エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
179 / 528
六章 ハインリヒ殿下たちとの交流

29.クリスタちゃん、十歳

しおりを挟む
 クリスタちゃんが十歳になるというのは、わたくしにとってとても大きな出来事だった。
 前世では「七歳までは神の子」と言って、新生児や乳幼児が死にやすいことを表現していたが、オルヒデー帝国では十歳がその目安らしいのだ。
 わたくしは公爵家の娘で、栄養たっぷりの食事を摂っていて、病気にも罹らずに十一歳まで来てしまったが、クリスタちゃんはわたくしとは話は別だった。
 クリスタちゃんは幼い頃から虐待されていて、食事も碌にとらせてもらえなくて、清潔とも言い難い環境で育った。無事に育つかどうかを危ぶまれるような状況だったのだ。

 そんなクリスタちゃんが十歳を迎えるにあたって、わたくしはクリスタちゃんのことを盛大に祝いたかった。

 十歳とは年齢が十の位に上がる初めての年で、その次に位が変わるときには百歳なので、生きているかどうかも分からない。
 そんな大事な年齢なのだ、特別なお祝いがしたい。

 わたくしのときに特別なお祝いはしなかったように、クリスタちゃんのときにも両親は特別なお祝いはする気はないようだが、わたくしだけでも可愛い妹に特別なお祝いをしたかった。

 クリスタちゃんが喜ぶことと考えて、わたくしはクリスタちゃんと両親に相談を持ち掛けていた。

「クリスタちゃんのお誕生日では、わたくしが伴奏を弾いて、クリスタちゃんに歌ってもらいませんか?」
「お姉様の伴奏でわたくし歌えるのですか?」
「クリスタちゃんはマリアによく歌を聞かせています。クリスタちゃんは歌がとても上手なのです。それを皆様に聞いていただきたいのです」

 小さい頃からクリスタちゃんは歌を歌ったり、ピアノを弾いたりすると、キルヒマン侯爵夫妻が褒めてくれるのをとても楽しみにしていた。十歳のクリスタちゃんの声は澄んでいて、歌はとても上手なので、キルヒマン侯爵夫妻だけでなく、会場の皆様が褒めてくださるに決まっている。
 少なくともレーニちゃんとリリエンタール侯爵と、エクムント様とカサンドラ様と、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は褒めてくださるに違いない。

「クリスタのお誕生日にはノエル殿下もいらっしゃる。隣国の歌を歌ってもいいかもしれないね」
「それは素敵ですわ。ノエル殿下にクリスタの歌を聞かせて差し上げたいですわね」

 ノエル殿下も学園は春休みに入っているが、次の学期のためにオルヒデー帝国に残っているので、クリスタちゃんのお誕生日にはいらっしゃるようなのだ。
 これはノエル殿下が大好きなクリスタちゃんがいいところを見せるチャンスでもある。

「わたくし、頑張ります。お姉様、伴奏をよろしくお願いします」

 やる気になっているクリスタちゃんと、その日から大広間のピアノでピアノと声楽の先生と猛特訓が始まった。

「発音が違っていますよ。そこは、『あ』の口で『お』と発音するのです」
「はい、先生」

 厳しい指導は時間がないからだったが、クリスタちゃんはそれに耐えてしっかりと隣国の歌を習得した。わたくしもピアノの伴奏をよく練習して間違えないようになっていた。

 お誕生日当日、お客様たちを迎えて、クリスタちゃんはピアノの前に立ち、わたくしはピアノの椅子に座った。クリスタちゃんがわたくしを見る。わたくしは頷いて伴奏を弾き始めた。

 ローズピーチという色のドレスを着たクリスタちゃんと、薄紫のドレスを着たわたくし。わたくしは薄紫のダリアのネックレスとイヤリングを身に着けていて、クリスタちゃんはピンク色の薔薇のネックレスを身に着けている。

 深く息を吸ってクリスタちゃんが歌い出す。
 澄んだ高い声が大広間の高い天井に吸い込まれるように響いていた。

 歌い終わると会場から拍手が沸き起こる。
 わたくしも伴奏を終えて、クリスタちゃんの隣りに立って二人で深くお辞儀をした。

 まず一番に近付いて来てくれたのはキルヒマン侯爵夫妻だった。

「とても素晴らしい演奏でした。クリスタ様の歌の素晴らしかったこと。エリザベート様の伴奏はクリスタ様の歌にとてもよく合っていました」
「久しぶりに聞きましたが、素晴らしい演奏でしたね。クリスタ様は歌の才能がありますね」

