エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
95 / 528
四章 婚約式

5.お茶会の席で

しおりを挟む
 翌日にはハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日のお茶会が開かれた。
 エクムント様はわたくしをエスコートするために部屋まで来てくれていた。エクムント様の白い手袋を付けた手に手を重ねて、階段を降りて、長い廊下を歩いてお茶会の会場の大広間まで歩いていく。
 ふーちゃんは部屋でヘルマンさんとお留守番で、クリスタちゃんはお目目を煌めかせながらわたくしとエクムント様の後ろをついて来ていた。

 大広間の扉が開けられて、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下がわたくしとエクムント様に挨拶をしてくれる。

「エリザベート嬢、エクムント殿、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます。ハインリヒ殿下とノルベルト殿下もお誕生日おめでとうございます」
「もう婚約されてしまうなんて驚きですが、エリザベート嬢はどこか大人っぽいところがありますからね」
「大人っぽいなんてそんなことありませんわ」

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下と話していると、カサンドラ様が身振り手振りを咥えて少し大げさに話しているのが見える。

「エリザベート嬢のおかげで壊血病の予防法が見付かりました。我が領地は海軍もあり、海での漁や交易が盛んに行われています。壊血病には本当に悩まされていたので、エリザベート嬢の知恵に感謝するしかないですよ」
「壊血病はどのようにしたら治ると分かったのですか?」
「エリザベート嬢が漁師と話をして気付いたらしいのです。野菜好きの漁師がいて、寄港するたびに船を抜け出して野菜を食べていたと。その漁師は壊血病にならなかったのだと」
「船に野菜を持ち込んでも日持ちしないのではないですか?」
「そこがエリザベート嬢のすごいところなのです。日持ちのするザワークラウトを持ち込んではどうかと提案されました」

 大きな声でカサンドラ様が発言しているので、それは自然と周囲に聞こえてしまう。わたくしは前世の記憶に頼っただけなのに、恥ずかしいような誇らしいような複雑な気持ちになってしまった。

「エリザベート嬢をエクムントの婚約者にしようと決めたきっかけはそれでした。エリザベート嬢は我が領地に利益をもたらしてくれる」

 カサンドラ様の言葉を周囲の貴族たちが目を丸くして聞いているのが分かる。わたくしは頬を押さえてじっとしていると、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が黒と菫色の目を見開いていた。

「そのようなことがあったのですね」
「さすがはエリザベート嬢です」
「エリザベート嬢のおかげで辺境伯領の多くのひとが救われました。エリザベート嬢は辺境伯家の婚約者として相応しい方だと思います」

 エクムント様の口からそのような言葉が出てわたくしは驚いていた。
 エクムント様はわたくしを認めてくださっている。

「エクムント様に相応しい婚約者になれるように努力いたしますわ」
「私の方こそ、エリザベート嬢に相応しい男になれるように努力せねば」

 エクムント様と言い合って、わたくしはエクムント様の金色の目を見て笑ってしまった。真面目な顔をしていたエクムント様も頬を緩ませている。

「仲睦まじい婚約者同士でよかったです」
「心よりエリザベート嬢とエクムント殿の幸せを願っています」

 二年前のお誕生日の席では、わたくしに贈った髪飾りが自分の目の色だということを明かし、自分が選んだことも明かして、わたくしに庭で摘んだ花束を渡そうとしたノルベルト殿下。
 その後に婚約の話が舞い込んできたのもわたくしの記憶にははっきりと残っている。

 婚約の話はなかったことにしてもらったけれど、ノルベルト殿下はそれを乗り越えて自分の立場というものをしっかりと把握されているようだった。

 ノルベルト殿下に祝福されて、わたくしはノルベルト殿下に深く頭を下げて感謝の意を示した。

「お姉様、エクムント様とお茶をしてきてください。わたくしはハインリヒ殿下とお茶をします」
「クリスタ、一緒でなくていいのですか?」
「お姉様は念願のエクムント様の婚約者になれたのです。今日はわたくしが我慢するのです」

 わたくしも八歳になっているし、立食式のお茶会なのだから立って食べられなければいけない。エクムント様と会場を回って取り皿に軽食とケーキを取って、エクムント様と一緒に立って食べる。
 白い手袋を外したエクムント様の大きな手に胸が高鳴ってしまう。

