絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第01章――飛翔延髄編

Phase 24:最初の晩餐

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《トッケビ》済衆化学が販売するSmシリーズ。その見た目からボールグラスポッパー、ホッパーボールなどと呼ばれて、流行の乗り物としてもてはやされた。積載重量は人一人分で、扱いは自転車かバイクと同じ。しかし、自転車のほうが安くコストもかからず、バイク程早くないとされている。未だに人気を博しているのは、体色のバリエーションが豊富でバージョンアップの頻度も多く、顧客へのサービスが充実していることと、セレブリティが愛用しているイメージが、大衆の購買意欲を支えているためだと指摘されている。













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 老人の名を呼ぶアーサーは、直後、ゴブリンの吠え声に振り向き、突っ込んできたバイクから飛退いた。
 もし一瞬でも回避が遅れていたら蹴散らされた仲間と一緒になって地面を転がっていただろう。いやむしろ、そのほうが楽だったかもしれない。だって現場から離脱して病院のベッドでナースに看病してもらえるのだから、などという妄想はさておきアーサーは小銃で応戦した。
 銃弾を浴びるゴブリンは胴体と後輪をつなぐ器官を前後させると、発達した後ろ脚で、回転する後輪を持ち上げ、方向を変える。
 ジャーマンD7は告げた。

「各員! 第三種兵装の使用を許可する!」

「そんなもん誰も持ってきてないよ!」

 アーサーが文句を言ってる間に、PFOの底部の穴から噴出する白く冷たい煙が、熱と煙を発していた砲身に降り注ぐ。それが止むと砲身と交代して機関銃が飛び出す。

『照準補正。――射撃開始』

 ゴブリンは一体となったバイクで駆ける。五月雨のごとく追ってくる機関銃の射撃に後ろ脚とバイクの部品が削られる。その過程で保安車両に激突したゴブリンは片脚で地面を蹴って、バイクをドリフトさせるように無理に方向転換した。
 反動が顕著なPFOの射撃は、ゴブリンの残影を追って破損した車をスクラップにする。
 アーサー達保安兵は襲い来るゴブリンに圧倒され散り散りになっていた。総員の4分の1は負傷した仲間とともに撤退し、残りは散発的に銃撃に参加する。
 PFOは絶えず機関銃を標的に定めるも、ゴブリンが保安兵の間を通過すると、射撃を中断した。
 腰を抑えるリックは駐車場の端にいてゴブリンの頭が焦げた傷口をふさぎ、形を取り戻しつつあると知り、白目をむく。

「なぜあんなに早く治る。いや、むしろ好都合か。その分エネルギーを消費するからな」

 吠え声をあげるゴブリンは治り始めた額を無様にも車にぶつけた。それで動きが止まったのはほんのわずかな間。車から顔面を引き剥がし、つぶれた鼻から血糊の糸を引き、膨らむ鼻孔からどっと赤紫の塊が溢れ出る。
 向きを変えたところでPFOの射撃にバイクが火花を散らし傷つけられるが、構わずフェンスを突破して、駐車場から脱出、そのまま道路を横切って建屋のレンガ壁に正面衝突した。バイクのライトは潰れ。ハンドルが曲がる。
 PFOが射撃を止めて高度を下げて対象に向かっていく。

「逃ガサンゾ!」

 ジャーマンD7の宣言に合わせて、PFOはゴブリンの直上に飛来し、壁に球体タイヤをつけると、タイヤの間から覗く機関銃が火を噴く。放たれた弾丸はゴブリンの後ろ足や顔面に食い込んでいく。鼻先が千切れ、発達した表情筋が血肉を撒く。
 頭を蜂の巣にされたゴブリンは、左足の断面で地面を蹴り、バイクを右へ向け、車輪を回してレンガに額を擦りながら進んだ。
 PFOはタイヤによって張り付く壁の表面を走行し。ゴブリンの直上の位置を保つ。

『バイクの進路をふさげ!』

 ジャーマンD7の命令を無線で受けた保安兵は、乗っていたSmの頸椎から生えるハンドルを操る。人面に近い顔をなす牛体のSmは短い疾走をしてから横っ腹をバイクに差し出す。

