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二章 ノメンゼン子爵の断罪
5.ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日のお茶会
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お茶会当日、わたくしとクリスタ嬢はいつものように早く起きて部屋で両親と朝食を食べた。朝食はパンと卵とサラダとフルーツの簡単なもので、ディッペル公爵家で食べているものと変わりなかった。
食後にお茶を飲みながら、わたくしとクリスタ嬢は両親に聞く。
「式典はどうでしたか?」
「おいしいものをたべましたか?」
興味津々のわたくしとクリスタ嬢に両親は答えてくれた。
「晩餐会はとても豪華でしたよ」
「時間がかかったから、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は眠そうだったね」
「晩餐会が終わったのが十時を超えていましたからね」
晩餐会は八時過ぎに始まって十時過ぎまで行われたという。
わたくしもクリスタ嬢も九時には眠くなってしまうので、とても参加できなかった。昨日の晩餐会には子どもが参加しなかったのはそういう理由だったのだ。
この国の夕食の時間としては遅いわけではないのだが、子どもの夕食の時間には遅すぎる。夕食の時間が遅いから途中でお腹が空くのでお茶の時間が設けられているのだ。
「肉も魚も最高のものを用意されていたと思うよ」
「付け合わせのジャガイモも美味しく調理されていましたわ」
そうなのだ。
この国では結構な料理にジャガイモが使われている。それはこの国の特徴なのかもしれない。
揚げたジャガイモやマッシュしたジャガイモ、茹でたジャガイモ、煮たジャガイモ、油多めでパリパリに焼いたジャガイモなどはわたくしも大好きだった。
麦が取れない時期があって、その大飢饉を救ったのがジャガイモだとリップマン先生からわたくしとクリスタ嬢は習っていた。
「わたくしもたべたかったです」
「クリスタ嬢は部屋でわたくしと美味しい夕食を食べたではありませんか」
「しきてんのばんさんも、きになります」
口の端から涎を垂らしそうなクリスタ嬢はすっかりと食いしん坊に育っている。食事を碌にとれていなかった時期を考えると、クリスタ嬢が食べたいものを食べたいと言えるのは成長しているともいえるのでわたくしは微笑ましく見守っていた。
昼食の前にわたくしは両親にお願いした。
「クリスタ嬢が庭を探検してみたいと言っていたのです。庭を歩いてはいけませんか?」
「わたくし、おうきゅうのにわをみてみたいの」
「お茶の時間まではもう少しありますね。一緒に庭に行きますか?」
「王宮の庭では蘭の花が栽培されている。この時期に咲いているものは少ないが、見に行ってみるかな?」
「蘭の花!」
「みたいです」
オルヒデー帝国と呼ばれていて、蘭の花を紋章に取り入れているこの国の王宮の庭では蘭が栽培されていた。
花を見るのはわたくしもクリスタ嬢も好きなのでわたくしもクリスタ嬢も楽しみにしていた。
よそ行きのワンピースを着て帽子を被って庭に出ると、ピンク色のライラックの花が咲いている。
「これはライラックですよね。春に咲くのではないですか?」
「ライラックは春と夏から秋にかけてと、二回咲く種類があるのですよ」
「このおはな、ライラック。とてもきれい」
「クリスタ嬢によく見えるように抱っこしようか?」
「おじうえ、ありがとうございます」
低木になっていてわたくしとクリスタ嬢の頭上に咲いているライラックを、父がクリスタ嬢を抱き上げて見せてあげている。わたくしよりも背の低いクリスタ嬢は遠くてよく見えなかっただろう。
花に手を伸ばすクリスタ嬢を母がやんわりと窘める。
「王宮の花は手折ってはなりませんよ。王宮の庭師が完璧に管理しているので」
「はい、おりません」
手を引っ込めてクリスタ嬢は素直に従っていた。
白い胡蝶蘭が咲いている花壇に行くと、クリスタ嬢が身を乗り出す。花壇の中に入らないように母が素早くクリスタ嬢の体を支えていた。
八重咲のふわふわした花弁の白とピンクの花を見付けて、クリスタ嬢とわたくしは顔を見合わせた。この花の名前をわたくしもクリスタ嬢も知らなかった。
「お母様、この花は何と言うのですか?」
「ペチュニアですね。オーキッドミストという種類で、蘭の名前がついているので植えてあるのでしょう」
