後宮小説家、佐野伝達

秋月真鳥

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第一部

23.お茶会

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 後宮に来てから簡易な髪を覆う布だけしか持っていなかった。黒い衣装も仕立てようかと思ったのだが、後宮を出ることはないのだから必要ないと思っていた。
 アズハル様やイフサーン様やイフラース様、それに千里様など身分のある方は髪だけでなく肌も見せることは許されないのだが、イフラース様はイフサーン様と見分けを付けるためにわざと髪だけを隠す簡素な格好をしていた。

 貴族たちの集まるお茶会に呼ばれるにあたって、私は相応の準備をしなければいけなかった。

「もっと早くに気付いていればよかったね。これだと仕上がりがギリギリになりそうだ」
「私が気付かなかったのが愚かなのです」

 皇帝陛下はお茶会を開くと言っていたが、私をそこに同席させるとは思っていなかった。完全に私は油断していたのだ。
 三つの小説を読んでから、皇帝陛下は私にお命じになった。

「伝達、そなたには全てを見届ける責任がある。茶会にも、皇帝の直属の吟遊詩人として出席するように」

 まさか皇帝陛下からそのような命が下されるとは思っていなかった。
 私は千里様に手配していただいて、大急ぎで黒い正式な場に出られる衣装を作っていた。

 日の国では男女共に髪を伸ばす。女性は髪を結って簪で飾り、男性は髷を結う。後宮ではさすがに髷は結っていなかったが、私は長い黒髪をポニーテールにしていた。
 ポニーテールという言葉も前世の記憶から引っ張って来たので、千里様には通じないだろう。

「顔を隠す布は針で留めるのだが、蜜の国から送られて来たブローチというものがある。伝達、これをそなたにやろう」
「よろしいのですか?」
「せっかく煌びやかな場に出るのだ。楽しんでくるがよい」

 千里様は後宮から出ることはない。皇帝陛下の寵愛を一身に受けているので、千里様のお命を奪って皇帝陛下のお心を別のものに向けようとするものがいないとも限らないのだ。
 身の安全のために自分の部屋も出られない千里様だが、皇帝陛下も渡って来られるし、お子のハウラ殿下と万里殿下にも会えるので幸せそうにしている。
 後宮が解体されれば、千里様はハウラ殿下と万里殿下の住む宮に移って、一緒に暮らすこともできるだろう。

 貴族の家では生まれて来た子どもは父親と一緒に家で育てられる。父親と一緒に守られて、乳母と父親の手で育てられる。

 千里様も皇帝陛下が皇太子時代には皇太子の宮に一緒に住んでいたのだが、皇帝陛下として即位してから、後宮に移らざるを得なくなった。
 後宮の生活が千里様にとって幸せだったのかは分からない。どれだけ後宮に男性が増えても、皇帝陛下は千里様だけを愛し続けた。

 黒い衣装が縫い上がったのは、お茶会の前日だった。
 お茶会当日、髪と顔を隠す黒い布は、目だけしか見えないように上手に巻いて、千里様からもらったブローチで留める。ブローチは金属で、葡萄の形をしていた。

 支度が整った私に、バシレオスが見送ってくれる。

「伝達様、ご成功を祈っています」

 成功とは何なのだろう。
 私の小説がお茶会で評価されることだろうか。
 それはそれで成功なのだろうが、私は違うことを考えていた。

 イフラース様が踊って神託を下す。
 その神託にどれほどの説得力があるか。

 廊下に出るとシャムス様が私を待っていてくれた。
 シャムス様の月の紋章の入っている上着も輝くほどの白さになっている。
 これは私が頼んで数日前に洗わせてもらったのだ。
 シャムス様が私の部屋で待っていて、上着を押し洗いすると、黒い汚れが水に浮いて来て、私は何度も上着を水で注いだ。蜜の国から取り寄せた石鹸を使うと汚れも落ちて、日向に干しておくと風も吹いていて、午前中で上着は乾いてしまった。

