エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十三章 わたくしの結婚

13.銀糸の刺繍のヴェール

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 結婚式の準備があったのでわたくしとエクムント様はみんなと別行動を取らせてもらっていた。みんなは今日は湖に行くのだが、わたくしとエクムント様は町に出て結婚式の衣装の生地を見繕いに行っていた。
 店は辺境伯家の近くにあって、エクムント様も護衛もいたのでわたくしは歩いて行くことに決めたのだ。
 日傘をさして外を歩くと、確かに暑いのだが日傘の陰の分だけ涼しい気がする。
 エクムント様の腕を持って寄り添って進んでいると、店に着いた。

 店では結婚式の衣装を取り扱っているようだ。
 わたくしのお目当ては辺境伯領の刺繍の入った美しいヴェールだった。

「結婚式のヴェールを探している。この店の最高のものを持ってきてくれ」
「はい、心得ました」

 エクムント様に言われて店長がヴェールを持ってくる。
 純白で長いヴェールは刺繍が施されているだけではなくて、所々に煌めくカットガラスのビーズが縫い込まれていた。

「こちらが刺繡のみのヴェール、こちらがカットガラスをあしらったヴェールになります」
「ゆっくり見せてもらおう」

 手招きされて、エクムント様に促されてわたくしはヴェールに手を触れて刺繍を指で辿り、カットガラスのビーズに触れてできを確かめる。

「ビーズが縫い込まれているものはガラスなので重いかもしれません」
「そうですね。このヴェールには銀糸で刺繍が施されているのですね」
「銀糸だったらティアラの銀色、エリザベート嬢の目の光沢の銀色とよく合いますね」

 辺境伯領のエキゾチックな模様が銀糸で刺繍されたヴェールがわたくしは気になっていた。

「どうぞ、被ってみられませんか? こちらに大きな鏡があります」
「よろしいのですか?」
「お使いください」

 大きな鏡の前に立ってわたくしは銀糸の刺繍のヴェールを被ってみる。
 ヴェールの下にティアラがあるのを想像するととてもよく似合う気がするのだ。

「エクムント様、どうでしょう?」
「とても美しいです。今すぐにでも式を挙げたいくらいです」
「エクムント様ったら」

 照れながらヴェールを外してわたくしはエクムント様にお願いする。

「このヴェールを第一候補にしたいのです」
「他に気に入るヴェールがあるかもしれませんからね」
「そんなことを言ってもいいのでしょうか」
「いいと思いますよ。店主、私は辺境伯家のエクムント・ヒンケルだ。このヴェールを取り置きしておいてくれるか?」
「はい、喜んで取り置きいたします」
「ヴェールの半額は前金として払っておこう。もしこのヴェールを使わなくても、四分の一は取り置きをしてもらった礼として支払うことにする」
「ありがたいことでございます。辺境伯様のために取っておきます」

 ヴェールの第一候補が決まってわたくしはご機嫌だった。
 エクムント様が店主と交渉している間、わたくしは横の建物が気になっていた。横の建物には靴が売っているのだ。
 結婚式の靴はまだ決まっていなかったし、靴が見たい気持ちが逸ってわたくしはエクムント様に告げた。

「少しお隣りのお店を見ています」
「護衛を付けて、気を付けて」
「はい」

 答えて横の店に行くと、磨かれた綺麗なハイヒールが売っているではないか。
 真っ白なハイヒールがないか探してみるのだが、そんなわたくしに声を掛けてくる男性がいた。

「どこの貴族のお嬢さんかな? 護衛はついているようだが、どれも弱そうだ」
「きゃっ!?」

 急に腕を掴まれて引き寄せられそうになったわたくしを、護衛がその男性から引き離してくれる。

「話をしたいだけだ。邪魔をするなら容赦しないぞ? 私は軍人だ!」

 酔っているのか酒臭いその男性に腕を掴まれそうになってわたくしは護衛の後ろに隠れる。

 エクムント様はわたくしに手を差し伸べるときに、手の平を上にしてその上にわたくしの手を乗せる形にする。
 腕を組むときにはエクムント様の腕をわたくしが持つ形になる。
 どちらも主導権はわたくしにあって、エクムント様はわたくしが離れたいときにはいつでも離れられる体勢を取ってくださる。