『そのままクダンを壁にして。ガルムは食らいつけ!』

 体高4メートルほどの牛型Smクダンは、背中の操縦席にあるペダルの踏みしめレバー操作で僅かに屈み、命令を果たす。
 そこへ駆けつけたのは足が異様に長い犬たち。成人男性ほどの体高で体毛は黒く、皮膚が薄いのか筋肉の隆起が目立ち、広い足裏で地面を捉えて疾駆する。それがガルムであった。頭部には剥き身の受信機が埋め込まれ、首の付けの左右から延びるケーブルの先には円筒形の装置が接続し、その装置に保安兵が手を入れて制御していた。
 ガルムは引き裂かれたような口を開いてゴブリンに飛び掛かる。
 鼻から下が再生したゴブリンは、広げた鼻腔で吸気し、大きく開いた口によってクダンの横っ腹に食らいつく。
 ガルムが太い肋骨に噛みついたところでPFOも接近した。

『ガルムでゴブリンをクダンから引き離せ!』

「呪文みたいだな!」

 思ったことを口走る保安兵は、両手にはめた円筒形の装置を引き寄せる。
 バイクの座席を囲むゴブリンの肋骨を噛み締めたガルムは、地面を踏みしめ、後ろへ引っ張る。同種の機体も別の肋骨に噛みつき四肢に力を入れる。クダンも移動することで合計三機が二方向に向かう。二足歩行のバッタの背では仲間が声援を送ってくれた。

『オ前ハ近隣住民に退避を呼びかけてイロ!』

 はいすいません、と謝罪する保安兵の操縦でバッタは現場に背を向けた。
 三対一の不利に陥ってもゴブリンは決して顎を緩めず、結果、クダンの体表の一部が千切られた。
 巨体から引き離されるゴブリンは口の戦利品を咀嚼し、飲み込む。
 動きが止んだゴブリンをPFOが一定の距離から観察した。終わったのか?
 突然、ゴブリンの頭が震え、体表に赤紫の筋が広がる。その筋は根のように成長するも、上下など関係なく、損失した顔面の上半分を埋め尽くし、分岐する先端がバイクの部品に絡んでいく。ゴブリンの骨に食らいついていたガルムが口を開き始めた。
 どうしたんだ、と操縦者が混乱する。ガルムは必死に顎を閉じようと努めるが見る見るうちに顎の角度が大きくなる。その矛盾の元凶はすぐに判明した。ガルムの口が開いたのではなく、噛み締める肋骨が膨張しているのだ。膨張は加速を続け、目に見てはっきり成長が判断できるようになると、ガルムの顎の関節から鈍い音が鳴り始める。奥の犬歯が肋骨に食い込んで、肋骨から口を外せなくなっているのだ。
 ゴブリンが前進を再開した。
 ガルムが引き止め、クダンも進路を妨害する。ゴブリンは密着するクダンの腹に再び噛みついて食事を始める。と同時に圧迫されたゴブリンの頭部が肋骨に押し付けられ座席に触れる。しかしちぎれるようなことはない。首元は柔軟に折れてゴブリンの摂食も継続された。
 クダンの操縦者は、機体が壊されてます! と無線に訴える。

『アーサー・ヒッグス! リック・ホギンボサムを連れてこい』

 無機的な無線の指示を聞いてアーサーは表情を悪くするが、急いで老人のもとに駆け寄る。
 リックは倒されたフェンスに乗って若干の高所に立つと、持っていた携帯受話器のカメラを事件現場に向け、受話器の真ん中にある小さな画面を睨む。撮影かそれとも写真を撮ろうか、操作に苦慮していると背後からアーサーに呼ばれた。

「おおアーサー! ちょっとカメラの使い方教えてくれ」

「そんなこと言ってる場合じゃない。来てくれ」

 リックは訳も分からずアーサーに腕を引っ張られ一緒にフェンスの外に出ると、そのまま現場へ連行される。確かに気にはなっていたリックだが、当事者になるつもりはなかった。なにをする、と声を張り上げ腕を振り払おうと思った矢先、リックは直視した状況に目の色を変えて、職人の顔立ちになった。
 焦りと期待を胸に秘めたアーサーが、何をすればいいのかこっちが聞きたい、と言い終わる前に。老人がSmたちに向かって駆け出した。

「早くゴブリンから離れろ!」

 降下するPFOも、追ってくるアーサーも無視してリックはSmに近づき、手で払いのける仕草をした。
 ガルムの口の中で一本の肋骨が砕ける。バイクが発進するともう一本の噛みつかれていた骨も折れる。
 クダンの横腹を食い逃げするゴブリンをPFOは追いかけた。
 射撃がバイクを襲うが駐車場と状況が変わっていた。
 バイクの各所に絡みつく有機組織の根が、弾丸を阻み、血肉の欠片となって飛散する。そして、バイクの速度も上がる。 
 しかし、制御はまだ未熟で、ゴブリンは有料駐車場の隣の建物にぶつかり、また方向を変えて、蛇行と壁への激突を繰り返す。PFOが追従して銃撃を試みるが、目標の進路予想が裏目に出て、高威力の弾丸は、予期せぬ方向転換をしたゴブリンに当たらず壁に被弾する。
 ゴブリンが着実に向かう交差点に先回りしたPFOは降下し、ジャーマンD7が命令を発した。

