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アレクサンテリ視点
1.運命に出会った日
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わたし、アレクサンテリ・ルクセリオンはヴァレン帝国の皇帝のたった一人の息子として生まれた。
わたしを産んだ後に子どもが望めなくなってしまった母に、父は側妃や妾妃を迎えるように言われていたようだが、母だけを愛しているという理由でそれを断り続けていた。
皇帝の一族は代々真紅の目を持って生まれ、生涯にたった一人しか愛するひとを持たないと言われている。
わたしもきっとそのようになるのだろうと幼心に思っていた。
六歳になった初夏の日、わたしは真夜中に叩き起こされて服を着替えさせられた。
こんな風に乱暴に起こされるのは初めてで、怖くて泣いてしまいそうになっていると、母が紙のように真っ白な顔でわたしに告げた。
「属国がクーデターを起こしました。ここにいてはあなたも危険です。逃げてください」
「お母さまは?」
「わたくしは皇后です。ここを離れられません。皇太子であるあなたは、生き延びなければなりません」
何を言われているのかほとんどよく分かっていなかったが、そのまま馬車に乗せられて、護衛と共にわたしは逃がされることになった。
父は姿を現さなかったので顔は見なかった。
二度と父に会えなくなるなど知る由もなく、わたしは皇宮から脱出させられていた。
列車の中に隠されて遠い場所まで連れていかれているのは分かっていたが、目的地が分からない。
震えながら列車を降りた何も知らない土地でまた馬車に乗せられて、どこかに連れていかれる途中、馬車が襲われた。
襲ってきたのが野盗だったのか、クーデターを起こした属国の兵士だったのかは分からない。襲われたときに矢がかすめて、わたしは右肩に怪我を負っていた。
次々と命を奪われていく護衛の中で、一人がわたしの服を脱がせた。
質素なものを選んでいたとはいえ、わたしは皇太子なので平民とは明らかに違う服を着ていたのだと思う。
「これであなたの身分は分からないはず。どうかお逃げください」
わたしを庇ってその護衛が死んでいく中、わたしは靴さえも脱がされて、裸足で下着一枚で必死に走った。
どれだけ逃げればいいのか分からない。
護衛が死んでいく光景が恐ろしくて、休むことも眠ることもできずひたすらに六歳の足で逃げ延びたが、力尽きて道に倒れていたら、誰かが声をかけてくれた。
「ねぇ、君、大丈夫?」
いつの間にか周囲は明るくなっていて、わたしはどれくらい時間が経ったのかも分からないまま、喉の渇きのままに呻いていた。
「……ず」
「え?」
「おみず……」
喉もからからだったし、体も足も痛い。干からびてしまって涙も出ないわたしを抱き起し、その人物はカップを口に添えて水を飲ませてくれた。口の端からかなりの量が零れてしまったが、喉の渇きのままに飲み干すと、やっと生き返ったような心地になった。
よく見るとその人物は黒髪を背中まで伸ばしていて、黒い目の優しそうな少女だった。
「君、お名前は?」
「……」
「分からないの? お父さんは? お母さんは?」
「……」
こういうときに答えてはいけないと、わたしは強く教育されていた。
わたしが皇太子だということが分かると、それを利用しようとする輩がいるし、殺そうとするものもいる。安全のために、皇宮を出たら名前も自分のことも話してはいけないと、わたしは教育されていた。
首を振るわたしに、少女はそれ以上聞いてこなかった。
「お姉ちゃんが君のご両親を探してあげる。まずは、うちに来なさい」
足も体も傷だらけでもう歩く気力もないわたしを抱き上げて、家に連れ帰ってくれた。
「わたしのこと、お姉ちゃんって呼んでもいいよ。弟が欲しかったんだ」
「おねえちゃん」
「お姉ちゃん」と呼ぶと胸が温かくなるような気がする。
