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第4部 天然女子高生のための大そーかつ

第98話 クラウドファンディング

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 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生には(後略)


 ある日の硬式テニス部の練習後。寄り道の都合で堀江ほりえ有紀ゆき先輩と一緒に帰っていた私は住職見習いで同じクラスの男友達である円城寺えんじょうじ網人あみと君が僧衣を着て路上に立っているのを見かけた。

「お疲れ、円城寺君。実家のお寺の衣装みたいだけど、これって何かのお仕事?」
「そのお椀、小銭が入っていますのね。人々から寄付されたものかしら?」
「これはこれは野掘殿と堀江先輩。今時の若い人にはなじみがなさそうですが、これは托鉢たくはつと言いまして、僧侶が道行く人から喜捨きしゃを頂く形式の修行なのです。小銭を受け取る僧侶と小銭を投じる道行く人がともに利他の心を養うという意味があるのですよ」

 托鉢という言葉は聞いたことがなかったが日本の仏教が自利(自分が利益を得ること)よりも利他(他人に利益を与えること)を重視しているという話は倫理の授業で習っていたので、この修行もその一環だということは分かった。

「面白い風習ですけど、お金を払ってそれで終わりというのではありがたみがありませんわね。何かお礼は頂けますの?」
「托鉢のしきたりとして、喜捨を頂いた僧侶は心中で感謝しつつもそれを形にしてはならないということがありまして。相手に見返りを求めないのが利他の精神ではあるのですが、そのせいで最近はあまり喜捨を頂けませんね」
「な、なるほど……」

 あくまで修行なのでお金が欲しくてやっている行為ではないものの、円城寺君が手にしているお椀には1円玉と5円玉が数枚しか入っておらず、流石にこれでは寂しい気がした。

「それならそれで、わたくしにいい考えがありますわ。クラウドファンディングの理念を応用したやり方で数万円や数十万円が集まる可能性がありますから、今度一緒に托鉢をしてみませんこと?」
「本当ですか? 頂いた喜捨は寺院の運営資金となりますので、しきたりから逸脱せずに大金を頂ければ大変ありがたく存じます。では後ほどめっせーじを送りますね」

 ゆき先輩は円城寺君に托鉢の新たなやり方を提案しようとしており、私は一体どうするつもりなのだろうと不思議に思った。


 その数日後、私は円城寺君からメッセージで高校近くの街頭に呼び出された。

「あっ、円城寺君。と、ゆき先輩……」
「私ども恩良院おんらいんは本日より2人で托鉢を行います! 喜捨を頂ける方はわたくしめかこちらの女性のどちらかのお椀に小銭をお入れください」

 ゆき先輩はサイズが大きすぎてゆるゆるのドレスを身にまとっており、ドレスの下部にはお椀をいくつもくくりつけていた。

「いかがかしら? この下はレオタード姿でして、お金が入れば入るほどドレスが下に落ちていきますのよ」
「おっ、美人のドレスが脱げかけてるぞ! 今からそこの自販機で小銭を崩そうぜ!!」

 通りがかった若い男性たちは次々に小銭を持ってくるとゆき先輩のドレスに付いているお椀に投げ入れ、ドレスはみるみるうちにずり落ちていく。

「野掘殿、どれすが脱げてもこれは自然現象ですので感謝を形にしたことにはならないのです! 堀江先輩は素晴らしい托鉢のやり方をご考案なされました!!」
「は、ははは……」
「あーれー、お金が入りすぎてドレスが脱げてしまいますわー!!」
「おおっ、やっとレオタード姿を見れるぞ! 皆集まれ集まれ!!」

 お椀に入った大量の小銭の重みで、ゆき先輩が身にまとっているドレスはついに地面へとずり落ちていき……

「そういえば、あと2枚ドレスを重ね着していましたわ。もっと小銭が貯まればこのドレスも脱げるかもしれませんわ!!」
「ここまで来たら最後まで付き合うぞ! 皆、どんどん小銭を崩すんだー!!」
「風俗営業法違反で逮捕する!!」
「なっ、私どもはあくまで利他の精神に則ってぬわあああああああぁぁぁぁ」

 通行人からさらに小銭を搾取しようとしていた円城寺君とゆき先輩は通りがかったお巡りさんに連行されていき、私は残された大量の小銭をとりあえず交番に届けたのだった。


 (続く)
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