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第二章 魔術学校とそれぞれの恋

2.二人の双子の妹

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 領主の屋敷に招かれていた劇団の公演を見て、それに憧れて魔術学校を辞めて、14歳から劇団に入ったツムギは、まだ15歳。男女を問わず演じる劇団なので、少女だが男役もやっているが、まだまだ声が出来上がっていなくて、王都でローズ女王陛下の結婚式の公演では、端役として舞台の端で歌って踊っていた。
 どんな舞台も、主役から端役まで、一人も欠けては完成しない。小さな役でも全力で演じること、それが役者としての成長に繋がり、次の公演に繋がるのだと、ツムギは常に努力していた。役者だけでは食べていけないので、領主のお屋敷の薬草畑の管理も手伝っているが、それが終わると劇団に練習に通う。劇団のトップスターでも、それだけで食べていくのが難しいのが、現状だった。

「セイリュウ領はマシとはいえ、魔女のせいで国は荒れてたし、みんな、演劇どころじゃなかったからね」
「こうやって王都で公演ができるようになっただけ、私たちマシよね」

 舞台を終えて、劇団仲間と話しながら、衣装を着替えて、化粧を落としていると、ツムギの元に先輩劇団員が走ってやってきた。

「ツムギ、あんたに会いたいって、女王様が!」
「女王様が?」

 公演はまだ続くのだが、ツムギは従姉であるサナの結婚式の準備のために、先にセイリュウ領に帰らなければならなかった。双子の兄のイサギが王族であるエドヴァルドと婚約しているし、従姉のサナはセイリュウ領の領主だし、評判は良くなかったが前のセイリュウ領の領主の娘でもあるツムギ。サナとローズを罠にかけて、ダリアを醜いドラゴンに変えた元凶である魔女も、ツムギの母だった。
 責められるのか、それとも、親戚として交友を深めようというのか。
 衣装を着直して出て行った女王の御前で、ダリアは豪華な花束を抱えていた。

「わたくし、恥ずかしながら、こういう娯楽に縁がありませんで……なんて文化的で感動的で素晴らしいものかと、驚きましたの。特に、あなたの踊りと歌が素敵でした」
「私、ですか?」

 はっきり言って、ツムギは民衆の一人として端っこで踊り、最後に掛け声をあげるくらいしか台詞のない役だった。それを見ていてくれたのが嬉しくて、ガーベラの花束を受け取る。

「私の母が、王女様には大変ご迷惑をおかけしたと聞いております」
「それは、わたくしの父も同じこと。子は親を選べませんもの」

 出産の床で母親が亡くなり、その悲しみから産まれてきた双子の娘に名前すら付けず、顧みなかったという前国王。そんな父親を持っているだけに、ダリアの言葉には重みがあった。

「責めに来たわけでは、ないのですね」
「本当に恥ずかしいことに、わたくしはお芝居というものに触れたことがなかったのです」

 愛しい妻が命がけで産んだ娘にすら目を向けず、ただひたすらに喪に服す国王のせいで、王都には劇団もなく、音楽も湿っぽい鎮魂曲しか演奏を許されていなかった。
 歌にも踊りにも音楽にもほとんど触れたことがなく、王宮に閉じ込められていたような形で、魔術具の研究ばかりしていたダリアにとって、ツムギの劇団との出会いは衝撃的だったのだ。

「セイリュウ領の領主、サナ様の従妹とお聞きしました。お名前は?」
「ツムギです。イサギの双子の妹です」
「まぁ、あなたも双子ですのね」

 ダリアとローズも双子で、ダリアは妹。ツムギもイサギの妹で、ダリアは姉が結婚、ツムギは兄が婚約と、立場も似ているような気がしてくる。

「ツムギ様は、主役などされませんの?」
「劇団では、歌と踊りの実力が認められなければ、良い役はもらえません。例え、女王陛下の命令でも、私は自分の力で役を勝ち取りたいですし……どんな端役も、女王陛下が私を見出してくださったように、意味のある役なのです」
「それでは、わたくしが劇団の支援をすることは、いけないことではないですわよね?」

 セイリュウ領では名は知られていても、ツムギの所属する劇団は決して裕福とは言えず、役者たちは演劇だけで食べていけず、他に仕事を持つものがほとんどだ。それを女王が支援してくれるとなれば、劇の練習だけに集中できて、演目の数も増やせるに違いない。