ずっと何が起きているかも分からなくて怖くてつらかった。少女に抱き着いていると、少女の両親がわたしに話しかけてくる。
「最近は帝国の支配下の国が反乱を起こして、荒れているという。そこから逃げてきたのかもしれないね」
「こんなに小さいのに傷だらけでかわいそうに。お風呂に入れて、お食事にしましょうね」
少女の母親がわたしをお風呂に入れてくれた。足や体の傷がしみて、わたしは狭いバスタブの中でぽろぽろと涙をこぼした。
「こんなに怪我をして。痛いかもしれないけれど、治療するためにはきれいにしないといけないから、少し我慢してね」
「……ありがとう」
嫌がらせで痛くしているのではないというのは幼いながらに分かっていたので、わたしは泣きながらもお礼を言った。
その後は少女が小さいころに着ていたという服を着せてもらって、クッションを乗せた椅子に座らせてもらって、スープを食べた。
スープはこれまで食べたことのない味だったけれど、温かくて、ずっと何も食べていなかったお腹にものすごく染み渡った。
「両親に会えるといいわね」
「おねえちゃん……おじさん、おばさん、ありがとう」
少女のことはお姉ちゃん、少女の父親のことはおじさん、少女の母親のことはおばさんと呼ばせてもらうことに決めて、お礼を言えば、少女が聞いてきた。
「君、いくつ?」
「六つ」
「六歳か。わたしの十個下ね」
春にわたしは六歳になっていたので、そう答えると、少女が自分の年齢を教えてくれた。
少女はわたしの十歳年上の十六歳。
六歳だが皇宮で教育を受けていたわたしは読み書きもできたし、計算も簡単なものならばできた。
「狭い家だから、部屋がないの。わたしと一緒の部屋でもいいかな?」
「いいよ、おねえちゃん」
少女の部屋に連れていかれて、クローゼットかと思うくらい狭かったが、ベッドがあって、椅子があって、小さな机があって、セシルはここで暮らしているのだと分かる。
わたしは床の上に敷物をしいてもらって、そこに座った。少女がクッションを渡してくれる。
「あなたの名前はなんて呼べばいいかな。お目目が柘榴石みたいだから、ガーネくんって呼ぼうか。いい?」
「ぼくは、ガーネくん?」
「そうよ、ガーネくん」
自分の名前は明かせないけれど、呼ばれる名前があるというのは嬉しい。わたしはガーネくんとして少女とおじさんとおばさんに保護されて暮らし始めた。
肩の傷以外は擦り傷や小さな浅い傷だったので、かさぶたができてすぐに痛くなくなってきたが、肩の傷はずっと痛かった。
右肩にガーゼを貼って少女が毎日消毒してくれる。
この村には医者がいないので、治療を受けることができないようなのだ。
医者がいない場所があるだなんて知らなかったわたしは、とても驚いた。皇宮ではわたしが小さな怪我をすれば医者が飛んできて、わたしが少しでも熱を出せば医者が薬を処方する。
ここはそんな世界ではないのだと分かると、わたしは痛みも我慢することを覚えた。
少女は縫物が得意で、わたしの服も縫ってくれると申し出てくれた。
「ガーネくんの服、わたしが作ってあげるからね」
「ぼくの、服? おねえちゃんが、作る?」
「そう。わたし、縫物が得意だから」
服を作るのは仕立て職人の仕事で、その仕事を目にしたことがなく、わたしは採寸をしてもらって出来上がった服がいつの間にかクローゼットに入っていて、それを着るだけの生活をしていた。
少女はわたしの寸法を測って、少し大きめの服を作るようだった。
型紙を作って、布を裁っていく様子を目の当たりにして、わたしは目を丸くした。
服とはこんなに手間をかけて作られていたのか。
それなのに、わたしは一度も着ることがなく、嫌がってクローゼットの中から出さずに、そのままわたしが大きくなって着られなくなってしまった服が何着もあった。
わたしはなんて酷い子どもだったのだろう。
その日、わたしはセシルと出会った。わたしがセシルの名を知るのはもう少し後のことになるが。
セシルとの暮らしは皇宮と全く違っていたが、興味深く、毎日が飽きなかった。
セシルが縫物をするのをわたしがじっと見つめていた。
