エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十三章 わたくしの結婚

26.テラスでのキス

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 踊り終わると、ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下が挨拶に来てくれた。

「エリザベート嬢、成人おめでとうございます。素晴らしい年になりますように」
「エリザベート嬢の花冠、とてもお似合いですね」
「ありがとうございます、ハインリヒ殿下、ユリアーナ殿下。お茶会を楽しんでくださいませ」

 ハインリヒ殿下はクリスタのところに、ユリアーナ殿下はデニス殿のところに駆けて行くのを見ていると、ノエル殿下とノルベルト殿下がわたくしとエクムント様のところにやってきた。

「わたくし、成人のお誕生日は隣国で過ごしましたが、周囲が気を遣ってくれるのがよく分かりましたよ」
「僕との時間を大事にさせていただきました」
「それで、皆様わたくしにあまり話しかけてこないのですね」

 成人のお誕生日は特別だからこそ、婚約者であるエクムント様としっかり過ごさせてくれるように周囲は気を遣ってくれていたのだ。毎年のお誕生日はご挨拶に追われてそれどころではなかったが、今年はそんなことがないと思っていたのだ。

「エリザベート嬢、今日のあなたは今までで一番輝いていますわ。エクムント殿との時間を大事に過ごしてください」
「エリザベート嬢が成人のお誕生日を楽しめることを祈っています」
「ありがとうございます、ノエル殿下、ノルベルト殿下」

 ノエル殿下も例年はわたくしのお誕生日は隣国に帰っていたが、ノルベルト殿下に嫁いだ今、この国の貴族として、学園を卒業したら辺境伯夫人となるわたくしのお誕生日を優先してこの国に残ってくれたのだろう。
 ノエル殿下とノルベルト殿下の心遣いに感謝して、わたくしは深くお辞儀をした。

 踊った後だったので喉が渇いていたのだが、エクムント様はそれに気付いてすぐに飲み物を給仕から貰ってきてくださる。
 冷たい葡萄ジュースは踊って熱くなった体に染み渡るようだった。エクムント様が飲んでいるのは葡萄酒のように見えるが、葡萄ジュースだろう。この時間のお茶会でアルコールが出されることはない。

「エリザベート嬢の白い花冠を見ていると、婚約式のときのことを思い出します」
「あのときは本当にわたくしは小さかったですからね」
「あの小さなエリザベート嬢がこんなに大きくなって、私の隣りにいてくれる。そのことに幸せで胸がいっぱいになります」

 わたくしもエクムント様と一緒に過ごせて幸せで胸がいっぱいになっているのだが、エクムント様の方もそうだったようで、わたくしは笑みをこぼす。

「わたくしも同じ気持ちだったのですよ。わたくしたち、似ていますね」
「似たもの夫婦になれるでしょうか?」
「夫婦として暮らしていたら、同じものを食べて同じお屋敷に暮らして、考えることも生活も似てくるのだと思います」
「私の肌は褐色で、エリザベート嬢の肌は真っ白です。こんなにも違うのに、同じところがあるなんて不思議ですね」

 エクムント様の肌の色についてわたくしは幼いころから見ていたので不思議に思ったことがなかったが、この国においては少数派であることは確かだった。辺境伯領では見慣れた色彩だったが、辺境伯領と中央の歴史を鑑みるに、辺境伯領の貴族はあまり中央のパーティーには参加しない傾向があるので、褐色肌の貴族は辺境伯領と関わりの深いディッペル家のお茶会でも少ししかいなかった。

 これからもっと辺境伯領の貴族と中央の貴族が交流を持てるように促していくのが、中央から辺境伯家に嫁ぐわたくしの使命なのかもしれないと思い始めていた。

 心の中でそんなことを考えていると、エクムント様がわたくしをテラスに連れ出す。
 誰もいないテラスの椅子に座ると、エクムント様がわたくしの両手を握ってわたくしの銀色の光沢のある黒い目を、金色の目でじっと見つめてきた。

 これはもしかして、キスなのではないだろうか!?

 今日はわたくしの成人のお誕生日。
 成人したわたくしにエクムント様がキスをしてくれるのではないだろうか。

 そっと目を瞑り、唇はどうするべきか悩んでいると、柔らかな感触が頬に触れた。

 頬!?

