫の姿に、真朱もにやけてしまう。家族という形であれ、愛されていると知るのは、子どもにとっては何より嬉しいことだった。

「お兄さんの方はアルファなのよね」
「あの子はどうなのかしら」

 噂好きの保護者からバース性について、無遠慮に話されるのは嫌だったが、見るからに大人びて冷静で賢い青藍と真朱を比べれば、真朱がアルファでないように見えるのは仕方がないのかもしれない。
 事実は自分だけが知っていればいい。
 参観日の時間が終わって後ろに立っていた響に手を振って、真朱は残りの授業に向かったが、良く絡んでくる同級生の男の子が休み時間に声をかけてきた。

「おまえのぎりのとうちゃんたち、アルファなんだろ。おまえ、そのためにひきとられたんじゃないか?」

 本当はオメガなのにアルファと勘違いされる、体格も容貌も優れた二人の慰み者になるために、真朱が引き取られたという勘繰りは、さすがに許せるものではなかった。

「かおるさんとひびきさんは、そんなげすやない。そういうことばっかりかんがえてるから、テストのてんがわるいんやないか?」
「なんだと、オメガのくせに!」

 取っ組み合いの喧嘩になると、背は伸びたが痩せている真朱は不利になる。殴られるときにどこを庇えばいいかなど、余計な知識はあったので、両腕で頭を庇って身を縮めていると、クラスの先生が止めに入ってくれた。

「喧嘩の原因はなんだったの?」
「こいつが、いきなりなぐりかかってきたんです」
「ちゃうわ! うちのかおるさんとひびきさんを……」

 どんな風に同級生が貶めたのか口に出してしまえば、バース性の話になるかもしれない。薫や響はバース性を明らかにしていないし、二人がオメガだと分かって、真朱と青藍がアルファだと分かったら、もっと嫌な勘繰りをされるのではないだろうか。
 口ごもった真朱をいいことに、同級生は完全に真朱を悪者に仕立て上げた。
 いつも絡んでくるだの、養い親がアルファなのを自慢してくるとか、自分がアルファであることを笠に着てやっていたことを全て真朱に擦り付ける同級生に、先生は冷静だった。
 他の先生を呼んで、真朱と同級生を別々の部屋で話を聞く。

「あの子はああ言ってたけど、先生は普段真朱くんが教室であの子に色々言われてるのも見てるし、他の子からも話は聞いてるよ。本当のことを話していいからね」

 その物言いが響に似ているような気がして、叔母を筆頭に大人はあまり信用できないと思っていたが、真朱はぽそぽそと話し始めた。

「おれをやしなってくれてるひとを、わるくいわれたんです。でも、オメガやらアルファやらやたらとそういうはなしをしてきて……そういうことはだいじなはなしやから、おとなにならなしたらあかんもんやとおもってて」

 つたない言葉で一生懸命説明をすれば、先生は「真朱くんの保護者さんは立派なんだね」と言ってくれた。

「喧嘩の件に関しては保護者に話をしないわけにはいかないけど、どちらの話も聞いて、これまでのことも交えてになるから、真朱くんが悪者になることはないよ」
「これまでのこと、はなさなあかんのですか?」

 心配をかけまいと、真朱は同級生に絡まれていたことを、薫にも響にも伝えていない。同じ学校の青藍は気付いているが、真朱が黙っていることをわざわざ明かしたりしない。

「喧嘩をした理由を、保護者の方も知っていた方が安心だからね」

 先生に言われて、教室から出ると青藍が廊下で待っていてくれた。参観日の後だから、給食を食べたらすぐ帰るはずだったのに、トラブルで遅くなってしまったことを、青藍は周囲から聞いていたのか、特に真朱には何も言わなかった。
 家に帰ってお店に声をかけると響は作業中のようで、薫が出てきてくれて住居部分の鍵を開けてくれた。

「随分と遅かったですね。なにかありましたか?」
「そのことなんやけど、かおるさん、はなしがあるんやけど」

 集中して仕事をする響の邪魔はできないから、先に話しておこうと、荷物を部屋に置いてリビングに戻ると、薫がよく冷えたフルーツティーを冷蔵庫から出して、青藍の分もグラスに注いで準備してくれていた。一口飲むと、口の中に広がる甘酸っぱさと、冷たさが心地よく、真朱は自分が喉が渇いていたことを知る。
 どんな風に薫と響に説明しようか悩んでいたせいで、喉が渇いている自覚がなかったのに、薫はきちんと真朱を見て、その体調に気を配ってくれていた。こんなに細やかで愛情深いひとを侮辱されたのは、やはり許せない。

