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七章 辺境伯領の特産品を

26.レーニちゃんに接触してくるラルフ殿

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 両親のお誕生日のお茶会の日、クリスタちゃんとレーニちゃんと同じベッドで目を覚まし、着替えてわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは朝食に向かった。

「わたち、レーニじょうのおとなり」
「わたくち、ふーおにいたま、おとなり」

 椅子を動かしてレーニちゃんのお隣りに座るふーちゃんと、ふーちゃんのお隣りに座るまーちゃんに、レーニちゃんもにこにこしている。

「わたくしのお隣りがいいのですか?」
「すちだから」
「可愛いフランツ様と食事ができて嬉しいですわ」
「わたちも、かわいいレーニじょうとちょくじがでちて、うれちいでつ」

 はっきりと返事をするふーちゃんにレーニちゃんの笑みが深くなる。

「フランツ様に可愛いと言われてしまいました。わたくし、幸せです」
「レーニじょうはかわいいでつ」
「何度も言ってくださるのですね。ありがとうございます」

 色白で顔にそばかすが散っていて、ストロベリーブロンドに緑の目のレーニちゃんはとても可愛い。前世の記憶があるからか、そばかすというものがあまりよく分かっていなかったけれど、こんなにもチャーミングなものだったとはレーニちゃんを見て知った。
 前世では「シミ」や「そばかす」は悪とされていて、消して肌を白く保つことが「美しい」と定義されていたけれど、そんなことは全くない。そばかすのあるレーニちゃんはそれがアクセントになってものすごく可愛いのだ。

「フランツがレーニ嬢を可愛いというのが分かりますわ」
「わたくしも分かります。レーニ嬢は、『可愛い』という言葉を素直に受け取ってくれるからますます可愛いのですよ」

 わたくしもクリスタちゃんとレーニちゃんの可愛さについて、つい熱く語ってしまった。

「エリザベート様はお美しいし、クリスタ様も可愛いですわよ?」
「わたくしは美しいなんて素直に受け取れません」
「わたくしも、フランツとレーニ嬢のやり取りに自分が純真ではないことを思い知らされています」

 「可愛い」、「美しい」と言われたら、謙遜して「そんなことはないですよ」と言わなければいけないのがマナーだとわたくしもクリスタちゃんも先に出てしまうのだ。
 三歳のふーちゃんの言う「かわいい」に嘘などあるはずがないので、素直に受け取るレーニちゃんの方が正しいのはよく分かっている。
 貴族社会の垢にわたくしもクリスタちゃんも若干汚れてしまっているのだと気付いた瞬間だった。

 両親のお誕生日のお茶会には国王陛下と王妃殿下もいらっしゃっていた。
 毎年両親のお誕生日のお茶会にはふーちゃんとまーちゃんも出席する。
 大広間の隅にふーちゃんとまーちゃんが遊べる場所を作って、敷物を敷いておもちゃも出して、ヘルマンさんとレギーナがしっかりと見守ってくれるのだ。

「おとうたま、おかあさま、おたんどうびおめでとうございまつ!」
「おとうたま、おかあたま、おめめとごじゃまつ!」

 まず一番にふーちゃんとまーちゃんにお祝いされて両親は笑み崩れていた。

「とても上手に言えましたね。フランツ、マリア。お祝いしてくれてとても嬉しいです」
「ありがとう、フランツ、マリア。嬉しいよ」

 頭を下げてお祝いを言うふーちゃんとまーちゃんに周囲の貴族も心が和んでいるのが分かる。
 わたくしの弟妹は可愛いでしょうとわたくしもとても得意な気分になった。

「息子と娘にお祝いされて幸せそうだな、ディッペル公爵」
「お越しいただきありがとうございます、国王陛下」
「フランツ殿もマリア嬢も可愛らしいこと。大きくなられましたね」
「フランツは来年の春で四歳になります。マリアは初夏で三歳になります」
「可愛い盛りだな。相談したいことがある、いいか?」
「はい、なんでしょう?」

 声を潜める国王陛下に、両親も声を潜めて聞いている。

「来年のハインリヒの誕生日に例の件を正式に発表しようと思っている。儀式を行うのは再来年の春になるのだが」
「それはとても光栄なことで御座います」
「準備をしておきます」
「王家にとってもディッペル家にとっても大事なことです。どうかよろしくお願いします」

 国王陛下と王妃殿下はクリスタちゃんとハインリヒ殿下の婚約の話を、来年のハインリヒ殿下のお誕生日に正式に発表すると言っているのだ。婚約式を行うのは再来年の春になるのだが、王族と公爵家の娘の婚約ともなると、それくらいの準備期間は必要になるものだ。

 公爵家と辺境伯家の婚約だったが、わたくしの場合はカサンドラ様の願いがあって急いでいたのであって、本来ならば準備期間が一年ほどあってもおかしくはない話だった。
 それを両親は受けてくれたのだから、今のわたくしがあると言える。

