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十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット
10.フィンガーブレスレットとネイルアートの評判
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ノルベルト殿下のお誕生日の昼食会は豪勢なものだった。
王家の席に座っているのでほとんど口にすることができないクリスタちゃんには同情した。
エクムント様がノルベルト殿下にお祝いを述べに行くときにわたくしも同行した。
「ノルベルト殿下、十七歳のお誕生日おめでとうございます。成人まで残り一年となられましたね」
「ノルベルト殿下、本当におめでとうございます」
お祝いを口にすればノルベルト殿下は微笑み、その隣りの席でノエル殿下が頷いている。
「学園を卒業してもノエル殿下がこの国に残って下さっているので、こうして毎日をノエル殿下と過ごせています。僕の成人はノエル殿下の願いでもあるので早く成人したいと思います」
「わたくしが願っていても、時間というものは全てのひとに平等に訪れるものです。早くと思うよりも、一日一日を大事に過ごされてください」
「ノエル殿下の言う通りですね」
ノエル殿下は成人されて学園も卒業してますます美しくなった。ノルベルト殿下と並ぶととてもお似合いだ。
プラチナブロンドの髪に青い目のノエル殿下と、白銀の髪に菫色の目のノルベルト殿下。
色白で色彩もどこか似たところがある。
こんな風に仲睦まじくなりたいと思うのだが、ちらりと見たエクムント様はわたくしの手を取って席に戻った。
席に戻った後はフィンガーブレスレットやネイルアートの話で盛り上がる。
「フィンガーブレスレットは国中の貴族から注文が入っています。エリザベート嬢の発想がまた辺境伯領に富をもたらします」
「わたくしは、たまたま毛糸で編んでいたらできただけですから」
前世の記憶でそのようなものがあっただなんてことはエクムント様に伝えられるはずがない。偶然だと誤魔化せば、ネイルアートの話にもなる。
「エリザベート嬢が考えてくださったネイルアート、工房を作り練習させています。辺境伯領で仕事がなかった若い女性たちがネイルアートの勉強をしています。重い物も持たなくていい、きつい汚れ仕事もしなくていいとなると、女性たちも喜んでいます」
「辺境伯領では女性の仕事が少なかったのですか?」
「古い考えですが女性は家庭にいるものだとか、女性の仕事であるものと言えば春を鬻ぐ仕事だとか……」
エクムント様の声が小さくなっていくが、わたくしの耳はしっかりとその単語を拾い上げていた。女性にとって辺境伯領は優しい土地ではなかった。奴隷として売られてきたカミーユは髪を短く切って女の子だと気付かれないようにしていたではないか。
あのときに辺境伯領の女性の扱いに気付くべきだった。
「辺境伯領は男性は軍人が多いですからね。女性に優しい土地とはいえません。しかし、エリザベート嬢が考えたフィンガーブレスレットの工房や、ネイルアートの工房では女性が社会進出を果たしているのです」
わたくしの前世での記憶が辺境伯領の女性の社会進出に役立っていた。その話を聞けば、わたくしも前世の記憶を頼りにネイルアートをしてみたり、フィンガーブレスレットを作ってみたりした甲斐があったというものだ。
わたくしの手にはエクムント様から贈られたフィンガーブレスレットが嵌められているし、ノエル殿下の手にも、クリスタちゃんの手にもフィンガーブレスレットは嵌められている。
そっと紫の紐に金色のビーズが飾られたフィンガーブレスレットを撫でて、わたくしは小さく息を吐いた。
フィンガーブレスレットに関しては、お茶会でも話が大いに盛り上がった。
エクムント様が国王陛下に呼ばれたのだ。
「辺境伯領ではまた面白いものを作っているようだな」
「エリザベート嬢が考えたものなのです」
「王妃もそれが気になっているようなのだ。一つ、注文してもいいかな?」
「勿論です、国王陛下」
国王陛下が王妃殿下のためにフィンガーブレスレットを注文した。
公の場でそれが話されたことにより、エクムント様は他の貴族たちに囲まれてしまった。
「辺境伯、わたくしもフィンガーブレスレットを注文したいのですが」
「私もそれを注文させていただけませんか?」
大量の注文を受けることはエクムント様は予測していたのだろう。
素早くシュタール侯爵が前に出る。
シュタール侯爵の手には注文書が紙の束になって持たれていた。
「ご注文の方は、私が承ります。こちらの注文書に詳細を書いて、王都に滞在中に私の元に持って来てください」
優雅にひとの波を抜けて出るエクムント様と、ひとの波に飲まれるシュタール侯爵。どうやらエクムント様はシュタール侯爵家にフィンガーブレスレットの製作を任せたようだ。
シュタール侯爵を手伝うオリヴァー殿も活き活きとしている。
まーちゃんがオリヴァー殿とお茶がしたいようなので、騒ぎが落ち着くまで待っていた。
