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三章 ご寵愛の末に
15.ディアン伯爵領の工場の視察
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ディアン伯爵家の工場に視察に行く日、空はよく晴れていて、暑くなりそうな予感がしていた。
ディアン伯爵家で朝食を食べて、わたくしとアレク様は父とソフィアと一緒に工場に向かう。母はお屋敷の仕事が忙しいのでついてこれなかった。ディアン家が伯爵家になってから、お屋敷の使用人も増えて、女主人である母の仕事も増えた。母はしっかりとお屋敷を取り仕切っているようだ。
わたくしも皇后として皇帝宮を取り仕切らなければいけないようになるのかもしれないと思っていた。
工場の外観は大きな二階建ての建物で、近くに女性用の寮と男性用の寮があると聞いている。働いている人数は女性の方が多く、女性用の寮の方が広く作られているというのも聞いた。
建物の中に入るとムッとするような熱気と、布や綿から出る微細な糸の破片が宙に舞っているのが分かった。
建物の一階では人形やぬいぐるみを型紙通りに作っているのが見えた。ほとんどのお針子が手縫いだが、一部だけミシンが置いてある場所もある。
「ディアン家が伯爵家になってから少しずつミシンを導入しています。そのうち、全員がミシンを使えるようになると思います」
父の説明にわたくしとアレク様は頷く。
わたくしとアレク様が工場の中に入って行くと、お針子たちが手を止めてわたくしたちを見ていた。
「あの方々……」
「皇帝陛下と皇后陛下じゃない?」
「新聞に載っていたのとそっくり」
そういえば、わたくしとアレク様の結婚式は新聞で大々的に報道されていた。写真も撮られていたと思う。セピア色の掠れた印刷の写真でも、わたくしとアレク様はやはり目立つようだ。
「本日は皇帝陛下と皇后陛下がこちらに視察に来てくださっている。普段通りに働いて、その仕事をしっかりと見せるように」
父が告げれば、お針子たちは仕事に戻っていく。
ひたすら型紙通りに布を裁っていくお針子。縫っていくお針子。縫ったものに綿を詰めて形成していくお針子。綿を詰めた場所を縫ってパーツごとに縫い合わせていくお針子。仕上げに顔をビーズや刺繍糸で作っていくお針子。
完全に仕事は分担されていた。
「あのお針子たちは、決められた仕事だけをするのですか?」
「そうです。その方が専門性が上がって、上達して仕事が早くなります」
工場での工夫を見られてわたくしは感心してしまった。
工場を建てるように進言したのはわたくしだし、寮もつけるように言ったのもわたくしだ。けれど、仕事を分担させることまでは考えていなかった。
これが実際に見に来てみるまでは分からないことなのだ。
「ぬいぐるみ班と人形班に分かれて作業しています。二階はぬいぐるみと人形の衣装を作る工場になっています」
ソフィアが先に立って歩き出し、わたくしとアレク様は二階に続く階段を上がっていく。二階も熱気に満ちていたが、汗をかきながらお針子たちは仕事に励んでいた。
二階も、型紙通りに布を裁つお針子。布を縫い合わせるお針子。仕上げにボタンをつけたり刺繍をしたりするお針子。完全に作業は分担されていた。
「今作っているのは、大量に注文が入った皇帝陛下と皇后陛下の結婚式の衣装です。人形用は全部規格が同じで、ぬいぐるみ用も全部規格が同じなので、人形班とぬいぐるみ班に分かれて作っています」
規格を統一するように伝えたのもわたくしだったが、作業を分担して一人一人が専門性を上げていく考えはわたくしにはなかったものだったので、興味深く見学させてもらった。
「皇后陛下が先に型紙を渡しておいてくださったので、すぐに作業に入ることができました。ありがとうございます」
「少しでもディアン伯爵家の役に立てたならば嬉しいです」
お礼を言うソフィアに、わたくしは微笑んで答えた。
工場の視察の後は、寮を見せてもらった。
お針子たちは工場で働いているので、寮は人気がない。空いている部屋を見せてもらうと、ベッドと机と椅子があるだけの簡素な作りで、食事は食堂で作られたものを食べていると聞いた。
「お風呂は共用で、広い大浴場と一人で入れるシャワールームがあります。どちらを使ってもいいことになっています」
お風呂までは見せてもらえなかったが、寮は最低限の設備は整っているようだった。
この寮を見てわたくしは思うことがあった。
「学園の寮に似ていますね」
「そうなのです。寮を作るときに、参考になるものがなかったので、学園の寮を参考にしました」
ベッドと机と椅子だけの簡素な部屋も、共同の大浴場と一人で入れるシャワールームも、食堂で食事が食べられるというのも、学園の寮にとてもよく似ていた。工場に寮をつける試みはこの国でも初めてだったので、父とソフィアは話し合って、学園の寮を参考にしたのだろう。
話を聞いてわたくしは納得する。