「ペチュニア、きれいだけど……おばうえ、ここ、おはながなくなってない?」
クリスタ嬢が指さした先には花がなくなっている場所があった。王宮の庭師はこんな風に花を不自然に切らないだろうから、誰かが摘んでいったのだろうか。
王宮の庭の花を摘んだとなるとお叱りを受けてもおかしくはない。
「誰が摘んで行ったのでしょう?」
「分かりませんね。一応、庭師には伝えておきましょう」
母が王宮の庭師を呼んでペチュニアの花が荒らされていたことを伝えていた。
お茶の時間になって大広間に行くとハインリヒ殿下とノルベルト殿下は護衛の騎士に付き添われて大広間の中央で挨拶をしていた。
「本日は僕たちの誕生日におこしくださってありがとうございます」
「こんごとも、あにともども、よろしくおねがいします」
ノルベルト殿下は今日のために勉強したのか、喋り方が以前よりも流暢になっている気がする。ハインリヒ殿下はクリスタ嬢とあまり変わらない気がするが、喋りは女の子の方が早いというので一歳しか年の違わないハインリヒ殿下とクリスタ嬢が変わらなくてもおかしくはないのだろう。
わたくしとクリスタ嬢は髪にハインリヒ殿下から頂いた牡丹の造花の髪飾りを着けていた。わたくしの牡丹の色が淡い紫で、クリスタ嬢の牡丹の色が淡いピンクだ。
牡丹の造花の髪飾りもクリスタ嬢の白い肌と金色の髪によく似合っていて可愛かった。
「おねえさま、のどがかわいちゃった。あっちにあるケーキもきになるわ」
「クリスタ嬢、まずはハインリヒ殿下とノルベルト殿下にご挨拶に行きましょうね」
「はーい」
わたくしに言われたので紅茶とケーキを我慢してクリスタ嬢は会場の真ん中のハインリヒ殿下とノルベルト殿下のところに行く。わたくしはハインリヒ殿下とノルベルト殿下の前で頭を下げた。
「お誕生日おめでとうございます。こんな素晴らしい日にお招きくださって大変光栄です」
「おたんじょうびおめでとうございます。おまねきくださってありがとうございます」
わたくしとクリスタ嬢で挨拶をすると、ハインリヒ殿下がわたくしとクリスタ嬢の髪に飾られている牡丹を見て目を輝かせている。
「わたしがおくったはなをつけてくれているのですね。とてもうれしいです」
「ようこそ僕たちの誕生日におこしくださいました。こちらこそ、ありがとうございます」
「あにうえ、クリスタじょうがわたしがえらんだかみかざりをつけてくれているよ」
大きな声で喜んでいるハインリヒ殿下は子どもの無邪気さなのだろうが、それを利用されないかが心配だ。ハインリヒ殿下はこの場でクリスタ嬢に好意を持っていると周囲に知らしめてしまったのだ。
「あの髪飾り、ハインリヒ殿下が差し上げたものなのですね」
「ディッペル公爵家御令嬢の付けている髪飾りは、ノルベルト殿下の目の色ではありませんか」
「ハインリヒ殿下が選んだのでしょうか?」
ひそひそと声が聞こえて来てわたくしが早いところこの場を離れなければいけないと考えていると、ノルベルト殿下が顔を赤くしてわたくしに言った。
「クリスタ嬢の髪飾りはハインリヒが選びましたが、エリザベート嬢の髪飾りは僕が選びました」
ノルベルト殿下がわたくしの髪飾りを選んでいた。
色もノルベルト殿下の菫色の瞳を思わせる淡い紫色だ。
そんな色を身に着けているとわたくしとノルベルト殿下の仲を勘繰るようなものも出始めるのではないか。
警戒していると、ノルベルト殿下が護衛の騎士に持たせていた花をわたくしに差し出す。
「あの……これ……」
顔を赤くしてそれ以上何も言わないで花を突き出しているノルベルト殿下に、わたくしは嫌な予感を隠せなかった。
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではエリザベート、つまりわたくしは悪役でノルベルト殿下と恋仲になったりしない。これは物語にないよくないルートを作ってしまったのではないだろうか。
しかも、突き出されている花はペチュニアで、ノルベルト殿下は庭からそれを摘んできたに違いない。
わたくしは素早く申し訳なさそうな顔を作った。
「お気持ちは嬉しいのですが、ノルベルト殿下が叱られるようなことがあってはいけません。お受け取りできませんわ」
庭の花を勝手に摘んだとあれば、国王陛下の息子のノルベルト殿下でもお叱りは免れないだろう。その花を返して謝った方がいいのではないかという雰囲気を出しつつ、わたくしは無事に花を断ることができた。
「おねえさま、おちゃをのんでもいいでしょう」