セシルもおじさんもおばさんも、わたしが訳ありなのだと分かってくれているようで、あまり外には連れて行かなかったし、わたしも外に出たがらなかった。
クーデターを起こした属国の兵士がわたしを狙ってきたら困る。今度こそわたしは殺されてしまう。
セシルの縫物の技術は非常に高く、数日でわたしの服を縫い上げてしまった。
小さなころのセシルの服は、サイズは問題なかったが、女の子っぽいのでわたしは少し恥ずかしかったのだ。それでも、文句を言わなかったのは、セシルがわたしの服を縫っている姿を見ていたからだろう。
きれいな青い蔦模様の刺繍が入った服は、間違いなく新品だった。布が上等ではないことなどなんとなく分かっていたが、そんなことは気にならなかった。
「おねえちゃんの作ってくれた服……」
「この地方では、子どもの服には厄を避けるために、青い蔦模様の刺繍を入れるんだ。この蔦が悪いものを絡め取って、ガーネくんに近寄らせないんだよ」
教えてもらって、細かく入っている青い蔦模様に指を這わせて、わたしは胸がいっぱいになる。セシルはわたしに厄が寄ってこないようにこの刺繍を入れてくれた。
「大事に着るね。ありがとう、おねえちゃん」
「着替えも必要だから、何枚か作ってあげる。まずは着てみて」
着てみると、皇宮で着ていた服よりもゴワゴワするが、着られないほどではなかった。それでも居心地悪そうにしているのがセシルのバレてしまったのだろう。
セシルはわたしの服の裏を確かめた。
「刺繍が入ってるから、ちょっと肌触りが悪いかもしれないね。それに、縫い目が気になるのかな?」
「ちょっとだけ。でも、だいじょうぶだよ!」
「次からはもっと工夫するね」
それから、セシルは縫い目が外に出て、肌に触れないように服を縫ってくれたし、刺繍の玉留めは表面に出して、肌に触れないように配慮してくれた。
表面に出した玉留めを、デザイン的にしてしまうセシルの腕前に、わたしは心底感心していた。
「おねえちゃんはすごいね!」
「ガーネくんに褒められたら、やりがいがあるわ」
微笑むセシルに、なぜか胸がどきどきして、わたしは走り回りたいような不思議な気分になっていた。
わたしを産んだ後に子どもが望めなくなってしまった母に、父は側妃や妾妃を迎えるように言われていたようだが、母だけを愛しているという理由でそれを断り続けていた。
皇帝の一族は代々真紅の目を持って生まれ、生涯にたった一人しか愛するひとを持たないと言われている。
わたしもきっとそのようになるのだろうと幼心に思っていた。
六歳になった初夏の日、わたしは真夜中に叩き起こされて服を着替えさせられた。
こんな風に乱暴に起こされるのは初めてで、怖くて泣いてしまいそうになっていると、母が紙のように真っ白な顔でわたしに告げた。
「属国がクーデターを起こしました。ここにいてはあなたも危険です。逃げてください」
「お母さまは?」
「わたくしは皇后です。ここを離れられません。皇太子であるあなたは、生き延びなければなりません」
何を言われているのかほとんどよく分かっていなかったが、そのまま馬車に乗せられて、護衛と共にわたしは逃がされることになった。
父は姿を現さなかったので顔は見なかった。
二度と父に会えなくなるなど知る由もなく、わたしは皇宮から脱出させられていた。
列車の中に隠されて遠い場所まで連れていかれているのは分かっていたが、目的地が分からない。
震えながら列車を降りた何も知らない土地でまた馬車に乗せられて、どこかに連れていかれる途中、馬車が襲われた。
襲ってきたのが野盗だったのか、クーデターを起こした属国の兵士だったのかは分からない。襲われたときに矢がかすめて、わたしは右肩に怪我を負っていた。
次々と命を奪われていく護衛の中で、一人がわたしの服を脱がせた。
質素なものを選んでいたとはいえ、わたしは皇太子なので平民とは明らかに違う服を着ていたのだと思う。
「これであなたの身分は分からないはず。どうかお逃げください」