「そうしてくだされば、助かりますが……女王陛下になんの利益がありますか?」
「この国はわたくしの父のせいで荒れております。わたくしが心を癒されたように、劇団の公演は人々の心を癒し、楽しませ、文化の向上に繋がるでしょう。それに、わたくしもお芝居を見たいのです」

 ファンになったから応援してくれるというダリアに、ツムギは礼を言って、劇団の団長を通して支援の話を本格的に進めてもらうようにお願いした。

「いつか、わたくしのために、歌ってくださいませ」

 シルバーブロンドのストレートの美しい髪に、淡い桃色のドレス、緑の目のダリア女王。
 華奢な白い手を取って、ツムギは優雅に一礼した。
 セイリュウ領に帰ると、ツムギはまずサナに報告に向かう。魔術の伝令で話は聞いていたサナは、ツムギが薬草畑の仕事を辞めることを、快く許してくれた。

「うちもダリア女王はんから、レンさんを奪ってしもたさかい、ツムギ、よぉく女王はんをお慰めするんやで」
「慰めるも何も、しっかりした方だったわよ」

 顔立ちはそっくりだが軍服を着て凛々しいローズと比べると、たおやかなイメージはあったが、ダリアもローズの双子の妹、しっかりと自分の意見を持っているようだった。
 舞台の端で目立つこともしていない自分を見ていてくれたひと。

「ダリア女王陛下……」

 名前を呟くと、胸が温かくなるような感情に、ツムギはまだ名前を付けられなかった。
 魔術学校の入学式を控えてガチガチに緊張しているイサギに、劇団一筋で暮らしていけるようになりそうだと報告すれば、手を取って喜ばれる。

「そうか、ツムギの努力が認められたんやな」
「劇団全体で作り上げたお芝居が認められたんだよ」
「良かったなぁ。畑におっても、歌って練習するくらい、ツムギ、熱心やったもんなぁ」

 時々、スイカ猫や南瓜頭犬や向日葵駝鳥を相手に、練習しているところを見られているツムギだが、大きな声を出すのが苦手で臆病なイサギ相手には、練習はしたことがない。
 公演の間はイサギはツムギの分も働かなければいけないし、大きな役をもらったこともないので、見に来てもらったこともないことを思い出した。

「イサギも、見に来てよ。エドさんと一緒に」
「そうですね。次は王都で公演ですか? クリスティアンは音楽が好きなのですが、王都では演奏会も許されないと嘆いていたので、誘いましょうかね」
「エドさん、イサギとデートよ?」
「ふぁー!? え、え、え、えええええ、エドさんと、デート!?」

 チケットを分けて招待すると悪戯に笑うと、イサギの顔が真っ赤になる。王都までエドヴァルドを追い駆けて行った割りに、イサギは二人きりで過ごす時間はなかったのではないかとツムギは察している。
 15歳のイサギに、紳士で常識人のエドヴァルドが何かしようとするはずはないし、イサギの方はまだまだお子様で、この二人はキスもしていないのではないだろうかと、お節介な妹は気付いていた。

「クリスさんには、別の日のチケットを贈るから、二人で見に来て?」
「え、エドさん、俺と、デートしてくれはる?」
「私でよろしければ」

 何を着ていきましょうかと相談する二人は、仲睦まじくて、ずっと一緒だった双子の兄が離れていくのが寂しい感情よりも、活力のなかったイサギが表情豊かにエドに接していることに安堵する。3年経って二人が本格的に新婚生活を始めるまでには、ツムギがこの家を出ていくか、二人が新居を探すのか、まだ決めていないが、それまでにツムギにもいい相手が現れればいいと考えて、シルバーブロンドの髪と優し気だが芯の強そうな緑の目が過って、ツムギは不思議な気持ちになった。
 サナの暗殺に失敗してから8年間、ずっとイサギはエドヴァルドを想い続けて、エドヴァルドのことしか頭になくて、エドヴァルドがそばにいない、結婚できないと分かると、死んだように生気がなかった。
 これが恋ならば、ツムギはそんなものはいらない。
 死んだように生きていたくなどないと、ずっと思っていたのに、それとは全く違う、王都に行けばあの美しいひとに会えるなら、もっといい役がもらえるように頑張ろうという意欲がわいてくる感情に驚いていた。
 サナを狂わせたのも恋。
 イサギの活力を奪ったのも恋。
 それならば、ツムギのこれはなんなのだろう。
 ツムギにも、変化が訪れていた。
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