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異世界魔術師はマウンティングをやめられない
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時空の狭間にある惑星イクラスは、魔術が万物の理を統べる世界である。
イクラスにおいて魔術とは先天的な特殊技能ではなく魔術理論の学習によって習得される専門的知識であり、人間であれば誰もが学習することで魔術を習得できる。
一方、魔術が万物の理を統べるということは主権国家が魔術を、具体的には魔術を行使する主体である魔術師を管理する社会体制を意味しており、惑星イクラスでは各国政府から魔術師免許を与えられた人物しか魔術を行使してはならない。無免許で魔術を行使して利益を得た者は警察により即座に逮捕される他、魔術師免許の交付要件は国によって異なるため、ある国で魔術師として働いていても別の国で魔術を行使するにはその国の魔術師免許を取得する必要があった。
例えばヤパーン国の場合、魔術師免許を取得するには小学校、中学校、高校の12年間の教育を受けて大学の魔術学部魔術学科に入学し、6年間の課程を終えて魔術師国家試験に合格する必要がある。免許を取得してもすぐに現場で働くことはできず、各地の指定研修施設において最低2年間の実地魔術研修を受ける必要がある。
ゆえに魔術師として現場で働けるのは最も早くても26歳からであり、惑星イクラスでは高卒だと18歳、大卒でも22歳から社会人として働くのが一般的であることを考えると相当遅い。魔術師の育成にはヤパーン国の通貨で1人当たり5000万ウェンという莫大な費用がかかるため魔術学科の入学定員は抑制されており、どこの大学でも100名程度と決まっていた。
ヤパーン国には全国で82の大学に魔術学部魔術学科が存在し、その中には国家の管轄にある国立魔術大学、自治体の管轄にある公立魔術大学、学校法人が運営する私立魔術大学が存在している。国公立大学の魔術学科の学費は他の学科と変わらず6年間で500万ウェン程度だが、私立大学の場合は法人の経営状況や大学の人気に応じて様々であり、6年間で4500万ウェン~2000万ウェンと大きく異なっていた。
国民の平均年収が400万ウェン程度であるヤパーン国において最低でも1000万ウェン以上の年収を確実に得られる魔術師という仕事は憧れの的であり、各地の進学校に通う生徒には中学生の頃から魔術学科を目指して勉強している者も少なくなかった。
イクラス歴2018年7月には文部魔術省の高級官僚であったフッター・サノスが魔術科大学研究ブランディング事業の対象校としてトーキー魔術科大学を選定し、その見返りに長男を同大学の魔術学科に合格させるよう大学に働きかけていたことが判明。サノスの長男をはじめとする複数の学生が入試で不当に加点されて合格していたことが判明し、この問題を端緒とする捜査によって各地の大学の魔術学科入試で女子受験生並びに浪人年数の長い受験生が不当に減点されていたことも判明した。
優秀な高校生の間で魔術学科受験ブームが起きていただけにこの問題が世間に与えた衝撃は大きく、この問題は同時にヤパーン国において魔術師であることの社会的な重みがいかに大きいかということを象徴する事件でもあった。
イクラス歴2019年10月、ヤパーン国の首都トーキー。全国的に有名な週刊誌である週刊アメジストの記者2名が、生体分子魔術学会の総会に潜入取材を行っていた。
週刊アメジストは例年4月頃に「全国魔術学科ランキング」という特集を組むことで知られており、ちょうど受験生が新年度を迎える時期なので該当する号は飛ぶように売れていた。
魔術学科ランキングでは各地の大学の魔術学部魔術学科を国公立と私立に分けてランク付けし、その格付けは大手大学受験予備校のデータと現場の魔術師からの取材に基づいている。現場の魔術師といっても企業や国家機関の第一線で働いている魔術師は多忙のため取材に応じてくれないので、基本的には魔術研究を専門とする魔術師を対象に取材を行っていた。
