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2019年6月 薬理学基本コース
80 壬生川恵理の驚愕
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第二講堂前のロビーを外に向けて歩きながら、恵理は塔也と話していた。
「壬生川さん、今日はいつにも増して強引だね……」
「仕方ないでしょ。あんたの様子が変だって言うしあのまま話してたらすぐに17時になっちゃうから、デートに誘うなら急がないとって思ったの」
「へっ、デート?」
「嫌なの?」
「いや、別にそういう訳では……」
そうして塔也を連れて行った先は、恵理にとってはホームグラウンドとも呼べるカラオケ店ジャッカルの皆月2号店だった。
「RLZ! RLZ! 二対のユニゾン合わせて……」
深夜帯の特撮ヒーロー番組の主題歌だが一般の認知度も高い曲を歌い終えると恵理は93.2点という表示を確認して演出スキップのボタンを押した。
「流石は上手。でも結局カラオケなんだね」
「ご飯食べに行く時間でもないし、2時間ちょっとでお金かからない遊びって言ったらカラオケしか思いつかなくて。あまりデートっぽくはないけど」
「いやいや、僕は壬生川さんと一緒ならどこでも楽しいよ」
「ふーん、そうなのね……」
上手い言葉を平然と口にしてメロンソーダを飲んでいる塔也を見て、恵理はこの男は割と誰にでもこういうことを言っているという事実を思い出した。
それでも悪い気はしない。
「ちょっとお茶注いでくるから歌ってて」
「はーい」
そう伝えて恵理がコップを手に部屋を出ると、塔也は瞬時にカバンから文庫本を取り出していた。
いつものようにウーロン茶:おいしい水=1:1の割合でコップを満たして帰ってくると、塔也はやはり一心不乱に文庫本を読んでいた。
「あの、大丈夫……?」
「あっ、ごめん! ちょっと続きが気になっちゃって」
「そんなに面白い本なの?」
カラオケ店に来ているから常に歌わないといけない訳ではないが、そこまで面白い本なのかと恵理は塔也の読んでいる作品に興味を持った。
「いやまあ面白いけどさ、せっかく誘ってくれたのに歌わないのは悪いよ。僕もちょっとお手洗い行ってくるから歌ってて。次からはちゃんと歌うから」
自分の態度を反省したのか、塔也は繰り返し頭を下げながらカバンに文庫本をしまうと若干ふらつきながら部屋を出ていった。
この状況で素直に歌うはずもなく、恵理は塔也の姿が見えなくなった瞬間に彼のカバンを探って緑色のブックカバーに覆われた文庫本を取り出した。
わくわくしながら本の奥付を見ると、そこには「天界のタナトス」というタイトルに加えて第8巻と巻数が表記されていた。
塔也があれほど必死で読んでいたのはこれが最終巻だからだという事情は恵理には知る由もないが、どんな内容なのだろうと恵理は素早く1ページ目を開いた。
ライトノベルを読んだことのある人ならばすぐに分かるが、一般にこういった作品では1ページ目から数ページにわたって扉絵が設けられている。
そこに描かれていたのは……
――――
「兄さん、僕が綺麗にしてあげるよ」
アラタは両手にボディソープを泡立てると、タナトスに背後から抱きつく。
「ううっ、アラタ、やっと素直に……」
――――
主人公である帝国空軍少尉のタナトス・鷺宮が最終決戦で重傷を負い、生死の淵を彷徨っている間に見た幻覚の艶めかしいイラストだった。
作中の描写ではあるがあくまで幻覚であり、「天界のタナトス」という作品はボーイズラブ官能小説ではない。
といっても恵理は当然そのような事情は知らないため、美青年と小学生ぐらいに見える男子が浴室内で裸で絡まる変態的なシーンにしか見えない。
「なっ、何これ!?」
自分以外誰もいないカラオケボックスの一室で恵理は思わず叫んだ。
微生物学教室のマレー先輩から借りたとは言っていたが、あれほど熱心に読んでいたことからすると塔也はこれを好きで読んでいるのだろう。
第8巻と書いてあるし作品全体の内容は知らないが、どう見ても年齢制限のあるBL小説にしか見えない。
