エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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四章 婚約式

9.リリエンタール侯爵の結婚式に参加する準備

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 客間にはベビーベッドも用意してあって、お腹いっぱいミルクを飲んで、着替えも済ませたふーちゃんはそこで転がって機嫌よくしていた。
 最近腰が上がるようになってきたので、自分の足を掴んで遊ぶのが好きなようだ。首も据わっているので、周囲を見回すのが大好きである。縦抱っこもしやすくなって、体重も生まれたときよりずっと増えた気がしている。

 ふーちゃんが健康に育っていることは嬉しいのだが、わたくしが抱っこしようとすると暴れるのは若干悲しい。クリスタちゃんの抱っこもあまり好きではないようだ。
 背の高いヘルマンさんや母、父の抱っこが好きで、遠くまで見通せるのがいいようだ。

 よく眠るようになってきているので、乳母のヘルマンさんも少しは夜が楽になっているようである。オモチャが大好きで、ガラガラと音が鳴るオモチャをずっと掴んで舐めて、放さなかったりする。

「ふーちゃん、お姉様ですよ」
「ふーちゃんにはもう分かっている気がします」
「わたくし、ふーちゃんに『ねぇね』って呼ばれたいのです。お姉様ですよ」

 何度も言って聞かせるクリスタちゃんは、ふーちゃんに一生懸命自分のことをアピールしていた。ふーちゃんもクリスタちゃんやわたくしと目が合うと声を上げて笑う。わたくしたちが動いているときの方が楽しいようで、そばで体を動かすときゃっきゃと笑うのがとても可愛い。

「ふーちゃんがわたくしに笑いかけたわ」
「わたくしかもしれないわ」
「お姉様には、わたくしが笑いかけてあげる」
「クリスタちゃん、ふーちゃんに対抗しているのですか!?」

 にっこりとわたくしに笑いかけるクリスタちゃんに、わたくしも笑ってしまった。わたくしとクリスタちゃんが笑うと、ふーちゃんはますますご機嫌で笑う。
 まだ寝返りは打てないが、うつ伏せにすると顔を上げるのでヘルマンさんが見ているときはうつ伏せに寝かせて遊ばせることもある。

 可愛いふーちゃんの姿にわたくしは虜になっていた。

 結婚式にはふーちゃんは出席しない。お留守番ではなかったのは、ふーちゃんだけを残していくと危ないと両親が判断したのと、ふーちゃんがディッペル家の後継者になっていたからだった。
 わたくしが辺境伯家の後継者であるエクムント様の婚約者となるために、ふーちゃんはディッペル家の後継者になった。こんなに小さいけれど、ディッペル家の未来はふーちゃんにかかっているのだ。

 外泊するときにわたくしやクリスタちゃんが一緒ならともかく、そうでないのならばお屋敷に置いてはいけないというのが両親の判断だった。

 遊び疲れてふーちゃんが眠ってしまうころに両親は客間に戻って来た。

「エリザベート、クリスタ、レーニ嬢とは遊べましたか?」
「はい。レーニちゃ……レーニ嬢は、わたくしとお揃いの三つ編みにしていました」
「時間があればシロツメクサで花冠の作り方を教えてもらう約束をしました」
「シロツメクサの花冠! 懐かしいですわ。わたくしも昔は作ったものです。今はもうすっかり作り方を忘れてしまいました」
「お母様にも習ったら教えてあげるわ」
「わたくしも教えます」
「お願いしますね、エリザベート、クリスタ」

 母も小さな頃はシロツメクサで花冠を作って遊んでいたようだ。今は忘れてしまっていると言っているが、わたくしとクリスタちゃんで教えれば思い出すだろう。

「レーニ嬢のお人形は、レーニ嬢と同じ髪の色だったの。レーニ嬢は赤毛だから元のお父様から嫌われていたと言っていたけれど、どうして赤毛は嫌われるの?」

 クリスタちゃんの素朴な疑問に母はどう答えようか考えているようだった。

「赤毛の子どもが生まれるのはとても稀なのです。赤毛の子どもは色素が薄いので、体も弱く、長く生きないと言われていました」
「レーニ嬢は長く生きないの!?」
「そんなことはないと思います。でも、自分と似ていない子どもが生まれるのを、父親は嫌がるものなのですよ」

