地獄に落ちた僕らは生きる意味を知った。

姫がかり

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第1章:針山地獄編

第9話 壊れそうな影

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それは、朝焼けにも似た赤い空の下。

この地獄に「朝」など存在しないが、空の色だけは移り変わる。 ただの“演出”かもしれない。 絶望を強調するための、残酷なコントラストだ。


---

針山を歩いて、どれほど経っただろう。 黙って歩く者、呻きながら進む者、倒れて動かなくなる者―― 誰もが、自分のことで精一杯だ。

そんな中、奏多は“違和感”を覚えた。

少し先の地面。 そこに、小さな人影が倒れていた。


---

目を凝らすと、それはまだ幼さの残る少女だった。

白い肌に、薄く張りついた血の跡。 膝から足首まで無数の針が突き刺さり、けれど本人は何も反応しない。 目は虚ろで、焦点が合っていない。 髪は肩までの長さで乱れ、唇は乾いてひび割れていた。

少女は、ただうつ伏せで、微動だにせず地面に潰れていた。

けれど、よく見ると――ゆっくり、ほんのわずかに、針山の上を“流されるように”前に進んでいた。


---

「……生きてる?」

奏多は無意識に近づいていた。

最初、少女は彼の存在に全く気づかなかった。 あるいは、気づいていても何の反応もしなかった。

表情はない。 痛みも、怒りも、悲しみも、すべてを捨てた人間の顔。

まるで魂だけを抜かれた人形のように、ただ自動的に動いていた。

針が彼女の体を押していた。

地獄には“見えない圧力”が存在する。 前に進ませるように、逃げられないように、後ろから魂を押しつぶしてくる圧力。

少女は、それに背中を押されていただけだった。 自分の意思で歩いていたわけじゃない。

> 「……押されて、進まされてるだけか……」



奏多は、自分の過去を思い出した。

自殺して落ちてきたばかりの頃。 痛みも苦しみも、自分の罪だと思っていた。

「耐えなきゃいけない」「罰だから当然だ」―― そう思って、何も言えず、何も求めなかった。

彼女の姿は、あの時の自分そのものだった。


---

奏多は、しゃがみ込んだ。

「……聞こえる?」

返事はない。 瞳は濁ったまま、宙を彷徨っていた。

声が届いていないわけじゃない。 届かせたくないのだ。 世界を拒絶して、閉じこもっている。

でも、奏多には見えた。

そのかすかに揺れる瞳の奥に、 「もう誰も信じていない」という諦めと、 「それでも怖くてたまらない」という幼さが、混ざっていた。


---

「……」

奏多は、ゆっくりと彼女を背負い上げた。

肩に体温のない体が乗る。 軽い。 けれどその重さは、命の重さだった。

少女は反応しない。 抵抗も、拒絶もしない。 ただ黙って、沈黙の中で揺れていた。

その沈黙が、やけに切なくて、 奏多は、何も言わずに歩き出した。

一歩進むたびに、針が足を突き破った。 バリアを張っていても、“二人分”の重さには耐えられなかった。

魂が裂けるような痛み。 けれど、後悔はなかった。

それでも――奏多は歩き続けた。

> 彼女がもう一度、 世界に目を向けてくれる、その日まで。



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