「シャムス様、とてもお似合いですよ」
「新品になったようだ。騎士団の上着は何枚もは支給されないので、本当に助かる」

 「ありがとう」と心からお礼を言われて私は「どういたしまして」と返した。
 皇帝陛下が私を誰の元に嫁がせると決めても、取材のときにはシャムス様について来てもらえるだろうか。シャムス様と会えない日が来るなど、私は考えたくなかった。

「伝達殿、今日は帝国にとって記念すべき日になるな」
「そうだといいのですが」
「自信を持っていい。伝達殿の物語は全て素晴らしいものだった。皇帝陛下も、あの三つの物語の前に、アズハル様やイフサーン殿、イフラース殿やニキアス殿、ジェレミア殿の物語を読んでいなければ、絶賛していたはずだ」

 あ、そっちの話だった。
 私は既に小説のことは考えていなくて、後宮の解体のことを考えていたが、シャムス様は私の小説のことを心配してくれていたようだ。

「お気遣いをありがとうございます。物語の評価がどうであっても、私は平気です」
「平気ではないだろう。伝達殿の物語を悪し様に言うようなものがおれば、皇帝陛下は許しはしない」

 皇帝陛下直属の吟遊詩人が書いたものを悪し様に言うことは、皇帝陛下の趣味をけなすことにもなる。
 シャムス様は気を遣って言ってくれるが、私が気になっているのはお茶会の後半、イフラース様の踊りから神託までの流れだった。
 それがどれだけ信憑性を持って行われるかによって、今後の後宮のあり方が変わってくる。

 お茶会は城の大広間で行われた。
 熱い湯が厨房から運ばれて、絨毯の中央の敷物の上にドライフルーツや軽食が乗せられている。皇帝陛下が一番奥で、イフラース様がその隣りに控えて、私が逆の隣りに座らせられて、食べ物の乗った敷物を取り囲むようにして貴族たちが座っている。
 ドライフルーツや軽食を摘まんで、お茶を飲みながら、これから読書会が始まるのだ。

 皇帝陛下は人数分書き写させた私の小説を配っていた。イフラース様にも手渡されて、興味深そうに読んでいる。

「これは私の直属の吟遊詩人、佐野伝達の書いたものだ。私は読んですぐに伝達の物語に夢中になった」

 声を張り上げなくても皇帝陛下の声は堂々としていてよく響く。
 広間の中にはざわめきが起きていた。
 男性が希少なこの世界でボーイズラブ小説を目にすれば、それはざわめきも起きるだろう。

「これは男同士の恋愛ではありませんか!?」
「いや、しかし、この物語、なかなかにエッチではないですか?」
「男同士とはこのようにして交わるのですか……興味深い」
「泣ける展開ではないですか。最後に男騎士は婚約者の元に帰るだなんて」

 不謹慎だと怒られても仕方がないと覚悟していたが、そのようなことはなさそうだ。小説を読んでいる貴族たちが興奮してきているのが分かる。

「素晴らしいであろう? これは、伝達の故郷の日の国の家族も呼んで、読んでもらわねばならぬな」
「とても素晴らしいです」
「皇帝陛下が心を奪われるのが分かります」
「この三作品しかないのですか?」

 皇帝陛下の手前、皇帝陛下が気に入っている私の作品をけなせないのもあるだろうが、どうしても私には女性たちの反応が本物のように思えてならない。まさかこの三作品以上を求められるとは思っていなかった。

「また茶会を開く。そのときに、伝達に新作を書いてもらおう」
「お願いいたします、皇帝陛下」
「駆け落ちした二人の続きも読みたいです」
「二人は結ばれるのでしょうか?」
「それは、伝達に書いてもらうしかないな」

 笑いながら答える皇帝陛下も、自分の好きなものが認められて満足な様子だった。

「それでは、今日の茶会の最後に、私の側室のイフラースから申し出がある」
「恐れながら申し上げます。我が兄、イフサーンは後宮にて罪を犯しました。兄の罪は許されるものではございません。ですが、私にとってはたった一人の兄。どうか、命だけは許していただきたく、命乞いに参りました」

 ここからが本番だ。

 イフラース様の踊りが始まる。
 一度別室に下がったイフラース様は、色鮮やかな布で顔を隠し、煌びやかで刺繍の入った踊り子の衣装に着替えて来ていた。
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