学園の寮は家格ごとに部屋が分かれていて、わたくしとソフィアは子爵家だったので簡素な部屋しか与えられなかったが、もっと身分の高い貴族たちはもっといい部屋を与えられていたはずである。わたくしたちはその部屋を使ったことも見たこともないので、情報がなかった。
だから、工場の寮の部屋はわたくしたちが使っていた部屋にそっくりになったのだろう。
一つ違う点は、学園の寮は二人部屋だったのに対して、工場の寮は一人部屋であるということだった。
独立して暮らす男女が使うのだ。一人部屋でなければいけないだろう。
寮も見せてもらって、わたくしとアレク様は一度ディアン伯爵家に戻った。
昼食を食べて、馬車に乗ってディアン伯爵家の新しい領地に向かう。ディアン家は伯爵家になってから領地を新しく与えられていた。
そこの領地には果樹園が広がっており、農家の家がぽつぽつと建っていた。
「この果樹園をディアン伯爵家が管理して、寮を作り、労働者を雇い入れて働かせる計画が進んでいます」
「この果樹園の元の持ち主はどうなったのだ?」
「この領地の領主が元の持ち主だったようですが、後継者がおらずお家が取り潰しになったところを皇帝陛下からディアン伯爵家がこの領地と共に果樹園の権利もいただきました」
「ここの元の領主が持ち主だったのか」
そのことは領地を与えたアレク様も知らなかったご様子だった。
わたくしも全く知らなかったが、ディアン伯爵家の財産が増えたことは嬉しく思う。
「今の時期は近くから労働者を雇っていますが、寮が完成すれば、専門の労働者がこの果樹園を世話することになります」
「お針子は女性の労働者が多かったですが、果樹園は男性の労働者も多く来ると思われますので、男性用の寮も広くしようと考えています」
父とソフィアの話を聞いて、わたくしは女性も男性も安心して働ける場所がこれから増えていくのだろうと思うことができた。
人形とぬいぐるみの工場を視察して、わたくしはセシルが生きていたころにこの工場があれば、セシルは両親に反対されず寮に入って働けたのにと思ってしまう。
お針子になりたかったセシルは、一人で暮らすことが危険だと言われて両親から反対されて、お針子にはなれなかった。
寮があれば工場にも通いやすいし、セシルは独立して働けたのではないだろうか。
「工場で働く労働者の年齢はどれくらいですか?」
「学校を卒業する十二歳から受け入れています。上限は設けていませんが、十代から二十代の労働者が多いですね」
「果樹園でもそうする予定ですか?」
「はい、その予定です」
わたくしの問いかけにソフィアが聡明に答える。
ソフィアも本当に領地経営のことを勉強しているのだと実感する。
これならば、ソフィアがディアン伯爵家の当主になっても問題はないだろう。
わたくしは大満足で視察を終えたのだった。
ディアン伯爵家で朝食を食べて、わたくしとアレク様は父とソフィアと一緒に工場に向かう。母はお屋敷の仕事が忙しいのでついてこれなかった。ディアン家が伯爵家になってから、お屋敷の使用人も増えて、女主人である母の仕事も増えた。母はしっかりとお屋敷を取り仕切っているようだ。
わたくしも皇后として皇帝宮を取り仕切らなければいけないようになるのかもしれないと思っていた。
工場の外観は大きな二階建ての建物で、近くに女性用の寮と男性用の寮があると聞いている。働いている人数は女性の方が多く、女性用の寮の方が広く作られているというのも聞いた。
建物の中に入るとムッとするような熱気と、布や綿から出る微細な糸の破片が宙に舞っているのが分かった。
建物の一階では人形やぬいぐるみを型紙通りに作っているのが見えた。ほとんどのお針子が手縫いだが、一部だけミシンが置いてある場所もある。
「ディアン家が伯爵家になってから少しずつミシンを導入しています。そのうち、全員がミシンを使えるようになると思います」
父の説明にわたくしとアレク様は頷く。
わたくしとアレク様が工場の中に入って行くと、お針子たちが手を止めてわたくしたちを見ていた。
「あの方々……」
「皇帝陛下と皇后陛下じゃない?」
「新聞に載っていたのとそっくり」
そういえば、わたくしとアレク様の結婚式は新聞で大々的に報道されていた。写真も撮られていたと思う。セピア色の掠れた印刷の写真でも、わたくしとアレク様はやはり目立つようだ。
「本日は皇帝陛下と皇后陛下がこちらに視察に来てくださっている。普段通りに働いて、その仕事をしっかりと見せるように」
父が告げれば、お針子たちは仕事に戻っていく。
ひたすら型紙通りに布を裁っていくお針子。縫っていくお針子。縫ったものに綿を詰めて形成していくお針子。綿を詰めた場所を縫ってパーツごとに縫い合わせていくお針子。仕上げに顔をビーズや刺繍糸で作っていくお針子。
完全に仕事は分担されていた。
「あのお針子たちは、決められた仕事だけをするのですか?」
「そうです。その方が専門性が上がって、上達して仕事が早くなります」
工場での工夫を見られてわたくしは感心してしまった。
工場を建てるように進言したのはわたくしだし、寮もつけるように言ったのもわたくしだ。けれど、仕事を分担させることまでは考えていなかった。
これが実際に見に来てみるまでは分からないことなのだ。
