エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
503 / 528
最終章 わたくしの結婚一年目とクリスタの結婚

11.ヴェールの注文と専門学校

しおりを挟む
 皇太子陛下であるハインリヒ殿下のお誕生日の式典が終わると、わたくしとエクムント様は領地である辺境伯領に帰る。
 辺境伯領ではわたくしたちはしなければいけないことがあった。
 まず第一に、クリスタのヴェールを注文すること。

 クリスタのヴェールはわたくしのヴェールを探しに行った店に注文しに行った。
 辺境伯領でも一番の店らしいのだ。
 辺境伯家とは比べ物にならないが、大きな店に入ると店主がすぐに出てきてくれる。
 エクムント様もわたくしも辺境伯領では顔を知られているし、この店には前にも来たことがあった。

「いらっしゃいませ、辺境伯ご夫妻」
「皇太子妃になる義妹のヴェールを注文したいのだ。金髪と金色のティアラに合うように金糸で刺繍を施してほしい」
「金糸だけでよろしいですか? 辺境伯夫人のヴェールは薔薇の花で飾られてとても美しかったと聞きます」

 この店で手に入れたヴェールにわたくしはディッペル家で手を加えていた。結果、ドレスとお揃いの薔薇の花びらの刺繍されたヴェールになったのだが、それはヴェールを手渡した後でクリスタがドレスに合わせてアレンジを加えそうな気がする。

「金糸だけでお願いします」

 わたくしが言えば、店主は何種類ものヴェールを見せてきた。わたくしが選んでいると、エクムント様が一枚を指差してわたくしに示す。

「これはエリザベート嬢が結婚式で使ったものと同じではないですか?」
「確かにそうですね」
「仲のいい姉妹が同じヴェールの生地に違う刺繍を施して結婚式を挙げるのはよいのではないでしょうか」

 わたくしとエクムント様からのプレゼントなのだし、わたくしと同じ生地で刺繍だけ別のものにするのも悪くないかもしれない。

「いいと思います。これでお願いします」

 その後は刺繍のデザインを選んで、わたくしとエクムント様はその店を後にした。
 店は辺境伯家から近いので、エクムント様にエスコートされてわたくしは一緒に道を歩いて帰る。日傘はエクムント様が持ってわたくしに差し掛けてくれていた。

「辺境伯領はもう夏の気配がしますね」
「真夏はまだまだ暑くなりますよ」
「それは夏休みに泊まりに来ていたので経験済みです」

 わたくしがエクムント様に言うと、エクムント様がわたくしを連れて露店の前で足を止めた。こんなところに来るのは初めてなのでわたくしはエクムント様の肘をぎゅっと握ってしまう。

「レモン水を二杯頼む」
「はい、二杯ですね」

 注文をされた露店のものは、素焼きの壺のようなものからレモン水を柄杓で掬って、カップに入れてわたくしとエクムント様に手渡した。財布から小銭を出してエクムント様は支払っている。

「素焼きの壺を使っていると、表面に水滴が滲み出て、常に気化しているので中身が冷たいのですよ」
「あ、本当です。冷たくて美味しい」

 促されてカップの中身を一口飲めば冷たさとレモンの爽やかな香りが口の中に広がる。
 氷が買えない平民もこうやって涼を取っているのかとわたくしは学んだ。

「エリザベートが暑そうだったので、水分補給をしておこうと思いまして」
「ありがとうございます」

 飲み終わるとカップは露店に返すシステムのようだったので「ごちそうさまでした」と声を掛けると、露店のものはわたくしをぼーっと見ていたが、慌てて「ありがとうございました」と頭を下げた。

 こんな風に町で露店で買い物をするだなんて初めての経験だ。
 レモン水は冷たくて美味しかったし、エクムント様は優しいし、わたくしは満足して辺境伯家に戻った。

 辺境伯家に戻ると、エクムント様と話し合わなければいけないことがたくさんある。
 辺境伯領に作る専門学校のことで決めなければいけないことが幾つかあった。

「専門学校の建設予定地から探していかなければいけませんね」
「今あるフィンガーブレスレットの工房や、ネイルアートの技術者を育てる工房は、すぐに用意されましたが、どうしたのですか?」
「あれは元々職人が離れて使わなくなっていた工場を改装して使ったのです」
「何の工場だったのですか?」
「軍事産業です。鎧を組み立てたり、剣を研いだりする工房でした」