 わたくしを幼い頃から可愛がってくれていたエクムント様が辺境伯になられることは、恐らく士官学校に入学する時点で決まっていたのだ。
 辺境伯は海軍のトップにならなければいけない。
 海軍のトップになるということは、軍人でなければいけない。

 エクムント様の進路を迷っていた時期に、わたくしは幼すぎて話が分からなかったが、キルヒマン侯爵家にカサンドラ様からエクムント様を養子にもらえるように打診があったのだろう。

 エクムント様の長兄のクレーメンス殿の夫婦には子どもはいない。クレーメンス殿はドロテーア夫人が子どもを望めないことを分かって結婚したと言っていた。
 エクムント様の次兄のイェルク殿はその頃にはお子がいなかったかもしれないが、お子が生まれればクレーメンス殿の養子にして、キルヒマン侯爵家の後継者となるのでキルヒマン侯爵家の後継者の親としてカサンドラ様の養子にはなれない。
 そういう意味でエクムント様が選ばれたのだろうと今のわたくしにはよく分かる。

 エクムント様が士官学校に入学されたのも、辺境伯になるための必然だったのだとよく分かる。

「エリザベート嬢、クリスタ嬢もレーニ嬢もご一緒ですか?」
「エクムント様! レーニ嬢はリリエンタール侯爵がご懐妊なさったので、わたくしの両親のお誕生日のお茶会に出席するためにディッペル家に宿泊していたのです」
「エリザベート嬢とクリスタ嬢はレーニ嬢と仲がいいのですね」
「エクムント様、レーニ嬢はわたくしの弟のフランツと将来結婚するお方ですからね」

 くふくふとクリスタちゃんが笑いながらエクムント様に言っている。
 ハインリヒ殿下のお誕生日のときにレーニちゃんがリリエンタール家の後継をデニスくんに譲って、ディッペル家に嫁ぐ予定だというのは誰もが知るところになっていた。

「義姉となるエリザベート嬢とクリスタ嬢と今から仲がいいのは、レーニ嬢も安心ですね」
「フランツ様も可愛いですし、わたくし、幸せです」

 そばかすの散った白い頬を赤く染めて両手で押さえているレーニちゃんはとても可愛らしかった。エクムント様も目を細めている。

「エクムント殿、エリザベート嬢、クリスタ嬢、レーニ嬢、こんにちは」
「エリザベート嬢、クリスタ嬢、この度はご両親のお誕生日おめでとうございます」

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下もわたくしたちのところに来て下さっている。
 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が真っすぐにわたくしたちのところに来ているので、他の貴族たちは気後れして声をかけられない様子である。

 その中で空気を読まずに声をかけて来る男の子がいた。

「レーニ嬢、私をお茶をしませんか?」

 ラルフ・ホルツマン殿だ。
 灰色の髪と目で、レーニ嬢の従兄だが全く似ていない。
 ホルツマン家の嫌な噂はわたくしもクリスタちゃんもレーニちゃんも知っているのでお近付きになりたくない相手ではあった。

「レーニじょうは、わたちとおちゃをするのでつ!」

 そこに割って入ったのは、遊ぶ場所からレーニちゃんを見てかけて来たふーちゃんだった。

「フランツ様!?」
「なんだ、このチビは。お茶会に参加できる年齢じゃないだろう」

 失礼なことを口にするラルフ殿に、ふーちゃんは毅然と言い返す。

「わたちは、フランツ・ディッペルでつ! ディッペルけの、こうけいちゃでつ。レーニじょうは、わたちのこんにゃくちゃになるのでつ。あっちにいくのでつ!」
「フランツ・ディッペル様!? ディッペル家の後継者様じゃないか!? レーニ嬢はフランツ様と婚約するのか!?」
「まだお約束の段階ですが、将来的にはフランツ様と婚約して、ディッペル家に嫁ぐことになると思います。ところで、ラルフ殿、わたくしはリリエンタール侯爵の娘。あなたはホルツマン伯爵の息子。あなたがわたくしを『レーニ嬢』と呼ぶのはおかしいのではないですか?」

 レーニちゃんからも痛烈な言葉がラルフ殿にかけられる。
 伯爵家の子息であるラルフ殿は、格上の家である侯爵家の令嬢であるレーニちゃんのことは「レーニ嬢」ではなく、「レーニ様」と呼ぶのが正しいのだ。
 ふーちゃんですらこの場では敬語で話しているのにそれも崩れているし、ホルツマン伯爵家の教育がどれほどのものかはそれだけでよく分かる。

「し、失礼いたしました。私はちょっと用事を思い出しましたので……」

 逃げ出すラルフ殿に、ふーちゃんがふんっと鼻息荒く胸を張っていた。

「フランツ様、わたくしを助けに来てくれたのですね」
「わたち、レーニじょうたつけまつ。レーニじょう、だいすちだから」

 あんな無礼なラルフ殿よりも、三歳のふーちゃんの方がずっと格好よくて可愛いとわたくしは思わずにいられなかった。
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