絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第01章――飛翔延髄編

Phase 25:フーサ

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《チェンバースタンド》電気駆動式車両の電気を賄う店舗。水素を燃やして発電し、余っている電気でもって水を電気分解して作った水素と酸素で発電する。太陽光はもちろん、時には大容量チェンバーをトレーラーで運び入れ、電力そのものを運んでくることもある。それらで賄った電気をチェンバーコフィンと呼ばれる冷蔵庫めいた装置に収めたチェンバーに充電し、ユーザーはそれを交換することでまた電気駆動式車両を走らせる。
 無人店舗の場合は、あらかじめセマフォで顧客登録をしてから、以前にチェンバーを使ったか、そして返却したかどうかの有無を経てから交換ができる。店によってはチェンバーの返却がなされていないと判断されると、指名手配されることもあり、その場合罰金で解決する。












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 PFOの中でジャーマンD7が命令を飛ばす。

「逃げたゴブリンの特徴はモスグリーンの表皮、尖ッタ鼻、片目に相当する位置に眼球が一つ、発達した後ろ脚をもっている。搭載されているオートバイはショッキングピンクのクルーザー型……だった。第二班とバイク部隊は直ちに該当のSmを発見し市民から引き離せ。対象には第三種武装の使用を許可する。ただし、公共物、並びに640ザル以上の損害は回避セヨ。そして、逃亡した被疑者の顔を知るその他の歩兵班員は一斑と合流し、被疑者捜索にアタレ」

 無線を聞いていたリックが尋ねる。

「第三種武装ってプラズマ兵器とかか?」

「いや! プラズマ兵器はない。対物を想定した実弾武装全般だ! C4も含まれたはずだし含まれてなくても、ぜひアイツに使いたいね!」

 リックは保安車両の助手席に乗り、開けた窓からバイクで並走するアーサーと対話していた。私的な話で通信を邪魔しない試みは、円滑な車内無線の伝令を可能にする。

『バース通りで該当Smを発見。逆走しながら他の車と激突しています。止められません!』

『メラレナイ? 止メルための行動をしてカラ言エ!』

『しかし……まずいこっちに来たッ!』

 無線から急回転したタイヤの音と叫び声が発せられ、通信が途絶する。

『各員公共ノ安全ヲ第一に職務に当たってクレ』

「保安兵の命は無視か。しっかりしとるなお前さんらのボスは。指揮官の鑑だよ」
 
 車内無線を聞いたリックに対し、涙声になるアーサー。

「そうだろう血も涙もない冷たくて最低のボスだ。だから急いで事件を解決しよう。でないとこんどは俺たちが冷たくなる番だ」

「これ以上の面倒はごめんだ。あとバイクもな」

 二人は大きな声を出さず目も合わせなかったが、共感の力が会話を成立させた。
 リックは手に取った無線装置のハンドマイクに語り掛ける。

「そんで署長さん、ワシに何ができる?」

『ソレを考えるのが貴殿ノ役割ダ』

「政府御用達の機械ならもっと賢く計算できて、役に立つ作戦を出してくると思ったが」

 リックは声と態度に呆れと落胆を隠さない。

『私ノ高次元演算領域ハ常に結果を算出している。それゆえに貴殿に協力を頼むコトになったノダ』

「その計算が根本的に間違っとると思わんのか?」

『無駄口を叩クダケでは解決できないコトを失念しているようだな。それとも時間に余裕が生まれタカ?』

 リックは逃れられない状況と不愉快を誘う相手の言い回しを受け止めて、口の中に苦みを感じる。
 アーサーの声が無線から聞こえてきた。

『早い話、みんなでゴブリンを取り囲んで。一斉に銃撃すればいいのでは?』

『奴が大人シク我々の望む地点に誘導されてくれるのであれば、それも一考の余地がある、ダガ』

『ご報告します! ただいま対象はダービー通りに侵入し、制圧射撃を試みましたが手が付けられません! こちらの車両で道を塞いでも大衆車の車高じゃ乗り越えられるし。Smは噛みつかれて破壊されて』

 リックが告げる。

「いいか! Smを近づけるな。ガソリン車で進路を妨害しろ」

『各員言ワレタ通りの行動をしろ。それデ理由ハ?』

「SmにSmを食わせるのは材料を与えるようなもんだ。さらに成長を促すことになるし、食べたSmに含まれる薬物成分とかが引き金になって封じていた器官が復活する可能性もある」

 ナルホド、とジャーマンD7は納得を示す。






 暗かった庫内に耳をふさぎたくなるような騒音が響き渡る。
シャッターがひずんで、その下から尖った鼻を始めとする鬼面が泥のように割り込んできた。

「こちらダービー通り! 該当ゴブリンが停車中のトラックの荷台に侵入しました」
 
 胸の無線機のマイクに報告する保安兵は、止めてあった車の陰に隠れる。
 同僚たちと緊迫感を共有していると、応援に駆け付けた車両から一人の保安兵が出てきた。彼が肩に担ぐのは暗い緑色で塗られたラッパのような器具である。
器具には引き金以外、目につく構造はなく。色は森林にあっては見失いそうな暗い緑色で、管の太さは担いできた男性の腕を若干上回り、長さは倍近い。