 手放しに褒められてクリスタちゃんが輝く笑顔になっているのが分かる。わたくしもエクムント様の面影のあるキルヒマン侯爵夫妻に褒められると有頂天になりそうだった。

「ありがとうございます、とても嬉しいです」
「お褒めに預かり、光栄です」

 お礼を言っていると、エクムント様とカサンドラ様が近寄って来てくれる。

「美しい歌声とピアノでした。素敵な演奏をありがとうございます」
「クリスタ嬢は歌が本当に上手なのだね。エリザベート嬢のピアノもよく響いていた」
「ありがとうございます、エクムント様、カサンドラ様」
「わたくしのお誕生日に来て下さってありがとうございます」

 エクムント様もカサンドラ様もわたくしとクリスタちゃんを手放しで褒めてくださる。

「エリザベート様、クリスタ様、わたくし、感動しましたわ」
「レーニ嬢、来てくださったのですね」
「ポニーの件はありがとうございました。無事にリリエンタール領に着いて、リリアンタール家の馬を飼っている厩舎で過ごさせています。穏やかな性格で、他の馬とも仲良くやっているようです」

 リリエンタール侯爵はヤンのことを教えてくれる。
 ヤンはリリエンタール侯爵領で他の馬と仲良くできているようだ。

「わたくし、乗馬を始めるのです。ヤンを乗りこなせるように頑張りますわ」
「ヤンは人参が大好きなのです。乗り終わったらご褒美にあげてください」
「ブラシもかけてあげてください」

 嬉しそうなレーニちゃんにわたくしとクリスタちゃんはヤンのことを伝えた。

「それにしても、フランツ様からいただいたお手紙なのですが、わたくし、よく意味が分からなくて」
「あ、そ、それは、フランツがよく分からずに書いて欲しいと言ったものでして」
「フランツのお手紙? わたくしにも見せてください」

 パーティーバッグの中から手紙を取り出すレーニちゃんにクリスタちゃんがそれを受け取る。

「『レーニおねえたまとであって、わたちのハートに、はながさきまちた。レーニおねえたまをおもうおはなでつ。いちゅか、うけとってくだたい、ふーのはな』……これは、詩ですわ」
「詩なのですか!?」
「レーニ嬢のことがフランツは大好きみたいなのです。なんて可愛い詩なのかしら」
「これが詩……詩とは難しいものなのですね」
「レーニ嬢への好意が溢れていますわ。フランツの可愛いラブレターを覗き見したようで怒られそうですね。わたくしが見てしまったことは内緒にしてくださいね」
「はぁ……。これが、詩……」

 レーニちゃんもよく意味が分かっていないようだ。わたくしも代筆したけれど全然意味が分からなかった。

「『ハートに花が』とはどういう意味なのでしょう?」
「詩は解説するのは無粋ですわ。心で感じてくださいませ、レーニ嬢」
「心で感じる……」

 レーニちゃんが困惑しているのもよく分かる。わたくしもこの詩がよく分からなくて困惑してしまっている。
 クリスタちゃんは分かっているようだが解答を教える気はないようだ。
 困惑しているレーニちゃんが手紙をパーティーバッグに入れていると、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下が近付いてきた。

「素晴らしい歌声でしたね、クリスタ嬢。私は感激しました」
「ハインリヒはこの歌声を保存しておきたいと言っていましたよ」
「ノルベルト兄上、ばらさないでください!」

 恥ずかしがっているハインリヒ殿下に、クリスタちゃんがその手を取る。

「ハインリヒ殿下がお望みなら、わたくしは何度でも歌います」
「クリスタ嬢、嬉しいです」

 見つめ合う二人にノエル殿下が咳払いをしている。

「わたくしもいるのですが」
「ノエル殿下、お越しいただきありがとうございます」
「わたくしの国の歌でしたが、もしかして、わたくしのために歌ってくださったのですか?」
「ノエル殿下のことを考えて選曲しました」
「ありがとうございます。素晴らしい歌で、感動しました」

 ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もノエル殿下もクリスタちゃんのことを褒めてくださっている。わたくしはクリスタちゃんのために歌を歌うことを提案してよかったと心から思っていた。

「ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、ノエル殿下、レーニ嬢も、お茶をご一緒致しませんか?」
「わたくし、エクムント様をお誘いしてきていいですか?」
「喜んでご一緒します」
「エクムント殿も一緒にお茶をしましょう」
「クリスタ嬢のお誕生日、盛大にお祝いいたしましょう」

 ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もノエル殿下も喜んで賛成してくれて、わたくしはエクムント様を誘いに人ごみの中に入って行った。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

処理中です...