女性が読んでいるのならばいわゆる「腐女子」というやつなのかも知れないが、男性が読んでいるなら意味は変わってくるだろう。
実際にはゲイでなくともBL作品を好む男性は存在し、俗称で「腐男子」と呼ばれているが恵理はオタク文化に詳しくないのでその辺りの事情も知らなかった。
「これって、まさか……」
これまで塔也は恵理の美しさに見惚れていることはあったが恵理と「親しくしている異性の友達」以上の関係になることは遠慮しているような素振りもあった。
最近では薬理学教室の薬師寺龍之介先輩とやけに仲がいいと評判だし、もしかすると本当はそういう属性の人なのかも知れない。
「お待たせー……って壬生川さん!?」
恵理が文庫本を開いて固まっている間に、戻ってきた塔也は何が起きたのかを悟った。
「ちょ、ちょっと、僕の本を勝手に読まないでよ」
「勝手って、勝手って言ってもあんた、そんな趣味があったの!?」
「ええっ、ま、まさか壬生川さん……」
お互い噛み過ぎて会話が通じにくいが塔也は恵理の誤解に気づいた。
「いや違うんだ、それは別にBL小説じゃなくて全年齢向けのライトノベルだよ」
「何言ってるの、こんな変態みたいなイラストがあるじゃない!」
「そりゃあるけどゲイの人を変態って言うのはよくないよ」
「話逸らさないで!!」
言い争いの末に恵理は塔也の説明に渋々ながらも納得し、文庫本を返した。
「……さっきはごめんなさい。いくら気になったからって人のカバンにある本を勝手に読むのはマナー違反だったわ」
「僕の方こそ皆の前で延々小説読んでてごめん。最終巻だからラストがどうなるのか気になっちゃってたけど、別に帰ってから読めばいい話だし」
硬いソファの上で脱力しながらウーロン茶(50%)を飲むと、恵理はどうしても気になっていたことを尋ねた。
「ところであんた最近ヤッ君先輩とやたら仲いいって聞いたけど、そういう意味じゃないのね?」
「当たり前だよ! 僕は普通に美人で巨乳の女の子が大好きだ!」
「私みたいな?」
「そういうこと! あ、ごめん……」
勢いに乗ってセクハラの領域に入りかけた塔也に、恵理はかえって安堵した。
「壬生川さん、今日はいつにも増して強引だね……」
「仕方ないでしょ。あんたの様子が変だって言うしあのまま話してたらすぐに17時になっちゃうから、デートに誘うなら急がないとって思ったの」
「へっ、デート?」
「嫌なの?」
「いや、別にそういう訳では……」
そうして塔也を連れて行った先は、恵理にとってはホームグラウンドとも呼べるカラオケ店ジャッカルの皆月2号店だった。
「RLZ! RLZ! 二対のユニゾン合わせて……」
深夜帯の特撮ヒーロー番組の主題歌だが一般の認知度も高い曲を歌い終えると恵理は93.2点という表示を確認して演出スキップのボタンを押した。
「流石は上手。でも結局カラオケなんだね」
「ご飯食べに行く時間でもないし、2時間ちょっとでお金かからない遊びって言ったらカラオケしか思いつかなくて。あまりデートっぽくはないけど」
「いやいや、僕は壬生川さんと一緒ならどこでも楽しいよ」
「ふーん、そうなのね……」
上手い言葉を平然と口にしてメロンソーダを飲んでいる塔也を見て、恵理はこの男は割と誰にでもこういうことを言っているという事実を思い出した。
それでも悪い気はしない。
「ちょっとお茶注いでくるから歌ってて」
「はーい」
そう伝えて恵理がコップを手に部屋を出ると、塔也は瞬時にカバンから文庫本を取り出していた。
いつものようにウーロン茶:おいしい水=1:1の割合でコップを満たして帰ってくると、塔也はやはり一心不乱に文庫本を読んでいた。
「あの、大丈夫……?」
「あっ、ごめん! ちょっと続きが気になっちゃって」
「そんなに面白い本なの?」
カラオケ店に来ているから常に歌わないといけない訳ではないが、そこまで面白い本なのかと恵理は塔也の読んでいる作品に興味を持った。
「いやまあ面白いけどさ、せっかく誘ってくれたのに歌わないのは悪いよ。僕もちょっとお手洗い行ってくるから歌ってて。次からはちゃんと歌うから」