 戦争がここ百年ほどは起きていないので鎧や剣を作る工場は少しずつ廃れていったようだが、建物は残っていた。その建物をエクムント様は改装して工房にしたのだ。

「それで、フィンガーブレスレットの工房と、ネイルアートの技術者を育てる工房は近くにあったのですね」
「あの地域が工場地帯でしたからね」
「それでは、他にも空いている工場や土地があるのではないですか?」

 ここ百年ほどで剣は銃に変わって、騎士や護衛や軍で使っている剣は儀式的なものになっている。銃の工場は残っているようだが、他にも剣や鎧を作っていた場所が空いているのではないだろうかとわたくしは考えていた。

「確かに、あの辺りは空き地が多い」
「思い切って、専門学校をその地域に密集させるのはどうですか? 専門学校を卒業した者が工房に入りやすくなるし、ネイルアートの工房は拡張すればそのまま専門学校として使えそうです」

 密集させた中にデザイン科のある専門学校も作って、様々なデザインを実地で体験しつつ学んで、新しいデザインを生み出せるようにすればいい。
 わたくしの提案にエクムント様は快く頷いてくれた。

「エリザベートの言う通りにしましょう。軍事産業で栄えていたが、今は廃れているあの地域を専門学校街に変えてしまいましょう」

 専門学校で一つの町ができるだなんて、それはとても素晴らしい。
 人材を育てることこそが国を育てることに繋がるというのがわたくしの信念だが、違う分野の専門学校とも交流を持って、お互いに刺激し合い、よりよいものを作り上げる専門学校街ができれば何よりだ。

「そのためには寮の整備をしなければいけませんね」
「寮は大事ですね。成績優秀者には授業料も寮の料金も無料にすると言えば生徒も集まってくるでしょう」
「成績優秀者でなくても、食事は無償にしてくださいね」
「食事が食べられるとなると、入学希望者も増えるでしょう」

 最初は辺境伯領の出費が多くなってしまうが、技術者となった生徒たちが働きだせばすぐにそれくらいの出費は取り戻せるようになるだろう。
 それ以上の収入を辺境伯領にもたらしてくれるかもしれない。

 専門学校街を作ることにわたくしは信念を燃やしていた。

 執務が終わるとわたくしとエクムント様は順番にお風呂に入って、寝室に行く。
 寝室では窓は開けられていたが、昼間の暑さの名残で少し蒸し暑かった。

 肌触りのいいシルクのパジャマはさらさらとして風を受けると涼しくて心地よい。

「エクムント様」
「エクムントと呼んでください」
「エクムント……」

 頬に手を添えられて口付けられて、わたくしは目を伏せる。
 口付けは一度だけではなくて、何度も角度を変えてわたくしの唇に降ってくる。

 エクムント様の腕に深く抱き締められて、わたくしは目を閉じた。

 甘い夜を過ごした翌日は、どうしても早朝に起きられない。
 ベッドまで朝食を持ってきてくれる給仕をエクムント様が寝室の入り口で受け取って、さっさと追い払ってしまう。
 二人きりの時間が続くのは嬉しいが、エクムント様に見とれてわたくしはパンのかけらをベッドに落としてしまいそうだった。

「今日もお散歩にいけませんでした」
「わたしはエリザベートの寝顔を堪能できたのでよかったですが」
「エクムント様!? そんな、み、見ないでください! 恥ずかしいです」

 慌てるわたくしにエクムント様がわたくしの髪を撫でて額に口付けをしてくれた。

「エリザベートが私の腕の中で安心して眠っていると思うと、私の胸は幸せに満ちるのです。この幸せを守るためならば、私は何でもできそうです」
「わたくしも、エクムント様に愛されて、とても幸せです」

 頬を染めながら言ったわたくしに、エクムント様は肩を抱き寄せてつむじにキスを落とした。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

処理中です...