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第5部 天然女子高生のための真そーかつ

第145話 公職選挙法

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 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。


「野掘さん、これが今度コンテストに応募するパソコンゲームなのですよ。今回はブラウザゲームではなくダウンロードして遊ぶゲームなのでこのパソコンで遊んでみてください」
「ありがとう。流石は国靖さん、ノートパソコンなのにすごく読み込みが速いね」

 ある日の放課後、私、野掘のぼり真奈まなは柔道部員でプログラミングの心得がある国靖くにやすまひるさんから制作中のパソコンゲームのテストプレイを頼まれていた。

 日本国内で投票率の向上や公職選挙法の遵守を呼びかけている公益財団法人「GO!GO!選挙協会」は先月から同法人の理念に沿った内容の自作パソコンゲームを公募しており、コンテストで入賞した作品は公式サイトで無料公開されダウンロード数に応じて収益を得られるということで国靖さんはまたしてもゲームを制作していたのだった。

「前回はブラウザゲームだったこともあって2Dアクションゲームという題材を選びましたが、今回はテーマが選挙なので長いスパンで遊べるスローライフゲームにしました。小さな子供や年配の方も親しみやすいよう舞台は言葉を話す動物たちが暮らす森の中の村にして、ゲームオーバーという概念もなくして何度でも選挙を体験できる作りにしてみたのです」
「フリーソフトで長く遊べるってお得な感じがするよね。えーと、マウスで『最初から始める』のボタンをクリックして……」

 無線接続式のマウスを操作して国靖さんのノートパソコンの画面に表示されたボタンをクリックすると、主人公の男の子が動物たちの暮らす村にやって来る冒頭のシーンが流れ始めた。


>「選挙にいこうよ どうかつの森」

>言葉を話せる動物たちが暮らすとある村では、来年度から「選挙」という仕組みが導入されることになりました。
>これまでは全ての住民が直接投票をして村の運営に関するあらゆることを決定していましたが、今度からは住民が投票で選んだ複数名の代表者がお互い相談して決定するようになるのです。
>この「間接民主制」という考え方に基づいた選挙で勝利するべく、新党を立ち上げた商店の経営者「タヌたろう」は選挙に詳しいあなたを村に招きました。
>タヌたろうが率いる「どうぶつ統一党」を選挙で勝利させるため、公職選挙法を守って正しい選挙活動を進めていきましょう。


「へえー、直接民主制と間接民主制の違いが分かりやすく説明されてるね。高校生でも勉強になりそう」
「ここからタヌたろうとの会話が始まりますよ。途中で選択肢もありますので注意してください」


>タヌたろう:選挙で圧勝してうちのグループの商店にだけ軽減税率を適用させたいだなも。どうすれば絶対に勝てるだなもか?
>あなた:
  「①正々堂々と選挙活動をがんばりましょう」
  「②そのような目的で選挙に出てはいけません」
 →「③私に秘策があります。というのは……」
>あなた:公職選挙法では戸別訪問の禁止が明記されていますが、これは投票を呼びかけるなど選挙活動の目的に限定されており、それ以外の目的による戸別訪問は禁止されていません。新興宗教を立ち上げて戸別訪問で勧誘し、住民の多くを信者にしてから投票を呼びかけてもいいですし、組合活動への勧誘から投票の依頼につなげることもできます。
>タヌたろう:それはいい考えだなも! さっそく商店組合に非加盟の商店にどんどん戸別訪問するだなも!!


「いやこれ公職選挙法的に駄目なやつじゃない!?」
「野掘さん、法律には抜け穴というものが結構ありまして、こういった行為も現実に許されているのですよ」
「ええ……」


>タヌたろう:期日前投票の出口調査でうちの党が負けそうだなも! どうすれば勝てるだなもか?
>あなた:村で唯一の新聞社を買収し、出口調査でどうぶつ統一党が圧勝しているという虚偽のニュースを流させましょう。有権者には結構な割合で勝ちそうな政党に投票する人々がいますから、少しぐらいの劣勢はこれで跳ね返せますよ。


「怒られる! 絶対これ怒られるって!!」
「日本国民の習性は実際こんなものですから、このゲームを遊んで社会全体を反省して頂きたく」
「風刺はこういう場で求められてないでしょうがあ!!」

 国靖さんは私の意見を受けて「どうかつの森」からブラックな要素を排除したが、それはそれで当たり障りのないスローライフゲームになってしまいコンテストでは佳作入賞で終わってしまった。


 その数か月後……

「野掘さん、前回の反省を活かして今回は選挙シミュレーションゲームを作ってみました。選挙で勝利するために人権団体を運営し、集票のため必要とあらば保護した少女をデート詐欺に利用したり反社会的勢力とも協力したりするシビアなゲーム性を取り入れたのですよ」
「ここまで過激になると逆に人気出そうだね……」

 不謹慎さで突き抜けている新作ゲームを紹介してきた国靖さんに、私はパソコンゲームってどうして露悪的になりがちなんだろうと思った。


 (続く)
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