反乱を疑われて孤立していたシュタール侯爵家がこれだけ重大なことを任されて、辺境伯家にとって重要だと示されていることが嬉しい。これならばシュタール家に将来嫁ぐことになるまーちゃんも安心だろう。
「エリザベート様の着けている手の甲の装飾も珍しいですが、あの爪……」
「あの爪は何なのでしょう」
「真似したいですが、どうすれば」
フィンガーブレスレットを着けることによってネイルアートが目立たなくなるかと言えばそうではない。ネイルアートにも注目が集まっている。わたくしはエクムント様の顔を見て周囲に聞こえるように問いかける。
「わたくしの爪のようなネイルアートがどこででもできるようになるにはどれくらいかかりますか?」
「場所を探さねばならないですが、職人たちが技術を覚えるのは早いと思います。秋ごろにはオルヒデー帝国中でネイルアートを楽しめるようになっているのではないでしょうか」
わたくしの意志をくみ取って、エクムント様も大きめの声で返事をしてくださる。
ネイルアートはわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんとまーちゃんしかまだ広めていないものだ。話を聞きつけてノエル殿下もわたくしに声をかける。
「ネイルアートは気になっていましたが、自分ではとてもできませんでした。してくださる方がいるのだったら、雇いたいものですわ」
「ネイルアートの技術者のいる店を国中に出したいと思っております。そこから技術者が派遣されていく形になるでしょう」
「それは素晴らしいですね。早く実現してほしいものです」
ノエル殿下の声もやや大きめでわたくしの意図を汲み取ってくれている。
宣伝ができたことでわたくしはネイルアートも広められると安心していた。
さすがにノエル殿下にわたくしがネイルアートをして差し上げるわけにはいかないし、ノエル殿下もいちいちわたくしを呼んで爪を塗ってもらうよりも、専門の技術者に塗ってもらった方がずっといいだろう。
「エリザベート嬢が図案を考えてくださったのですよ。素晴らしいネイルアートを期待していてください」
「図案は色んなものから取っただけです」
「それにしても見事なものでしたよ。辺境伯領にエリザベート嬢が嫁いできてくださるのは本当に心強い」
エクムント様からそう言われると悪い気はしないわたくしである。前世でもっとネイルアートを勉強しておけばよかったのだが、前世のわたくしは仕事に疲れた社畜だった。ネイルアートに憧れていたが、ネイルアートをして出かける時間もなかった。
それを思えば前世の願いをわたくしは叶えていることになる。
わたくしが自分ではできないネイルアートも、図案から学んだ技術者がそのうちしてくれるようになるだろう。
わたくしはその日を楽しみにしていた。
王家の席に座っているのでほとんど口にすることができないクリスタちゃんには同情した。
エクムント様がノルベルト殿下にお祝いを述べに行くときにわたくしも同行した。
「ノルベルト殿下、十七歳のお誕生日おめでとうございます。成人まで残り一年となられましたね」
「ノルベルト殿下、本当におめでとうございます」
お祝いを口にすればノルベルト殿下は微笑み、その隣りの席でノエル殿下が頷いている。
「学園を卒業してもノエル殿下がこの国に残って下さっているので、こうして毎日をノエル殿下と過ごせています。僕の成人はノエル殿下の願いでもあるので早く成人したいと思います」
「わたくしが願っていても、時間というものは全てのひとに平等に訪れるものです。早くと思うよりも、一日一日を大事に過ごされてください」
「ノエル殿下の言う通りですね」
ノエル殿下は成人されて学園も卒業してますます美しくなった。ノルベルト殿下と並ぶととてもお似合いだ。
プラチナブロンドの髪に青い目のノエル殿下と、白銀の髪に菫色の目のノルベルト殿下。
色白で色彩もどこか似たところがある。
こんな風に仲睦まじくなりたいと思うのだが、ちらりと見たエクムント様はわたくしの手を取って席に戻った。
席に戻った後はフィンガーブレスレットやネイルアートの話で盛り上がる。
「フィンガーブレスレットは国中の貴族から注文が入っています。エリザベート嬢の発想がまた辺境伯領に富をもたらします」
「わたくしは、たまたま毛糸で編んでいたらできただけですから」
前世の記憶でそのようなものがあっただなんてことはエクムント様に伝えられるはずがない。偶然だと誤魔化せば、ネイルアートの話にもなる。
「エリザベート嬢が考えてくださったネイルアート、工房を作り練習させています。辺境伯領で仕事がなかった若い女性たちがネイルアートの勉強をしています。重い物も持たなくていい、きつい汚れ仕事もしなくていいとなると、女性たちも喜んでいます」
「辺境伯領では女性の仕事が少なかったのですか?」
「古い考えですが女性は家庭にいるものだとか、女性の仕事であるものと言えば春を鬻ぐ仕事だとか……」
エクムント様の声が小さくなっていくが、わたくしの耳はしっかりとその単語を拾い上げていた。女性にとって辺境伯領は優しい土地ではなかった。奴隷として売られてきたカミーユは髪を短く切って女の子だと気付かれないようにしていたではないか。
