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三章 バーデン家の企みを暴く

28.リリエンタール侯爵の愛人

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 クリスタちゃんは公爵家の娘になったので、ブリギッテ様のように無礼に振舞って苛めてくるような輩はいなくなったと思い込んでいた。
 貴族社会では子ども時代から身分というものを叩き込まれているとわたくしは信じ込んでいたのだ。

 それが覆された。
 子どもだからよく分からないふりをしてクリスタちゃんとハインリヒ殿下の仲を邪魔しようという女の子が現れたのだ。

 わたくしは素早く情報収集を始めた。
 あの女の子はどこの家の令嬢なのだろう。
 どこの家の令嬢であろうとも、わたくしのディッペル家はこの国唯一の公爵家であることには変わりないし、わたくしやクリスタちゃんに手出しをすることは、わたくしの威厳にかけて決して許しはしない。

 クリスタちゃんは原作とは完全に違ってきていて、今ではわたくしの可愛い義理の妹なのだ。可愛いクリスタちゃんを苛めて、被害者ぶってハインリヒ殿下に取り入ろうとするなど、許せるはずがない。

「お母様、あの子の名前が分かりますか?」
「リリエンタール侯爵家のレーニ嬢ですね。どうかしましたか?」
「いえ、わたくしで何とかかたを付けますわ」

 侯爵家の令嬢など母の手を煩わせるまでもない。
 そう思ってレーニ嬢に近付いていくと、レーニ嬢は母親からお叱りを受けていた。

「ディッペル公爵家のクリスタ様に突っかかって行ったですって? わたくしたちは侯爵家なのですよ。分を弁えなさい」
「ですが、お母様、あの子の異母妹の母親のせいで」

 妙な単語が聞こえた気がする。
 クリスタちゃんの異母妹といえばローザ嬢だし、その母親といえば元ノメンゼン子爵の妾である。
 その二人がレーニ嬢に何の関わりがあるのだろう。

「そのひとたちと決まったわけではないではないですか」
「お父様は別邸に通い詰めで、わたくしたちの元には戻って来ない。絶対にあの子の異母妹の母親を愛人にして囲っているんだわ」

 元ノメンゼン子爵の妾と娘は、国から手配をかけられているが見つかっていない。その理由がここにある気がしていた。
 リリエンタール侯爵の愛人の座に納まって、追手から身をくらましているのだろう。

 直接聞いたところでリリエンタール侯爵は誤魔化すだろうし、リリエンタール侯爵夫人も夫の醜聞になるので本当のことは言わないだろう。
 元ノメンゼン子爵の妾と娘がリリエンタール侯爵の元にいるのならば調べを進めて、捕まえなければいけない。

 クリスタちゃんの母である、マリア叔母様の命を奪ったのは、元ノメンゼン子爵ではなく妾の可能性が出て来ているのだ。
 元ノメンゼン子爵が罪を逃れるために証言したのかもしれないが、それは国王陛下を含め、裁判官や偉い方々が調べて罪を償わせることだ。
 わたくしはここで得た情報を両親や国王陛下、王妃殿下に伝えることしかできない。

 元ノメンゼン子爵の妾がリリエンタール侯爵の愛人となっていることで、クリスタちゃんを逆恨みしてレーニ嬢が嫌がらせをしてきたのならば、根幹からそれを取り除かねばならない。

 わたくしは両親と国王陛下と王妃殿下がお茶をしている場所に近付いて行った。

 お茶を終わらせていたハインリヒ殿下が王妃殿下と話しかけているのに聞こえるように、声を張る。

「わたくし、小耳に挟んだのですが、リリエンタール侯爵が元ノメンゼン子爵の妾を愛人としているとか」
「リリエンタール侯爵が?」
「本当なのですか?」
「リリエンタール侯爵もそんな醜聞は広められたくないでしょうから、内密にお伝えいたしますわ。リリエンタール侯爵の噂が嘘であると、真実を示して欲しいものです」

 国王陛下と王妃殿下の視線がリリエンタール侯爵に向く。リリエンタール侯爵は視線に気付いて国王陛下と王妃殿下の御前に出て来ていた。

「私が何か?」
「元ノメンゼン子爵の妾を愛人にしているというような、根も葉もないことを囁かれているようです。別邸に愛人を囲っているとか。嫌疑を晴らすために、別邸に国王陛下の兵士を入れて調べてもらってはいかがでしょう? こんな酷い醜聞、リリエンタール侯爵も心外でしょうから」