「ぬいぐるみ班と人形班に分かれて作業しています。二階はぬいぐるみと人形の衣装を作る工場になっています」
ソフィアが先に立って歩き出し、わたくしとアレク様は二階に続く階段を上がっていく。二階も熱気に満ちていたが、汗をかきながらお針子たちは仕事に励んでいた。
二階も、型紙通りに布を裁つお針子。布を縫い合わせるお針子。仕上げにボタンをつけたり刺繍をしたりするお針子。完全に作業は分担されていた。
「今作っているのは、大量に注文が入った皇帝陛下と皇后陛下の結婚式の衣装です。人形用は全部規格が同じで、ぬいぐるみ用も全部規格が同じなので、人形班とぬいぐるみ班に分かれて作っています」
規格を統一するように伝えたのもわたくしだったが、作業を分担して一人一人が専門性を上げていく考えはわたくしにはなかったものだったので、興味深く見学させてもらった。
「皇后陛下が先に型紙を渡しておいてくださったので、すぐに作業に入ることができました。ありがとうございます」
「少しでもディアン伯爵家の役に立てたならば嬉しいです」
お礼を言うソフィアに、わたくしは微笑んで答えた。
工場の視察の後は、寮を見せてもらった。
お針子たちは工場で働いているので、寮は人気がない。空いている部屋を見せてもらうと、ベッドと机と椅子があるだけの簡素な作りで、食事は食堂で作られたものを食べていると聞いた。
「お風呂は共用で、広い大浴場と一人で入れるシャワールームがあります。どちらを使ってもいいことになっています」
お風呂までは見せてもらえなかったが、寮は最低限の設備は整っているようだった。
この寮を見てわたくしは思うことがあった。
「学園の寮に似ていますね」
「そうなのです。寮を作るときに、参考になるものがなかったので、学園の寮を参考にしました」
ベッドと机と椅子だけの簡素な部屋も、共同の大浴場と一人で入れるシャワールームも、食堂で食事が食べられるというのも、学園の寮にとてもよく似ていた。工場に寮をつける試みはこの国でも初めてだったので、父とソフィアは話し合って、学園の寮を参考にしたのだろう。
話を聞いてわたくしは納得する。
学園の寮は家格ごとに部屋が分かれていて、わたくしとソフィアは子爵家だったので簡素な部屋しか与えられなかったが、もっと身分の高い貴族たちはもっといい部屋を与えられていたはずである。わたくしたちはその部屋を使ったことも見たこともないので、情報がなかった。
だから、工場の寮の部屋はわたくしたちが使っていた部屋にそっくりになったのだろう。
一つ違う点は、学園の寮は二人部屋だったのに対して、工場の寮は一人部屋であるということだった。
独立して暮らす男女が使うのだ。一人部屋でなければいけないだろう。
寮も見せてもらって、わたくしとアレク様は一度ディアン伯爵家に戻った。
昼食を食べて、馬車に乗ってディアン伯爵家の新しい領地に向かう。ディアン家は伯爵家になってから領地を新しく与えられていた。
そこの領地には果樹園が広がっており、農家の家がぽつぽつと建っていた。
「この果樹園をディアン伯爵家が管理して、寮を作り、労働者を雇い入れて働かせる計画が進んでいます」
「この果樹園の元の持ち主はどうなったのだ?」
「この領地の領主が元の持ち主だったようですが、後継者がおらずお家が取り潰しになったところを皇帝陛下からディアン伯爵家がこの領地と共に果樹園の権利もいただきました」
「ここの元の領主が持ち主だったのか」
そのことは領地を与えたアレク様も知らなかったご様子だった。
わたくしも全く知らなかったが、ディアン伯爵家の財産が増えたことは嬉しく思う。
「今の時期は近くから労働者を雇っていますが、寮が完成すれば、専門の労働者がこの果樹園を世話することになります」
「お針子は女性の労働者が多かったですが、果樹園は男性の労働者も多く来ると思われますので、男性用の寮も広くしようと考えています」
父とソフィアの話を聞いて、わたくしは女性も男性も安心して働ける場所がこれから増えていくのだろうと思うことができた。
人形とぬいぐるみの工場を視察して、わたくしはセシルが生きていたころにこの工場があれば、セシルは両親に反対されず寮に入って働けたのにと思ってしまう。
お針子になりたかったセシルは、一人で暮らすことが危険だと言われて両親から反対されて、お針子にはなれなかった。
寮があれば工場にも通いやすいし、セシルは独立して働けたのではないだろうか。
「工場で働く労働者の年齢はどれくらいですか?」
「学校を卒業する十二歳から受け入れています。上限は設けていませんが、十代から二十代の労働者が多いですね」
「果樹園でもそうする予定ですか?」
「はい、その予定です」
わたくしの問いかけにソフィアが聡明に答える。
ソフィアも本当に領地経営のことを勉強しているのだと実感する。
これならば、ソフィアがディアン伯爵家の当主になっても問題はないだろう。
わたくしは大満足で視察を終えたのだった。
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