エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
43 / 528
二章 ノメンゼン子爵の断罪

13.肖像画とダリアの花

しおりを挟む
 両親の元に戻ると、両親はキルヒマン侯爵夫妻と話していた。

「子どもが小さい頃はわたくしは余裕がなくて肖像画など描いてもらえなかったのですよ」
「今思えば後悔しています。子どもたちの可愛い時期を残しておけなくて」
「今からでも遅くないですわ、キルヒマン侯爵、侯爵夫人。ご家族で肖像画を描いていただいたらいいのではないでしょうか?」

 話は肖像画のことになっているようだ。
 キルヒマン侯爵夫妻には男の子が三人いる。一番上が父と同じ年で、二人目の年は分からないが、三人目のエクムント様が十八歳だ。そういう年頃になると家族で肖像画を描くのも恥ずかしがるのかもしれない。
 現代の記憶を思い出せば、十八歳といえば高校三年生で思春期の真っただ中だった。

 この世界では十八歳は成人として扱われるし、十分大人な気分になるのだが、前世の記憶を辿れば十八歳とは多感な思春期のイメージしかなかった。
 父は十九歳、母は十八歳で結婚しているはずなのである。わたくしも十八歳になったらエクムント様に申し込もうと思っている。
 キルヒマン侯爵家はディッペル公爵家と非常に友好な関係を築いているし、母が養子に行って公爵家に嫁いだのがキルヒマン侯爵家なので、非常に縁が深い。
 キルヒマン侯爵家との縁談ならば両親も許してくれる気がするのだが、現代の感覚も持ち合わせているわたくしとしては、十八歳のエクムント様が六歳のわたくしと婚約するのには抵抗があるので、婚約を言い出せずにいた。

 わたくしが成人してからならばエクムント様も婚約を断れないだろうし、わたくしも心置きなく結婚を申し込むことができる。それまでの十一年間、わたくしは耐えなければいけなかった。

「長男と次男は結婚しておりますし、今更肖像画を描いてもらうのは無理ですわ」
「ディッペル公爵も公爵夫人も、後悔のないようになさってください」
「そう言えば私とテレーゼの結婚の肖像画も描いていなかったですね」
「エリザベートが生まれたときにはわたくしが死にかけていて、それどころではなかったですし」
「一度、肖像画を描いてもらってもいいかもしれません」
「キルヒマン侯爵夫妻、いいことを教えてくださってありがとうございます」

 両親は肖像画を描く方向で心を決めたようだった。
 わたくしとクリスタ嬢に気付くと、膝を曲げて目線を合わせて来る。

「今日の格好で肖像画を描いてもらいましょうね」
「クリスタ嬢も一緒ですか?」
「もちろん、一緒だよ」

 クリスタ嬢も一緒だということに安心しつつ、原典の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではクリスタ嬢の肖像画など一度も出てこなかったことを思い出す。
 写真技術が確立されていないこの世界では、肖像画を描いて姿を残すのが普通だった。初代国王陛下の肖像画も王宮に飾られている。
 肖像画の絵描きたちは油絵で写真のような鮮明な絵を描くことができた。

「家族での初めての肖像画を描きますよ」
「しょうぞうが! おけしょうはしますか?」
「お化粧はしなくても、クリスタ嬢もエリザベートも充分可愛いよ」

 お化粧に興味津々のクリスタ嬢だが父に断られてしまってちょっとつまらなさそうな顔をしている。クリスタ嬢はわたくしのように前世があるわけでなく、普通の五歳児なのだから仕方がない。

「わたくしの口紅を貸してあげましょうか? 唇に少しだけ色をつけてみましょうか?」
「おねえさまも?」
「エリザベートにも口紅を貸してあげましょうね」

 口紅を付けていいとなると、何となく心が浮き立つのはわたくしも七歳の女の子だからかもしれなかった。
 パーティーが終わると、お客様たちをお見送りする。ノメンゼン子爵と子爵夫人とローザ嬢は先に帰っていたので、わたくしは心置きなく見送りに出ることができた。
 ハインリヒ殿下はクリスタ嬢の手を握って水色の目を見詰めている。

「きょうはわたしがさしあげたボタンのかみかざりをつけてくれてありがとうございました。またどこかのおちゃかいでおあいしましょう」
「きょうはたのしかったです。またいっしょにおちゃをしましょうね」

