双子のカルテット

秋月真鳥

文字の大きさ
10 / 29
四重奏

四重奏 朱 4

しおりを挟む
 いい子だ、優しい子だ、と薫と響は褒めてくれることもあるし、やったことに対してお礼も言ってくれる。悪いことをしたら、そのことについては叱られるけれど、ご飯を食べさせてもらえなかったり、定規で叩かれたり、外に立たされたりするような理不尽なことはなく、「以後は気を付ける」ということで話は終わる。

「おれはかおるさんもひびきさんも、だいすきやから、きらわれるようなことはせぇへんけど、おれがいいこやなかったら、かおるさんとひびきさんは、おれのこときらいになる?」

 喧嘩をしてしまって家に連絡が来た日から、真朱が気になっていたのはそのことだった。積極的に真朱から仕掛ける気はなかったが、また同級生が薫と響のことを持ち出して嫌がらせをしてくれば、真朱は喧嘩をしない自信はなかった。

「僕は真朱くんも青藍くんも大事な家族だし、もう大好きだから嫌いになることはないよ」
「良い子じゃないって言っても、ひとに迷惑をかけるようなこと……例えば、精神的にも肉体的にも傷付けるようなことをしなければ、多少のやんちゃは受け止める気でいますよ」

 それが男の子を育てるということでしょう。
 余裕の顔の薫に、青藍が「たとえば?」と確認すると細かく説明してくれる。

「故意じゃなく物を壊してしまったとか、服を汚してしまったとか、服を破ってしまったとか、遊びに集中しすぎて帰る時間が遅くなったとか、買い食いをしてしまって晩御飯が食べられなくなったとかは、お説教の対象ではありますが、嫌いになるとかそんなことはありません」
「自分の身を守るために他人を傷付けてしまうのは、自己防衛だしね」

 響も言葉を添えてくれて、真朱はほっとする。

「あいつがまたへんなこというてきたら、おれは、けんかしてまうかもしれへん」
「そのときは、私たちが学校に行って話をしましょうね」
「必ず相談してね」

 心強い保護者の言葉に安心して、真朱はまた小学校に通い始めた。先生と親から怒られたのか、同級生はしばらくは真朱にちょっかいをかけてこなかったが、完全に真朱も無視していると、面白くないようで、真朱に聞こえるように他の同級生に大声で話をする。

「アルファのちのつながってないやつに、ひきとられたって、よめにするためじゃないのか」

 本当は薫と響がオメガで、真朱がアルファなのだが、嫌みのはずのその台詞に、薫のお嫁さんになる自分を想像して、真朱はときめいてしまった。大人の色気のある薫が、真朱をお嫁さんにして結婚してくれる。結局のところ、真朱は薫が好きで好きでたまらないから、お婿さんでもお嫁さんでも、結婚出来れば構わないのだ。
 ぽぅっと頬を赤らめた真朱に、同級生はますます面白くなかったらしい。

「どうせ、オメガなんて、めかけにしかなれないだろうけどな」

 手籠めにされるとかなんとか勝手なことを言うその同級生のせいで、聞かされている子たちも嫌な雰囲気になっていることに彼は気付いていない。どうすればいいのか考えて、思い出したのが、薫から伝授された方法だった。
 うるさいから黙れ!
 その気持ちを込めてべらべらと喋り続ける同級生を睨み付けると、さぁっと顔色が悪くなった。ガタガタと震えて黙り込んでしまった彼の様子に、真朱はようやく気付いた。
 アルファという性に、きっと幼い男の子は憧れを持つ。それで、アルファであるかのように振舞って見せる。けれど、その同級生はアルファではなく、恐らくは一番数の多いベータだ。

