王子様と運命の恋

秋月真鳥

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帝王と妖精の恋

帝王の恋 4

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 寝室に入るとやや強引にリュシアンの体をベッドに倒す。澄んだ緑色の目は、特に動揺もなく、艶やかにヴァンニを映していた。
 口付けは今までに体験したことがないくらい甘く、舌を絡めているだけで夢中になってしまう。元々キスはそれほど好きではないのに、リュシアンだと貪るようにその唇を奪ってしまうのが、ヴァンニには信じられなかった。
「随分と、積極的、ですね」
「最初が間違ってたんだ。お前が、俺に抱かれるべきなんだ」
 バスローブを乱して見えた白い肌は、しっとりとしていて滑らかだ。首筋を吸い上げ、鎖骨にもキスをして、淡く色付く胸の尖りを舐めて、リュシアンの様子をちらりと伺えば、その若さに似合わぬ色香漂う笑みを浮かべている。
「僕を抱けるんですか?」
「ひぐっ!? うぁっ!?」
 滑るようにリュシアンの手がバスローブの合わせ目から入ってきて、胸を揉んで尖りを摘むと、妙な声が出て、ヴァンニは口を押さえた。くにくにと胸の尖りを捏ねられて、体の力が抜けて腰に熱が集まる。
「どう、して……」
 他の相手を抱こうとしても反応しなかったのに、リュシアンにはヴァンニの体は素直に反応してしまう。快感に耐えられず逃げようとする体を、上半身を起こしたリュシアンが膝の上に抱き上げてしまう。
「ここに、欲しかったんでしょう?」
 胸から手を外されて、尻に手を回されて双丘を揉まれると、その狭間の後孔が物欲しげにひくつく。ベッドサイドに置いてあったローションは、他の相手を抱くときに使ったものなのに、今はリュシアンの手でボトルの蓋を外されて、たっぷりと指に絡めたそれがヴァンニの奥を拓いていく。一度そこでの快感を覚えてしまった中は、きゅうきゅうとリュシアンの形のいい華奢な指を締め付けた。
「ひっ! ひぎっ! そ、そこ、だめ……うぁぁぁ!?」
 中で指を曲げたリュシアンが、一点を突いた瞬間、触れられてもいないのにヴァンニの中心が弾けて白濁を散らす。
「僕以外の相手と寝てなかったんですね。こんなに溜まって、濃い」
 後ろを解すのと逆の手で、根元から搾り取るように扱き上げられて、中心に残っていた白濁がどろりと出てくる。それは確かに粘度が高く、濃かった。
「あれ以来、お、おかしく、なって……ひぁっ!」
「だから、僕が運命だと言ったでしょう?」
 中を指で掻き回され、かりっと胸の尖りに歯を立てられて、ヴァンニは仰け反る。
「腰を上げて。自分で入れてみてください」
「そ、んな……」
「できなかったら、いつまでも苦しいままですよ?」
 指を引き抜かれた中は、埋めるものを求めて蠢いている。震える手でリュシアンの華奢だがダンスで鍛えられた肩に手を置き、ゆっくりと腰を落として行くと、飲み込む質量にヴァンニは快感のあまり途中で動けなくなってしまった。
「むりぃ、もう、むり……ひんっ!」
 泣きが入るヴァンニを下から築き上げるリュシアンに、ヴァンニは声も出せなくなる。がくがくと下から突き上げられ、揺さぶられて、たっぷりと注がれた後で、ヴァンニはシャワーで後始末をしてリュシアンとベッドに倒れ込んでいた。
 まだ外は明るくて昼間くらいだろう。体はだるいが、腹は健康に空腹を訴える。
「……避妊具(ゴム)なしでして、デキたら、どうするつもりなんだよ」
「結婚しましょう」
「そんなこと、できるわけないだろ」
「どうして?」
 男性同士の場合には、元々が産む性ではないために、産むためには回数を重ねて徐々に体を変えて行く必要があるのだという知識がヴァンニにもないわけではない。その過程で、男性でも後ろが濡れるようになるというが、そうなる自分など想像もしたくなかった。
「俺は、雄の中の雄と呼ばれてる男だぞ。それが妊娠なんて、できるか!」
「あんなに泣いてよがって、僕の前では、雄どころか、雌じゃないですか」
「うるさい! 俺の運命はお前じゃないし、お前とは結婚しない!」
 布団に入り込んでミノムシのようになったヴァンニを、布団の上からリュシアンが優しく撫でてくる。
「急すぎたんですね。ゆっくりでいいですよ。僕、気は長い方ですから」