「持ってきたぞブブゼーラ。これなら一発だ! 対象は……」

 平時の雑踏を失った現場では、数台の一般車両が歩道も車道も関係なく、横向きになって停車し、防塁を形成していた。その向こうから工事中だと思えてしまう騒音がする。
 車の防塁に身を隠す同僚たちが見つめる中、保安兵二人は互いの意思を視線でくみ取って、防塁を超えた。
 ブブゼーラを担ぐ保安兵は緊張の面持ちだが、口だけ笑みを作る。

「これ一度使いたかったんだよ」

「大丈夫か、確か使用期限切れてるって」

「備品係の話を真に受けるなよ。この前だって大戦中の不発弾がうっかり爆発しただろ? ならこれだって」

 そうだが、と言って仲間は口を閉ざす。生垣もなく街路樹も少ない歩道に歩行者はおらず。立ち並ぶビルのガラス張りの入り口の奥で人影が静かに躍る。道路には駐車スペースも車線も問わず一般車両が無造作に放置されていた。フロントを突き合せた車両や、歩道に乗り上げた車。転がっている車。痛ましい破片の数々。それらが往事の混乱を物語る。
 寒気さえ覚えるほど人気のない中で、駐車スペースに止めてあるトラックを発見した。
荷台のシャッターはレールから外れてめくれ上がり、庫内からは硬いものを砕く音と長い脚がはみ出している。
 二人の保安兵は恐る恐る接近。荷台の搬入口の正面は避け、一人は歩道に乗り、もう一人は隣の車線からトラックの荷台の事態を覗き込む。
 時折、シャッターの下から赤紫に染まった木片が騒音のリズムに合わせて飛び散る。
 保安兵二人はトラックのフロントの前に移動し、無線で連絡した。

「こちらダービー通り……該当Smの脚と思しきものを確認。ただし胴体はトラックに隠れていました。攻撃してよろしいですか?」

『中を確認……イヤ、ほかに目標に相当するものがないのダナ?』

「はい。どうやら荷物を漁っているようで、まったくこちらに気づいていない様子です」

『トラックの荷台デあれば扉ヲ閉めて封印、は無理だな。相手は車両も破壊するパワーを持ってイル』

「はい、すでに荷台の扉も壊れてますし、こちらはいつでも火器で攻撃できます」

『トラックの査定価格ノ結果次第。トラックごと対象ヲ破壊することを検討する。攻撃準備を万全にセヨ』

 了解、と応答した保安兵二人は表情を引き締めた。






 別の場所、一般住宅の庭で必死な形相の女性が物置の中を手当たり次第にひっくり返す。その背後では、彼女の子供が打ち震えていた。

「早くしろ……さもないと」

 震える子供の喉に鎖が食い込む。硬直しきった細い腕の切り傷からは血が流れる。

「わかってますッ!」

 母親が泣き喚くように返事をすると、痩せっぽちが周囲を気にして声を荒げる。

「大きな声出すな。もし誰かに見つかったらその時はお前のガキをズタズタに引き裂いて殺す」

 痩せっぽちにペティーナイフを向けられた子供は顔を恐怖に歪め涙の量を増やす。
 太っちょは嘲る。背中で手錠をはめられたはずの腕は、すでに体の正面に回っており、手錠の鎖が子供の首を拘束する。太っちょが腕を上げれば、いつでもか細い首は気道を塞がれて、未発達の体は命の糧を奪われるであろう。

「しかし、あいつらも抜けてやがる」

 そう言った太っちょに同調して、痩せっぽちは笑みをこぼし、ナイフを持たない手で波打たせる指の間に剃刀の刃を転がした。

「それがバレないならナイフを隠しておけるかもな」

「それはさすがに無理だろ。俺の靴が厚底になっちまう」

 痩せっぽちはブーツの裏を見せつける。ソールの踵部分は四角くくり抜かれており、そこに剃刀の刃と残りの空間にフィットするゴムの塊がねじ込まれる。

「あと声がデケぇ」

 庭は板壁の塀が囲んでおり、塀に近づいて板の隙間を覗かない限り中の蛮行を察知できない。そもそも近隣の庭先に人の気配がない。だからこそ母親は必死になって物置の雑貨を次から次へと取り出し、散らかし、そして

「あ、ありました……」

 ボルトカッターを見つけ出した。
 ひったくり犯二人は汚い笑みを浮かべる。
 親子に腹這いになるよう指示すると、子供の項を踏みつけた痩せっぽちは、太っちょ犯人にボルトカッターで手錠の鎖を切ってもらう。役目を交代し、被疑者二人は鎖の制限を解除した。
 右肩を回す太っちょは渋い表情になり、手錠も切るか、と言った。

