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一話──死の腐海にある異変

サモナーはギルドへ向かう

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建物と建物の間にするり、と入り込む。誰も気づかないほど自然に路地へと入り込んだその少年はしっかりとした足取りで通路を進んでいった。

右へ曲がったり、左へ曲がったり。一度も止まることなく歩いて数分。入り組んだその場所にそれはあった。

煉瓦と木材を使った、全体的に明るい雰囲気の家。少し古びてはおるが、路地の中ではコンクリートの高層ビルが多いために鮮やかに見える。縦長の灰色に囲まれたこぢんまりとしたこの家はやはり何度見ても浮いて見えた。

特に看板も掛けられておらず、端から見ればただの家だ。だがここはこの街で有名な"ギルド"と呼ばれるものの一つ。名は"エイトシックス"通称86(はちろく)と言う。

扉もまた酷く古びており、ドアノブは錆び付いていた。錆びたそれを気にせずそのまま掴み開けるとドアは乱暴にするなと言いたげに悲鳴にも似た音を立てて開いた。いつも思うけど、いい加減にこのドアくらいは直してほしい。耳に響く音は頭に嫌に響く。眉を潜めて開けきった。

「あ、お疲れ様」

音で気づいたらしい異国の服を身に付けた美形の男が右の扉から眠たそうに顔を出した。ワンピースにも似た裾は脛ほどの長さでヒラヒラと揺れている。側は腰からぱかりと割れているため、蹴りなどを繰り出す際に邪魔にはならないようになっているらしい。女性のような顔立ちに、女性のような服装だ。だが、彼は男だ。

肩をすくめながら挨拶を返す。おはよう、ではなく出勤お疲れ様という言葉に苦笑をこぼした。家に帰らずギルドで寝泊まりをする彼らは時間に非常にルーズだ。ちなみにあと二人いる。だから今日も集合時刻ギリギリに起きていることが伺えた。彼が顔を出した扉の奥は洗面所だ。

「おはよ
今日も寝坊?」

「まあね」

彼もまた目を細めて胸を張って見せた。どうだと言わんばかりの姿だ。降参だとひとつ両手をあげて見せると、彼はふふ、ととかく嬉しそうだった。

「バーサーカーに怒られたんじゃないの?」

「そう
…といいたいとこなんだけど、それがまだ来てないんだよね」

皮肉めいたそれを今度こそ本当に止めた男は綺麗な顔を歪めた。心配の感情だ。バーサーカーと呼んだ彼は時間に厳しい男だ。そんな彼が時間ギリギリになっても来ないなんて…。珍しいどころか初めてだ。

言葉を詰まらせた俺を見て首をふった。

「ま、まだ何かがあったとは限らないし気にしない気にしない」

話は終わったと返答も待たずに扉の奥へと引っ込んだ彼を目で追いかけてやっとまだ玄関に立っているままであることを思い出した。慌てて彼を追いかける。洗面所では顔を流し終えたところらしかった。

「ガンナー、他の皆は?」

「ビショップはランサーと一緒に今回のクエストの受注するために依頼人のとこ、レンジャーとバーサーカーは行方知れず」

タオルで顔を拭きながら答える彼によるとレンジャーも居ないらしい。相変わらず協調性がないなと手で額を押さえた。

「あー、サモナーにも今のうちに依頼の話しておくね」

依頼とは魔物を倒すことや、他国に届け物を送ることなどが主だ。この街の住人から自他国家レベルの重要な案件まで様々なものがある。内容として国の外に行かなければならないもの、例外として国の中に魔物がいるものしか頼むことはできないらしい。また依頼にもEからSSまでランクがありある程度の依頼数をクリアして業績を積み、試験に受からなければ難しい依頼は受けることができない。ランクが上がれば上がるほど報酬は良くなるためギルドの人間はこぞってランクを上げている。

だがこのギルドは少し特殊で、あまりランクあげに興味がないものが多い。それは互いを職業名でしか呼びあわないこの制度にも何か関わってるのかも知れないが、俺自身あまりランクに興味はないため正直どうでもいい。

今回の依頼はB難易度。この国の裏門から出てすぐにある"死の腐海"と呼ばれる森にコングウルフが大量繁殖しているらしく、住民からの依頼が殺到しているそうだ。もはや今は依頼をギルドに送ったり、受注を受け付ける"センター"に送られる依頼の内容がそればかりになってしまっている。そのため国家レベルの依頼として扱い、他のギルドも依頼を受けてはいるが数が多すぎて処理しきれないらしくこのギルドにまで回ってきたと言うわけだ。

「こんなちびっこいギルドにまで回すなんてもうヤバイじゃんねぇ」

この国も潰れるかもね、なんて笑えないジョークを飛ばす彼はいつも通りだ。初対面にもこんなブラックなジョークを飛ばすのでほとほと呆れる。慣れた俺は軽く流せるが。

「ちびっこいってビショップとかバーサーカーの前で言わないようにね」

冗談を真面目に返され不服な様子のまま勿論、と手で口をチャックする動作をする。そんなガンナーに早く着替えることを催促した。とりあえずはビショップとランサーが来るまではここに居ようと、奥の広間へ行き自分の持ち込んだソファーに荷物を置いた。

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