孤独の王と後宮の青葉

秋月真鳥

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後日談

王の出産

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 妊娠が分かってから、ジャファルには大きな変化があった。
 発情期の熟れた体を持て余した10年間。ようやく後宮でルカと出会って、愛し愛されて幸福になってジャファルはこの上なく満たされたと思っていた。それが腹に我が子がいるとなると、どうしてこんなにも嬉しく活き活きとしてくるのか。
 オメガという性に産まれながらも、立派な体躯に精悍な顔立ち優秀な頭脳と、アルファとして男性としての性を優先させられ続けて来たジャファル。王なのだから国民を率いる統率者でなければならないと、自分で自分に枷を付けて来た。
 腹に子どもがいるというのは、オメガという自分を完全に認め、ルカや主治医や宰相には何も隠さなくていい状態だった。
 国中に隠さなくていい状態になるのが一番なのだが、それは無理としても、ジャファルに近しいものたちはジャファルのオメガという性を認めてくれている。その上でできた赤ん坊が産まれるために必要なことを考えてくれる。
 子が腹にいることがオメガとしてこれほど幸せだとは、ジャファルは想像してもいなかった。
 多少の悪阻があっても、政務の場でそれを見せることはなかったし、ルカの前では存分に甘えて大事にしてもらえた。
 16歳になっても愛らしい姿の変わらないルカは、臥せっていることになっていて、後宮の部屋から一歩も出られない。華奢で若すぎる体に妊娠は負担だったのだと周囲は思ってくれて、ルカを心配して仕事を早く切り上げて後宮に向かうジャファルに、優しい言葉をかけてくれるほどだった。
 広い庭があるし、子猫たちもいるので退屈はしていないが、ジャファルが部屋に戻るとルカは心底安心した顔で迎えてくれた。果物を食べ、冷たいレモン水を飲んで、ソファでルカの膝枕で休む。妊娠してから困ったことと言えば、眠気が酷くなったくらいだった。
 うとうとと眠りかけているジャファルの髪を、ルカが撫でてくれていた。
「赤子が生まれれば、後宮の妃は全て故郷に帰ることになりました。次の嫁ぎ先が決まっているものもいれば、貰った慰謝料で一人で暮らすものもいるようです」
「そうか……」
「ジャファル様の手がついていないことは確かなので、次の嫁ぎ先でも大事にされるでしょう」
 後宮で王の寵愛は得られなかったが、長い間務めを果たそうとしてくれた妃たちだ。その後も無碍に扱われることがないように、王のジャファルも正妃のルカからも厳しく故郷の家族には言い渡してあった。
「僕が嫉妬深くて追い出すのだから、後の責任も取らねばなりません」
「ルカのせいではない……」
 もっとたくさん話をしたいのだが眠気に負けて瞼が重くなるジャファルを、ルカが撫でてくれる。無事に赤子を産めれば、後宮は閉じられて手のつかなかった妃たちも幸せに暮らせるようになる。発情期の来るオメガの妃たちには、特につらい思いを長年強いてきたと、ジャファルのことを鑑みてルカは同情的だった。
 ルカがアルファだと気付くことなく、あの日ジャファルを追いかけて来ていなければ、ジャファルもまた今のように穏やかな気持ちでルカの膝で眠れてはいない。全てが運命だったのだで片付けるには、あまりにも奇跡のような出来事だった。
「ルカ、あいしている……」
 重い瞼が開かないままに華奢な手を取って手の平に口付けると、ルカがほぅっとため息を吐いたのが分かった。
「僕も愛しています、ジャファル様」
 互いに互いしかいない。
 運命の番なのだから他の相手が見えず、正妃の出産と共に後宮は閉じられることになる。それは致し方ないことだとしても、臥せっている正妃が無事に出産できるかどうかが、国民と城内の危惧するところだった。
 夕食でルカに起こされて、湯浴みを先にしてから食事をして、寝台でルカと抱き締め合って眠る。ジャファルの方がかなり大柄なので、すっぽりとルカを包み込むようになってしまうが、ルカは重さなど気にしていなかった。
「お腹が出てきたら、楽な体勢で寝てくださいね? 僕に寄りかかっていいですからね」
「潰れてしまわぬだろうか」
「これでも、僕、少し背が伸びたんですよ。ジャファル様には全然届きませんが」
 愛らしくて華奢な美少女のようなルカをそのままに愛していたので、ジャファルはルカの背が伸びなくても、身体が逞しくならなくても気にはならない。父親としてルカは多少は気にしているのかもしれないが、そのままでジャファルは充分だった。


