気分は基礎医学

輪島ライ

文字の大きさ
上 下
317 / 338
2021年10月 大人のカンケイ

第2話 チューター熱血日和

しおりを挟む
「カナちゃん! 俺、今月から北辰ほくしんでチューターやろうと思って。実は受験生の頃から先生に誘われててん」
「へー、そうなんや。大学生活に影響がない範囲なら全然ええんちゃう?」

 時は戻って2020年3月、昨月に立志社大学経営学部経営学科への合格を勝ち取った珠樹は興奮した様子でうちにそう伝えてきた。

 うちの従弟いとこにして後に恋人となる珠樹は高校3年生の5月という結構ギリギリな時期に北辰精鋭予備校の天王寺校に入塾し、それからは毎日のように通塾を続けて大量の映像講義を受けていた。

 元々はうちと同じ大学に行きたいからというだけの理由で医学部受験を目指していた珠樹は、お父さんが生活習慣病に起因する心筋梗塞で急逝したことをきっかけに進路をきっぱりと改めた。

 ちゃんとした文系大学の経営学部に進学して実家の会社を継ぐと決意した珠樹は立志社大学に余裕を持って現役合格して、うちは将来を誓った相手として珠樹の頑張りを賞賛した。


 新型ウイルスの感染拡大に伴い2020年4月に大学に入学してからはずっとオンライン授業が続き、1回生が終わるまでキャンパスを訪れた回数は数えるほどやったらしいけど珠樹はその間決して暇ではなかった。

 元々が映像授業の予備校である北辰はパンデミックのご時世でも全く困ることはなく、海内塾かいだいじゅくやうちがかつて通っていた春台しゅんだい予備校といった大手予備校が不慣れな映像授業の実施に悪戦苦闘する中でもこれまで通り運営されていた。

 生徒が校舎に来ることはできへんけど自宅受講という元々存在したシステムをフル稼働させれば何の問題もなくて、生徒指導もDoomドゥームを用いたウェブミーティングや北辰独自のウェブサービスを活用することで補われていた。


 天王寺校の文系生徒では最も成績がよく、医学部受験を目指していたことから理系科目の指導もできる珠樹は入試前の段階で塾長からスカウトを受け、大学のオンライン授業がまだ機能していない時期には1日に7時間も8時間もチューターのアルバイトに励んでいた。

 大手予備校でありながら時給は950円と最低賃金スレスレやったけど、珠樹はアルバイトを生徒としてお世話になった校舎と塾長先生への恩返しと考えているらしかった。

 珠樹自身は時給が安くて困る訳ではないし、何より本人が楽しそうやったからうちは珠樹がチューター業務に燃える姿を微笑ましく見守っていた。
しおりを挟む

処理中です...