「あかん、ベータにしたらダメやっていわれてた」

 気付いたのは後の祭りで、同級生は体調を崩してその日は早退して行った。家に帰って、正直に薫に全部話して、真朱はお説教を食らう覚悟をしていた。

「じぶんのことアルファやっていってたから、しんじてしもうて……かおるさんはしたらあかんっていうたのに、ごめんなさい」
「自業自得ですよね」
「へ?」

 てっきり怒られると思っていたのに、薫の反応はとてもドライなもので、真朱は驚いてしまった。

「その年のうちに、性を偽るということがどういう意味を持つのか、性という生まれながらに変えられないものでひとを差別しようとしたらどんなことになるのか、いい勉強になったと思いますよ。あ、響には内緒にしましょうね」
「は、はい」

 自分たちには優しく包み込んでくれるような薫だが、他の相手には意外とドライなのが分かっても、それが却って特別扱いをされているようで、真朱には嬉しかった。
 夜になって二段ベッドで眠る準備をしながら、青藍に薫から言われたことを話したら、青藍はずっと考えていたことがあったようで、打ち明けられた。

「まえに、かおるさんをねらってきて、ひびきさんにまでてをだそうとした、へんたいアルファがおったやろ」
「おったな。ぜったいゆるせへん」
「おきゃくさんとしてかよってきたら、かおるさんも、ひびきさんも、あいつをおいかえしたりむげにできへん」

 相手は大人の成熟したアルファだから、青藍一人、真朱一人では勝てないかもしれないが、二人のアルファを相手にしたら、怯むかもしれないと、薫からアルファに対する撃退法を伝授されてから、青藍はずっと考えていた。

「ひびきさんのうなじに、じょうだんでもかみつこうやなんて、ゆるされへん」

 番になるとか、アルファとオメガが結ばれるとか、そういうことは、アルファの方が社会的地位が高いので、オメガの意志を無視されることが過去はあったし、今でもないわけではない。けれど、法律上ではアルファもオメガも平等だし、フェロモンを抑える薬の開発も盛んなので、この国では無理やり番にするなど時代錯誤も甚だしい。

「けっこんは、ふたりのどういがひつようやって、がっこうでいうてた」
「せやで。あのかんちがいアルファにおもいしらせたろ」

 計画は密やかに練られていた。
 嫌な客でも仕事には手を抜けない。むしろ、嫌な客ほど相手が満足するものを仕上げなければ、店の評判を落とすようなことをしてくる。明らかに薫目当てで何着もスーツを仕立てようとするそのアルファは、金づるとしては優秀だが、店で採寸や試着用の鏡張りの個室に薫を連れ込もうとしたり、薫に接触して来ようとするのは、響も心配して、何度かは青藍と真朱を使って、個室に入り込ませたりしていた。

「なんか、ちょっとさむけがして、あたまがいたいかもしらへん」
「風邪かな? 熱はないけど、引き始めかもしれない」

 仮病を使った真朱に、体温計で熱を測った響が、熱がないのを確かめて不思議そうにしているが、ここぞとばかりに真朱は心細い年相応の顔をした。

「ひとりでねとるの、さびしい……」
「体調が悪いと不安になりますよね……青藍さんが一緒でも、寂しいですか? 困りましたね、今日はお客様の予約が入ってて、店が空けられないんですよね」
「せいちゃんと、かおるさんといっしょにおりたい」
「おれも、うちにひとりはいややなぁ」

 迫真の寂しい子どもの演技に薫も響も騙されてくれて、お店のソファに真朱を毛布に包んで、青藍はその隣りで宿題ができるようにして、二人が寂しくないようにしてくれた。薫と響の優しさを利用するのは心苦しかったが、真朱と青藍はソファでお互いに親指を立て合った。
 しばらくして、予約の時間より少し早く、店のドアが開いた。軽い木のドアベルが鳴って、入ってきた若いアルファの男性は、わき目もふらず薫のところに直行する。