 わたくしは腕を掴まれるだなんて乱暴なことを初めてされたのだ。
 相手は軍人だと言っているし、護衛たちも警戒しているようで胸がざわつく。
 大きな騒ぎが起きて、大喧嘩になったらわたくしはそのような光景を見たくはなかった。

「軍人、だと? それならば、私のことは知っているだろうな」

 そのとき声を掛けてくださったのは横の店から出てきたエクムント様だった。

「ひっ!? エクムント・ヒンケル総司令官!?」
「その方は私の婚約者だ。私の婚約者に何の用だ? 階級を述べよ!」
「私は、海軍第三部隊の部隊長であります!」
「それでは、今日からはただの兵士に逆戻りかな?」
「そ、そんな!」
「昼間から酒に酔って貴族の令嬢に声を掛けるとは何事だ! 謹慎して自分の身を改めよ!」

 非番だったのかもしれないその軍人の男性は、エクムント様に謹慎を言い渡されてすごすごと逃げ去っていた。
 驚いているわたくしにエクムント様が近付く。

「我が軍の軍人が迷惑をかけましたね」
「エクムント様が謝ることではありませんわ」
「末端までは教育が行き届いていないのが現状でして。軍人だということを笠に着て街中で横柄な態度を取るものもいるのです」
「それは、エクムント様もご苦労をなさっていますね」
「このようなことが二度と起こらないように、軍に通達を出します。エリザベート嬢には怖い思いをさせて申し訳ありません」

 誠意をもって謝ってくれるエクムント様に、わたくしも恐怖が薄れてくる。エクムント様が肘を差し出し、わたくしはそこを持って歩き出す。もう靴を見る気分ではなくなっていた。

「やはり馬車で来た方がよかったですね。辺境伯家の馬車が停まっていれば、誰も近寄らなかったのに」
「わたくしはエクムント様と辺境伯領を歩けて楽しかったですよ。普段見ない街並みを見ることができました」
「それでも、怖い思いをさせてしまいました」

 確かに、辺境伯家の馬車があればあの軍人はあの店に来ていたのは誰かすぐに勘付いて近付いてこなかっただろう。それはあったのだが、わたくしはそれ以上にエクムント様と一緒に辺境伯領の辺境伯家の近くを歩けたことが嬉しかった。
 普段はわたくしはディッペル家の近くですら歩いたことがない。護衛を付けても公爵の娘ということで危険なので極力外には出してもらえないのだ。
 学園とディッペル家、ディッペル家と辺境伯家を行き来するときでも、いつも馬車に乗って、馬車には護衛がついている。

 こんな風に街中を歩ける機会というのは本当に少ないのだ。

「辺境伯家の近くにこんなお店があって、こんな道があって、街路樹が生えていて……歩いてみなければ分からなかったことです」
「エリザベート嬢は街歩きが好きですか?」
「はい。辺境伯領はわたくしの第二の故郷になる場所です。もっと知りたいと思います」

 素直にわたくしが答えると、エクムント様はわたくしと並んで歩きながら頷く。

「それならば、また一緒に街歩きに出ましょう。エリザベート嬢が小さいころ行った市も、また行きたいでしょう?」
「市! わたくし、市で買い物をしたことはよく覚えています。クリスタが綺麗な模様の紙を買い占めて、わたくしがオウムのシリルと出会った場所です」

 市のことを思い出すとわたくしの胸は高鳴る。
 またあの賑やかな市に行きたいし、買い物もしたい。

「辺境伯領ならばどこに行っても安全と言えるような場所になればいいのですが、まだまだ治安がいいとは言えませんから、私といつも一緒になりますが」
「エクムント様と出かけるのは楽しいです。こういうのを、デートと言うのでしょう?」

 大胆なことを言ってしまってからわたくしは顔を赤らめる。

「そうですね。夫婦になってもデートをたくさんしたいものですね」

 平然と返すエクムント様にわたくしは赤い顔で頷くのだった。
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