 どんな顔をしているか布団から目だけ出すと、目元にキスをされる。その表情が柔らかいのに、ヴァンニはどうしても慣れずにいた。
 ベッドで軽食を食べて、お腹が満たされれば自然と抱き合って、怠い体で夕食を近くのイタリアンレストランに食べに行って、ワインを飲もうとするヴァンニをリュシアンが止める。
「あなたは、アルコールは控えた方がいいんじゃないですか?」
「口出しするな」
 素っ気なく返しつつも、昨日醜態を見せてリュシアンに送ってもらったことを考えると、無理に飲もうとは思えず、軽くビールだけにしておいた。
「こういう店によく来るんですか?」
「大抵は、女性とだけどな」
「女性の憧れの的が、僕の腕で乱れたなんて、誰も思わないでしょうね」
 ブラッドオレンジジュースで濡れたリュシアンの唇は、赤く色っぽい。白い肌に金髪に緑の目の妖精と呼ばれる可憐なリュシアンと、健康的な小麦色の肌に短めの黒髪と黒い目の長身で厳ついヴァンニ。どちらが女役かは、ダンスで配役される通りに、世間のイメージは分かりきっている。
「なんで、俺なんだ」
「分からないけど、恋ってそんなものじゃないですか?」
 気が付いたら落ちているのが恋だと、リュシアンは言う。
「ダンスを習わせるかなんて、親の趣味だと思うんですよね。僕は習いたいって言ったって両親は言ってるんですけど、物心付いたらダンス教室に通ってましたし」
 そのダンスが、人生の全てになるだなんて思いもしなかったというリュシアンに、ヴァンニも同感だった。
「俺は母親が声楽家で、父親が作曲家で、小さい頃からダンスに声楽にピアノに、習い事だらけだったけど、ピアノや声楽よりも、ダンスが一番好きだった」
「あなたの公演を観て、雷に撃たれたような衝撃を受けたんです。僕はこのためにダンスをやっていたのかもしれないとまで思いました」
 熱っぽく語るリュシアンの赤い唇から、潤んだ緑色の瞳から、目が離せない。食事の皿が下げられて、デザートのプレートが来る前に、テーブルの上で握られた手を、ヴァンニは振り払うことができなかった。
「俺はクラレンスがいたから……」
 美しいクラレンスの気を引きたくてたまらなかった少年時代。ずっと同じダンス教室にいて、同じ稽古場に通って、クラレンスが運命だと信じ込んでいたことが、今はもう遠いような気すらしてくる。
 あの唇が甘いことを知っている。この手が丁寧にヴァンニに触れて、体の芯まで溶かしてしまうような快楽に溺れさせることを知っている。
「俺は、女じゃない」
 けれど、まだ、ヴァンニはそれを受け入れられずにいた。
 数日後、稽古場に行って、マネージャーから見せられた雑誌にヴァンニは頭を抱えたくなった。見出しは『ダンス界の帝王ヴァンニ・ベルタッツォ、ダンス界の妖精リュシアン・フォボスと熱愛』というよくあるゴシップだった。昨夜のイタリアンレストランで二人で話しているときに、雑誌記者に嗅ぎつけられたのだろう。
「誰と付き合っても構わないけど、同じ舞踏団の相手で、リュシアンならいっそ公表した方がいいんじゃないのかな」
「付き合ってるわけじゃない」
「それなら、いつもの遊び?」
 問われて即答できなかったのは、このマネージャーがヴァンニがデビューした頃からの付き合いで、派手だった交友関係も、それが最近ぱったりと止んでいて、その後でリュシアンと距離が縮まったのも、知られているからだ。ずっと追いかけ続けていたクラレンスについても、最近はすっかりと顔もほとんど会わせることがなくなってしまった。
「遊びだったら、ますますまずいよ。彼は今は君のパートナーなんだからね」
 ダンスではヴァンニとリュシアンの二人は、組んで人気が出ている時期だから、それが恋愛のもつれで破局になるのも舞踏団としては困る。特に舞踏団の主催の先生は、パートナーとして組む相手を夫婦と思えという教えの人物だった。
「あっちが一方的に俺を運命とか言ってるだけだよ。なんでもない」
 なんでもないと言い張るには、あまりにも表情を取り繕えていないことに、ヴァンニ自体も気付いていた。舞台の上では完璧な演技力が、ここでは発揮できない。
 きっとリュシアンもこの件でマネージャーに呼ばれるのだろう。
 彼がどう答えるのか、ヴァンニは気が気ではなかった。
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