わたしを庇ってその護衛が死んでいく中、わたしは靴さえも脱がされて、裸足で下着一枚で必死に走った。
どれだけ逃げればいいのか分からない。
護衛が死んでいく光景が恐ろしくて、休むことも眠ることもできずひたすらに六歳の足で逃げ延びたが、力尽きて道に倒れていたら、誰かが声をかけてくれた。
「ねぇ、君、大丈夫?」
いつの間にか周囲は明るくなっていて、わたしはどれくらい時間が経ったのかも分からないまま、喉の渇きのままに呻いていた。
「……ず」
「え?」
「おみず……」
喉もからからだったし、体も足も痛い。干からびてしまって涙も出ないわたしを抱き起し、その人物はカップを口に添えて水を飲ませてくれた。口の端からかなりの量が零れてしまったが、喉の渇きのままに飲み干すと、やっと生き返ったような心地になった。
よく見るとその人物は黒髪を背中まで伸ばしていて、黒い目の優しそうな少女だった。
「君、お名前は?」
「……」
「分からないの? お父さんは? お母さんは?」
「……」
こういうときに答えてはいけないと、わたしは強く教育されていた。
わたしが皇太子だということが分かると、それを利用しようとする輩がいるし、殺そうとするものもいる。安全のために、皇宮を出たら名前も自分のことも話してはいけないと、わたしは教育されていた。
首を振るわたしに、少女はそれ以上聞いてこなかった。
「お姉ちゃんが君のご両親を探してあげる。まずは、うちに来なさい」
足も体も傷だらけでもう歩く気力もないわたしを抱き上げて、家に連れ帰ってくれた。
「わたしのこと、お姉ちゃんって呼んでもいいよ。弟が欲しかったんだ」
「おねえちゃん」
「お姉ちゃん」と呼ぶと胸が温かくなるような気がする。
ずっと何が起きているかも分からなくて怖くてつらかった。少女に抱き着いていると、少女の両親がわたしに話しかけてくる。
「最近は帝国の支配下の国が反乱を起こして、荒れているという。そこから逃げてきたのかもしれないね」
「こんなに小さいのに傷だらけでかわいそうに。お風呂に入れて、お食事にしましょうね」
少女の母親がわたしをお風呂に入れてくれた。足や体の傷がしみて、わたしは狭いバスタブの中でぽろぽろと涙をこぼした。
「こんなに怪我をして。痛いかもしれないけれど、治療するためにはきれいにしないといけないから、少し我慢してね」
「……ありがとう」
嫌がらせで痛くしているのではないというのは幼いながらに分かっていたので、わたしは泣きながらもお礼を言った。
その後は少女が小さいころに着ていたという服を着せてもらって、クッションを乗せた椅子に座らせてもらって、スープを食べた。
スープはこれまで食べたことのない味だったけれど、温かくて、ずっと何も食べていなかったお腹にものすごく染み渡った。
「両親に会えるといいわね」
「おねえちゃん……おじさん、おばさん、ありがとう」
少女のことはお姉ちゃん、少女の父親のことはおじさん、少女の母親のことはおばさんと呼ばせてもらうことに決めて、お礼を言えば、少女が聞いてきた。
「君、いくつ?」
「六つ」
「六歳か。わたしの十個下ね」
春にわたしは六歳になっていたので、そう答えると、少女が自分の年齢を教えてくれた。
少女はわたしの十歳年上の十六歳。
六歳だが皇宮で教育を受けていたわたしは読み書きもできたし、計算も簡単なものならばできた。
「狭い家だから、部屋がないの。わたしと一緒の部屋でもいいかな?」
「いいよ、おねえちゃん」
少女の部屋に連れていかれて、クローゼットかと思うくらい狭かったが、ベッドがあって、椅子があって、小さな机があって、セシルはここで暮らしているのだと分かる。
わたしは床の上に敷物をしいてもらって、そこに座った。少女がクッションを渡してくれる。
「あなたの名前はなんて呼べばいいかな。お目目が柘榴石みたいだから、ガーネくんって呼ぼうか。いい?」
「ぼくは、ガーネくん?」
「そうよ、ガーネくん」
自分の名前は明かせないけれど、呼ばれる名前があるというのは嬉しい。わたしはガーネくんとして少女とおじさんとおばさんに保護されて暮らし始めた。