「武装格納! 重力回帰!」

 機関銃を格納したPFOは着陸し、重みを取り戻して車高が若干低くなる。
 機内のジャーマンD7がキャノピー越しに見たものは、もう一段階変異したゴブリン、いや煙をまとうバイクだった。
 ゴブリンの両脚はいつの間にか回復し、一回り太くなる。車体の先端には皮膚をはいだ鰐の下顎のような構造が誕生し、ゴブリンの頭部は座席の上で横たわる。ゴブリン本体や走行するバイクの隙間から絶えず立ち上る煙は、太い尾となって風になびき。鬼面はもはや愛嬌を失い、ただ醜く険しい形相に成り下がる。さらに、眼窩を押しつぶしていた上下の筋肉が弛緩して、奥から押し出されるように黄色く濁った眼球が発露した。
 肥大した片目にジャーマンD7が映り込む。
 PFOの全面に取り付けられたバンパーにバイクの先端が激突した。

「馬力勝負なら負ケン!」

 球体タイヤが回りだすと、両者は拮抗した。ジャーマンD7が、ガルムで食ライツケ、と命じ、呼ばれたSmがはせ参じる。
 PFOに押し返されたゴブリンはバイクを持ち上げると後ろ脚で地面を蹴った。
 見上げるジャーマンD7。
 振り下ろされるバイクの車輪がPFOのキャノピーを殴打する。衝撃が機体全体を揺さぶる。ゴブリンは滑る脚で、何度もPFOを踏みつけた。
 キャノピーに亀裂が走る。

「放電防御実行!」

 PFOの表面から火花が飛び散り、電流を受けたゴブリンは痙攣けいれんし唸った。

「重力制御始動!」

 PFOは再び浮かびあがると、載せていたゴブリンを駐車場の方へ運ぶ。その途中、ゴブリンの口から盛大に赤褐色の体液が吐き出された。PFOのキャノピーは一瞬で塗り潰される。
 暗い中、ジャーマンD7は地上を見下ろす光景を映すモニターで、見上げるアーサーを確認した。その映像の端っこで容器の形のアイコンが赤く点滅し、内容量の枯渇を警告する。

「電力ガ……」
 
 PFOの高度が少しずつ下がる。ゴブリンは自身を蝕む放電が止むと落下し、すぐさま後ろ脚で地面を蹴って跳ねると、PFOを下から突き上げた。
 PFOは大きさに見合わず軽々と回転し中では部品やら拳銃、雑誌などが撹拌かくはんされてそれらの雑貨がジャーマンD7の頭やキャノピーを打撃する。
 ゴブリンは後ろ脚で助走をつけると、弾みのついたバイクで逃走した。
 アーサーがゴブリンに向けて至近距離から小銃の発砲をお見舞いしたが効果はなく、去り際のゴブリンの後ろ蹴りに反撃される。
 間一髪、突き出した小銃で防ぎ、華麗なる受け身を披露したアーサー。
 大丈夫か、とリックが駆けよるも、すでに起き上がっていたアーサーは後頭部を摩って、ああ大丈夫だ、と無事を申告し、銃身が曲がった小銃を捨てた。
 回転していたPFOの中でジャーマンD7がレバーを操作し、いくつかボタンを入力、操縦桿を握る。
 PFOのファンが空気を噴射し、機体の回転を終息させた。キャノピーを塗った吐瀉物もすでに回転で粗方取り除かれ、地上の様子を目視で確認できる。

「状況ハどうなってイル」

 アーサーが無線で答えた。

『逃げられました。 それに負傷者も大勢です!』

 別の保安兵からも。

『ご報告します! 確保した被疑者に逃げられました!』

「ナニ! どう言うコトだッ」

『わかりません! 横転した護送車の中を見たらすでにいなくなっており。居場所は不明です』

「即座に被疑者の捜索を開始しする。一斑は捜索と周辺住民に注意喚起をせよ。まだ遠くまで逃げていないはずだ。負傷者は緊急性の高い者は保安車両で病院へ送れ。そうでないものは放置。残りの動ける者は被疑者確保とゴブリンの追跡をせよ」