 五歳のクリスタ嬢と七歳のハインリヒ殿下が言い合っているのが可愛い。
 ノルベルト殿下はわたくしの方を見て、何か言いたそうにしていたが、わたくしはノルベルト殿下に頭を下げた。

「本日はお越しくださってありがとうございました。ノルベルト殿下もハインリヒ殿下も、クリスタ嬢とわたくしとお茶をしてくださってとても楽しかったです」
「また何かありましたら、ご一緒しましょう」
「そのときにはよろしくお願いします」

 挨拶を終えるとハインリヒ殿下とノルベルト殿下は馬車に乗って国王陛下の別荘へと帰って行った。
 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は普段は王宮ではなく国王陛下の別荘で過ごしている。国王陛下と王妃様が、国王陛下が学生時代に付き合っていた平民の女性のこともあってあまり仲がよろしくないのだ。
 そのために王妃様は王宮を離れて国王陛下の別荘で過ごしていた。ハインリヒ殿下だけでなくノルベルト殿下も一緒に生活しているのは、妾腹の子どもでもノルベルト殿下の方がハインリヒ殿下よりも年上で、我が国の長子が家を継ぐという定めが関係しているのと、王妃様が子どもには罪はないと言って自分の子どものように育てているからだった。
 妾腹の子どもでも、母親は手切れ金を握らされて別れさせられているし、ノルベルト殿下には乳母はいるが母親代わりになる相手がいないので、引き取って育てるということを美徳として王妃様は実践しているのだ。

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の仲のよさや、ノルベルト殿下の態度を見ていると、虐待されているとは考えにくいから、本当に王妃様は平等に育てているのだろう。

 パーティーが終わると絵描きが呼ばれて、わたくしとクリスタ嬢は両親と一緒に絵描きの前に立った。母が口紅を持って来てわたくしとクリスタ嬢の唇に薄く塗ってくれる。
 口紅に付けられたいい香りも大人になったようで胸が浮き立つ。

「肖像画を描くのは何日もかかります。何日も絵描きが通ってきて書くのですよ」
「エリザベートとクリスタ嬢はその部分を描くときにだけ呼ぼうね」
「あまり動かないようにしてくださいね」

 絵描きがキャンバスに向かっている一時間ほどの間、わたくしとクリスタ嬢はできるだけじっとしていたが、クリスタ嬢は途中で我慢ができなくなって、お茶を飲んだり、本を読んだりして休憩していた。

「今日はここまでだよ」
「パーティーの後で疲れているでしょう。今日は早く寝ましょうね」

 絵描きはもう少し作業を続けるようだったが、わたくしとクリスタ嬢は解放されて部屋に戻った。
 お風呂に入って口紅も落として、着替えをしてから夕食の席に着く。
 夕食はお茶の時間が豪華だったので、わたくしもクリスタ嬢もお腹があまり空いていなくて、全部は食べられなかった。

 食べ終わって部屋に戻ると、部屋からいい香りがしている。
 窓辺の机の上に花瓶が置いてあって、紫のダリアの花が飾ってあった。

「マルレーン、この花はどうしたの?」
「エクムント様が持って来てくださったのですよ」
「エクムントが!?」

 直接受け取りたかった気持ちで残念に思ってしまうが、窓辺の紫のダリアの花は幾重にも細い花弁を重ねて美しく咲いている。

「エリザベートお嬢様のお誕生日のお祝いだそうです」
「おねえさま、わたくしのへやにもある! きれいなピンクのおはなよ!」
「わたくしのもらったお花は紫です」

 エクムント様はクリスタ嬢にもピンク色のダリアをプレゼントしていたようだ。
 わたくしが紫で、クリスタ嬢はピンク色。色を変えて来るだなんてなんて粋なのだろう。

「この花がずっと枯れないといいわ」
「花が枯れないように毎日水替えをしましょうね」
「マルレーン、わたくしに花の世話の仕方を教えて。わたくしができることはしたいの」
「エリザベートお嬢様がそう仰るのでしたら」

 折角もらったダリアの花を枯らしたくなくて、わたくしは自分で世話をするように申し出ていた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。 ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。 しかし、断罪劇は予想外の展開へ。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

処理中です...