肩の傷以外は擦り傷や小さな浅い傷だったので、かさぶたができてすぐに痛くなくなってきたが、肩の傷はずっと痛かった。
右肩にガーゼを貼って少女が毎日消毒してくれる。
この村には医者がいないので、治療を受けることができないようなのだ。
医者がいない場所があるだなんて知らなかったわたしは、とても驚いた。皇宮ではわたしが小さな怪我をすれば医者が飛んできて、わたしが少しでも熱を出せば医者が薬を処方する。
ここはそんな世界ではないのだと分かると、わたしは痛みも我慢することを覚えた。
少女は縫物が得意で、わたしの服も縫ってくれると申し出てくれた。
「ガーネくんの服、わたしが作ってあげるからね」
「ぼくの、服? おねえちゃんが、作る?」
「そう。わたし、縫物が得意だから」
服を作るのは仕立て職人の仕事で、その仕事を目にしたことがなく、わたしは採寸をしてもらって出来上がった服がいつの間にかクローゼットに入っていて、それを着るだけの生活をしていた。
少女はわたしの寸法を測って、少し大きめの服を作るようだった。
型紙を作って、布を裁っていく様子を目の当たりにして、わたしは目を丸くした。
服とはこんなに手間をかけて作られていたのか。
それなのに、わたしは一度も着ることがなく、嫌がってクローゼットの中から出さずに、そのままわたしが大きくなって着られなくなってしまった服が何着もあった。
わたしはなんて酷い子どもだったのだろう。
その日、わたしはセシルと出会った。わたしがセシルの名を知るのはもう少し後のことになるが。
セシルとの暮らしは皇宮と全く違っていたが、興味深く、毎日が飽きなかった。
セシルが縫物をするのをわたしがじっと見つめていた。
セシルもおじさんもおばさんも、わたしが訳ありなのだと分かってくれているようで、あまり外には連れて行かなかったし、わたしも外に出たがらなかった。
クーデターを起こした属国の兵士がわたしを狙ってきたら困る。今度こそわたしは殺されてしまう。
セシルの縫物の技術は非常に高く、数日でわたしの服を縫い上げてしまった。
小さなころのセシルの服は、サイズは問題なかったが、女の子っぽいのでわたしは少し恥ずかしかったのだ。それでも、文句を言わなかったのは、セシルがわたしの服を縫っている姿を見ていたからだろう。
きれいな青い蔦模様の刺繍が入った服は、間違いなく新品だった。布が上等ではないことなどなんとなく分かっていたが、そんなことは気にならなかった。
「おねえちゃんの作ってくれた服……」
「この地方では、子どもの服には厄を避けるために、青い蔦模様の刺繍を入れるんだ。この蔦が悪いものを絡め取って、ガーネくんに近寄らせないんだよ」
教えてもらって、細かく入っている青い蔦模様に指を這わせて、わたしは胸がいっぱいになる。セシルはわたしに厄が寄ってこないようにこの刺繍を入れてくれた。
「大事に着るね。ありがとう、おねえちゃん」
「着替えも必要だから、何枚か作ってあげる。まずは着てみて」
着てみると、皇宮で着ていた服よりもゴワゴワするが、着られないほどではなかった。それでも居心地悪そうにしているのがセシルのバレてしまったのだろう。
セシルはわたしの服の裏を確かめた。
「刺繍が入ってるから、ちょっと肌触りが悪いかもしれないね。それに、縫い目が気になるのかな?」
「ちょっとだけ。でも、だいじょうぶだよ!」
「次からはもっと工夫するね」
それから、セシルは縫い目が外に出て、肌に触れないように服を縫ってくれたし、刺繍の玉留めは表面に出して、肌に触れないように配慮してくれた。
表面に出した玉留めを、デザイン的にしてしまうセシルの腕前に、わたしは心底感心していた。
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「ガーネくんに褒められたら、やりがいがあるわ」
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