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第01章――飛翔延髄編

Phase 02:真面目に新聞を読む少女

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《出店抗争》征服企業が領土と人的物的資源を求めて勢力を拡大することを起因とした争いを指す言葉。争いの当事者は、企業同士の時もあれば、現地の一般人、果ては敵対外国勢力の場合もある。征服企業が出店抗争に乗り出す理由は様々だが。とある政治学者の見解では『出店抗争とは、つまるところ、ザナドゥカという国の国家体制がまだ成熟していないことの現れです。この合衆国が団結したのは『終末戦争』の時だけ。そして、その危機が終わった直後、企業同士、あるいは地域間での対立が再燃しました。この国が今後争うことなく、人々の共存が達成されるには、世界的な連合組織の結成による広い交流によって、相互理解と相互扶助の知識を養うか。あるいは、強力な中央集権体制と民主的で公平な選挙制度が必要となるでしょう』










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 ソーニャは、リックと初めて出会った時よりも、背丈も髪もまつ毛も伸びていた。しかしそれでも身長は今少しリックを超えないままで、幼い印象はぬぐえなかった。
 少女の成長をずっと見守ってきたリックは。

「何やってたんだ? 早く皿を持ってきて腫瘍を洗っとくれ。でないと腐って売れなくなる。普通の臓物とちがうんだから」

「それどころじゃないよ」

 親方の意見を退けてまでソーニャが持ち出したのは新聞だった。

「床を拭くのは後にしろ」

「違うよ新聞を読んで」

 リックは、しぶしぶ腫瘍を元の持ち主のはらわたに収納し、腕をすっぽりと包んでいたゴム手袋を脱ぎ、つかみ取った新聞を睨む。

「頭が三つ生えたキリンがどうしたんだ?」

「違う! 見出し記事じゃなくてその下のボスマートの記事!」

 と言いながらソーニャは金属製のボールを取って戻ってくる。
 リックは言われるがまま文字をたどって差し出されたボールに腫瘍を移す。
 最初は不満げ気だった老人の顔は見る見るうちに困惑の様相へ変わっていった。

「……このボスマートが進行したっていう『ミッドヒル』……もしや」

 ソーニャは視線を落とす。

「多分、マイラが出かけた町……」

 ことの重大さに気づき、リックはSmから降りようと腰を浮かせて苦悶の表情を浮かべる。

「大丈夫?」

 ソーニャが慌てて近寄るも、リックは手で制する。

「大丈夫だ、無駄にひねっただけだ。それより、梯子」

 ソーニャはキャスター付き梯子を施術台に寄せストッパーを踏んで固定。続いてリックが電源コードでつり下がっていたリモコンを操作する。
 油圧式で施術台そのものが下がると、リックは梯子の手すりを支えに慎重に梯子を下る。しかし、痛みに耐えられず梯子に腰を下ろした。
 ソーニャがコップに入れた水と薬のケースを差し出す。

「飲み忘れちゃだめだよ」

 すまん、と言ってリックはケースから厳選した数錠をあおり、水で飲み下す。

「先生呼ぶ?」

 心配そうにソーニャが見つめてくるのでリックは手を軽く振る。

「いや、ヤブはいい。それよりも連絡だ。通信が届くかわからないが」

「一応、中継基地局のある地点を横切るつもりだって言ってたから絶対に通信できない、なんてことはないとおもうけど」

「だが戦いとなると企業の連中、通信障害を起こすからな」

「それって、そんなに簡単にできるの?」

「基地局を運営してる会社に金を渡したりしてな。あるいは基地局を破壊したり」

「そんなぁ……中央政府の通信網は?」

「万年金欠政府のインフラなんざ有事の時にゃ、あてにならん。それに下請け企業がほかの企業の援助のために通信を遮断したら、おんなじことだ。新聞にもしれっと書いてある」

 リックはソーニャに介添えしてもらい、タイルの床を踏みしめるように施術室から出て壁の電信機の受話器を引っ掴んでからダイヤルを回す。

「ソーニャもセマフォで連絡を取ってくれ」
 
 ソーニャは身の丈に全くあっていないフライトパンツの内から文庫本程度の厚みと大きさの装置を取り出す。

「もうしたけど。繋がらなかったの」

「やっぱりか……通信妨害か。いや、もしかすると回線混雑のせいかもな。知人親戚同士で安否を確認したり……。ワシは交換台に頼む。手間になるかもしれんがソーニャも、もう一遍繋がるか試してくれ」

