月が僕らに送ったものは

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第一話 ─メディアは唾を飛ばしながら訴えた

ウィル

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朝早い時間の空気は気持ちが良いことは知っている人は少ないだろう。軽やかな足取りでカーテンを開けると太陽はまだ本調子じゃないようでのたのたと少し暗い光を放って東側から顔を出していた。
夜はもう少しで姿を消すだろう。
こじんまりとした窓を開けて大きく伸びをすると爽やかな風が頬を撫でた。気持ちいい風だ。すう、と肺一杯に空気を大きく入れる。
「皆さん、今日も元気に!
おはようございます!!!」
静かな道に響くウィルの声は元より大きく、よく通る。下手をすれば少し小さめな町なら町中に届く程かもしれない。それならばこの近くにいる人にとってはどう思うだろうか。
 静かな家々からガタン、と大きな音がなりはじめ、そして遂には老若男女様々な人が窓から顔を出した。
「ウィルうるさい!」
今日も皆が顔をだすと、ウィルは満足そうに笑った。ごめんな、と心にもない謝罪を述べるとしょうがねぇなぁと溜息をつきながら人々は窓を閉じた。
ウィルにとってこの挨拶は日課である。そしてうるさいと怒鳴るまでの過程が全て、一連の流れなのだ。ウィルの一言でこの街は動き出す。ウィルが新聞を取って机に置くと外の家から美味しそうな匂いがやってくる。皆が動き始めた証拠だ。キッチンに立つと、いつも以上に気合いを入れた。
「よし、今日は久しぶりにジルが来るからな」
突然先日帰るとだけ書かれた手紙(というより紙切れ)が届いたのだ。放浪者の幼馴染みのジルが帰ってくることに嬉しさを隠さないまま早速鍋に水を入れて暖める。
今日は何となくだがジルが送ってきてくれた東の国にあったという、うどんとやらを食べてみよう。出汁の作り方はどうだとジルの贈り物で溢れた(とは言い過ぎであり、まれにしか送ってこないジルの僅かな文章や、風景の写真、または変な小物を入れているだけの)引き出しを漁るとすぐに分かる少し感触の違う紙を見つけて取り出す。
ジルが言うには和紙と呼ばれるものらしい。東の国のものは珍しいものがいっぱいで面白いのだ。ウィルが面白そうにまた送ってくれと言ったら、ジルは透き通るような綺麗な声でしね、と一喝されたのを思い出す。
ふ、と笑いを溢しながら小さく畳まれていたその和紙を開いて、そして直ぐに閉じた。
「いや、ジルほんと相も変わらず適当かよ」
紙に書いてあったのは原料だが、分からなかったのか黒に近い茶色いやつだとか、尿を水で薄めたような色のやつだとかなんとも適当なもので、逆に普通にかいた方が簡単だろうにと呆れる。嫌がらせか。ウィルも適当ではあるがそれはあくまでも普通の生活の点であって、今日やってきたらまず1つ文句を言ってやろうと思いつつ携帯を取り出した。
「うどんの出汁の作り方、と」
検索すれば簡単に出てきたため、家中の調味料を集めてみると全てあった。醤油にみりんに白だしで簡単な出汁が作れるらしい。
今度こそウィルは鼻唄を溢しながらボコボコと沸騰しているお湯に調味料を入れた。

「うん、旨い」
ズルズルと音を立てて吸うと遠い東の国のマグロ一本釣りが見える、気がする。と、なんとも暢気なその男の家のインターホンが鳴った。
一回鳴り、数秒後物凄い速さでインターホンが何度も押される。インターホンが1つ目の音を鳴らしても間髪入れずにまた押しているため、ピピピピピとなんとも阿呆みたいな音がなる。悪ガキ顔負けの早さだ。
呆れたように大きくうどんを頬張って玄関まで早足で歩く。こんなことをするやつはジルしかいない。
がちゃ、と開くと間髪入れずに遅いと一言言われる。うどんをまだ然程噛みきれていないまま飲み込む。
「ジル、久しぶりだなぁ」
銀の細い髪がサラリと揺れてジルは少し笑った。ウィルの入れよという声に「邪魔する、」と言って玄関に入ってくるジルに違和感を覚えた。
(いつもは何も言わずにズカズカ入ってくるのになぁ)
ジルはウィルに対して気を使うことは全くと言って良いほどしなかった。お前の家は俺のもの、くらいの勢いだ。そんな彼が珍しいと、目を丸くしながらすたすたと歩くジルの後ろについていく。
相も変わらず話し掛けなければ何も話さないジルに話題を振る。
「今回はどこ行ってたんだ?」
少しの沈黙の後に返事が帰ってきた。
「んー、政府の方まで行ってみた」
そうだ京都へ行こうだとか、ちょっとコンビニ行ってくるだとかの軽い口調で何の気なしに紡がれた単語。
「へぇ、政府ね………政府?!」
耳元でうるさいとビンタされるも気にしない。もちろん痛いが。
「政府って、お前…
あいつらの近くで嗅ぎ回ってると、"狗"に喰われるぞ」
慌てた様子で回り込むと、ジルは呆れたように溜息をついた。
「政府の周りちょーっと歩いてるだけでころされるわけないだろ」
「お前のちょっとは昔から信用できないんだよ!」
眉根を寄せるジルは犬を追い払うような仕草をして、ウィルを押し退けて歩き始めた。痛む頬を擦る。ジルのビンタは本当に痛いのだ。
「───そういやお前、新聞見た?」
突然の話題替えにも慣れた。ウィルは心配してやってるのに、と口を尖らせながら、リビングへの扉に手を掛けた状態で止まっているジルに対してちょっとした反発をする。
「見ようと思ってたらお前がうるさくインターホン押すから一面すら見ちゃいねぇよ」
そうか、と呟いたように言った後、ジルはウィルを見ずにリビングへ行った。ウィルの足が止まった。
(なんだ、なんなんだあいつ。いつものジルはどうしたんだよ。)
いつもならうるせぇ、なんて言ってビンタでもかますような傍若無人ぶりなのだ。やはりどこかおかしい。ヒヤリと汗が伝う。昔からの友人が遠くへ行ってしまうような、不確かな足場に立っているようなそんな感覚に眩暈がする。
これは本格的に話し合わなければならない、そう拳を握る。

