地獄に落ちた僕らは生きる意味を知った。

姫がかり

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第1章:針山地獄編

第7話 沈黙の背中

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再び、針山地獄。

何年ぶりかも分からない。 それほど時間の感覚は失われ、記憶は焼けている。

――ただ一つ、確かなのは。

「またここに戻ってきた」という、絶望だけだった。

かつては地面を歩くだけで悲鳴を上げていた足。 今では、悲鳴すら出ない。 針の痛みにも、血の流れにも、魂がすり減る音にも、もう慣れてしまった。

いや、慣れたんじゃない。 何も感じなくなっただけだ。

 

その日、いつもと同じように、針の海を歩いていた。

すると――前方に、誰かの背中があった。

誰かが、自分よりも速いペースで、 針を踏みしめながら、黙々と前を進んでいる。

男だった。 背は高く、黒髪がうなじにかかるくらいで、全体的に痩せている。 けれど、背筋はぴんと伸び、歩き方には不思議な整然さと力強さがあった。

それが妙に目を引いた。

泣き叫ぶ亡者、呻く者、倒れる者―― 誰もが「耐えることで精一杯」なのに、 この男だけが、「目的を持って進んでいる」ように見えた。

 

「……」

なぜか言葉をかけたくなった。

自分でも理由は分からなかった。 ただ、気づけば声が漏れていた。

「……君、何年目?」

声は、喉の奥でひび割れた。

男は、一切反応しなかった。

「聞こえてない……?」

「あの……名前は……?」

沈黙。

背中は止まらない。 振り向かない。 言葉も発さない。

まるで、声など存在しないかのように、ただ前へ進むだけだった。

だがそれでも、奏多は彼の後ろを歩き続けた。

どうしてか分からない。 けれど、あの背中だけは“折れていなかった”。

それが、地獄の中で初めて見た“生きている人間”のように思えたのだ。

 

何日かが過ぎた。 その背中は、相変わらず何も語らない。 呼びかけても、振り向くことすらない。

まるで、感情も声も、どこかに置いてきたかのようだった。

それでも――

「ああ、今の俺は……この背中だけを頼りに、生きてる」

そう思ってしまうほどに、 あの沈黙の背中は、確かな“希望”のように光っていた。


---

彼の名を知るのは、まだ先の話。

今はただ、 “沈黙の背中”と、 それを追い続ける名もなき亡者・黄泉奏多の物語が、静かに始まったところだった。




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