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2019年11月 生化学発展コース
206 気分はリアルな恋愛
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「……そんで、その時は何も気にしてへんかってんけど、後で考えたらほんまにうちのこと好きなんかなって」
「えー、ああ、なるほど……」
カナやんは「好きな人が誰かは言えない」と前置きした上で僕に悩みを話してくれたが話の内容からすると気になる男の子というのは明らかにカナやんの従弟である生島珠樹君であり、この子は隠し事ができないタイプなのだと分かった。
「せやからあくまで一般論として聞くねんけど、男の子って好きな女の子が無防備で寝てたら何かするんちゃうの? そうでもない?」
「一般論として答えるけど、まあ……場合によるんじゃないかな? 積極的なタイプか奥手なタイプかにもよるし」
一般論としてはそうでも珠樹君がカナやんを襲ったら生島一族が大騒ぎになるので一般論は全く通用しない事例と思われたが、はっきり聞く訳にもいかないのでそう答えるしかなかった。
「そうなんかな? うーん、でも溜まってる時期やとは思うし……」
「その時は気にしてなかったって言うけど、逆に何か気になるきっかけでもあったの? 他の女の子に言われたとか?」
うちの学年でカナやんが恋愛相談をしそうな人といえばサッカー部マネージャーの山形さんがいて、彼女は肉食系女子だけあって「無防備な女の子に何もしないなんて好きじゃない証拠よ」とか平気で言いそうだと思った。
「えっとな……ちょっと恥ずかしいねんけど、小説にそんな感じのことが書いてあってん。今時の恋愛小説やからこれほんまなんかな? って思て」
「そうなんだ。フィクションにそこまで感銘を受けるなんてよっぽどリアルな作品なんだね。何ていう本?」
「同じシリーズの別の巻やけど、今持ってるわ。ちょっと待ってな」
カナやんはそう言うとバッグからブックカバーに覆われた文庫本を取り出し、僕はそれを受け取って開いた。
大手出版社から出ている若者向けの一般小説だろうと予想して表紙をめくると、
――――
「どうしたの? そんな顔して……」
ベッドの上で自分に覆い被さろうとする幼馴染の姿を見て、涼子は不思議そうな顔をする。
「まだ気づかないのかよ。……俺は、俺はっ!!」
ここに至っても届かない自らの想いに自棄を起こし、太賀は彼女の服に手をかけた。
――――
少女漫画風のタッチで描かれた女子高生に対して男子高校生がベッドの上で壁ドン的な行為に及んでいた。
即座に本を閉じる。
「どないやった? この本読んで考えが変わってんけど……」
「どないもこないもないよ! なんてもの見せるの!!」
本日二度目の衝撃にクラクラしつつ僕は人生で初めてカナやんを怒鳴ってしまった。若干大阪弁まで混じった。
「なんてものて、男の子やしちょっとぐらいエッチなのは気にならへんやろ?」
「いやそういう問題じゃなくて……あのねカナやん、一体何があってこういう小説読み始めたか分からないけど少なくともリアルな恋愛の参考にしちゃいけないと思うよ」
「せやけど、リアルな恋愛描写で若い女子に人気って帯に書いてて」
「それ信じちゃ駄目なやつ!! ああもう……」
カナやんは僕が思っていた以上にピュアな女の子だったらしく、僕の指摘を聞いてきょとんとしていた。
「まあとにかくリアルな恋愛は小説みたいにはいかないし、少なくとも好きな子が無防備にしてるからって襲う男なんて実際には珍しいと思うよ? だから気にするならそこじゃなくて……うーん」
「ごめんな、うち小説読んだ経験少ないから最近の恋愛ってこないな感じなんかと思てた。とりあえずもうちょい様子見てみるわ」
カナやんはけろりとしてそう言ったが、問題なのはどちらかというとカナやんが小説の影響を受けて珠樹君に好意を持ってしまっているのではないかという点だった。
いとこ同士は結婚できるので法的あるいは社会的に問題がある訳ではないが、本当に好きになったというのなら熱に浮かされた感じではよくないと思う。
解散時刻が遅くなったので阪急皆月市駅の改札前まで送ってあげることにして僕はカナやんと一緒に大学を出た。
少し会話が途絶えた時、カナやんは静かに口を開くと、
「あのな、誤解させたかも知れへんけどうちは恋に恋してるんとはちゃうから。その子が好きなんかなって思ってるんはほんまやで」
僕の方に振り向かずぽつりと言った。
「もしその男の子に告白されたら、カナやんはどうしたい?」
彼女の覚悟を確かめようと思って尋ねると、
「……どうなんかな。まだはっきり分からへんけど、考えとかなあかんな」
少し困った様子で彼女はそう答えた。
珠樹君に好意を寄せられて困っていたカナやんは、今になって珠樹君に好意を抱き始めた自分の心情に戸惑っている。
その心情を現実とすり合わせることができるかは彼女自身にもまだ分からないのだろう。
「今日は色々話聞いてくれてありがとな。明後日の大学祭、白神君は来てくれるん?」
「うん、用事もないし行こうと思ってる。カナやんのたこ焼きも楽しみにしてるね」
「あはは、そう言うて貰えて嬉しいわ。頑張って腕振るうで」
明日は大学祭の準備があるのでカナやんは僕の研修に付き合えず、成宮教授も明日と明後日は研修を休みにしてくれている。
壬生川さんは女子バスケ部の出店を手伝いに行くらしいので一緒に大学祭を回れるかは分からないが、一人で回るにしても友達や知り合いの先輩後輩には必ず挨拶してこようと思った。