 妊娠中期に入っても、ジャファルのお腹はそれほど目立たなかった。大きめの衣を纏えば、それだけで隠せてしまう。体調も落ち着いていたので、主治医を控えさせて、宰相の手を借りながら、政務は続けることにした。
「正妃様のご様子はいかがでしょう?」
「あまり動かなければ問題はないようだが、あの華奢な体故、大事をとらせておる」
「果物は口になさるという噂で、贈り物がたくさん届いております」
「令状を書いて送っておいてくれ」
 妊娠しているのがジャファルと気付かぬ側近たちは、しきりにルカの心配をして、食べられるものや滋養に良いものを届けてくれる。瑞々しい果物を後宮に来るまで口にしたことのなかったルカはそれを非常に気に入っているようあったし、さっぱりとした果物はジャファルも食べられるのでありがたく受け取って、政務を早く切り上げて後宮へ向かう。
 休憩時間にも後宮に行って休んでいるし、政務は早く切り上げるようになったジャファルを、周囲はオメガとして妊娠しているので大事を取っているとは全く気付かず、大切な正妃のことを心から心配して気が気ではないのだと勘違いしてくれていた。
「ルカ、ただいま。退屈していなかったか?」
「この子たちが元気で、庭で遊んでおりました」
 育ってきたがまだやんちゃな子猫たちと庭で遊んで、今は庭の屋根の下に置かれた籠で子猫たちはぐっすり眠っている。庭を囲う塀が高いので、子猫が逃げる心配もなかった。
「ジャファル様は大丈夫でしたか?」
「腹の子が動いた」
 政務の最中だったので誰にも言えず、ずっと口に出したかったことをやっとルカに報告できれば、ルカが目を丸くする。
「動いたのですか? え? 僕も感じたい」
「今は大人しくしておるが、結構元気なようで、腹を蹴られたぞ」
 王の腹を蹴って許されるのは赤子くらいしかいないかもしれない。
 笑いながら告げるジャファルに、ルカは真剣な顔で僅かに出て来たジャファルのお腹に耳をくっ付けていた。
「お父さんですよ……動きませんね」
「もう少しすれば、活発に動くようになるだろう」
「うーん……僕も動くのを感じたいです」
 ルカが望んでくれていても、腹の中の赤子は思うとおりになるはずがない。しばらく腹に顔をくっ付けていたルカだったが、諦めてお土産の果物を剥き始めた。
 瑞々しいグレープフルーツの皮を剥き、中の房まで剥いて、実だけをジャファルの口に運んでくれる。小鳥の雛にでもなったような気分だが、こんなことをしてくれるのはルカだけなので、ジャファルもたっぷりと甘えておいた。
 食べ終わってジャファルが手洗いに行って、ルカも手を洗って戻って来たところで、腹の辺りでぽこぽこと動きがあった。
「ルカ、動いておる」
「え? 失礼します」
 濡れた手を拭いていたルカは、タオルを持ったままでお腹に耳をくっ付ける。
「動いてる……すごく元気ですね」
「やんちゃな子かもしれぬぞ?」
「健康に生まれて来てくれたら、それで充分です」
 またお腹が静かになるまで、ルカは飽きもせずずっと胎動を聞いていた。