「そうですね。せっかくケーキも用意されていますから、いただきましょうか。ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、失礼いたしますね」
わたくしはクリスタ嬢の手を引いてその場から立ち去ったのだった。
食後にお茶を飲みながら、わたくしとクリスタ嬢は両親に聞く。
「式典はどうでしたか?」
「おいしいものをたべましたか?」
興味津々のわたくしとクリスタ嬢に両親は答えてくれた。
「晩餐会はとても豪華でしたよ」
「時間がかかったから、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は眠そうだったね」
「晩餐会が終わったのが十時を超えていましたからね」
晩餐会は八時過ぎに始まって十時過ぎまで行われたという。
わたくしもクリスタ嬢も九時には眠くなってしまうので、とても参加できなかった。昨日の晩餐会には子どもが参加しなかったのはそういう理由だったのだ。
この国の夕食の時間としては遅いわけではないのだが、子どもの夕食の時間には遅すぎる。夕食の時間が遅いから途中でお腹が空くのでお茶の時間が設けられているのだ。
「肉も魚も最高のものを用意されていたと思うよ」
「付け合わせのジャガイモも美味しく調理されていましたわ」
そうなのだ。
この国では結構な料理にジャガイモが使われている。それはこの国の特徴なのかもしれない。
揚げたジャガイモやマッシュしたジャガイモ、茹でたジャガイモ、煮たジャガイモ、油多めでパリパリに焼いたジャガイモなどはわたくしも大好きだった。
麦が取れない時期があって、その大飢饉を救ったのがジャガイモだとリップマン先生からわたくしとクリスタ嬢は習っていた。
「わたくしもたべたかったです」
「クリスタ嬢は部屋でわたくしと美味しい夕食を食べたではありませんか」
「しきてんのばんさんも、きになります」
口の端から涎を垂らしそうなクリスタ嬢はすっかりと食いしん坊に育っている。食事を碌にとれていなかった時期を考えると、クリスタ嬢が食べたいものを食べたいと言えるのは成長しているともいえるのでわたくしは微笑ましく見守っていた。
昼食の前にわたくしは両親にお願いした。
「クリスタ嬢が庭を探検してみたいと言っていたのです。庭を歩いてはいけませんか?」
「わたくし、おうきゅうのにわをみてみたいの」
「お茶の時間まではもう少しありますね。一緒に庭に行きますか?」
「王宮の庭では蘭の花が栽培されている。この時期に咲いているものは少ないが、見に行ってみるかな?」
「蘭の花!」
「みたいです」
オルヒデー帝国と呼ばれていて、蘭の花を紋章に取り入れているこの国の王宮の庭では蘭が栽培されていた。
花を見るのはわたくしもクリスタ嬢も好きなのでわたくしもクリスタ嬢も楽しみにしていた。
よそ行きのワンピースを着て帽子を被って庭に出ると、ピンク色のライラックの花が咲いている。
「これはライラックですよね。春に咲くのではないですか?」
「ライラックは春と夏から秋にかけてと、二回咲く種類があるのですよ」
「このおはな、ライラック。とてもきれい」
「クリスタ嬢によく見えるように抱っこしようか?」
「おじうえ、ありがとうございます」
低木になっていてわたくしとクリスタ嬢の頭上に咲いているライラックを、父がクリスタ嬢を抱き上げて見せてあげている。わたくしよりも背の低いクリスタ嬢は遠くてよく見えなかっただろう。
花に手を伸ばすクリスタ嬢を母がやんわりと窘める。
「王宮の花は手折ってはなりませんよ。王宮の庭師が完璧に管理しているので」
「はい、おりません」
手を引っ込めてクリスタ嬢は素直に従っていた。
白い胡蝶蘭が咲いている花壇に行くと、クリスタ嬢が身を乗り出す。花壇の中に入らないように母が素早くクリスタ嬢の体を支えていた。
八重咲のふわふわした花弁の白とピンクの花を見付けて、クリスタ嬢とわたくしは顔を見合わせた。この花の名前をわたくしもクリスタ嬢も知らなかった。
「お母様、この花は何と言うのですか?」
「ペチュニアですね。オーキッドミストという種類で、蘭の名前がついているので植えてあるのでしょう」
「ペチュニア、きれいだけど……おばうえ、ここ、おはながなくなってない?」
クリスタ嬢が指さした先には花がなくなっている場所があった。王宮の庭師はこんな風に花を不自然に切らないだろうから、誰かが摘んでいったのだろうか。
王宮の庭の花を摘んだとなるとお叱りを受けてもおかしくはない。
「誰が摘んで行ったのでしょう?」