生体分子魔術はいわゆる基礎魔術と呼ばれる学問であり、創造魔術や戦闘魔術といった実践魔術とは対極にある。実践魔術師が企業や国家機関で働いて高給を得るのに対し、基礎魔術師は大学や民間の研究機関に所属して魔術研究を行っており、一般に給料は実践魔術師よりも低かった。
「おい、ワージュ。今日の取材のルールは心得ているだろうな」
総会が開催されているホールに入る直前、ワージュは先輩の記者であるカッツに改めて確認を受けた。
「もちろんです。一つ、魔術師の話を遮らない。一つ、魔術師の前で大学を比較しない。一つ、偽魔術師に気を付ける……」
「そうだ、それでいい。魔術師どもは恐ろしくプライドが高いし、特に出身校をよその大学と比較されるとへそを曲げる。俺らみたいな記者は特に警戒されてるから、なるべく相手の思うままに喋らせるんだ」
「承知しました。では、まずは僕から魔術師に声をかけてみますね」
「おう、頼む」
カッツの了解を受け、ワージュは背筋を伸ばしてホール内に入ると、壁際で暇そうにしていた中年男性の魔術師に狙いを定めた。
「失礼します、週刊アメジストのワージュ・ナクーガと申します。インタビューをさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「何だ、雑誌記者か? 少しぐらいなら大丈夫だ」
雑誌記者の心得に従い、最初に所属とフルネームを伝えて話しかけると、中年の魔術師は相手を若造と見てか高慢な態度でインタビューに応じた。
「ありがとうございます。私たちは例年4月の定番企画である『全国魔術学科ランキング』を制作するため、各大学の魔術学科の動向を調査しています。まずお聞きしたいのですが、先生はどちらの大学のご出身ですか?」
ヤパーン国では学校の教員のみならず、魔術師や弁護士、時には政治家も「先生」という敬称で呼ばれるのが一般的だ。
「そうだな、あえてどこの大学と言うと反感を買うが、私はとある旧王国大学の魔術学科の出身なんだ。受験の時は難関で苦労したものだよ」
「旧王国大学ですか? それは凄い。やはり国立大学というと旧王大ですよね」
今現在のヤパーンは立憲君主制の国家だが、この国は74年前に世界大戦で敗北を喫するまでは大ヤパーン王国という王政の国家であった。トーキー大学やキョトー大学をはじめとする7つの国立大学は大ヤパーン王国時代に創設された歴史の古い名門大学であり、旧王国大学の魔術学部魔術学科は現在でも難関として知られていた。
旧王国大学の出身者として魔術学科受験に関する考察を聞かせて欲しいと頼むと、魔術師は心得た様子で話し始めた。
「最近ではトーキー魔術科呪術科大学だのチーヴァ大学だの、都会にある国立大学が偉そうにしているがね、結局は旧王大の歴史と人脈には勝てんのだよ。いくら立地が良くたって、大学の魅力はそんなものじゃ決まらんのだ。受験生にメッセージを送るとするなら、魔術師志望者たるもの都会でチャラチャラ遊ぶような魔術学生には憧れるなと言いたいね。やはり旧王大が一番だよ」
「なるほど。ですが、旧王大でもトーキー大学やオサーカ大学は都会に……」
「おっと、そろそろ講演が始まる。失礼するよ」
ワージュの指摘をスルーして、中年の魔術師はその場を去った。
「中々やるじゃないか。さっきのインタビューは使えるぞ」
インタビューが終わったのを見て、カッツもホールの中まで歩いてきた。
「そうですか? 何というか、ちぐはぐなメッセージだったと思いますけど」
「これは覚えておいて欲しいが、旧王大出身のくせに大学名を言えない奴っていうのは、大抵田舎の大学出身なんだ。トーキー大やオサーカ大、あるいはキョトー大なら真っ先に大学名を言うからな。さっきの魔術師も、しきりに都会への呪詛を並べてただろう」
「田舎っていうと、ホッカー大とかトホーク大……」
「余計な話はいいから次行くぞ。よし、今度は俺がやる」
ベテラン記者特有の目つきで周囲を見渡すと、カッツはすぐさまダブルのスーツを着た巨漢の魔術師に近寄って声をかけた。
「こんにちは、私は週刊アメジスト記者のカッツ・ヤマサックと申します。ケイーオ大学魔術学部のボンボット先生でいらっしゃいますね?」
「そうですが、何故私の名前を?」
「以前、別の学会で講演を拝見させて頂きましたもので。あの時の先生のお話に感銘を受け、今日は雑誌記者としてインタビューをお願いしたく思っています」
