地獄に落ちた僕らは生きる意味を知った。

姫がかり

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第1章:針山地獄編

第11話 かすれた声

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それは、何の前触れもなく、

針山の風にまぎれて――ふっと、零れた。



 



「……あの、ね」



 



鼓膜に届いたのは、

かすかで、壊れてしまいそうな音だった。



最初、幻聴かと思った。



だって、この五年間、彼女は一言も喋らなかったのだ。

泣き声すら、漏らしたことがなかった。



でも――

背中にいるその身体が、ほんの少し、震えている。



確かに、聞こえた。



 



「……お兄ちゃん」



それは、砂を噛むような、小さな呼びかけだった。

耳を近づけないと、聞き取れないほどに。



それでも――その声は、

魂を貫くほどの、重みがあった。



 



「……ずっと、声を……出そうとしてたんだ」



言葉はつっかえ、息と混じり、すぐに消えていった。

それでも、陽葵は必死に言葉をつなげようとする。



「……でも、こわくて……出せなかった……」

「……見放されるんじゃないかって……」

「……置いていかれるのが……ずっと、こわくて……」



 



奏多は、何も言わなかった。



喉まで言葉が込み上げたけれど、

それを押し込んで、ただ静かに耳を傾けた。



今、この子の中から、世界が少しずつ流れ出しているのを感じたから。



 



「……でも……それでも……」



彼女は、小さく息を飲み込んだ。



「ずっと……背負ってくれた」



「なにも言わずに……痛いのに……苦しいのに……」



「……ありがとう」



 



沈黙が、痛みを含んだ空気と一緒に流れた。



それは、この地獄で初めて聞いた“感謝”の言葉だった。



誰もが呻き、泣き叫び、呪い、憎しみ合うこの世界で――

“ありがとう”と誰かが言った。



それだけで、何かが変わった気がした。



 



陽葵は、涙を流していた。



泣くことを忘れていた瞳から、

ぽたりと一滴、針山に落ちて、血と混じり、滲んだ。



その涙は、彼女が初めて「生きたい」と思った証拠だった。



 



奏多は、ゆっくりと笑った。



それは、この五年間で初めて浮かべた微笑みだった。



「……そうか」



それだけ返して、彼はまた歩き出す。



地獄は、何も変わっていない。

針は痛く、足は裂け、血は流れ続けている。



でも、心の中にだけは確かに、何かが変わった。



 

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