『了解しました』と各員の了承がPFOに届く。

「災難だったなアーサー」

 とリックが言葉をかけた。

「ああ、本当だ。こういうことは遠慮したいのにな」

「そうだな。それじゃ」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 アーサーに首根っこをつかまれたリックは睨みと言葉で返答する。

「なんだ!?」

「いや、よく言うだろ。豚は肉屋に。牛も肉屋に。ついでに羊も……」

「何が言いたいんだッ?」

「Sm絡みなんだから手を貸してくれよ」

「断る! ワシは急いどるんだ」

 去ろうとするリックをなおもアーサーは引き止める。

「事情は分かるがほんの少し力を貸してくれるだけでいいからさ」

「断る。ワシは職人であって保安兵じゃない」

「わかった! なら、助言を少しください」

「そんなこと言って最後まで連れ回す気だろ?」

「うん。正解」

「達者でな」

 リックの塩対応にアーサーは、そんなぁ、と未練がましい声を上げた。
 そんなの気にせず去ろうとするリックの行く手を降下してきたPFOが遮る。

『デリジェントビーバーガレージのリック・ヒギンボザム、ダナ?」

 ジャーマンD7の名指しに、リックは愛想のない顔を向ける。

「いかにも。言っとくが今日一日何も不法行為はしとらんぞ」

『無論ソウでなければ困るし職務質問が目的ではない。公務の協力を願うため話してイル』

 協力? リックは表情を悪くした。

『然様。専門家ノ助言ヲもらいタイ』

 アーサーの微笑と目が合い、リックは寒気を覚えた。

「急いでるんだッ」

「コチラも可及的速ヤカに解決せねばならない事案に対処している。見ていたはずダガ?」

「ふ、しったことか」

「モシ拒否するのであればそれ相応の理由を述べてモラオウ」

「娘が戦場に行こうとしててな。それの見送りだ! あと1時間しかないんで失礼する」

「ナルほど。では、1時間以内に事件を解決すれば十分に間に合ウナ」

「待ていポンコツ!」

「今の発言はザナドゥカ憲法修正第741条82項に定められた『官職侮辱罪』に抵触スル」

 な! リックは白目をむく。

「残念だリック・ヒギンボサム……。私ハ公職ニ努めるモノとして今の憲法違反を見過ごすコトはできない。だがもし、社会貢献をしてくれれば、その功労で罪を相殺しても間違いはナイだろう」

 絶句するリックは、PFOを指さして人間の同志を探す。
 アーサーはリックの肩に手を置いて優しい語り口で言う。

「あきらめろリック。あの機械は冷たい金属の塊だ。心なんてないし問答無用で個人の幸福を側溝に押し込んで公共の利益をとる」

「協力感謝スル、Mr.ヒギンボザム」

「誰も協力すると言っとらん!」

「アーサー・ヒッグス。直チニ、リック・ヒギンボザムを拘束し連行せよ。容疑は名誉棄損並びに犯罪幇助ダ」

「待て待て待て! 犯罪幇助ってなんじゃい‼」

「犯人ハSmニ反応する薬剤を所持していた。そして、現場にはSm職人がいた。これを偶然と片付けるのは職務上難シイ」

「ふざけるな! 百歩譲って暴言は謝るが、ワシがここにいるのはコイツが連れてきたからだ!」

 リックはアーサーを指さした。

「ソレは署で説明してモラオウ」

「こいつが話せばすべて解決だ!」

 PFOはバンパーを下に向け、キャノピーをアーサーに押し付ける。機内ではジャーマンD7の黄色い眼が光りを放ち、無機質な視線が部下を射抜く。

「アーサー・ヒッグス。貴官はコレまで職務怠慢がたびたび報告されている。そのうえ一般市民を危険に巻き込むような愚挙をしでかしたのならば私もそろそろ庇うことはできない。 言っている意味ガ分かるナ?」

「諦めろリック。コイツに人の心なんて通じない」

「お前には話が通じるだろ?」

 ジャーマンD7は明言した。

「私にはココロなどという無駄なモノは搭載されていない。故に判断ミスはないし、無益な譲歩もしない。わかったならついてコイ」

 上昇したPFOは街のほうへ向かっていく。
 振り返るリックに痛烈に睨まれたアーサーはひるんで、ゴメン、と手を合わせた。
 不満を表明するため鼻を鳴らすリックは身を守るように腕を組んだ。そして、ふいに駐車場を見て。

「あの薬、どこいった?」









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