「おい、ジル──」
新聞を焦点が合わないほどの近さまで持ってこられる。新聞を持つ手をつかみ、睨む。ジルの淡いブルーが滲むシルバーの瞳とウィルの燃えるようなワインレッドの瞳がかち合った。
「俺は、この現象に会った」
「この、現象?」
新聞の見出しを見ると、そこには一面に[犯罪増加!犯人は全員虚言癖あり?!]とかかれている。見出しだけではなにも分からない。頭にはてなを浮かべたまま新聞を手に取ると、すんなりとウィルの手にわたり、所在を失った項垂れているジルの手は重力に従うようにだらりと力無く落ちた。

───世界中で犯罪者が急増。無差別な殺人事件、傷害事件が多発。暴走し、捕まった犯罪者は落ち着いた後、口を揃えていう。『月から石が落ちてきて、その石が体内へ溶けた』と。科学者が彼等の体内を調査するもなにも出ては来なかった。全員何かの妄想を見たのかもしれない。
そして先日、虚言癖のある彼等、狂言者に共通点を見つけた。それは何かしらの能力を手に入れているということだ。武器になることができる狂言者、獣になることができる狂言者。
政府は近日中に狂言者を捕まえる予定のようだ。 

「この現象って、月から石が落ちたの見たのか?」
「ああ、見たし、……」
何かが続くことは右手を見つめて良い淀むような彼の姿で分かり、少し躊躇った。
だがウィルは考えることを放棄した。不快な沈黙を振り払うように目一杯の笑顔と明るい声色でジルの背中を思い切り叩く。
バシン、と空気を一変させる衝撃にジルはウィルに目を向ける。目があったと同時にウィルは嫌な何かを振り払うように叫んだ。
「ああもう、やめだやめ!
真面目な声色なんて俺ららしくないし、真面目な空気吸うのも嫌だ
その石の話、面白おかしく俺に話せよ」
何とも間抜けな沈黙があり、やがてジルは吹き出した。何かがツボに入ったらしい。腹を抱えて笑いを堪える姿はいつものジルだった。

「はぁ、笑った」
やっと落ち着いたのか乱れた呼吸を落ち着かせるジルを睨む。その視線に気づいたジルは軽く両手をあげて、降参だというジェスチャーをした。
「実は政府のところを見て回ってたんだが、夜にそこらの森のなかでテントを張って寝ようとはしたんだ
だけど眠れなくてな、ずっと月を見てた
そしたらチカチカ光ってるなにかが落ちてきて、それがその溶けた石だったんだよ
俺が何だと思って拾った白っぽく光る石は、あっという間に溶けた」
それでこうなった、と続けてジルは机に手を乗せた。ぼう、と淡く光始め、ウィルは眩しくて目を瞑った。やがて光が消えたところで目を開けると目前には黒光りする銃が1つ机に乗っていた。
「え、は……?」
困惑の色が隠せないウィルにジルはウィルに見えないことは理解してはいたが、苦笑しつつもう一度光を放ち、人の姿へ戻った。
何を言えば良いか全く分からないため、苦し紛れに一言。
「暴走はしねぇの?」
しない、と一言言うとウィルはあからさまにホッとしたようすが見て取れた。
(自分の身が大切か)
「じゃあジルは政府の世話にはならないな」
太陽のように笑うウィルに音を漏らした。
「………は?」
「ん?いやだって、暴走しないんだったら良いじゃん
人と変わんねぇし」
なにか変なことを言ったかと首をかしげるウィルにジルは固まった後笑いが溢れた。
「は、はは…そう、だよなぁ」
「どうしたんだよ」
「いや、何でもない」
(単純すぎて何も気づかなかった。そうか、俺は人間だ)
右手を拳にして開く。ほんのり汗ばんだ右手は少しだけ震えていた。
「ジル!ご飯食べるか?」
ウィルの言葉に食べる、とだけ返して新聞をゴミ箱に放り込んだ。
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