そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

文字の大きさ
37 / 151
二章 ご寵愛されてます

7.初めての旅行

しおりを挟む
 帝都の外れの湖に近い別荘に行く日が来た。
 わたくしとアレクサンテリ陛下の荷物は別の馬車に積みこまれて、わたくしとアレクサンテリ陛下は特別製の巨大な馬車に乗った。馬車の中には長椅子もあって、机と椅子もあって、過ごしやすいようになっている。
 馬車の隅にはアレクサンテリ陛下の側近の方らしき男性が立っていた。

 アレクサンテリ陛下に手を貸してもらって高いステップを上がって馬車の中に入ったわたくしは、アレクサンテリ陛下と並んで長椅子に座る。長椅子は横になることもできるように設計されているので、大きく、広く、ゆったりと座れる。

「ご一緒させていただく、テオ・グランディと申します。妃殿下、どうぞお見知りおきください」
「初めまして、レイシー・ディアンです。よろしくお願いいたします」
「グランディ侯爵家次男ですが、騎士団に勤めております。本日は、皇帝陛下と妃殿下を騎士としてお守りいたします」

 赤い髪に緑色の目のテオ・グランディ様は、わたくしは聞いたことがある名前だった。確かユリウス様がアレクサンテリ陛下の側近だと言っていた方だと思う。
 わたくしが挨拶をすると、胸に手を当てて騎士の礼をするテオ様に、わたくしも頭を下げる。

「あまりレイシーに近付くな、テオ」
「嫉妬深いのは嫌われますよ。わたしには愛しい妻子がいるのでご安心ください」

 年のころはアレクサンテリ陛下と同じくらいだろう。この国の貴族は学園を卒業すると結婚していくので、わたくしの年齢で結婚するのは少しもおかしくはない。アレクサンテリ陛下の年齢まで独身であるということはかなり珍しいことだった。
 テオ様が学園ではなく騎士学校を卒業したのかもしれないが、その後すぐに結婚していたとすれば、もう結婚十年目くらいになるのではないだろうか。
 子どももおられると言っているし、結婚してかなり時間が経っているのは間違いないだろう。

「テオ様もアレクサンテリ陛下が幼いころからの遊び相手だったのですか?」
「わたしは皇帝陛下と同じ年だったので、七歳のときから遊び相手として皇宮に上がっておりました。騎士学校に通う間はおそばにいられませんでしたが、それ以外は皇帝陛下のおそばにずっといさせていただきました」
「それでは、アレクサンテリ陛下の小さなころを知っているのですね! どんな子ども時代でしたか? かわいかったですか?」

 夢の中でセシルとして見守ってきたガーネくんが、アレクサンテリ陛下として皇宮でどう過ごしていたのか知りたい。
 軽い気持ちで聞いてしまったが、テオ様は表情を曇らせてしまった。

「皇帝陛下はクーデターで逃がされた後、保護されるまでにお世話になった方を亡くされたということでとても落ち込んでおられました。遊びに誘っても全く反応はなく、一人にしてほしいと仰っていました」

 そうだった。
 アレクサンテリ陛下は目の前でセシルを亡くしているのだ。それから絶望して地獄のような日々を送ったと聞いていた。
 つい気になって聞いてしまったが、アレクサンテリ陛下の悲しみを思い出させただけかもしれない。心配になってわたくしがアレクサンテリ陛下を見ると、アレクサンテリ陛下はわたくしの肩を抱いて囁きかける。

「レイシー、わたしがいるのに、他の男に話しかけるのは妬けてしまうな。わたしのことが知りたければ、わたしに聞いていいのだよ」
「すみません、悲しいことを思い出させましたか?」
「セシルのことについては、レイシーと出会った時点で心に区切りがついている。レイシーがいてくれればもう悲しくはない」

 わたくしが謝れば、アレクサンテリ陛下は気にしていないと言うように微笑んで見せる。アレクサンテリ陛下の中で心に区切りがついていればいいのだが、わたくしは余計なことを聞かないように気を付けようと思った。

 馬車は多少は揺れるが、それほどひどい揺れではなく、滑らかに進んでいく。
 テオ様は馬車の隅に移動して座って、わたくしはアレクサンテリ陛下と水筒からカップにお茶を注いで、お茶を飲みながら話していた。

「アレクサンテリ陛下は旅行に行かれるのは初めてなのですね」
「執務として視察に行ったことはあるが、私的な旅行は初めてになるね」
「わたくしも旅行は初めてなのです。ディアン子爵家の領地の視察になら行ったことはありますが、旅行をするほどの余裕はなかったので」

 旅行を楽しむだけの経済的な余裕がディアン子爵家にはなかった。
 そのため、わたくしもソフィアも旅行に行ったことはない。領地の視察に行ったことはあるが、それは将来わたくしが子爵家を継ぐために必要な学習でしかなかったし、楽しむためのものではなかった。

