俺は貴女に抱かれたい

秋月真鳥

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三部 番外編・後日談

魔法のお薬 1

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 従兄の晃が薬学部に進みたいと望んだのも、いずれ製薬会社に就職して薬を開発するようになるという下心が玲になかったわけではない。その当時の玲は恋愛にも結婚にも縁はなかったし、親戚が宛がう見合い相手は都築の家目当てだと分かり切っていて会う気にもならなかった。
 運命の出会いがあれば、その相手を絶対に逃がさない。
 待ちに待った運命は29歳で訪れて、30歳では赤ん坊も生まれた。
 結婚はしない、無理やりさせるなら師範代の座も都築の当主の座も、臆病で武芸には向いていない晃に譲ってしまうと宣言していた玲に、親戚も諦めて遠縁のアルファの少女、操を跡継ぎにと引き取らせた。
 ベータ同士の両親の間に生まれた操は、幼い頃から非常に頭が良くて、身体能力が高くて、ベータの両親では対応しきれなかった。そのせいで、はれ物に触るような対応をされていて、愛されていなかった。
 師範代として、師匠として操を鍛える玲を、操は決して嫌ってはいなかったし、玲も操のことは愛情を込めて育てているつもりだった。出来損ないのアルファと言われて両親に放置されていた晃と暮らした間もなのだが、自分で気付いていないが、玲は師範代として厳しすぎる一面があるらしい。
 晃には目をかけていたのに、臆病で試合で一度も勝てないのでもっともっと鍛えて、晃が認められるようにしてやらねばという気持ちが、裏目に出て、晃は玲を恐怖の対象としか見れていない。
 操にも目をかけて、その強さと賢さを伸ばしてやろうと考えていたら、懐かれてはいいるようだが、万年反抗期のようになってしまっている。

「操ちゃーん、竹ちゃん受け取りに来てー!」
「はーい!」
「ありがとうねー」

 腰にバスタオルを巻いた松利がお風呂に入れていた生後九か月の竹史を、操を呼んで受け渡すと、愛おしそうに抱き締めてバスタオルで拭いて、服を着せている。
 年相応の9歳の少女として扱ってくれる松利を、操は非常に好きなようだった。一歩間違えればアルファ同士の師弟で一人のオメガを争う事態になりかねないと、都築の家の血を引いていて好みが似ているだけに警戒していたが、操は松利を恋愛対象とは考えておらず、生まれた竹史に興味が集中していた。

「竹ちゃん、お風呂上がりのお水ですよ。水分補給は大事なのですよ」
「うっ!」

 コップで少しずつ飲めるようになってきた竹史にスタイを着けて、膝の上に乗せて、乳児用の両側に持ち手のあるコップを支えて飲ませる操に、竹史も大人しく従って、んくんくと美味しそうに水を飲んでいる。
 オメガの松利に似ていることもあるが、自分自身がアルファなので、なんとなく竹史はオメガではないかと気付いている玲と操。もともと、当主と師範代の座はアルファの操に譲るつもりだったから、バース性に関わりなく、竹史が望まなければ道場に通わせるつもりも玲にはなかった。
 結婚した相手が松利でなければ、自分の子どもは当然鍛えるものだと考えていたかもしれないが、細かい作業を好み、摘まみ細工や刺繍やレース編みでアクセサリーや雑貨を作って、その作家としては有名になりかけている松利を見ていると、自分が歩んできた道以外のものがあったのだと気付かされた。もっと早くに出会っていれば、晃のことも少しは理解を示せたのかもしれないが、松利が「結婚を許してやって欲しい」と言ったので、玲も晃の結婚を許す気になった。
 玲にとっては松利の存在は絶対で、松利の言葉と行動だけが、心に響く。

「松利さん、ええ匂いがしはる……」

 湯上りでパジャマを着て出てきた松利に囁くと、浅黒い肌なのであまり目立たないが、頬が紅潮するのがなんとか分かった。恥じらいつつ目を伏せた松利の様子と立ち上る香りに、発情期が迫っていることを知る。
 前の発情期は竹史が生後半年で、まだ母乳を上げていたので、発情期自体が3日間と短く、松利は妊娠しなかった。あれから三か月、離乳の進んできた竹史は、甘えて松利の胸を吸いたがることがあったが、もうほとんど母乳は出ていない。