「おお、ありがたい言葉です。ぜひぜひ、できる範囲で協力させて頂きますよ」
カッツは目の前にいる魔術師の講演を直接見ておらず、今日の学会で発表を行う魔術師の顔写真とデータを事前に調べていたに過ぎないのだが、ボンボットは巧言令色に顔をほころばせた。
ワージュと同様に魔術学科受験に関する考察について尋ねると、ボンボットはにこやかに話し始めた。
「あなたもご存じと思いますが、ケイーオ大学は全国的に有名な名門大学とはいえ、魔術学科としては私立魔術大と呼ばれる存在です。私立魔術大というと国公立の魔術大よりも学費が高いとか、入試が簡単だとか悪口を言われがちですが、その声は一概に真実とは言えません。学費は確かに高いですが、地方の国公立大学に下宿して通えば6年間で1000万ウェンはかかりますし、都会でのキャンパスライフを6年間2000万ウェン程度で満喫できるとすれば魅力的でしょう。私立魔術大は国公立よりも入試科目が少ないですが、その分だけ合格点は高く、各科目への深い理解が要求されます。特に最近の地方国公立魔術大には地域枠なるものがあり、卒後に田舎で働くと約束すれば入試で大幅に優遇されるといいますからね。少なくとも、田舎の国公立魔術大には偉そうな口を聞いて欲しくないものです」
「そうなのですね。確かに、地域枠のことを考えれば一概に私立魔術大の方が入学しやすいとも言えません。ところで、ケイーオ大学など附属高校を持つ大学では、魔術学科でも内部進学制度が存在すると聞いていますが、これについてはどう思われますか?」
ボンボットはケイーオ大学の魔術学科に大学受験を経て合格したのではなく、ケイーオ大学附属高校から内部進学で入学したということは事前のリサーチで知っていた。
「そうですねえ。カワッサー魔術大の附属高校などは例外ですが、原則として附属高校の生徒の中でトップクラスの成績を収めないと魔術学科には内部進学できない訳ですから、学力は十分に担保されていると言えるのではないでしょうか」
「なるほど、ケイーオ大学の附属高校はいくつもありますし、それぞれに何百人と生徒がいますからね。今日はご協力頂きありがとうございました」
取材を終えたカッツに、ワージュがねぎらいの言葉をかけた。
「お疲れ様です。先ほどのインタビューもいい材料になりそうですね」
「あのなあ、ケイーオ大学は確かに難関私立大だが、小学校や中学校からエスカレーター式に進学したら合計いくらかかると思ってるんだ。あいつらは学費4500万ウェンのカワッサー魔術大を馬鹿にするけど、小学校からケイーオに通ったらそれぐらいはかかるぞ」
「な、なるほど……」
カッツの視点に感嘆していたワージュに、白衣を着た細身の男性が声をかけてきた。
「どうも、近くでお聞きしていたのですが、魔術学科受験のインタビューをされているのでしょうか?」
「ええ、そうですが、あなたは……?」
「私はトーキー大学で魔術学を学んだものでして、お力になれればと」
「トーキー大学とは素晴らしい。ぜひお話を聞かせてください」
ワージュがそう言うと、男はひとしきり魔術学科受験に関する持論を語った。
「ご指南に感謝致します。ところで、先生は第何回の魔術師国家試験を受験されたのですか?」
喋り終えた男に、傍で聞いていたカッツは満面の笑みでそう尋ねた。
「えっ? いや、その……」
「トーキー大学のキャンパスライフに関するお話もお聞きしたいのですが、もしや先生はトーキー大学魔術学部魔術学科の大学院を卒業されているということでしょうか?」
「ええ、実はそうなのです」
自分はトーキー大学の卒業生ではないと開き直った男に、カッツはやれやれと思いながら、
「そういえば、隣のホールでは魔法陣錬成師の学会が開かれていましたね。そろそろお戻りになられては?」
丁寧にそう言った。
そのまま男は無言で立ち去り、カッツは傍にいるワージュを叱った。
「おいお前、偽魔術師には気をつけろと言っただろう」
「あの人、結局何者なんですか?」
「大方、どこぞの二流大学の魔法陣学科を卒業した魔法陣錬成師で、トーキー大学魔術学部魔術学科の大学院に入学して学歴ロンダリングをしたんだろう。魔術学博士の肩書は魔術師じゃなくても手に入るからな」
「それは何というか、悲しいですね……」
