エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
445 / 528
十三章 わたくしの結婚

3.辺境伯領のわたくしの部屋

しおりを挟む
 夕食の後、わたくしは広い豪華な部屋に招かれた。
 その部屋に行くまでの廊下でエクムント様が説明してくださった。

「エリザベート嬢が辺境伯領へ嫁いできてくれたときのための部屋を用意しているのです。今は私が選んだカーテンやベッドカバーを使っていますが、エリザベート嬢がお好きなものを選んで構いません」

 そう言われていたが、星空の模様のベッドカバーも、シックなターコイズブルーのカーテンも、わたくしは一目で気に入ってしまった。

「わたくし、このままで十分です。とても素敵なベッドカバーとカーテンです」
「気に入ってくださったならよかったです」
「エクムント様が選んでくださったのですから、大事に使います」

 エクムント様はわたくしの趣味にぴったりと合うものを選んでくださっていた。
 部屋に入ると、ソファセットがあって、机があって、椅子もあって、ベッドもある。
 結婚したら夫婦の寝室でエクムント様と一緒に寝るのだと思っていたから、わたくしはベッドがあることに驚いていた。

「このベッドは?」
「結婚しても一人で眠りたい日があるかもしれません。それに、結婚するまでの間はエリザベート嬢が夫婦の寝室に泊まることはできませんからね」

 言われてみればその通りだった。わたくしはまだエクムント様と一緒に夫婦の寝室で眠るわけにはいかない。

「夏休みに辺境伯領に来られたときには、クリスタ嬢用のエキストラベッドを入れて、二人で過ごせるようにしましょう」
「それは嬉しいですわ。レーニ嬢も来たときはどうしましょう?」
「そのソファはベッドにもなるのです。エキストラベッドを入れたらこの部屋では三人で眠れます」

 しっかりとしたソファはベッドにもなるものだった。
 わたくしの部屋が辺境伯領にあるということは、辺境伯領に嫁ぐ日をどうしても意識してしまう。
 エクムント様を見ると、わたくしの手を引いて広い胸に抱きしめてくださる。

「このまま私のものにしてしまいたい」
「エクムント様……」
「ふふっ。大丈夫ですよ。エリザベート嬢が成人して学園を卒業するまで待っています」

 声を出して笑うエクムント様にわたくしは見とれてしまっていた。

 エクムント様の腕に抱かれていると、わたくしの心臓が早鐘のように打ち鳴らしている。恥ずかしいような、嬉しいような、複雑な気持ちである。

「明日の朝は、二人きりで庭を散歩しましょう」
「何時にお庭に行ったらいいですか?」
「いつもフランツ殿とマリア嬢と一緒に行くときには何時にしていますか?」
「朝の六時くらいです」
「それではそのころに」

 指を絡めて約束をするわたくしとエクムント様。
 エクムント様の腕から離されるかと思いきや、エクムント様に前髪を持ち上げられて額に口付けをされる。

「お休みなさい、エリザベート嬢」
「お、お休みなさいませ、エクムント様」

 唇にではないが、額に口付けをされてわたくしは熱を持つ額を押さえてお休みの挨拶をしたのだった。

 シャワーを浴びて寝る準備をしてベッドに入ると、美しい夜空の模様のベッドカバーが目に入る。手の平で撫でるとさらさらとして心地よい。
 全然暑さも重さも感じないし、もしかするとこのベッドカバーは絹でできているのかもしれない。

 辺境伯領は冬でも雪が降ることはないし、夏場は暑くなるので、カーテンも涼し気な薄いものだった。

 美しいベッドカバーとカーテン。
 ベッドにもなるソファ。
 エクムント様の選んだものに囲まれてわたくしはぐっすりと眠った。

 翌朝目を覚ますと、朝の六時近かった。
 急いで洗面を済ませて支度をして庭に出ると、もう外は明るくなり始めている。
 庭ではエクムント様がシャツとスラックス姿で待っていてくださった。