 それに、と母が続ける。

「赤毛の子どもが生まれるのは神に背いた行いをしたからだという迷信があるのです」
「神に背いた行いってどんなこと?」
「エリザベートやクリスタにはまだ難しいかもしれませんが、女性は体が大人になると月に一度出血するのです。その日に子どもを作るようなことはしてはいけないと神は仰っているのですが、赤毛の子はその日にできた子どもだと言われるのです」

 そんな迷信があったなんて全く知らなかった。
 前世で読んだ本で赤毛の子どもがいじめられたり、自分の髪を染めようとしたりする描写があったが、そういう意味があったのか。
 隠すことなく八歳と七歳のわたくしとクリスタちゃんに教えてくれた母に感謝した。

「月に一度出血……瀉血とは違うのですか?」
「違いますね。クリスタがもう少し大きくなったら教えましょう」

 クリスタちゃんは全く意味が分からなかったようだが、わたくしは前世の記憶もあって意味はしっかりと分かっていた。

 そんな迷信に捉われてレーニちゃんを前の父親が嫌っていたのだとしたら最低である。夫婦というのは信頼で成り立っているものだ。自分に似ていないストロベリーブロンドの髪の子どもが生まれたとしても、自分の子どもではないかもしれないなんて疑うのは、自分にやましいことがあったに違いないのだ。

 レーニちゃんの父親の方に問題があったのだとよく分かる出来事だった。

 リリエンタール侯爵の結婚式はガーデンパーティー方式で開かれる。
 ドレスと靴下と靴とリボンを用意して、寝る準備をしていると、クリスタちゃんは髪飾りで悩んでいた。
 クリスタちゃんは今、わたくしとお揃いの薔薇の造花の髪飾りと、ハインリヒ殿下から頂いた牡丹の造花の髪飾りとリボン造花の髪飾り、それにリボンを持っている。
 公爵家の娘なのだからこれくらいは持っていても当然なのだが、仲良しのレーニちゃんのお母様の結婚式にどれを付けるか悩んでいるのだ。

「レーニ嬢は髪は何で留めるのかしら」
「聞きに行ってみますか? お父様、お母様、わたくしとクリスタでレーニ嬢のお部屋に少しだけ行ってもいいですか?」
「せっかくのお泊りなのですから、遊びに行ってらっしゃい」
「夜九時には眠れるように帰ってくるんだよ」

 快く送り出してくれた両親に感謝して、わたくしはマルレーンとデボラと一緒にクリスタちゃんと手を繋いでレーニちゃんの部屋に行く。
 寝る準備をしていたレーニちゃんはわたくしとクリスタちゃんが来たのに喜んでいた。

「こんばんは。こんな時間にお友達が来たのは初めてよ」
「わたくしもこんな時間にお友達を訪ねたのは初めてです」
「クリスタちゃんがレーニちゃんに聞きたいことがあると言うのです」

 わたくしが促すとクリスタちゃんがレーニちゃんに問いかける。

「レーニちゃんは明日はどんな髪飾りを付けるのですか?」

 問いかけにレーニちゃんはクリスタちゃんに逆に聞いてきた。

「クリスタちゃんはどんな髪飾りを持ってきたのですか?」
「わたくしは、薔薇の髪飾りと、牡丹の髪飾りと、リボン造花の髪飾りと、リボンを持ってきました」
「わたくし、薔薇の髪飾りを作ってもらったのです。お母様と一緒に結婚式に出るために、白い薔薇の髪飾りを」
「わたくし、オールドローズ色の薔薇よ」
「薔薇で合わせませんか?」
「レーニちゃんとわたくしはお揃いね」
「エリザベートお姉様は?」

 そこまで言われたらわたくしも合わせないわけにはいかない。空色の薔薇は気に入っていたので合わせることに不満はない。

「リボンにしようかと思っていましたが、空色の薔薇にしますわ」
「みんなでお揃いなんて嬉しいわ」
「レーニちゃん、明日はいいお式になるといいわね」
「はい、クリスタちゃん」

 仲良く言い合っているクリスタちゃんとレーニちゃんにわたくしも自然と笑顔になっていた。
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