自分の態度を反省したのか、塔也は繰り返し頭を下げながらカバンに文庫本をしまうと若干ふらつきながら部屋を出ていった。
この状況で素直に歌うはずもなく、恵理は塔也の姿が見えなくなった瞬間に彼のカバンを探って緑色のブックカバーに覆われた文庫本を取り出した。
わくわくしながら本の奥付を見ると、そこには「天界のタナトス」というタイトルに加えて第8巻と巻数が表記されていた。
塔也があれほど必死で読んでいたのはこれが最終巻だからだという事情は恵理には知る由もないが、どんな内容なのだろうと恵理は素早く1ページ目を開いた。
ライトノベルを読んだことのある人ならばすぐに分かるが、一般にこういった作品では1ページ目から数ページにわたって扉絵が設けられている。
そこに描かれていたのは……
――――
「兄さん、僕が綺麗にしてあげるよ」
アラタは両手にボディソープを泡立てると、タナトスに背後から抱きつく。
「ううっ、アラタ、やっと素直に……」
――――
主人公である帝国空軍少尉のタナトス・鷺宮が最終決戦で重傷を負い、生死の淵を彷徨っている間に見た幻覚の艶めかしいイラストだった。
作中の描写ではあるがあくまで幻覚であり、「天界のタナトス」という作品はボーイズラブ官能小説ではない。
といっても恵理は当然そのような事情は知らないため、美青年と小学生ぐらいに見える男子が浴室内で裸で絡まる変態的なシーンにしか見えない。
「なっ、何これ!?」
自分以外誰もいないカラオケボックスの一室で恵理は思わず叫んだ。
微生物学教室のマレー先輩から借りたとは言っていたが、あれほど熱心に読んでいたことからすると塔也はこれを好きで読んでいるのだろう。
第8巻と書いてあるし作品全体の内容は知らないが、どう見ても年齢制限のあるBL小説にしか見えない。
女性が読んでいるのならばいわゆる「腐女子」というやつなのかも知れないが、男性が読んでいるなら意味は変わってくるだろう。
実際にはゲイでなくともBL作品を好む男性は存在し、俗称で「腐男子」と呼ばれているが恵理はオタク文化に詳しくないのでその辺りの事情も知らなかった。
「これって、まさか……」
これまで塔也は恵理の美しさに見惚れていることはあったが恵理と「親しくしている異性の友達」以上の関係になることは遠慮しているような素振りもあった。
最近では薬理学教室の薬師寺龍之介先輩とやけに仲がいいと評判だし、もしかすると本当はそういう属性の人なのかも知れない。
「お待たせー……って壬生川さん!?」
恵理が文庫本を開いて固まっている間に、戻ってきた塔也は何が起きたのかを悟った。
「ちょ、ちょっと、僕の本を勝手に読まないでよ」
「勝手って、勝手って言ってもあんた、そんな趣味があったの!?」
「ええっ、ま、まさか壬生川さん……」
お互い噛み過ぎて会話が通じにくいが塔也は恵理の誤解に気づいた。
「いや違うんだ、それは別にBL小説じゃなくて全年齢向けのライトノベルだよ」
「何言ってるの、こんな変態みたいなイラストがあるじゃない!」
「そりゃあるけどゲイの人を変態って言うのはよくないよ」
「話逸らさないで!!」
言い争いの末に恵理は塔也の説明に渋々ながらも納得し、文庫本を返した。
「……さっきはごめんなさい。いくら気になったからって人のカバンにある本を勝手に読むのはマナー違反だったわ」
「僕の方こそ皆の前で延々小説読んでてごめん。最終巻だからラストがどうなるのか気になっちゃってたけど、別に帰ってから読めばいい話だし」
硬いソファの上で脱力しながらウーロン茶(50%)を飲むと、恵理はどうしても気になっていたことを尋ねた。
「ところであんた最近ヤッ君先輩とやたら仲いいって聞いたけど、そういう意味じゃないのね?」
「当たり前だよ! 僕は普通に美人で巨乳の女の子が大好きだ!」
「私みたいな?」
「そういうこと! あ、ごめん……」
勢いに乗ってセクハラの領域に入りかけた塔也に、恵理はかえって安堵した。
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