魔法陣錬成師というのは魔術師の仕事を支える専門職で、いわゆるコマジカルと呼ばれる職種の一つだった。コマジカルには他にも魔術補助員や魔術科技工士といった職種が存在するが、魔法陣錬成師は6年制大学で育成される点が魔術師と共通している。
「ああもう、さっきから田舎者だのお坊ちゃんだの偽魔術師だの、ろくでもない連中ばっかりだ。そろそろまともな魔術師はいないのか」
嘆いているカッツをよそに、何かピンときたらしいワージュが近くにいた若い男性の魔術師に話しかけていた。
「僕ですか? 僕はトーキー大学出身ですが、何かお役に立てますかね」
「何でもいいんです! 魔術師の学歴について、考察をお聞かせ願えれば!」
焦りゆえかインタビューが直球になっているワージュに、若い魔術師は不思議そうな顔をした。
「学歴っていっても、魔術師として優秀ならどこの大学を出てても関係ないんじゃないですかね? トーキー大学魔術学科を出ても塾講師しか務まらない人もいれば、田舎の私立魔術大を出ていても第一線で働く魔術師もいますからね」
「それは正論ですが、先生はなぜトーキー大学に入学されたのですか? やはり一流の魔術大に入って優秀な魔術師になりたかったからでは?」
ワージュの質問に、若い魔術師はハハハと笑うと、
「僕の実家はそれほど裕福でなかったので、親に実家から通える魔術大に行けと命令されまして。トーキー大学は実家から電車で20分なので、もうそこしかないかなと」
「そ、そんな理由で……?」
それからインタビューは終了し、カッツとワージュはホールの外に出た。
「今回はイマイチでしたね。最後の人なんて、全然学歴の話にならなかったですし」
「アホかお前は。あれぐらい記事のまとめに使いやすいメッセージはないし、トーキー大学出身の魔術師のコメントと来れば説得力は十分だ。よし、次行くぞ!」
「ええー、そろそろ休ませてくださいよ……」
異世界魔術師のマウンティングで永久機関を成り立たせ、雑誌記者は今日も取材を続ける。
(END)
イクラスにおいて魔術とは先天的な特殊技能ではなく魔術理論の学習によって習得される専門的知識であり、人間であれば誰もが学習することで魔術を習得できる。
一方、魔術が万物の理を統べるということは主権国家が魔術を、具体的には魔術を行使する主体である魔術師を管理する社会体制を意味しており、惑星イクラスでは各国政府から魔術師免許を与えられた人物しか魔術を行使してはならない。無免許で魔術を行使して利益を得た者は警察により即座に逮捕される他、魔術師免許の交付要件は国によって異なるため、ある国で魔術師として働いていても別の国で魔術を行使するにはその国の魔術師免許を取得する必要があった。
例えばヤパーン国の場合、魔術師免許を取得するには小学校、中学校、高校の12年間の教育を受けて大学の魔術学部魔術学科に入学し、6年間の課程を終えて魔術師国家試験に合格する必要がある。免許を取得してもすぐに現場で働くことはできず、各地の指定研修施設において最低2年間の実地魔術研修を受ける必要がある。
ゆえに魔術師として現場で働けるのは最も早くても26歳からであり、惑星イクラスでは高卒だと18歳、大卒でも22歳から社会人として働くのが一般的であることを考えると相当遅い。魔術師の育成にはヤパーン国の通貨で1人当たり5000万ウェンという莫大な費用がかかるため魔術学科の入学定員は抑制されており、どこの大学でも100名程度と決まっていた。
ヤパーン国には全国で82の大学に魔術学部魔術学科が存在し、その中には国家の管轄にある国立魔術大学、自治体の管轄にある公立魔術大学、学校法人が運営する私立魔術大学が存在している。国公立大学の魔術学科の学費は他の学科と変わらず6年間で500万ウェン程度だが、私立大学の場合は法人の経営状況や大学の人気に応じて様々であり、6年間で4500万ウェン~2000万ウェンと大きく異なっていた。
国民の平均年収が400万ウェン程度であるヤパーン国において最低でも1000万ウェン以上の年収を確実に得られる魔術師という仕事は憧れの的であり、各地の進学校に通う生徒には中学生の頃から魔術学科を目指して勉強している者も少なくなかった。
