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きさらぎ駅
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「あれっ、」
彼は気づいた時には足元のアスファルトを見ていた。
彼は歩いていた足を止めたのか、始めから立ち止まっていたのかわからない。
そんな彼が前を見れば、目には何のことはない道路が映り。右を向けば金属フェンス。左を向けば何かの建物。後ろも当然だが道路が続いている。
「……どこだ、ここ」
しかし、どう考えてもこの景色に見覚えがない。
それどころか自分が何をしていたのかも、自分が誰なのかもわからない。
彼にあるのは見覚えがないこの景色だけだ。
「俺? 僕? 私? ……わからない。わからない。わからない。わからない。何も、わからないぞ」
とは言え、彼はフェンスの向こうにあるのが自転車だとはわかる。
つまりこの場所は駐輪場なんだとはわかる。
一番近い建物が民家ではないとはわかる。
離れたところに見えるのが民家だろうともわかる。
足元のアスファルトに白線が引いてあれば、それは道路と言うのだともわかる。
だけど、自分のことだけは何一つわからない。
「ワカラナイ……でもまぁ、別にいいか」
彼の頭の中は霞がかかったようにはっきりしなくて、思い出そうとしても思い出せなくて、一瞬取り乱しそうになったけど彼は自ら思い出そうとすることをやめた。
なんとなく思い出さない方がいい気がしたから、やめた。
そして何気なくフェンスの向こうの向こうに意識が向く。
そこには線路があり、線路を目で追っていくと踏切りもある。
次に線路の反対側にも目を向けていくと、建物が邪魔で見えないが、邪魔な建物の陰にホームらしきものの端が見えた。
「駅?」
彼は目の前の駐輪場は駅に隣接するもので、ホームが見えたということは駅がそこにあるのだと気づき、自分の足が向いている方向だからか駅の方に歩き出す。
駐輪場。何かの建物。何かの建物と短く続き、視界が開けると駅の横にあるトイレが彼の目に入る。
「ホームじゃなく駅の外にあるトイレでは不便なんじゃないか?」なんて思いながら、駅の前に立つバス停にタクシー乗り場も視界に捉える。
さらに駅の前には駐車スペースも少ないながらあり、横断歩道が奥に二つ、手前に一つ見えた。
もっと細かく見ていくと自販機にポスト。彼がかなり珍しいと感じる電話ボックスもあった。
肝心の駅は自動ではない引き戸が正面と右側にあり、ガラス窓から見える中は待合室なのか椅子が並び、ホームに出るための改札は一つだけ。
今どき切符を買って、駅員に切ってもらわないといけないタイプの駅に、「田舎だな」と彼は小さく呟いた。
そして彼の視線は上へと向いていく。そこには駅名があるはずだから。
駅名がわかれば自分が誰なんだとしても、今いるところがどこなのかはわかるはずだから。
「う、──嘘だろ。きさらぎ駅って。あのきさらぎ駅?」
しかし目に入った駅名は「きさらぎ駅」とあり、きさらぎ駅という都市伝説が瞬間的に頭の中に浮き出てくる。
その内容は様々あれど実在しないはずの駅であり、決して訪れてはいけない場所だと。
およそ生きている限りは縁のない場所だと、彼の頭の中にきさらぎ駅の情報が浮かんでくる。
「そ、そんなわけが、」
次の瞬間に彼は駆け出し、誰もいないホームへと飛び出す。
ホームから見える線路は上りと下りがあり、二つのホームを繋ぐのは跨線橋。
彼が線路の左右どちら側を見ようと線路が続いているばかりで、きさらぎ駅だという駅のいく先も前の駅もわからない。
どちらがどちらなのかもわからない。
しかし、そこで彼は改札のところの上に路線図があったことを思い出す。
「路線図、──っ!?」
路線図に気づいて改札の前に戻ろうと振り返った彼の前には誰か、正確には何かが立っていた。
駅員らしい服装に白い手袋をした、誰かではなく何か。
あるはずの顔は黒いモヤしか見えず、服の隙間から覗く身体のはずの部分もモヤしかないから何かだ。
人の形をしながらも明らかに人間ではない何かに彼は驚き、無意識に後ろにと下がり、最後にはホームから落ちそうになる。
「おっと、ホームでふざけられますと大変危険ですからおやめください」
突然現れた駅員らしい格好の何かは、落ちそうになった彼の腕を掴んで黄色い線の内側まで引き戻し、何ごともなかったように彼から離れていく。
何かは歩いているはずが足音はせず、駅員が詰める改札の裏にあたる部屋にと入っていく。
「……ぁ、待ってくれ。ここはどこなんだ!」
我に返った彼が何かの後を追うがドアは開かず、彼は改札のところからカーテンがかかる部屋の中に、ガラスを叩き声をかける。
そんな彼の行為に対する反応はすぐにあり、カーテンが開き、切符売り場らしい方に何かは顔を出す。
「だだいま上り下りとも列車はありませんが、切符をお求めですか?」
「ここがどこなのか聞いてるんだ!」
「ここはきさらぎ駅でございます。そこの案内板に町の案内もございますので、よろしければそちらをどうぞ。して、切符をお求めでしょうか?」
「……いえ、大丈夫です」
「では、御用の際はお声をおかけください」
不気味な何かより自分でと彼は思い、何かが指さした電話ボックス横の案内板にと向かう。