改札を通り僕に手を振って去っていったカナやんはいつも通り元気一杯で、彼女の恋愛が色々と迷走していても話を聞いてあげられてよかったと思う。
「えー、ああ、なるほど……」
カナやんは「好きな人が誰かは言えない」と前置きした上で僕に悩みを話してくれたが話の内容からすると気になる男の子というのは明らかにカナやんの従弟である生島珠樹君であり、この子は隠し事ができないタイプなのだと分かった。
「せやからあくまで一般論として聞くねんけど、男の子って好きな女の子が無防備で寝てたら何かするんちゃうの? そうでもない?」
「一般論として答えるけど、まあ……場合によるんじゃないかな? 積極的なタイプか奥手なタイプかにもよるし」
一般論としてはそうでも珠樹君がカナやんを襲ったら生島一族が大騒ぎになるので一般論は全く通用しない事例と思われたが、はっきり聞く訳にもいかないのでそう答えるしかなかった。
「そうなんかな? うーん、でも溜まってる時期やとは思うし……」
「その時は気にしてなかったって言うけど、逆に何か気になるきっかけでもあったの? 他の女の子に言われたとか?」
うちの学年でカナやんが恋愛相談をしそうな人といえばサッカー部マネージャーの山形さんがいて、彼女は肉食系女子だけあって「無防備な女の子に何もしないなんて好きじゃない証拠よ」とか平気で言いそうだと思った。
「えっとな……ちょっと恥ずかしいねんけど、小説にそんな感じのことが書いてあってん。今時の恋愛小説やからこれほんまなんかな? って思て」
「そうなんだ。フィクションにそこまで感銘を受けるなんてよっぽどリアルな作品なんだね。何ていう本?」
「同じシリーズの別の巻やけど、今持ってるわ。ちょっと待ってな」
カナやんはそう言うとバッグからブックカバーに覆われた文庫本を取り出し、僕はそれを受け取って開いた。
大手出版社から出ている若者向けの一般小説だろうと予想して表紙をめくると、
――――
「どうしたの? そんな顔して……」
ベッドの上で自分に覆い被さろうとする幼馴染の姿を見て、涼子は不思議そうな顔をする。
「まだ気づかないのかよ。……俺は、俺はっ!!」
ここに至っても届かない自らの想いに自棄を起こし、太賀は彼女の服に手をかけた。
――――
少女漫画風のタッチで描かれた女子高生に対して男子高校生がベッドの上で壁ドン的な行為に及んでいた。
即座に本を閉じる。
「どないやった? この本読んで考えが変わってんけど……」
「どないもこないもないよ! なんてもの見せるの!!」
本日二度目の衝撃にクラクラしつつ僕は人生で初めてカナやんを怒鳴ってしまった。若干大阪弁まで混じった。
「なんてものて、男の子やしちょっとぐらいエッチなのは気にならへんやろ?」
「いやそういう問題じゃなくて……あのねカナやん、一体何があってこういう小説読み始めたか分からないけど少なくともリアルな恋愛の参考にしちゃいけないと思うよ」
「せやけど、リアルな恋愛描写で若い女子に人気って帯に書いてて」
「それ信じちゃ駄目なやつ!! ああもう……」
カナやんは僕が思っていた以上にピュアな女の子だったらしく、僕の指摘を聞いてきょとんとしていた。
「まあとにかくリアルな恋愛は小説みたいにはいかないし、少なくとも好きな子が無防備にしてるからって襲う男なんて実際には珍しいと思うよ? だから気にするならそこじゃなくて……うーん」
「ごめんな、うち小説読んだ経験少ないから最近の恋愛ってこないな感じなんかと思てた。とりあえずもうちょい様子見てみるわ」
カナやんはけろりとしてそう言ったが、問題なのはどちらかというとカナやんが小説の影響を受けて珠樹君に好意を持ってしまっているのではないかという点だった。
いとこ同士は結婚できるので法的あるいは社会的に問題がある訳ではないが、本当に好きになったというのなら熱に浮かされた感じではよくないと思う。
解散時刻が遅くなったので阪急皆月市駅の改札前まで送ってあげることにして僕はカナやんと一緒に大学を出た。
少し会話が途絶えた時、カナやんは静かに口を開くと、
「あのな、誤解させたかも知れへんけどうちは恋に恋してるんとはちゃうから。その子が好きなんかなって思ってるんはほんまやで」
僕の方に振り向かずぽつりと言った。
「もしその男の子に告白されたら、カナやんはどうしたい?」
彼女の覚悟を確かめようと思って尋ねると、
「……どうなんかな。まだはっきり分からへんけど、考えとかなあかんな」
少し困った様子で彼女はそう答えた。
珠樹君に好意を寄せられて困っていたカナやんは、今になって珠樹君に好意を抱き始めた自分の心情に戸惑っている。
その心情を現実とすり合わせることができるかは彼女自身にもまだ分からないのだろう。
「今日は色々話聞いてくれてありがとな。明後日の大学祭、白神君は来てくれるん?」
「うん、用事もないし行こうと思ってる。カナやんのたこ焼きも楽しみにしてるね」
「あはは、そう言うて貰えて嬉しいわ。頑張って腕振るうで」
明日は大学祭の準備があるのでカナやんは僕の研修に付き合えず、成宮教授も明日と明後日は研修を休みにしてくれている。
壬生川さんは女子バスケ部の出店を手伝いに行くらしいので一緒に大学祭を回れるかは分からないが、一人で回るにしても友達や知り合いの先輩後輩には必ず挨拶してこようと思った。
改札を通り僕に手を振って去っていったカナやんはいつも通り元気一杯で、彼女の恋愛が色々と迷走していても話を聞いてあげられてよかったと思う。
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