イクラス歴2018年7月には文部魔術省の高級官僚であったフッター・サノスが魔術科大学研究ブランディング事業の対象校としてトーキー魔術科大学を選定し、その見返りに長男を同大学の魔術学科に合格させるよう大学に働きかけていたことが判明。サノスの長男をはじめとする複数の学生が入試で不当に加点されて合格していたことが判明し、この問題を端緒とする捜査によって各地の大学の魔術学科入試で女子受験生並びに浪人年数の長い受験生が不当に減点されていたことも判明した。
優秀な高校生の間で魔術学科受験ブームが起きていただけにこの問題が世間に与えた衝撃は大きく、この問題は同時にヤパーン国において魔術師であることの社会的な重みがいかに大きいかということを象徴する事件でもあった。
イクラス歴2019年10月、ヤパーン国の首都トーキー。全国的に有名な週刊誌である週刊アメジストの記者2名が、生体分子魔術学会の総会に潜入取材を行っていた。
週刊アメジストは例年4月頃に「全国魔術学科ランキング」という特集を組むことで知られており、ちょうど受験生が新年度を迎える時期なので該当する号は飛ぶように売れていた。
魔術学科ランキングでは各地の大学の魔術学部魔術学科を国公立と私立に分けてランク付けし、その格付けは大手大学受験予備校のデータと現場の魔術師からの取材に基づいている。現場の魔術師といっても企業や国家機関の第一線で働いている魔術師は多忙のため取材に応じてくれないので、基本的には魔術研究を専門とする魔術師を対象に取材を行っていた。
生体分子魔術はいわゆる基礎魔術と呼ばれる学問であり、創造魔術や戦闘魔術といった実践魔術とは対極にある。実践魔術師が企業や国家機関で働いて高給を得るのに対し、基礎魔術師は大学や民間の研究機関に所属して魔術研究を行っており、一般に給料は実践魔術師よりも低かった。
「おい、ワージュ。今日の取材のルールは心得ているだろうな」
総会が開催されているホールに入る直前、ワージュは先輩の記者であるカッツに改めて確認を受けた。
「もちろんです。一つ、魔術師の話を遮らない。一つ、魔術師の前で大学を比較しない。一つ、偽魔術師に気を付ける……」
「そうだ、それでいい。魔術師どもは恐ろしくプライドが高いし、特に出身校をよその大学と比較されるとへそを曲げる。俺らみたいな記者は特に警戒されてるから、なるべく相手の思うままに喋らせるんだ」
「承知しました。では、まずは僕から魔術師に声をかけてみますね」
「おう、頼む」
カッツの了解を受け、ワージュは背筋を伸ばしてホール内に入ると、壁際で暇そうにしていた中年男性の魔術師に狙いを定めた。
「失礼します、週刊アメジストのワージュ・ナクーガと申します。インタビューをさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「何だ、雑誌記者か? 少しぐらいなら大丈夫だ」
雑誌記者の心得に従い、最初に所属とフルネームを伝えて話しかけると、中年の魔術師は相手を若造と見てか高慢な態度でインタビューに応じた。
「ありがとうございます。私たちは例年4月の定番企画である『全国魔術学科ランキング』を制作するため、各大学の魔術学科の動向を調査しています。まずお聞きしたいのですが、先生はどちらの大学のご出身ですか?」
ヤパーン国では学校の教員のみならず、魔術師や弁護士、時には政治家も「先生」という敬称で呼ばれるのが一般的だ。
「そうだな、あえてどこの大学と言うと反感を買うが、私はとある旧王国大学の魔術学科の出身なんだ。受験の時は難関で苦労したものだよ」
「旧王国大学ですか? それは凄い。やはり国立大学というと旧王大ですよね」
今現在のヤパーンは立憲君主制の国家だが、この国は74年前に世界大戦で敗北を喫するまでは大ヤパーン王国という王政の国家であった。トーキー大学やキョトー大学をはじめとする7つの国立大学は大ヤパーン王国時代に創設された歴史の古い名門大学であり、旧王国大学の魔術学部魔術学科は現在でも難関として知られていた。
旧王国大学の出身者として魔術学科受験に関する考察を聞かせて欲しいと頼むと、魔術師は心得た様子で話し始めた。