「遅れてすみません」
「いいえ、時間ぴったりですよ。私が少し早く来たのです」

 隣りに並ぶと、エクムント様がわたくしの手を握る。指を絡めて手を繋いで歩いていると、緑の茂みが見える。
 ブーゲンビリアやハイビスカス、アラマンダやプルメリアはまだ花をつけていないようだが、青々とした葉っぱはよく茂っていた。
 庭には春薔薇の植えてある場所もある。春薔薇を見ていると、エクムント様がわたくしに声を掛ける。

「皇帝ダリアではありませんが、普通のダリアを植えている場所もあります。一緒に見に行きますか?」
「行きたいです」
「ブルーサルビアも植えています」

 ダリアはエクムント様がディッペル家に仕えていたころにわたくしのお誕生日にプレゼントしてくれた花だった。そのせいでわたくしは花の中ではダリアが一番好きだった。
 そういえばエクムント様はダリアがわたくしの誕生花だと言っていなかっただろうか。

「ダリアはわたくしの誕生花なのですか?」
「そうですよ。本に書かれていました」
「エクムント様の誕生花は何なのでしょう」
「調べたことはありませんね。今度調べてみますか」

 話しながら庭を歩いてダリアの茂みの前に立つ。残念ながら花は咲いていなかったが、これからダリアも花が咲くだろう。

「ブルーサルビアも植えたのですか?」
「エリザベート嬢は小さなころに私にプレゼントしてくれたでしょう? あれから、ブルーサルビアが好きな花になりました」

 わたくしがエクムント様から貰ったダリアを好きになったように、エクムント様もわたくしが差し上げたブルーサルビアを好きになってくれている。それはとても嬉しいことだった。

「辺境伯家に嫁いできてもダリアの花もブルーサルビアも春薔薇も庭にあります。見慣れたものがあった方がエリザベート嬢は落ち着くのではないかと思ったのです」

 シュタール家の庭にナターリエ嬢とオリヴァー殿がまーちゃんのために薔薇の花を植えたように、エクムント様もわたくしのためにダリアやブルーサルビアや春薔薇を植えていてくれた。その心遣いがわたくしには嬉しかった。

 朝の散歩が終わると、エクムント様とカサンドラ様と一緒に食堂で朝食を取る。
 朝食はパンと生ハムとチーズとカリカリに焼いたベーコンとオムレツとフルーツサラダだった。フルーツのたくさん入ったサラダはデザート感覚で美味しくいただく。
 飲み物は当然のようにわたくしにはミルクティーが出てきた。

「ディッペル領から貰った長毛の牛は山間の牧場で育てられています。まだ数は少ないですが、牛は出産しないと牛乳が出ないので、増えていくことでしょう」

 そうなのだ。
 わたくしもすっかりと忘れていたが、動物は出産しないとお乳は出ない。長毛の牛は長い期間牛乳を出すというが、それも出産してからの期間のことだ。出産していない牛からは牛乳は搾れないのだ。
 そうなると牛が次々と生まれてくることになる。
 牛肉用の牛ではないので、肉にされることもないだろう。
 増えていく牛の中の雌牛は育ったら乳牛になるのだろう。

「このミルクティー、ディッペル領で飲むものと変わりませんわ」
「それはよかった。エリザベート嬢の舌を満足させられるなら、乳牛を買った甲斐があります」

 わたくしのために山間で飼われている乳牛は、そのうちに辺境伯領中に牛乳を広めるのではないだろうか。
 辺境伯領でも普通にミルクティーが飲まれる日は遠くない気がしていた。

 朝食が終わるとわたくしは荷物を片付けて帰る準備をする。
 トランクに荷物を詰めて、馬車に運ばせているとエクムント様が来てくださる。

「駅まで送りましょう」
「お忙しくないのですか?」
「少しの時間でも一緒に過ごしたいのです」

 そんなことを言ってくださるエクムント様にわたくしは甘えることにして、駅まで送ってもらった。
 冬の日にディッペル領で駅でエクムント様を見送ったのはわたくしだったが、今度は春の辺境伯領でわたくしをエクムント様が見送ってくださることになる。

「エリザベート嬢気を付けて」
「またすぐに会えますわ」
「その日を楽しみにしています」

 列車に乗り込むわたくしに、エクムント様はずっと手を振り続けていた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

処理中です...