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出会いの末に異世界へ

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春。せっかくの桜が雨風で散ってしまった曇天の日。
始まりはとある魔法使いのお兄さんとの出会いだった。

「お兄さん、どうしてこんなところでうずくまっているの?お腹すいたの?それともいたい?」

そう声をかけるとお兄さんは酷く嫌そうな顔で力無くこちらを睨みつけてきた。

「僕はりの。お兄さんは?」

うずくまるお兄さんの隣に座っておにぎりを2つリュックから取り出し、おにぎりを一口口へと入れる。
もぐもぐとお米のおいしさを噛み締めながらもう一つのおにぎりをお兄さんへと差し出すと、おずおずと大きな手が伸びてくる。
どうやら痛いのではなく空腹だったらしい。よかった、痛いのなら役には立てないが空腹なら他にもお菓子を持っているから役に立てる。

無言で背中を丸めたままおにぎりを食べるお兄さんのお口に綺麗な藍色の横髪が巻き込まれてしまっていることに気づき、りのはそっと髪を払う。

一瞬びくりと肩を揺らしながらこちらを伺うその姿はまるで近所の警戒心の強い猫を撫でようとした時のようで思わず笑ってしまう。

怪訝そうな顔をするお兄さんへと「お名前は?」と尋ねると小さな声で返される。

「……ミルゼ」

ミルゼ、とその名前を復唱したのか声をかけたのか自分でもよくわからないままにポツリと呟く。

今度はちゃんと意思を持って、おにぎりを食べたままりのの声に耳を傾けてくれているミルゼへと声をかけた。

「せっかくの桜、散っちゃったね」

桜が散り少しだけ寒々しい木々を見上る。

「今年は満開の桜が見てみたかったなぁ」

視線を地へと落とし、散ってしまった桜の花びらを拾ってみる。

ひゅうーーっと春らしい強い風が吹き、りのの指から花びらが離れ飛ばされていく。
あっ、と声をあげて舞い飛ぶ花びらに腕を伸ばすが花びらが飛ぶ速度のほうが早くて当然のように届かなかった。

花びらを追って伸ばした行き場のない手を虚しく見つめていると先ほどまではなかった木漏れ日のような影がりのの手にかかっていることに気がつく。
不思議に思い見上げる。

「わぁ……っ!」

思わず感嘆の声が溢れる。
りのが視界を上げた先には、生まれて初めて見る満開の桜がそよそよと風に揺れて揺蕩っていた。

「これで満足か?」

なんてことのないように、おにぎりを食べ終えたミルゼがこちらをじっと見つめていた。

まだ幼かったりのはどうして散ったはずの桜が?なんて疑問は抱かずにただただ生まれて初めて見る満開の桜に胸を踊らせて大きく頷く。

りのの溢れんばかりの笑みに釣られたようにミルゼも小さく笑う。

これが、魔法使いミルゼとの出会いだった。

***

「……で、思わずオレを異世界に連れてきちゃったの?」

拗ねたように目を合わせないミルゼにりのは困ったように首を傾げる。

ここは森。ただの森ではない。異世界の森だ。

何故ここが異世界なのだとわかるのかって?それは至って簡単だ。
今りのの目の前で正座をして気まずそうな、拗ねたような顔をして顔を背けているミルゼ本人から聞いたのだから。

ミルゼは所謂魔法使いと呼ばれる存在で齢3桁の人外並みの長寿だ。
そんなミルゼはりのと出会うまでは色々な異世界を旅して歩いていたらしい。つまるところ彼にとって異世界を渡ることは簡単なわけで、りのを連れてくることも『荷物が少し増えた』程度で容易な事である。

では何故わざわざ荷物を増やしてまでりのを連れてきたのか。

「そんなに僕と離れがたかったの?」

ミルゼの正面に膝をついて顔を覗き込む。
何も言わずに、1人で歩いて帰ることができない場所へと連れてきたことに多少なりとも罪悪感はあるのだろう。
苦虫を噛み潰したような顔をしているミルゼに苦笑をこぼしながらぶにぶにとその頬を引っ張るとりのの手にミルゼの手が重なった。
そうしてようやく視線が合う。