「流石に無理だ。それより、こいつら縛るぞ」

 痩せっぽちの提案で、物置から取り出された縄により親子の手首は縛られ、口に猿轡が巻き付く。
立派な家の中に入ると、親子は二階のクローゼットに押し込まれた上、ドアノブは紐で固く縛られ簡単に出られなくされてしまう。
 痩せっぽちはクローゼットのドアを蹴りつけ、中の親子を脅かした。

「いいか? 喚いたり叫んだりしたらぶっ殺すからなッ」

 クローゼットから同意を示す唸り声が聞こえてくると、犯人二人は一階のリビングに降りて冷蔵庫の食品を漁りつつ、キッチンの上で現金と貴金属をリュックに詰めた。

「ッたく……拳銃か、最悪ライフルでもあればよかったんだが。政府直轄だと人間もなまっちょろくなって困る」

 痩せっぽちの言葉に対し、ソーセージを片手に太っちょは、口の中の食べ物を飛ばして笑った。

「冷蔵庫の食いもんも、大したものがないな。けど、金も金目の物も少し手に入ったから次の町じゃ遊べる。それよか、あの親子始末したほうがよかったんじゃないか?」

「殺しをしたら州を跨いで指名手配されるし懸賞金が跳ね上がる。ムショでくさい飯を食ったほうがましだ」

「ああ、確かに。賞金稼ぎは手荒いからなぁ~」

「特に女子供殺した奴には容赦がねぇ。俺の親友もそれが原因で体をバラバラにされた」

「そいつは最悪な死に方だ。俺は御免だね」

「死んだなんて言ってないぞ?」

 太っちょは手も口も止めて、しばし無言となった。
 痩せっぽちは言う。

「きょう一日この街を離れるまでおとなしくしてもらえれば殺す必要もねぇだろ」

「……だな。でもどうやって出る。車か?」

「いや、ばれるのが早すぎたからな……。薬売って小銭稼いで穏便に次の町に行くつもりだったのが。こりゃ簡単に外に出られないだろう」

「じゃあ、いつもみたいに潜伏して方法を探すか? そうなると誰を頼る?」

「いいや、今回は借りは作らない。別の作戦がある」

「それって……ああぁ」

「またやろうぜぇ」

 数本のカギを束ねる金輪を指で回す痩せっぽちは、不安など微塵も忘れて、これからを楽しむように笑った。
 


 


 PFOは広い屋根をくぐり、スタンドに降下していた。

『カルシウムイオンチェンバー満タンで』

 同じ言葉を復唱する店員はPFOの上面に開いたボックスから巨大な乾電池、あるいはジュースの缶のような部品を引っこ抜く。そして、冷蔵庫のような機械の扉を開け、無数の穴の一つに部品を差し込んだ。穴の下には%を単位にしたメーターが必ずあり、その中で店員は『F|u|l|l』の文字を示す部品を引き抜くと、PFOのボックスに収めた。

「今流行りのブルーアンモニアチェンバーもありますが?」

『イヤまた今度にする。代金は保安兵舎に請求してクレ』

 PFOが浮上するとジャーマンD7は無線に問う。

「査定価格512ザルのトラックに、その後変化はアッタカ?」

 ありません、その端的な報告にジャーマンD7は命を下す。

「攻撃を許可スル。必ず仕留メヨ」

『了解』




 現場の保安兵は肩を叩き合い、トラックの後ろに回り込む。
 血気盛んな保安兵は担いだブブゼーラのロックを外し、狙いを定めると引き金に指をかけた。

「ちょっとッあの」

 保安兵は声をかけてきた相手に振り替える。
 砲を向けられた男は両手を挙げた。
 保安兵は、何者だ、と小声で詰問する。
 武器を向けられて恐れをなす男は言う。

「あ、あの、そのトラックの運転手です」

「そうか。ならあっちいけ」

 砲を持つ保安兵があしらうが仲間は、待て、と言って再度問いただした。

「あの中には何が入っていた?」

「荷物は全部ゴブリンです。あのトラックは破壊しないでもらえませんか? あれなくなったら生活が」

「すまないが離れていてくれ」

 仲間が気落ちする運転手を下がらせる。残った保安兵はトラックに砲を向け、引き金を引いた。ブブゼーラの前後の開口部から煙が噴出し、弾頭はトラックの荷台へ吸い込まれ、一気に炸裂、爆炎をかき消す強烈な衝撃が解放された。
 運転手も保安兵たちも、向かってくる煙と風に顔をしかめる。

「俺のマイフェアポニーちゃんがッ。まだローン残ってたのに。それと集荷作業も……」

「やったか?」

「おいそれ言うなよ」

 薄まっていく煙の向こうに何やら動く影を発見できた。
 運転手は茫然とし、保安兵は身構えた。









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