 紅茶を頼んでしまうと両手が塞がって軽食やケーキが食べられないわたくしに、エクムント様はさりげなくお皿を持ってくれて食べられるようにしてくださる。
 世間一般では淑女は公の場では小鳥のように少食に見せておくのがいいのかもしれないが、国一番のフェアレディと呼ばれた母が「取り分けたものを残す方が無作法です」と言っていたので、わたくしも心置きなくケーキや軽食を食べた。

「エクムント様、ありがとうございます」
「困っている婚約者を助けるのは当然のことです。そちらのケーキはどうでしたか?」
「とても美味しかったです」
「それでは私もいただきましょう」

 自然な動作でケーキを取りに行ったエクムント様が、わたくしの食べ終わったお皿を片付けてくださっているのを見て、その優しさに胸がキュンとする。
 小さな頃から優しい方だとは思っていたが、改めて親切にされてわたくしはエクムント様に心奪われていた。

「お姉様、いい感じでしたわ」
「クリスタ、見ていたのですか!?」
「エクムント様はお姉様を預けるに足る方だと確信いたしました。このクリスタ、お姉様とエクムント様の仲を応援します」

 ハインリヒ殿下とお茶をしていたとばかり思っていたクリスタちゃんは、物陰からわたくしとエクムント様を見ていた。ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とレーニ嬢も付き合わされている。

「エクムント殿からエリザベート嬢をお借りするのは申し訳ないですが、このままではクリスタ嬢は座りません。同席していただけませんか?」
「よろしいですか、エクムント様」
「構いませんとも」

 ハインリヒ殿下にお願いされてわたくしはエクムント様に一言断ってテーブルの方に行く。
 エクムント様との甘い時間を過ごしていたかったが、クリスタちゃんがわたくしに気を取られて座れないのでは仕方がない。

 わたくしが椅子に座るとクリスタちゃんが右隣りに、レーニ嬢が左隣りに座って、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は正面に座る。
 取り分けてきたケーキや軽食をそれぞれ持っているが、わたくしはもう食べたのでお茶だけにしておいた。

「エリザベート嬢は中央と辺境を結ぶために辺境伯に嫁ぐことに決められたのですね」
「わたくしの存在が辺境伯領とディッペル家の利益となるのでしたら」

 ノルベルト殿下の問いかけにそう答えてはいるものの、わたくしはそれだけの気持ちではなかった。
 赤ん坊のころからわたくしのことを可愛がってくださっているエクムント様を好きになって、追い駆け続けていた日々はまだまだ続く。エクムント様はわたくしに好意を抱いてくださっているが、それはどこまでも妹のような感情であって恋愛感情ではない。

 前世のアラサーのわたくしが脳内で囁きかける。
 あの年齢で八歳のわたくしに恋愛感情を持つ方が異常であると。

 婚約はしたけれどわたくしとエクムント様の関係は進むことはない。

「お姉様が羨ましいですわ。わたくしも好きな方と婚約がしたい」
「クリスタ様はそんな方が……言うだけ野暮でしたね」

 クリスタちゃんの視線の向こうにはハインリヒ殿下がいる。ハインリヒ殿下とクリスタちゃんは両想いに違いなかった。

「お誕生日にいただいたブローチ、とても綺麗で、もったいなくて使えません」
「あれくらいならまた作って来ます。気軽に使ってください」
「ハインリヒ殿下が自ら作られたブローチなんて、わたくし、嬉しくて」

 頬を染めるクリスタちゃんの動作にハインリヒ殿下も嬉しそうにしている。

「わたくしと一歳しか年の変わらないエリザベート様が婚約だなんて、うちの母も焦りそうですわ」
「わたくしの場合は辺境伯家とディッペル家を結ぶための特例のようなものですから」

 レーニ嬢の言葉にわたくしは安心させるように微笑む。
 本来ならば婚約は学園に入学してからの年齢が相応しいのだろうが、この国で唯一の公爵家と辺境伯家を結ぶとなると早い婚約も必要となってくるのだろう。
 特に辺境伯家は独立をするのではないかと危ぶまれていたし、カサンドラ様は早急に自分の身の振り方を国王陛下に示さねばならなかった。

「わたくしの母が再婚するかもしれないのです。今度の父はいい方だといいのですが」

 レーニ嬢の悩みを聞きながら、わたくしはミルクティーを飲んでいた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

処理中です...