絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第01章――飛翔延髄編

Phase 01:リック爺さんの解剖作業講義

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《異常腫瘍》Smの体内で意図せず発生する化合物による組織、あるいは器官。その形態と機能はさまざまであり、一つとして同一のものはない。Sm関連の企業及び研究機関などは積極的に集めており、腫瘍の構造から新しい技術、化合物が誕生するケースもある。往々にして腫瘍には自己保全機能がなく、強度も低く、劣化しやすいので、摘出後の保存処理は欠かせない。















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 大気中のスモックを湿気た風が払いのける。薄灰色の雲には青い色彩が点在しているが、雲が薄いから空の青が透けている、ということではない。合成着色料の粉末を振りかけた綿菓子、と形容すべき雲なのである。
 怪しい雲の真下の町並みは、鈍い鉄色といった具合で、町の南東地域を両断する川もまとめて分厚い壁が囲っている。
 適当な鉄材廃材を張り合わせたパッチーワークの囲壁には、高圧的な門扉が数か所設けられており、その一つでは、スピーカーが直下を行き交う通行者に告げている。だが、聞き流すのが大半である。

『ようこそ! デスタルトシティーへ。この町の中では以下のことに注意してください。
 一つ、第一種以上の武器の携帯には市役所への申請と許可が必要です。町に持ち込む際は保安兵に届け出て指示に従い許可が下りるまでお預けください。
 一つ、町の中で武器を携帯して移動する際、発行された許可証は首からぶら下げるか、すぐに取り出せる場所に携帯してください。
 一つ、許可証を紛失した場合は、それが分かった時点で〈保安兵舎〉に通報し、ご自身の身柄を〈保安兵〉に預けてください』

 門の両脇には〈保安兵〉と呼ばれる武装した人員が配置されており、身分証明書確認、銃器の預かり、場合によっては人を連行している。
 待っている人々にスピーカーは語った。

『この街は〈ソリドゥスマトン〉通称Smの産業が盛んで、住民の半数以上は何らかの形でそれらの産業にかかわっています』

 潜った門が変われば町の印象も違うかもしれない。川沿い、オフィス街、繁華街、住宅街、公園と、一つの都市でもあらゆる側面があるのがデスタルトだ。しかし、いずれの場所でも聞こえてくるのは、鉄をたたく音、火花が散る音、溶接の音、機械の重低音、溶液が攪拌かくはんされる音、喧嘩と怒声。
 バラエティーに富んだ騒音が街全体でアンサンブルすると、やはりただの騒音にしかならないが、この町のらしさを表していると言ってあげよう。
 そんな灰色の色彩と工業音が似あう町並みに溶け込む倉庫めいた建造物の一つには、看板が掲げられている。
 ポップなビーバーのマスコットが腕を組み、職人をご所望かい? ならここにいるぜ、と言わんばかりに見下ろす。そこが『ディリジェント・ビーバーガレージ』
 ガレージのシャッターを潜ると、まず目に飛び込むのは、天井から垂れ下がる昇降チェーンのフックに引っかかる巨大な爬虫類の尻尾と思わしき物体。壁際の棚にはガラス容器が陳列されており、それぞれに注いだ青や緑、紫、赤などの溶液には有機器官がひたしてある。
 それから、車を持ち上げるリフトを改造したような構造の施術台には、人の身の丈を超える爬虫類が仰向けになっていた。
 若者が恐る恐る台へと近づき、手にしていた紙袋を掲げ、名前を呼ぶ。

「リックさーん! トルティーヤのたこ焼き詰め、パタタスブラバス擬き、それと『ペヨルーラ・マイルドヘル』をお届けに参りましたが、どこに置いたらいいんで?」

 答えたのは、巨大爬虫類に馬乗りになって、開いた腹に腕を突っ込んでいたリック。作業のかたわら遠くを指し示す。

「壁際の前足の置いてある作業台に代金があるから、そこに置いといてくれ」

「前足ね……」

 若者が覗き込んだ空間は、鉄骨の柱と梁で支えたロフトの下に用立てられた〈ソリドゥスマトン〉専用の施術室。中心に備え付けられた施術台には、イモリかヤモリか、はたまたカエルか判断できない巨体が横たわっているが、確かに前足の一方が欠落している。
 配達の若者は、残っている前足を手掛かりに探してみるが、施術室の壁には電動の工具などがひっかけられ、隅の棚のほうには大容量の薬品ボトルが敷き詰められている。あとは業務用の冷蔵庫があるが、無関係と判断。
 鉄のマスクをかぶっていたリックは、面を上げ、腕を伸ばすように若者の後ろを指し示し、自分から見て左へ指の向きを変える。