 わたくしが芝居がかった動作で大袈裟に言うと、リリエンタール侯爵が慌てているのが分かる。

「いや、あの別邸は崩れかけていまして危険ですので、国王陛下の兵士が入られると危ないかもしれません」
「我が兵士は危険を顧みず、リリエンタール侯爵の醜聞を晴らしてくれるだろう」
「ご安心ください、リリエンタール侯爵」

 笑顔で告げる国王陛下と王妃殿下にリリエンタール侯爵は何も言えなくなってしまっている。
 これはものすごい好機なのではないだろうか。

 元ノメンゼン子爵の妾を捕まえて、マリア叔母様の死の真実を語らせる。

「お姉様、あの妾がリリエンタール侯爵の別邸にいるのですか?」
「リリエンタール侯爵はそこまで分別のない方ではないと思っております。まさか、国王陛下が手配をかけている女性を匿うなどなさらないでしょう」
「そ、そうですな。いや、もしいたとしたら、私は別邸に長らく行っていないので、勝手に住み着いたのでしょう」

 必死に言い訳をするリリエンタール侯爵がみっともない。
 レーニ嬢がクリスタちゃんに突っかかって来なければこんなことにはならなかったのに。
 リリエンタール侯爵は子どもの教育を放り出して愛人にのめり込むようなことをしているからこうなるのだ。

「クリスタ、マリア叔母様を死なせた相手が誰なのか、国王陛下がしっかりと調べてくださいますよ」
「はい、お姉様」

 水色のお目目を潤ませてわたくしに抱き付くクリスタちゃんの髪を、わたくしは優しく撫でた。

 その日のお茶会は無事に終わって、両親は最初に退出する国王陛下と王妃殿下の馬車を見送りに庭に出ていた。
 庭は雪が降って寒く、父が母の肩にコートをかける。母のお腹もふんわりとしたマタニティドレスの下で少しずつ目立つようになってきていた。

「リリエンタール侯爵の別邸は必ず調べる」
「クリスタ嬢のお母上の死の真相は必ず解き明かしてみせます」

 国王陛下に並んで、馬車に乗り込もうとしているハインリヒ殿下がクリスタちゃんを振り向いて誓うように言っていた。ハインリヒ殿下に言われてクリスタちゃんも少し落ち着いたようだった。

「ブリギッテ様に苛められていたときも、ハインリヒ殿下は助けてくれました。今回もきっと助けてくださると信じています」
「誰にもクリスタ嬢には手出しはさせません。クリスタ嬢を守れる男になりたいのです」

 クリスタちゃんを守りたいという気持ちはわたくしもハインリヒ殿下も同じようだ。今回もハインリヒ殿下の手柄となるようにすれば、ますますハインリヒ殿下が皇太子に相応しいということになるだろう。

 ノルベルト殿下の顔を見ると、同じことを考えているようで、小さく頷かれる。

 ノルベルト殿下がハインリヒ殿下を弟として大事に思っているように、わたくしもクリスタちゃんを妹として大事に思っている。
 わたくしとノルベルト殿下の利害は一致していた。

 ノルベルト殿下はハインリヒ殿下の地位を確立させて、ノルベルト殿下派の長子こそがこの国を継ぐべきだという頭の固い貴族たちを黙らせなければいけないし、わたくしはクリスタちゃんがハインリヒ殿下を好きな限りは、ハインリヒ殿下と上手くいくように考えて行かなければいけない。
 クリスタちゃんがハインリヒ殿下を好きでないのならば、原作を無視してでもわたくしはハインリヒ殿下とクリスタちゃんを結ぶようなことはしないのだが、クリスタちゃんはハインリヒ殿下に対して明らかに恋する乙女の顔をしていた。
 これだけハインリヒ殿下を好きになっているのだから、クリスタちゃんの恋を叶えてあげたい。

 何よりも、マリア叔母様を死なせるような結果になった罪人には罪を償わせなければいけない。

 リリエンタール侯爵の別邸に兵士が入るのは、すぐだろうと思っていた。
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