「最近ではトーキー魔術科呪術科大学だのチーヴァ大学だの、都会にある国立大学が偉そうにしているがね、結局は旧王大の歴史と人脈には勝てんのだよ。いくら立地が良くたって、大学の魅力はそんなものじゃ決まらんのだ。受験生にメッセージを送るとするなら、魔術師志望者たるもの都会でチャラチャラ遊ぶような魔術学生には憧れるなと言いたいね。やはり旧王大が一番だよ」
「なるほど。ですが、旧王大でもトーキー大学やオサーカ大学は都会に……」
「おっと、そろそろ講演が始まる。失礼するよ」
ワージュの指摘をスルーして、中年の魔術師はその場を去った。
「中々やるじゃないか。さっきのインタビューは使えるぞ」
インタビューが終わったのを見て、カッツもホールの中まで歩いてきた。
「そうですか? 何というか、ちぐはぐなメッセージだったと思いますけど」
「これは覚えておいて欲しいが、旧王大出身のくせに大学名を言えない奴っていうのは、大抵田舎の大学出身なんだ。トーキー大やオサーカ大、あるいはキョトー大なら真っ先に大学名を言うからな。さっきの魔術師も、しきりに都会への呪詛を並べてただろう」
「田舎っていうと、ホッカー大とかトホーク大……」
「余計な話はいいから次行くぞ。よし、今度は俺がやる」
ベテラン記者特有の目つきで周囲を見渡すと、カッツはすぐさまダブルのスーツを着た巨漢の魔術師に近寄って声をかけた。
「こんにちは、私は週刊アメジスト記者のカッツ・ヤマサックと申します。ケイーオ大学魔術学部のボンボット先生でいらっしゃいますね?」
「そうですが、何故私の名前を?」
「以前、別の学会で講演を拝見させて頂きましたもので。あの時の先生のお話に感銘を受け、今日は雑誌記者としてインタビューをお願いしたく思っています」
「おお、ありがたい言葉です。ぜひぜひ、できる範囲で協力させて頂きますよ」
カッツは目の前にいる魔術師の講演を直接見ておらず、今日の学会で発表を行う魔術師の顔写真とデータを事前に調べていたに過ぎないのだが、ボンボットは巧言令色に顔をほころばせた。
ワージュと同様に魔術学科受験に関する考察について尋ねると、ボンボットはにこやかに話し始めた。
「あなたもご存じと思いますが、ケイーオ大学は全国的に有名な名門大学とはいえ、魔術学科としては私立魔術大と呼ばれる存在です。私立魔術大というと国公立の魔術大よりも学費が高いとか、入試が簡単だとか悪口を言われがちですが、その声は一概に真実とは言えません。学費は確かに高いですが、地方の国公立大学に下宿して通えば6年間で1000万ウェンはかかりますし、都会でのキャンパスライフを6年間2000万ウェン程度で満喫できるとすれば魅力的でしょう。私立魔術大は国公立よりも入試科目が少ないですが、その分だけ合格点は高く、各科目への深い理解が要求されます。特に最近の地方国公立魔術大には地域枠なるものがあり、卒後に田舎で働くと約束すれば入試で大幅に優遇されるといいますからね。少なくとも、田舎の国公立魔術大には偉そうな口を聞いて欲しくないものです」
「そうなのですね。確かに、地域枠のことを考えれば一概に私立魔術大の方が入学しやすいとも言えません。ところで、ケイーオ大学など附属高校を持つ大学では、魔術学科でも内部進学制度が存在すると聞いていますが、これについてはどう思われますか?」
ボンボットはケイーオ大学の魔術学科に大学受験を経て合格したのではなく、ケイーオ大学附属高校から内部進学で入学したということは事前のリサーチで知っていた。
「そうですねえ。カワッサー魔術大の附属高校などは例外ですが、原則として附属高校の生徒の中でトップクラスの成績を収めないと魔術学科には内部進学できない訳ですから、学力は十分に担保されていると言えるのではないでしょうか」
「なるほど、ケイーオ大学の附属高校はいくつもありますし、それぞれに何百人と生徒がいますからね。今日はご協力頂きありがとうございました」
取材を終えたカッツに、ワージュがねぎらいの言葉をかけた。
「お疲れ様です。先ほどのインタビューもいい材料になりそうですね」
「あのなあ、ケイーオ大学は確かに難関私立大だが、小学校や中学校からエスカレーター式に進学したら合計いくらかかると思ってるんだ。あいつらは学費4500万ウェンのカワッサー魔術大を馬鹿にするけど、小学校からケイーオに通ったらそれぐらいはかかるぞ」
「な、なるほど……」