「分かりませんね。一応、庭師には伝えておきましょう」
母が王宮の庭師を呼んでペチュニアの花が荒らされていたことを伝えていた。
お茶の時間になって大広間に行くとハインリヒ殿下とノルベルト殿下は護衛の騎士に付き添われて大広間の中央で挨拶をしていた。
「本日は僕たちの誕生日におこしくださってありがとうございます」
「こんごとも、あにともども、よろしくおねがいします」
ノルベルト殿下は今日のために勉強したのか、喋り方が以前よりも流暢になっている気がする。ハインリヒ殿下はクリスタ嬢とあまり変わらない気がするが、喋りは女の子の方が早いというので一歳しか年の違わないハインリヒ殿下とクリスタ嬢が変わらなくてもおかしくはないのだろう。
わたくしとクリスタ嬢は髪にハインリヒ殿下から頂いた牡丹の造花の髪飾りを着けていた。わたくしの牡丹の色が淡い紫で、クリスタ嬢の牡丹の色が淡いピンクだ。
牡丹の造花の髪飾りもクリスタ嬢の白い肌と金色の髪によく似合っていて可愛かった。
「おねえさま、のどがかわいちゃった。あっちにあるケーキもきになるわ」
「クリスタ嬢、まずはハインリヒ殿下とノルベルト殿下にご挨拶に行きましょうね」
「はーい」
わたくしに言われたので紅茶とケーキを我慢してクリスタ嬢は会場の真ん中のハインリヒ殿下とノルベルト殿下のところに行く。わたくしはハインリヒ殿下とノルベルト殿下の前で頭を下げた。
「お誕生日おめでとうございます。こんな素晴らしい日にお招きくださって大変光栄です」
「おたんじょうびおめでとうございます。おまねきくださってありがとうございます」
わたくしとクリスタ嬢で挨拶をすると、ハインリヒ殿下がわたくしとクリスタ嬢の髪に飾られている牡丹を見て目を輝かせている。
「わたしがおくったはなをつけてくれているのですね。とてもうれしいです」
「ようこそ僕たちの誕生日におこしくださいました。こちらこそ、ありがとうございます」
「あにうえ、クリスタじょうがわたしがえらんだかみかざりをつけてくれているよ」
大きな声で喜んでいるハインリヒ殿下は子どもの無邪気さなのだろうが、それを利用されないかが心配だ。ハインリヒ殿下はこの場でクリスタ嬢に好意を持っていると周囲に知らしめてしまったのだ。
「あの髪飾り、ハインリヒ殿下が差し上げたものなのですね」
「ディッペル公爵家御令嬢の付けている髪飾りは、ノルベルト殿下の目の色ではありませんか」
「ハインリヒ殿下が選んだのでしょうか?」
ひそひそと声が聞こえて来てわたくしが早いところこの場を離れなければいけないと考えていると、ノルベルト殿下が顔を赤くしてわたくしに言った。
「クリスタ嬢の髪飾りはハインリヒが選びましたが、エリザベート嬢の髪飾りは僕が選びました」
ノルベルト殿下がわたくしの髪飾りを選んでいた。
色もノルベルト殿下の菫色の瞳を思わせる淡い紫色だ。
そんな色を身に着けているとわたくしとノルベルト殿下の仲を勘繰るようなものも出始めるのではないか。
警戒していると、ノルベルト殿下が護衛の騎士に持たせていた花をわたくしに差し出す。
「あの……これ……」
顔を赤くしてそれ以上何も言わないで花を突き出しているノルベルト殿下に、わたくしは嫌な予感を隠せなかった。
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではエリザベート、つまりわたくしは悪役でノルベルト殿下と恋仲になったりしない。これは物語にないよくないルートを作ってしまったのではないだろうか。
しかも、突き出されている花はペチュニアで、ノルベルト殿下は庭からそれを摘んできたに違いない。
わたくしは素早く申し訳なさそうな顔を作った。
「お気持ちは嬉しいのですが、ノルベルト殿下が叱られるようなことがあってはいけません。お受け取りできませんわ」
庭の花を勝手に摘んだとあれば、国王陛下の息子のノルベルト殿下でもお叱りは免れないだろう。その花を返して謝った方がいいのではないかという雰囲気を出しつつ、わたくしは無事に花を断ることができた。
「おねえさま、おちゃをのんでもいいでしょう」
「そうですね。せっかくケーキも用意されていますから、いただきましょうか。ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、失礼いたしますね」
わたくしはクリスタ嬢の手を引いてその場から立ち去ったのだった。
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