 成人したのだから今度こそ唇にキスしてもらえると思っていたのに、エクムント様が口付けたのは頬だった。

「エリザベート嬢、愛しています」
「わたくしもエクムント様のことをお慕いしております」

 答えつつも、唇ではなく頬にキスをされたことはちょっとだけ不本意だった。
 成人してもまだわたくしは子ども扱いされているのではないだろうか。いや、エクムント様はわたくしのことを淑女として扱ってくれているが、それでも唇にキスはまだ早いと思っているのかもしれない。
 それならばいつならばいいのだろう。
 わたくしの心の準備はできているのに、まだ頬にキスで止まっている。

 こんなことを誰かに相談するわけにはいかないし、わたくしは微妙な顔でエクムント様の頬に口付けを受けてしまったし、恥ずかしくて熱くなる頬を押さえていた。

 エクムント様はわたくしの肩を抱いて引き寄せる。

「エリザベート嬢は今日の主催なのに、二人きりになりたくて連れ出してしまいました」
「エクムント様に二人きりになりたいと思っていただけるのは嬉しいです」

 でも、なんで頬にキスなんですか?
 わたくし、成人したのです。唇にキスをしてくださってもよろしいのではないですか?

 なんて、はしたないことは口にできない。
 赤い頬を押さえてわたくしは恥じらっているふりをしていたが、その心の中に、ちょっとした不満が渦巻いていたのはわたくしだけが知っているのだった。

 お茶会が終わると、わたくしとエクムント様でお見送りをする。
 初めに来たのはハインリヒ殿下とユリアーナ殿下を乗せる馬車だった。

「本日は本当にありがとうございました」
「エリザベート嬢とエクムント殿が仲睦まじく、一緒にいるのを見て安心しました」
「結婚式は王都と辺境伯領でするのですよね? わたくし、辺境伯領の結婚式に参加したいです」
「ぜひいらしてください」

 ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下を見送ると、ノエル殿下とノルベルト殿下のアッペル大公家の馬車が来る。

「エリザベート嬢、結婚式に向けて毎日美しくなっていくようですわ。今の幸せな時間を大切に過ごしてくださいね」
「とても楽しかったです。お招きありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。ノエル殿下の仰るように、日々美しくなれるように努力いたします」

 ノエル殿下とノルベルト殿下を見送ると、レーニ嬢とデニス殿とゲオルグ殿とリリエンタール公爵夫妻のリリエンタール家の馬車が到着する。

「エリザベート嬢、幸せそうなお顔が見られて嬉しかったですわ」
「エリザベート嬢は結婚なさったのですか?」
「ゲオルグ、まだだよ。学園を卒業されてから結婚されるんだよ」
「それはいつ?」
「来年の春」

 ゲオルグ殿はわたくしの白薔薇の花冠を見たせいか、わたくしがもう結婚したかのように錯覚していたようだ。それをデニス殿が兄らしく訂正している。

「レーニ嬢、デニス殿、ゲオルグ殿、リリエンタール公爵夫妻、お越しいただきありがとうございました」

 深く頭を下げても母が結ってくれた髪は崩れず、花冠も落ちなかった。

 オリヴァー殿もナターリエ嬢も馬車に乗って、貴族たちがそれぞれのお屋敷に帰っていく。
 エクムント様は最後までわたくしと一緒に見送っていた。

 お見送りが終わるとエクムント様に手を引かれてお屋敷の中に入る。
 エクムント様はわたくしと話したい様子で、少しゆっくりと歩いていた。

「エリザベート嬢、今日は私がエリザベート嬢を独占してしまった気がします」
「独占されて嬉しかったです」

 辺境伯夫人になればこういうこともできなくなるだろう。
 わたくしにとっては貴重な最後のチャンスだったのかもしれない。

「エクムント様、結婚式の日までもう少し待ってくださいね」
「十年待ったのです。これからまだ待つことになっても少しも苦痛ではありません」

 むしろ、その日が近付いているのを感じて、心が躍るようです。

 エクムント様の言葉にわたくしは自然と笑んでいた。
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