その案内板には「きさらぎ町」と書いてあった……。
彼は気づいた時には足元のアスファルトを見ていた。
彼は歩いていた足を止めたのか、始めから立ち止まっていたのかわからない。
そんな彼が前を見れば、目には何のことはない道路が映り。右を向けば金属フェンス。左を向けば何かの建物。後ろも当然だが道路が続いている。
「……どこだ、ここ」
しかし、どう考えてもこの景色に見覚えがない。
それどころか自分が何をしていたのかも、自分が誰なのかもわからない。
彼にあるのは見覚えがないこの景色だけだ。
「俺? 僕? 私? ……わからない。わからない。わからない。わからない。何も、わからないぞ」
とは言え、彼はフェンスの向こうにあるのが自転車だとはわかる。
つまりこの場所は駐輪場なんだとはわかる。
一番近い建物が民家ではないとはわかる。
離れたところに見えるのが民家だろうともわかる。
足元のアスファルトに白線が引いてあれば、それは道路と言うのだともわかる。
だけど、自分のことだけは何一つわからない。
「ワカラナイ……でもまぁ、別にいいか」
彼の頭の中は霞がかかったようにはっきりしなくて、思い出そうとしても思い出せなくて、一瞬取り乱しそうになったけど彼は自ら思い出そうとすることをやめた。
なんとなく思い出さない方がいい気がしたから、やめた。
そして何気なくフェンスの向こうの向こうに意識が向く。
そこには線路があり、線路を目で追っていくと踏切りもある。
次に線路の反対側にも目を向けていくと、建物が邪魔で見えないが、邪魔な建物の陰にホームらしきものの端が見えた。
「駅?」
彼は目の前の駐輪場は駅に隣接するもので、ホームが見えたということは駅がそこにあるのだと気づき、自分の足が向いている方向だからか駅の方に歩き出す。
駐輪場。何かの建物。何かの建物と短く続き、視界が開けると駅の横にあるトイレが彼の目に入る。
「ホームじゃなく駅の外にあるトイレでは不便なんじゃないか?」なんて思いながら、駅の前に立つバス停にタクシー乗り場も視界に捉える。
さらに駅の前には駐車スペースも少ないながらあり、横断歩道が奥に二つ、手前に一つ見えた。
もっと細かく見ていくと自販機にポスト。彼がかなり珍しいと感じる電話ボックスもあった。
肝心の駅は自動ではない引き戸が正面と右側にあり、ガラス窓から見える中は待合室なのか椅子が並び、ホームに出るための改札は一つだけ。
今どき切符を買って、駅員に切ってもらわないといけないタイプの駅に、「田舎だな」と彼は小さく呟いた。
そして彼の視線は上へと向いていく。そこには駅名があるはずだから。
駅名がわかれば自分が誰なんだとしても、今いるところがどこなのかはわかるはずだから。
「う、──嘘だろ。きさらぎ駅って。あのきさらぎ駅?」
しかし目に入った駅名は「きさらぎ駅」とあり、きさらぎ駅という都市伝説が瞬間的に頭の中に浮き出てくる。
その内容は様々あれど実在しないはずの駅であり、決して訪れてはいけない場所だと。
およそ生きている限りは縁のない場所だと、彼の頭の中にきさらぎ駅の情報が浮かんでくる。
「そ、そんなわけが、」
次の瞬間に彼は駆け出し、誰もいないホームへと飛び出す。
ホームから見える線路は上りと下りがあり、二つのホームを繋ぐのは跨線橋。
彼が線路の左右どちら側を見ようと線路が続いているばかりで、きさらぎ駅だという駅のいく先も前の駅もわからない。
どちらがどちらなのかもわからない。
しかし、そこで彼は改札のところの上に路線図があったことを思い出す。
「路線図、──っ!?」
路線図に気づいて改札の前に戻ろうと振り返った彼の前には誰か、正確には何かが立っていた。
駅員らしい服装に白い手袋をした、誰かではなく何か。
あるはずの顔は黒いモヤしか見えず、服の隙間から覗く身体のはずの部分もモヤしかないから何かだ。
人の形をしながらも明らかに人間ではない何かに彼は驚き、無意識に後ろにと下がり、最後にはホームから落ちそうになる。
「おっと、ホームでふざけられますと大変危険ですからおやめください」
突然現れた駅員らしい格好の何かは、落ちそうになった彼の腕を掴んで黄色い線の内側まで引き戻し、何ごともなかったように彼から離れていく。
何かは歩いているはずが足音はせず、駅員が詰める改札の裏にあたる部屋にと入っていく。
「……ぁ、待ってくれ。ここはどこなんだ!」
我に返った彼が何かの後を追うがドアは開かず、彼は改札のところからカーテンがかかる部屋の中に、ガラスを叩き声をかける。
そんな彼の行為に対する反応はすぐにあり、カーテンが開き、切符売り場らしい方に何かは顔を出す。
「だだいま上り下りとも列車はありませんが、切符をお求めですか?」
「ここがどこなのか聞いてるんだ!」
「ここはきさらぎ駅でございます。そこの案内板に町の案内もございますので、よろしければそちらをどうぞ。して、切符をお求めでしょうか?」
「……いえ、大丈夫です」
「では、御用の際はお声をおかけください」
不気味な何かより自分でと彼は思い、何かが指さした電話ボックス横の案内板にと向かう。
その案内板には「きさらぎ町」と書いてあった……。
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