「施術室じゃなくて、向こうのほうだ」

「ああ、了解了解」

 若者は引き下がり、ロフトから離脱、リックが指示したであろう方向に振り向くと、鉄骨の柱に寄り添う形で設置された作業台を発見。DIYでもしたくなる台の上に乗せられた巨大な前足は、被せられた布で表面積の半分ほど隠されていた。近づけば、足の鱗の質感よりも、その傍らにあった硬貨と皺の寄った紙幣に目が行く若者。
 代金を手に取って数える。

「1ザル、54パニー。よし、毎度どうも……と言いたいんですがね。暗号貨幣での支払いはできないっすか?」

「文句言うな」

「そういわないで。オレみたいなノマドチェーン店は身軽なほうがいいんすよ」

「中央政府発行通貨なんだ。どこでも使えるからいいだろッ」

 リックは話の間にも爬虫類の腸をまさぐり続け、ついに奥深くから物体を引っこ抜く。飛び散るどす黒い血を気にも留めず、掴みだした物を掲げた。

「よっしゃ……こりゃまたでかい腫瘍だぁ。方々に管を通しやがって」

 満足げなリックは肉の塊を爬虫類の腹に置いて、切り口の中から使用した刃物を回収する。
 無手でやってきた若者は、途中で足を止め険しい顔で肉塊を睨む。

「それ何?」

「こりゃ、異常腫瘍だ」

 と言ってリックは肉塊といっても差し支えない腫瘍を軽くたたいた。

「つまり、癌、みたいなもの?」

「まあな、たまにできるんだ。これ以上肥大化してたらこいつが勝手に増殖して内臓どころか脊椎も圧迫してただろうよ。そうなると、大掛かりな外科処置が必要になっただろうな。最悪買い替えることにも……」
 
 語るリックは、腫瘍をまるで掘り当てた宝のように見つめる。
 対照的に若者は具合が悪そうな顔で問う。

「ゴミ箱持ってくる?」

 リックは鉄製のマスクを上げ、不機嫌な顔をさらす。

「バカ、売りもんをそんなぞんざいに扱えるか。おいソーニャ! 皿もってこい。洗ってくれ」

 若者は目を丸くする。

「それ、売れるの?」 

「そうだ。元気で新鮮なうちに研究機関に売れば結構儲かる」

「へぇ……で、そのトカゲちゃんも、Sm、なんだよな?」

「あったりまえだ。うちの看板にも書いてるだろ? 堂々とした文字で『SOLIDUS MUTTON』ってな。 見なかったのか?」

「いや、普通のミュータント害獣とかもいるだろ。インゴットクロコダイルとかさ」

「それこそ見たことないな。それにSmを扱ってるほうがよっぽど金になる」

「結構儲かるの? Sm修理って」

 リックは再開した作業を中断して言う。

「まあな。修理だけでも手早く数多くこなせばその分稼げるし、こうして腫瘍なんかが出れば、いい小遣いになる。もしかすると、まだあるかもな」

 リックはまたSmの腸をかき回す。
 いよいよ、吐き気が込み上げた若者は膨らむ口を押え

「そんじゃ、俺はこれで、またのご利用を」

「ああ、メシが旨かったらまたな……おーいソーニャ」

 腸を探る片手間で呼んだ相手に腫瘍を差し出すリック。けれど、いくらブツを上下させても支えがない。やっと誰もいないと気が付き、今一度、名を大声で唱える。すると

「リック!」

 そう返事をしたのは、ガレージに飛び込んできた少女ソーニャであった。









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