「まえから、おれのことオメガとかんちがいして、からんでくるどうきゅうせいがおったんや……そいつが、かおるさんとひびきさんのことひどくいうたから、なぐりかかってしもた」
「私たちの名誉を守って下さったんですね」
「そいつ、まそほのこと、だくとか、ませたこといいよったで」

 口を挟んだ青藍に、そういう性的なことは具体的には分からないが、大人になってからするものだと響と薫に教えられていた。真朱に関しては、薫に夢中だったし、薫としかそういうことを考えたことはないが、薫はその話を重く受け止めたようだった。

「響にばれたら物凄く怒られるので、内緒にしてくれますか?」
「かおるさんが、そういうなら」
「な、なんや?」

 薫の言葉は絶対の真朱と、戸惑う青藍に、薫は声を潜めて教えてくれた。

「真朱さんも、青藍さんも、アルファですがまだ小さいし、性的なトラブルに巻き込まれないとも限りません。それに、大きくなってから大事なひとができたときに、どうしてもそのひとや自分の身を守らなければいけないことがあるでしょう」

 遊びで付き合っていたアルファから寝物語に聞いた、アルファが身を守るための方法。それを薫は伝授してくれると言った。ただし、響は薫の過去の付き合いをよく思っていないので、絶対に言ってはいけないということと、アルファ同士の縄張り争いのときに使う方法で、オメガやベータには刺激が強すぎるので絶対にしてはいけない、特にオメガには同意なく支配的な行動はとってはいけないという条件付きだった。

「それやったら、ひびきさんのことも、まもれるかもしれへん……わかった、ないしょにする」

 響に言えないことができるというのに青藍は抵抗があったようだが、当の響の身が守れる可能性があることを知れば、あっさりと手の平を返した。

「やることは、凄く簡単だけど、簡単だからこそ、コントロールしないといけないことなんです」
「どうすれば?」
「睨むんです」

 腹の底から湧き出る怒りや憎しみを込めて、相手を睨み付ける。それが一番の牽制になるのだと薫は教えてくれた。そのときの感情によって、アルファは支配的なオーラを出すことができる。薫のような特殊なオメガにならばともかく、それ以外の相手には、そのオーラは非常に有効だというのだ。

「アルファとして成熟していくにつれて、そういうオーラのコントロールができるようになって、自分の守りたいオメガを包み込んだりもできるようですが、今の真朱さんや青藍さんの年代で、それができる子はいないと思います」
 それを習得してしまえば、襲われそうになっても相手を退けるくらいのことはできるし、意中のオメガが発情期になったときに、周囲から守ることもできる。
「おれにできるかわからへんけど、やってみるわ」

 こくりと素直に真朱は頷き、青藍の方は考えることがあったようで黙り込んだ。
 夕食の準備をしているときに小学校から連絡が入って、響と薫は、真朱の担任の先生から今日の喧嘩のあらましを聞いていた。仕事が終わってから薫から先に話を聞いていた響も、落ち着いて話を聞いた。

「飛びかかったのは良くないけど、ずっと嫌がらせをされてたなんて、僕、聞いてないからね。青藍くんはそんなことない?」
「おれは、みるからにアルファとおもわれてるから、ぎゃくにこわがられてるわ」
「モテそうですよね」
「いらんわ、そんなん」

 心底嫌そうな顔の青藍は、クラスでは薫の言う通りにモテているのを真朱は知っているが、それを言うと怒られそうなので口に出さなかった。

「次からは困ったことがあったら、相談してね」
「男の子ですし、秘密にしておきたいこと、言えないこともあると思います。でも、私たちは家族ですから、どうにもならなくなる前に、話してくださいね」
「薫ちゃん、そんな、内緒推奨みたいなこと言わないでよ」
「男の子が何も秘密がなく育つ方がおかしいですよ。響には覚悟が足りません」

 言い合う響と薫の双子に、青藍がそっと響に近付いて行った。

「ひびきさん、もしかして、ヒート?」
「え? 匂わないと思ったけど、匂う?」
「ちょうしよくなさそうやし、しごとばにこもってはるから。むりせんといてね」

 発情期ヒートの時期は、フェロモンが漏れない体質とはいえ、快感を求めてしまうオメガの性があるためか、響は仕事の時間を長くして仕事場にこもることが多い。それに真朱も気付いていたが、響からする僅かな甘い香りが強くなった気はしなかった。

「せいちゃんはわかるんか?」
「あまいかおり、せぇへん? おれだけなんかな……ひびきさん、うんめいなんかな」

 食後の片づけを薫が請け負って、響は部屋で休んでいる間に真朱と話す青藍は、浮かれているようだった。

「おれも、かおるさんとうんめいやもん」

 普段から甘い香りを薫に感じている真朱は、絶対そうだと信じて疑わなかった。
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