 妊娠後期には、流石にお腹も目立ってきたので、ジャファルは後宮に篭ることになった。毎日ルカと二人きりで、侍従すら遠ざけているので主治医が持ってきてくれる食事を食べ、ルカと庭を散歩し、ソファで休む。年中乾いた風が吹いて気温は高いのだが、夜は冷えるこの国で、体温の高いルカを抱き締めて眠るのは心地よく幸せだった。
 幸せが溢れそうになっているジャファルは、陣痛が来てから三時間足らずという物凄い速さで赤子を産み落とした。産まれてきた子が腹の大きさの割りに小さかったのが気になったら、もう一人産まれてきて、主治医も驚いていた。
 この国では、腹の子の性別や数を把握する技術がないのだ。
 産まれて来たのは黒髪に緑の目に褐色の肌の男の子と、金髪に黒い目に褐色の肌の女の子だった。産まれたばかりのしわくちゃでどちらに似ているか分からないながらも、色彩でルカとジャファルの子というのははっきりとしている。
 出産に立ち会ったルカは、無事に生まれたことに号泣して目を腫らしていた。
「男の子の名を、私がつけよう。女の子の方を頼めるか?」
「僕が付けて良いのですか?」
「そなたが赤子の父親だ」
 元気に腹を蹴っていたので男の子かもしれないと考えていた名前はあったが、女の子も同時に産まれてくるとは予想外で、ジャファルも名前を考えていなかった。
「男の子はザーヒルだ。美しいという意味で、ルカと同じ美しい緑の瞳をしておるからな」
「ザーヒル……可愛い、僕のザーヒル」
 お包みに包まれたザーヒルを抱き上げて、ルカが小さな額に口付けをする。ジャファルにザーヒルを預けて、しばらく考えていたルカは、女の子の名前を決めたようだった。
「マリナ、とはどうでしょう?」
「マリナか、良いな。愛らしい良い響きだ」
 ザーヒルとマリナ、男女の双子が生まれたという報は、国中に広まった。
 正妃が妊娠以来ずっと臥せっていたのも、双子だったからだと周囲は納得してしまった。二人の赤ん坊には乳母が付けられたが、できる限りはルカとジャファルで面倒をみるつもりだった。
 双子で小さく産まれて来たので気を付けて、ひと月は主治医も付きっきりで、ジャファルも執務を休んで赤子とルカの傍にいた。
 その間にも後宮の閉鎖は進んでいた。
 計画していた通りに、全ての妃が戻された故郷で無碍に扱われないように、王の手が付いていない証明の文書、また相応の慰謝料を持たされて帰された。運命の番の正妃しか王は愛さないし、正妃が嫉妬深く王の周囲に妃がいることを望まないので追い出された態で、妃たちは同情を持って故郷で迎えられ、新しい縁談を持ちかけられたり、慰謝料で自分で暮らし始めたり、それなりに幸福にはしているという話が伝わってきて、ルカも安心していた。
 産まれたときこそ小さなザーヒルとマリナも、オメガの中では男性も母乳が出るものがいるようで、それだったジャファルの母乳も、乳母の乳もたっぷりと飲んで、むちむちと肉が付いてきた。
「子どもなどいらぬと思っていた。姉の子を養子にして後継者にすれば良いと。だが、産まれてみると可愛いものだな」
「ジャファル様が頑張って産んでくださったから、僕はこんな可愛い子が二人もできて、幸せです」
 嬉しさに涙ぐむルカの耳元に、ジャファルは囁く。
「二人で、終わらせるつもりはないがな」
「ふぁ!?」
 甘い囁きにルカが真っ赤になるのが可愛くて笑っていると、お腹が空いたザーヒルが泣いて、その声に目覚めたマリナも泣き出す。慌てて赤子の元に向かうジャファルとルカの次の子は、まだ先になりそうだった。
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