あのときに辺境伯領の女性の扱いに気付くべきだった。
「辺境伯領は男性は軍人が多いですからね。女性に優しい土地とはいえません。しかし、エリザベート嬢が考えたフィンガーブレスレットの工房や、ネイルアートの工房では女性が社会進出を果たしているのです」
わたくしの前世での記憶が辺境伯領の女性の社会進出に役立っていた。その話を聞けば、わたくしも前世の記憶を頼りにネイルアートをしてみたり、フィンガーブレスレットを作ってみたりした甲斐があったというものだ。
わたくしの手にはエクムント様から贈られたフィンガーブレスレットが嵌められているし、ノエル殿下の手にも、クリスタちゃんの手にもフィンガーブレスレットは嵌められている。
そっと紫の紐に金色のビーズが飾られたフィンガーブレスレットを撫でて、わたくしは小さく息を吐いた。
フィンガーブレスレットに関しては、お茶会でも話が大いに盛り上がった。
エクムント様が国王陛下に呼ばれたのだ。
「辺境伯領ではまた面白いものを作っているようだな」
「エリザベート嬢が考えたものなのです」
「王妃もそれが気になっているようなのだ。一つ、注文してもいいかな?」
「勿論です、国王陛下」
国王陛下が王妃殿下のためにフィンガーブレスレットを注文した。
公の場でそれが話されたことにより、エクムント様は他の貴族たちに囲まれてしまった。
「辺境伯、わたくしもフィンガーブレスレットを注文したいのですが」
「私もそれを注文させていただけませんか?」
大量の注文を受けることはエクムント様は予測していたのだろう。
素早くシュタール侯爵が前に出る。
シュタール侯爵の手には注文書が紙の束になって持たれていた。
「ご注文の方は、私が承ります。こちらの注文書に詳細を書いて、王都に滞在中に私の元に持って来てください」
優雅にひとの波を抜けて出るエクムント様と、ひとの波に飲まれるシュタール侯爵。どうやらエクムント様はシュタール侯爵家にフィンガーブレスレットの製作を任せたようだ。
シュタール侯爵を手伝うオリヴァー殿も活き活きとしている。
まーちゃんがオリヴァー殿とお茶がしたいようなので、騒ぎが落ち着くまで待っていた。
反乱を疑われて孤立していたシュタール侯爵家がこれだけ重大なことを任されて、辺境伯家にとって重要だと示されていることが嬉しい。これならばシュタール家に将来嫁ぐことになるまーちゃんも安心だろう。
「エリザベート様の着けている手の甲の装飾も珍しいですが、あの爪……」
「あの爪は何なのでしょう」
「真似したいですが、どうすれば」
フィンガーブレスレットを着けることによってネイルアートが目立たなくなるかと言えばそうではない。ネイルアートにも注目が集まっている。わたくしはエクムント様の顔を見て周囲に聞こえるように問いかける。
「わたくしの爪のようなネイルアートがどこででもできるようになるにはどれくらいかかりますか?」
「場所を探さねばならないですが、職人たちが技術を覚えるのは早いと思います。秋ごろにはオルヒデー帝国中でネイルアートを楽しめるようになっているのではないでしょうか」
わたくしの意志をくみ取って、エクムント様も大きめの声で返事をしてくださる。
ネイルアートはわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんとまーちゃんしかまだ広めていないものだ。話を聞きつけてノエル殿下もわたくしに声をかける。
「ネイルアートは気になっていましたが、自分ではとてもできませんでした。してくださる方がいるのだったら、雇いたいものですわ」
「ネイルアートの技術者のいる店を国中に出したいと思っております。そこから技術者が派遣されていく形になるでしょう」
「それは素晴らしいですね。早く実現してほしいものです」
ノエル殿下の声もやや大きめでわたくしの意図を汲み取ってくれている。
宣伝ができたことでわたくしはネイルアートも広められると安心していた。
さすがにノエル殿下にわたくしがネイルアートをして差し上げるわけにはいかないし、ノエル殿下もいちいちわたくしを呼んで爪を塗ってもらうよりも、専門の技術者に塗ってもらった方がずっといいだろう。
「エリザベート嬢が図案を考えてくださったのですよ。素晴らしいネイルアートを期待していてください」
「図案は色んなものから取っただけです」
「それにしても見事なものでしたよ。辺境伯領にエリザベート嬢が嫁いできてくださるのは本当に心強い」
エクムント様からそう言われると悪い気はしないわたくしである。前世でもっとネイルアートを勉強しておけばよかったのだが、前世のわたくしは仕事に疲れた社畜だった。ネイルアートに憧れていたが、ネイルアートをして出かける時間もなかった。
それを思えば前世の願いをわたくしは叶えていることになる。
わたくしが自分ではできないネイルアートも、図案から学んだ技術者がそのうちしてくれるようになるだろう。
わたくしはその日を楽しみにしていた。
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