「カオル、君との約束の日がどれほど待ち遠しかったか。会いたかったよ」
「私との約束ではなく、仮縫いの日ですね」

 手を握ろうとする男性を軽く避ける薫に、響が二階の作業室から出てくる。

「仮縫いが仕上がっておりますので、個室の方へどうぞ」
「君は、カオルと少し雰囲気が似ているね」

 腰を抱こうとする手を振り払った響に、青藍の表情がぴしりと不快に歪んだのを真朱は気付いた。このまま二人きりで個室に入ってしまえば、響の方が危ないかもしれない。

「いまや」

 小さくかけられた声に、真朱は毛布を巻き付けたまま体を起こした。
 赤茶色の真朱の目と、真っ黒の青藍の目が、アルファの男性を捉える。
 かおるさんにへんなことしなや!
 おれのだいじなひびきさんに、さわるな!
 強い意志を持って睨みつけられて、びくりと震えたアルファが、店の奥のソファに座っていた真朱と青藍を見た。

「あ……いや、な、なにも、しないよ。私は紳士だから、うん、当然だよ」

 勝った。
 二人は思わず拳を握り合っていたが、それを響と薫に見られていないわけがない。アルファが帰った後で、響がじとりと薫を睨んでいた。

「二人に悪知恵付けさせたの、薫ちゃんでしょ?」

 不機嫌面の響とは対照的に、薫はお腹を抱えて爆笑している。

「ひー! おかしい。まさか、こんなことするなんて……青藍さんも真朱さんも、いけない子ですね」
「薫ちゃん、それ、全然叱ってないからね!」
「だって、いい気味だったんですもの。私だけならともかく、響にまで手を出そうとしてたんですよ。小学一年生のアルファ二人に撃退されたとか、恥ずかしくて言えないし、もう勃たないかも」
「薫ちゃん、そういう下品なこと、子どもの前で言わないで!」

 怒られるかと思っていたが、薫はよくやったと真朱と青藍を褒めてくれた気がした。よほどあのアルファが響にまで秋波を送っていたことが許せなかったのだろう。

「それで、体調は良くなりましたか?」

 仮病すらも見抜かれた気がして、真朱は素直に「ごめんなさい」と謝った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ 門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。 何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。 今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。 治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

【完結済】キズモノオメガの幸せの見つけ方~番のいる俺がアイツを愛することなんて許されない~

つきよの
BL
●ハッピーエンド● 「勇利先輩……?」  俺、勇利渉は、真冬に照明と暖房も消されたオフィスで、コートを着たままノートパソコンに向かっていた。  だが、突然背後から名前を呼ばれて後ろを振り向くと、声の主である人物の存在に思わず驚き、心臓が跳ね上がった。 (どうして……)  声が出ないほど驚いたのは、今日はまだ、そこにいるはずのない人物が立っていたからだった。 「東谷……」  俺の目に映し出されたのは、俺が初めて新人研修を担当した後輩、東谷晧だった。  背が高く、ネイビーより少し明るい色の細身スーツ。  落ち着いたブラウンカラーの髪色は、目鼻立ちの整った顔を引き立たせる。  誰もが目を惹くルックスは、最後に会った三年前となんら変わっていなかった。  そう、最後に過ごしたあの夜から、空白の三年間なんてなかったかのように。 番になればラット化を抑えられる そんな一方的な理由で番にさせられたオメガ しかし、アルファだと偽って生きていくには 関係を続けることが必要で…… そんな中、心から愛する人と出会うも 自分には噛み痕が…… 愛したいのに愛することは許されない 社会人オメガバース あの日から三年ぶりに会うアイツは… 敬語後輩α × 首元に噛み痕が残るΩ

今からレンタルアルファシステムを利用します

夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。 ◆完結済みです。ありがとうございました。 ◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!

箱入りオメガの受難

おもちDX
BL
社会人の瑠璃は突然の発情期を知らないアルファの男と過ごしてしまう。記憶にないが瑠璃は大学生の地味系男子、琥珀と致してしまったらしい。 元の生活に戻ろうとするも、琥珀はストーカーのように付きまといだし、なぜか瑠璃はだんだん絆されていってしまう。 ある日瑠璃は、発情期を見知らぬイケメンと過ごす夢を見て混乱に陥る。これはあの日の記憶?知らない相手は誰? 不器用なアルファとオメガのドタバタ勘違いラブストーリー。 現代オメガバース ※R要素は限りなく薄いです。 この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。ありがたいことに、グローバルコミック賞をいただきました。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...