「湖では釣りができるらしいのだ。レイシーは釣りに興味があるかな?」
「釣りはしたことがありません。アレクサンテリ陛下と一緒ならやってみたいです」
「湖ではボートにも乗れるらしい。乗ってみるか?」
「ボートを漕いだことがないのですが、できるでしょうか?」
「ボートはわたしが漕ごう。レイシーは乗っているだけでいいよ」

 釣りにボートと楽しいことが待っていそうな予感に、わたくしはわくわくしていた。

「皇帝陛下、釣りは……その、女性にはあまり……」
「そうなのか?」
「釣りの餌は虫ですので、女性はあまり好まないかと思われます」

 テオ様がアレクサンテリ陛下に助言をしているが、わたくしはそれに対して口を挟ませてもらった。

「わたくしはディアン子爵家でも、皇帝宮の中庭でも、家庭菜園を作っています。野菜を育てるときには虫を駆除することもあります。わたくし、虫を見るのも、触るのも平気ですよ」
「さすがはレイシーだ。わたしの方が怯んでしまうかもしれない」
「でしたら、アレクサンテリ陛下の釣り針には、わたくしが虫をつけて差し上げます」

 虫が怖くて家庭菜園はしていられないのだ。
 芋虫も、甲虫も、わたくしは素手で触れるし、駆除することも平気だった。

「妃殿下は変わっていらっしゃいますね。あ、いえ、嫌な意味ではありません」
「テオ、レイシーは素晴らしい女性なのだ。仕立て職人と共に作業室で縫物や刺繍をし、中庭では家庭菜園で野菜を育て、学園では首席をずっと保っていて妃教育も非常に優秀だと聞いている」
「妃殿下のことをよく知りもせず、余計なことを口にしました。お許しください」

 頭を下げて謝罪するテオ様に、わたくしは首を振って謝ることはないのだと示す。

「気にしないでください。わたくしが普通の貴族の令嬢と違っているのは自覚があります」
「その違っているところに、皇帝陛下は惹かれたのでしょうね」

 テオ様の表情が柔らかくなっている気がする。
 わたくしはテオ様とも仲良くなれそうだと思っていた。

 馬車が別荘に着いたのは昼過ぎだった。
 馬車から降りると、広く大きな湖に橋が架かっていて、その橋の上に乗り出すように屋敷が建っているのが分かる。
 これが皇帝陛下の別荘のようだった。

 アレクサンテリ陛下に手を引かれて、わたくしは広いお屋敷の中に入った。
 屋敷の玄関ホールには使用人たちが集まっている。

「ようこそいらっしゃいました、皇帝陛下、妃殿下。食堂で昼食の用意をしております。すぐに召し上がられますか?」
「それでは、食堂に行こう」

 アレクサンテリ陛下に手を引かれて、わたくしは別荘の食堂に行く。食堂ではわたくしとアレクサンテリ陛下の席が用意されていた。
 横並びに座ると、料理が出てくる。
 新鮮な野菜のサラダと、魚と野菜の包み焼き、焼きたてのパンが出てきた。どれも美味しく、幸せに食べていると、アレクサンテリ陛下が食べながらこれからの予定を話してくれた。

「食事が終わったら湖に散策に出かけよう。ディアン子爵家の家族が来るのは明日だ。明後日と明々後日のどちらかに釣りをして、ボートに乗ろう。今日のお茶は湖の見える丘の上でするのはどうかな?」
「湖を見ながらお茶ができるなんて楽しみです」
「レイシーの好きなキッシュと、フィナンシェとフロランタンを持って行こう」
「はい」

 庭でお茶をしたことはあるが、完全に敷地内ではない外でお茶をするのは初めてだったので、わたくしはとても楽しみにしていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ
恋愛
 ──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。  彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。  ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。  だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。 ※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。

王子様とずっと一緒にいる方法

秋月真鳥
恋愛
五歳のわたくし、フィーネは姉と共に王宮へ。 そこで出会ったのは、襲われていた六歳の王太子殿下。 「フィーネ・エルネスト、助太刀します! お覚悟ー!」 身長を超える大剣で暗殺者を一掃したら、王子様の学友になっちゃった! 「フィーネ嬢、わたしと過ごしませんか?」 「王子様と一緒にいられるの!?」 毎日お茶して、一緒にお勉強して。 姉の恋の応援もして。 王子様は優しくて賢くて、まるで絵本の王子様みたい。 でも、王子様はいつか誰かと結婚してしまう。 そうしたら、わたくしは王子様のそばにいられなくなっちゃうの……? 「ずっとわたしと一緒にいる方法があると言ったら、フィーネ嬢はどうしますか?」 え? ずっと一緒にいられる方法があるの!? ――これは、五歳で出会った二人が、時間をかけて育む初恋の物語。 彼女はまだ「恋」を知らない。けれど、彼はもう決めている――。 ※貧乏子爵家の天真爛漫少女×策略王子の、ほのぼのラブコメです。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

処理中です...