「わかった」

「もしもし……マイラ・ラヴォーのセマフォに繋いでもらえますか? はい、捜索通信で。はい、料金はわかってますから……。んじゃ番号は」

 ソーニャも、いま一度試してみる。

「つながった……いや」

 しかし、発信音のあと電話が切れる音が鳴った。

「繋がらない? もう一度お願いします」

 リックも順調とはいかなかった。ソーニャは新聞を再度読む。
 通信接続の音を聞きながらリックは言う。

「行った場所が州境に近かったから、何が起こるかわからないと思ってた……。けど、まさか出店抗争に出くわすとは。運が悪い」

「大丈夫、だよね?」

「ああ、マイラなら大丈夫に決まってる。あいつは賢いし強いからな。下手したらボスマートをつぶせるかもしれない」

 そんな期待は別の問題に邪魔される。

「クソッ……はい。ありがとうございました……。っち、繋がらねえッ」

 電信機のフックに受話器を乱暴に戻すリック。冷静になるためか、顎髭を何度も引っ張るように撫でた。
 ソーニャはセマフォから目を外す。

「SNSに書き込んでも返信がない。更新も、三日前から止まってるし」

「最後の更新はどこでだ?」

「ええと、タンケリットに到着って書いてある。ミッドヒルの手前かな……」

 セマフォの文面を見せてもらったリックは。

「どれも短い文章だから、もしかしたら適当に書き溜めたやつを自動で更新していた可能性もあるな」

「マイラこういうの適当だから」

「そのくせ、計画性はあるからな。あらかじめ到着地点と期日を正確に割り出して……。ああ毎日更新してくれよ、ってあんだけ言ったのに」

 ソーニャも考える。

「今から追いかけたら間に合うかな?」

「間に合うって闘争にアイツが巻き込まれる前に、ってことか?」

 頷くソーニャ。リックは腕を組み首をかしげる。

「わからん。だが、街にいる運び屋連中に無理を言ったら連れていってもらえるかもしれん。マイラもぶっ通しで行くわけじゃない。途中で方々の町に寄るだろう。それを当て込んで先回りできれば……」

 一縷の望みが見えたソーニャの目に、別の予感が影を差す。

「でも……マイラもこのこと知ってるんじゃない? 現場に近づいてるわけだし。もしかしたら引き返して」

 リックは眉間にしわを寄せ、瞑目する。

「……あいつのことだから会いに行った知人を助けるために渦中に飛び込んでいく、かも……」

 ソーニャはありうる可能性に衝撃を受ける。

「ど、どうしよう! マイラが危ないよ!」

 居ても立っても居られないソーニャだが、できることもなく、その場で無為に走ってしまう。

「落ち着け! お前が慌ててどうする」

 ソーニャもその通りだと理解している。だから立ち止まるのだが、不安は堪え切れず泣きそうな顔だ。
 潤む瞳に射抜かれたリックは

「まずはできる限り情報を探す」

「SNSとか、あとニュースに新聞!」

「いまさらになって報道する守銭奴文屋があてになるかわからんがな。あるいは各地を飛び回ってるパイロットかドライバーに直接話を聞く。あいつらなら現地のことを知ってるかもしれん。場合によっちゃ資本主義のニュースや新聞よりも精度の高い情報を沢山持っているだろう。それでも安否がわからないなら……。現地に連れて行ってもらって情報収集する」

「あるいは直接マイラを探す。普通の交通手段でミッドヒルまで行けないの?」

「戦場に飛んでくれる公共機関なんてこの町にねえよ。車で行くか、いや。旅のノウハウがある運送業者、それも個人事業者に直談判して連れて行ってもらうのが一番可能性がある。その分リスクとコストもたっぷりだろうが。家族の無事と安心には変えられない」

 決意を実行に移すため、外へ向かうリックだったが数歩目で腰に鈍痛が襲う。
 駆け寄るソーニャが、大丈夫? と聞くがリックは険しい表情でうなずく。

「ああ、問題ない」

「薬が効くまで待ったほうが、何ならソーニャが話を聞きに行くよ?」

「だが……」

 リックは言い切る前に強く目を閉じ。

「わかった。情報収集を頼む。ワシはテレビでニュースを探しつつ電話で指示を出そう」

「じゃあ、どこに行けばいい? 空港?」

「飛行士とかトラック乗りが集まる場所はダイナーと相場が決まってる。仲間内の情報交換とメシがあるからな」

「イージーマップとかで情報を募ったほうが」

 ソーニャはセマフォを取り出す。だがリックは笑う。

「飛行機乗りもトラック野郎も古い連中ばかりだし、若い連中も習慣を引き継いでいるだろう。それに重要なことだ。面と向かって誠意を示したほうが確実だと思う」

「なら行ってくる」

 ソーニャは駆け出した。

「待てソーニャ! もしかしたら情報のために金の事も聞かれるかもしれん慎重に交渉するんだぞ! それとまずはホットロケットに行け」

「わかった!」

 ソーニャはガーレジを飛び出す。しかし、すぐに舞い戻って、ウエストバッグからモンキーレンチを取り出し、シャッター付近の陰になったところへ、振りかぶって投げた。
 少女が投じたレンチは、壁際で膝を抱えて縮こまっていたSmの暴露する頭蓋に直撃し、硬い音を鳴らした。
 興奮しきったソーニャはSmに向かって怒鳴る。

「すぐに戻ってくるからそこでおとなしく待ってろ! バーカ!」

 リックは去ってゆくソーニャを微妙な顔で見送った。

「仕事道具を粗末に使うな……」









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