「多分、今夜か、明日くらいだと思います……」

 密やかに告げる松利に、玲は霧恵に連絡を急いだ。フェロモンが番の玲にしか作用しないとはいえ、オメガの発情期は激しいので、その現場を操と竹史に見られるわけにはいかない。
 発情期が不定期なのか、霧恵の方は発情期だから預かれないと言ってきたことはないが、操と竹史を預けに行った霧恵のマンションで、結婚式代わりに撮影会を行ったアルバムを渡されて、朗報を聞く。

「病院で赤ん坊が順調って言われたわ」
「霧恵さんのお腹に、赤さんがいるのですか!? 竹ちゃん、お兄ちゃんになりますよ!」
「あだー?」

 話しかけられて抱っこ紐でしっかりと操に括り付けられている竹史が、目を丸くする。道場で鍛えているし、アルファ女性ということもあって、操は腕力があって、成長が早くぷにぷにとしている竹史を抱っこしても落とす心配はない。

「新しい家族のユリもいるわよ。ユリ、操ちゃんと竹史くんよ?」

 大型犬なのに妙に動きがちまちまとしているロットワイラーのユリは、操と竹史に興味津々だったが、アルファのオーラが本能的に分かるのか、操と操が守っている竹史に飛び付いて行ったりするようなことはなかった。

「あの、玲ちゃん……こ、これ、なんやけど……松利さん、お手柔らかに、な?」

 霧恵の後ろに隠れつつ晃が渡してきた薬に、玲はうっとりと微笑んだ。これの開発をする、密やかに手に入れられるというので、晃を製薬会社に就職させたようなものだったのだ。結果として、その製薬会社が偶然松利の勤めていたものと同じで、松利の住所を手に入れることができたのは、嬉しい誤算だったが。
 発情期に強引にでも松利を追い詰めなければ、控えめな松利は玲から逃げ続けていたかもしれないし、今の状態はなかったかもしれない。

「あれ、なぁに、晃さん?」
「いや、な、なんでも、ないんや!」
「なぁに?」
「なんでも……あぁー!? あんさんは、チワワちゃうて、何度も言うとるやろ!?」

 問い詰められる晃が、ロットワイラーのユリに飛び付かれているのを視界に収めて、「あいつ、犬にも舐められとるんか」と呟きつつ、玲は霧恵の家を辞した。
 すっかりとやんちゃな猫に育った、松利と玲を出会わせてくれた二匹のキューピッドたちには、発情期に寝室に入れないように柵を閉めて、行為に没頭してしまうので、いつもより多めにキャットフードと水を用意しておく。
 準備万端で寝室で待っている松利の元に行くと、甘い香りが充満していた。まだ発情期の初めだが、松利の目がとろんと蕩け始めているのが分かる。

「霧恵さんとこ、赤さんできたんやて。結婚式代わりにした撮影会のアルバムも貰って来たで。一緒に見ような?」
「はい……晃さんに赤ちゃんが……」

 夢見るように呟く松利が、晃をオメガ、強いオメガのコンセプトでモデルをしていて有名な霧恵の存在を知らずにアルファと思っているなど、玲が知るわけがなく、霧恵のお腹に赤ん坊がいると告げたのを、晃のお腹にできたのだと勘違いしていると認識がすれ違っていることに、気付くはずもない。そんなことは、目の前で美味しそうな香りを放っている松利を前にすれば、玲にとってはどうでもいいことだった。
 「食べてください」と言わんばかりの松利に、晃から貰った小瓶を見せる。栄養ドリンク程度のサイズの瓶の中には、蜂蜜色のとろりとした液体が入っていた。

「それは、なんですか?」
「媚薬や」

 はっきりと告げると、どうしてそんなものを持ち出したのか松利は分からず、不思議そうな顔をしている。これから松利は発情期が来て、快楽もひたすらに求める体になってしまうのに、そんなものが必要だとは思っていないのだろう。

「発情期のオメガが飲んだら、もっともっと気持ちよくなれるし、発情期のオメガと番のアルファが飲んだら、同じく発情状態になって、激しく抱かれてしまうんやて」

 説明して、玲はぱきんっと音を立てて瓶の蓋を捻って開けた。

「なぁ、松利さんが決めて? これ、うちが飲むか、松利さんが飲むか」

 普段以上に激しくなった玲に力強く抱かれるのと、発情期で訳が分からなくなってしまうのに、それ以上に感じるようになった体で玲に抱かれる。
 どっちを選んでも玲には得しかないのだが、松利に選んでもらうことこそを、玲は楽しみにしていた。
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