カッツの視点に感嘆していたワージュに、白衣を着た細身の男性が声をかけてきた。
「どうも、近くでお聞きしていたのですが、魔術学科受験のインタビューをされているのでしょうか?」
「ええ、そうですが、あなたは……?」
「私はトーキー大学で魔術学を学んだものでして、お力になれればと」
「トーキー大学とは素晴らしい。ぜひお話を聞かせてください」
ワージュがそう言うと、男はひとしきり魔術学科受験に関する持論を語った。
「ご指南に感謝致します。ところで、先生は第何回の魔術師国家試験を受験されたのですか?」
喋り終えた男に、傍で聞いていたカッツは満面の笑みでそう尋ねた。
「えっ? いや、その……」
「トーキー大学のキャンパスライフに関するお話もお聞きしたいのですが、もしや先生はトーキー大学魔術学部魔術学科の大学院を卒業されているということでしょうか?」
「ええ、実はそうなのです」
自分はトーキー大学の卒業生ではないと開き直った男に、カッツはやれやれと思いながら、
「そういえば、隣のホールでは魔法陣錬成師の学会が開かれていましたね。そろそろお戻りになられては?」
丁寧にそう言った。
そのまま男は無言で立ち去り、カッツは傍にいるワージュを叱った。
「おいお前、偽魔術師には気をつけろと言っただろう」
「あの人、結局何者なんですか?」
「大方、どこぞの二流大学の魔法陣学科を卒業した魔法陣錬成師で、トーキー大学魔術学部魔術学科の大学院に入学して学歴ロンダリングをしたんだろう。魔術学博士の肩書は魔術師じゃなくても手に入るからな」
「それは何というか、悲しいですね……」
魔法陣錬成師というのは魔術師の仕事を支える専門職で、いわゆるコマジカルと呼ばれる職種の一つだった。コマジカルには他にも魔術補助員や魔術科技工士といった職種が存在するが、魔法陣錬成師は6年制大学で育成される点が魔術師と共通している。
「ああもう、さっきから田舎者だのお坊ちゃんだの偽魔術師だの、ろくでもない連中ばっかりだ。そろそろまともな魔術師はいないのか」
嘆いているカッツをよそに、何かピンときたらしいワージュが近くにいた若い男性の魔術師に話しかけていた。
「僕ですか? 僕はトーキー大学出身ですが、何かお役に立てますかね」
「何でもいいんです! 魔術師の学歴について、考察をお聞かせ願えれば!」
焦りゆえかインタビューが直球になっているワージュに、若い魔術師は不思議そうな顔をした。
「学歴っていっても、魔術師として優秀ならどこの大学を出てても関係ないんじゃないですかね? トーキー大学魔術学科を出ても塾講師しか務まらない人もいれば、田舎の私立魔術大を出ていても第一線で働く魔術師もいますからね」
「それは正論ですが、先生はなぜトーキー大学に入学されたのですか? やはり一流の魔術大に入って優秀な魔術師になりたかったからでは?」
ワージュの質問に、若い魔術師はハハハと笑うと、
「僕の実家はそれほど裕福でなかったので、親に実家から通える魔術大に行けと命令されまして。トーキー大学は実家から電車で20分なので、もうそこしかないかなと」
「そ、そんな理由で……?」
それからインタビューは終了し、カッツとワージュはホールの外に出た。
「今回はイマイチでしたね。最後の人なんて、全然学歴の話にならなかったですし」
「アホかお前は。あれぐらい記事のまとめに使いやすいメッセージはないし、トーキー大学出身の魔術師のコメントと来れば説得力は十分だ。よし、次行くぞ!」
「ええー、そろそろ休ませてくださいよ……」
異世界魔術師のマウンティングで永久機関を成り立たせ、雑誌記者は今日も取材を続ける。
(END)
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「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
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作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
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