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第1章:針山地獄編
第10話 背中の命
しおりを挟む何も語らず、何も返さない少女を―― 黄泉奏多は、ただ黙って背負った。
理由なんて、なかった。 助けなければいけない義理も、声をかける理由も、そこには存在しなかった。
ただ、自分の過去に彼女を重ねてしまった。 かつて、自分もそうやって、誰からも見捨てられていたから。
少女の体は、とても軽かった。 魂の密度さえ抜け落ちてしまったような、痛みを拒絶したままの身体。
それでも―― 奏多にとっては、これまで背負ったどんな痛みよりも重かった。
一歩、また一歩。
針の地面が、奏多の足を突き刺す。
バリアは張っている。 けれど、一人分なら耐えられた痛みが、 少女を背負ったことで――倍以上に、魂を削った。
それでも、彼は歩みを止めなかった。
少女は、何も言わない。
泣き声も、呻きも、感謝すらない。
最初の数日は、沈黙が不安だった。
背中にいるはずの命が、いつ消えてしまうか分からなくて、 何度も、何度も、存在を確かめた。
でも、ある日を境に、 それが“当たり前”になった。
> 「そこにいる」
それだけで――理由としては、十分だった。
月日は、容赦なく過ぎていく。
地獄には暦がない。 太陽も、季節も、祝日も、存在しない。
ただ、痛みと絶望と、叫び声だけが、永遠に繰り返される。
その中で、奏多は、毎日、少女を背負い続けた。
倒れそうになったこともある。 何度も、膝を突き、バリアが崩れた。 足の裏を何本もの針が貫いていった。
けれど、それでも、立ち上がった。
なぜなら、 彼女は一度も、自分から離れようとしなかったからだ。
背中に感じるその小さな体は、 無言のまま、必死に服の端を握っていた。
掴むというより、縋りつくように。
誰にも見捨てられたくないと、 ただ――黙って震えていた。
ある日、彼は気づく。
> 「……軽くなった?」
体重が減ったわけではない。
魂の重さが、少しだけ、和らいでいた。
まるで、ほんのわずかに、 少女が「信じてみようかな」と思ったかのように。
五年が経った。
彼女は一言も発さないまま、 それでも、ずっと、彼の背中にいた。
奏多は、痛みに慣れたわけじゃない。 毎日が地獄だった。
でも――ひとりではなかった。
背中に“命”がある。
そのぬくもりが、自分を“人間”に引き戻してくれている気がした。
針の海に、二人分の足跡が並ぶ。
その道は、どこまで続くか分からない。
終わりなんて、あるかどうかも分からない。
それでも、確かに、そこには――
> 「この子と俺の、たった一つの“生きてる証”」があった。
名前も知らない、声も知らない少女。
でも今はもう、奏多にとっては、 **かけがえのない“誰か”**になっていた。
そして―― この沈黙の五年間の終わりに、 少女は、ついに――
“声”を出す。
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