頬を引っ張るのをやめないりのを止めるように手に力がこもる。
だがまったく痛くはないのだから本気で止める気もないのだろう。

「俺はただ、りのの死が受け入れがたかっただけだ」

「勝手に殺さないでよ」

くすくす、とミルゼの返答に笑いながら頬を引っ張るのをやめてそのままミルゼの首へと腕を回す。

ぎゅっと自分の胸にミゼルの耳を押し付け「ほら、生きてるよ」と心音を聞かせれば無言で不満を訴える瞳と視線がぶつかった。
おっとこれは茶化しすぎたか。

「……この心臓が動くのはあと約1年、あるかないかなんだろう」

諦めたように背中に腕を回してりのの胸に頭を埋めたミルゼがもごもごと呟く。くすぐったい。

「そうらしいね」

珍しく甘えん坊なミルゼの藍色の髪をサラサラと撫でなでる。

そう、りのは小さいころから体が弱かった。すぐに熱を出し寝込んでしまうりのは10歳の年、ミルゼに桜を咲かせてもらうまで満開の桜を見たことがなかったくらいには体が弱く外出もままならなかったのだ。
そうして先月、17歳を迎えた矢先に担当医から余命を告げられた。

「でもまだ1年あるよ?」

「1年しかないんだろ」

余命をミルゼに報告してから半月、ほぼ毎日魔法で他者の目には触れないようにしつつもずっとそばにいてくれたミルゼが唐突に姿を消した。
てっきりりのの死を目の当たりにするのが嫌でいなくなったのかと思い、もう姿を見ることもできないのだ思っていたのだが。

つい先ほど唐突に姿を現して唐突にここ異世界に連れてこられた。
今頃元の世界では行方不明状態になっていることだろう。

溢れる苦笑にミルゼが何を感じたのか、りのの背に回した腕に逃さんとばかりの力が込められる。
痛いよと声をかければ少し力は緩められた。

「……ここなら、きっとりのは死なない」

ミルゼ曰く、この世界はおかしな術にかかっており1ヶ月間の間をループしているらしい。
たしかに1ヶ月間を繰り返して先に進むことがないのならば死を先送りにすることはできるのかもしれない。

「僕の前に姿を現してくれなかったこの半月、僕が生きていける世界を探していてくれたの?」

ミルゼは答えない。無言の肯定だろう。

ぐっと、頭を撫でていた手を肩に移動させて軽く押す。離れてほしいという意図は伝わったようでミルゼは身体を離し不安そうな顔でこちらを見てくる。

りのは立ち上がり足についた草や土をぱっぱっと払う。
座り込んだまま不安そうにこちらを見上げるミルゼに手を差し出す。

「ほら、まずは寝床を探そうよ。
こんな森で寝かせられたら寒くて余命どころかすぐに命が尽きちゃうよ、僕弱いから!」

りのはあまり自分の寿命に頓着がない。今この瞬間好きなよう過ごすことに全力を尽くしていることを知っているミルゼにはりのが延命にあまり魅力を感じていないことに気がついているのだろう。
だからこそ『元の世界に帰りたい』と言われることを不安に感じていたはずだ。

けれどそんなことは決してない。
たしかに自分の延命自体にはあまり興味がないが、ミルゼに『生きてほしい』『一緒にいたい』そう思ってもらえた気持ちはとても嬉しいと思うし、そんなふうに思ってくれるミルゼが愛おしい。だから現状とミルゼの行動を受け入れる。

伸ばした手がそっと掴まれ、ミルゼが立ち上がった。
座っていた時と変わって頭ひとつ分背の高いミルゼを見上げるように視線を上げると、帰る意思がないことが伝わったのだろう少しだけホッとしたような目でこちらを見つめてくる。

「僕が過ごしやすい場所、下調べはしておいてくれた?」

そう問いかけると「任せろ」と言わんばかりに微笑まれ、力強く手を引かれる。けれど歩調はりのが苦しくないペースだ。

拗ねた様子から普段の調子に戻ったミルゼの横顔をちらりと盗みみて、異世界のご飯はどんなものなのだろう?とりのは呑気に笑った。
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