上 下
98 / 140
第01章――飛翔延髄編

Phase 97:今日も不安な

しおりを挟む
《保安兵専用強化通信システム》居力なアンチジャミング機能を備えた機材と中核システムによって運用される行政専用回線。帰属都市の通信インフラの強度がそのまま反映される。各地でその内実は大きく違い、場合によってはニューロジャンクを利用することを前提としてる。中央政権直轄都市の場合では、中核を担うのは行政援護ユニットと呼ばれるアンドロイドであり、もしアンドロイドが破壊されると、通信事態に悪影響が出る。

 








 Now Loading……









 ゴブリンを取り巻く鉄火場にいたアーサーは、無線機に呼びかける。

「だから、ハイジャック機で何が起こってるのか少しくらい教えてくれよぉ。同僚なんだからさぁ。いいだろ?」

『それが……ジャーマンD7に口留めされてて。だから、言えない。特にアーサー、あんたには絶対に言うなって』

『というコトだアーサー・ヒッグス。わかったら無駄話はやめてこちらにコイ』

 通話に割り込んできた声に導かれ、アーサーはゆっくりと上官のほうに向きを変える。ウンザリした面持ちで一歩前に出た瞬間、リックが行く手に現れ、詰め寄ってきた。

「おいアーサー。何か知ってるんじゃないのか? ソーニャに何かあったんか? 無事なんか?」

 アーサーは切実な老人と凝視してくるアンドロイドを交互に見て、無線装置の電源を切り、摘まみをゼロまでひねり、リックの肩を掴み、一緒に回れ右して上官に背を向けてから、小声で話す。

「俺も探ったが教えてくれなかった」

「やっぱり、お前嫌われて……」

「俺は人気者だ。間違いない。それは絶対だ。飲みに誘ったら大勢が一緒に来るし」

「給料日にお前が飲んで酔っ払って、判断能力を失ったところで、酒代をお前に押し付けられるからな」

「あいつら……ッ。でも、リックは俺のこと好きだよな? だよな? 仲いいもんなッ? なッ!?」

 猛烈な顔面の圧力で迫るアーサーに、肩を揺すられたリックはぎこちなく頷く。
 満足げになるアーサーも執拗に頷いてから、述べた。

「だよな。俺たち仲良しだろ? そのことをアノ冷血機械も知ってるから俺にも情報を遮断しやがった」

「ということは……」

 疑念が確信に変わり、青ざめるリックにアーサーは。

「早とちりするなよリック。あの機械が言ったことを思い出せ。ソーニャは元気だって言ってただろ?」

「ああ、だが……」

 振り返って冷血機械を一瞥してから、アーサーは言葉を重ねた。

「あのろくでなし機械は人の心情なんざ1ナノメートルも分っちゃいない。その反面、人の心情を分かってないから適当な嘘もつけない」

 つまり、と言い出す老人の目を見てアーサーは断言する。

「ソーニャは大丈夫だよ。あいつは俺やあんたよりずっと強いし賢い。それを一番知ってるのはあんただろ?あいつならどんな困難も自力でも他力でも使って解決して平気な顔して帰ってくる」

 リックは顔を伏せる。不安を拭えないことは一目瞭然だが、首を縦に振る。

 ――彼女もまた、己の果たすべきことを果たしている

 アンドロイドの無機質な言葉がよみがえる。
 振り返るリックが目にしたのは、今、自分が請け負った山のように大きな仕事。
 そこへ作業員が、リックさん今いいですか? と話しかけてきた。
 どうした、と応じる老人に若者は。

「安定剤と防腐のためにミルラの準備をしてたんですが。ゴブリンの組織が固くて注射針が通らなくて……」

「穴あけが難しのか?」

「はい。皮膚を開いて、組織の奥まで触覚で確かめたんすけど。目標からかなり外れた場所じゃないと注射ができなさそうなんです。それに、あの状態だから効果を出せるか、どの処方が効果的なのか、みんな悩んでて」

「骨が乱雑に発達してるからな。正直、筋肉どころか内蔵も破壊されてるだろう。となると、使いたい薬が目標に到達するか怪しいな。わかった。ワシが見てみる。もし投薬ができないのなら、臓器をいくつかあきらめることになるだろうな」

 リックは作業員の後を追うが、立ち止まった。
 老人に名を呼ばれたアーサーは、どうした、と返す。

「もしソーニャと連絡出来たら……」

「それならセマフォでも、できる……けど。俺から何を伝えればいいんだ?」

 リックの渋い顔には、申し訳なさそうな気持ちがにじんでいる。
 それを感じ取ってアーサーは思わず苦笑い。

「ッたく、立派な職人のくせに、そういうところは不器用だな……」

 署長、と部下に呼びかけられたジャーマンD7は、遠巻きから老人と部下の対話を見つめていた。だから部下も口を閉ざす。
 ドウシタ? いきなり音声が発せられ、部下は背筋を伸ばす。

「イソリ社の関係者を名乗る人物が来ていまして」

「追イ返セ。技術者はすでに十分イル」

 了解しました、と 部下は即座に引き返した。
 やがて、リックが帽子をとって謝意を示し、アーサーも軽く手を振って、それぞれが行くべき場所へ向かう。
 ジャーマンD7は傍らのバイクに跨るアーサーに尋ねた。

「ナニを話してイタ?」

「見てたんなら、分ってるんじゃないですか?」

「……解セナイナ、人間とは」

「俺もあんたが解りませんよ……。それより、これからどうするつもりです?」

「数人の保安兵をコノ場に待機させる。もしもの時は、車両を盾にして作業員を退避させる。他は私と一緒に、人々の避難、と言いタイが……」

 一同は上空を大きく旋回する機影を望む。アーサーは腕を組んだ。

「ああして動き回られたら、どこに避難させればいいのか分かりませんね。署長でない限り」

「私ノ高次元演算領域ヲ駆使しても不確定要素を排除しきれない。故に時間をかけても、地下シェルターへの避難を優先したノダ」
 
 別の保安兵が発言する。

「あの機体の巡回範囲はおおよそ分かってるわけですから。ひとまずその範囲外に退避させるのはどうでしょう。そうすれば地下に集中することなく、もっと迅速に避難できるのでは?」

 ほかの保安兵が。

「でも、あの機体がこのままルートを維持する確証はないだろ? もし避難先に移動したら、無駄骨どころか被害につながるんじゃ……」

「専門家ノ助言モ乞うたが、あの機体の動きは予想できないとのことだ。だが、地上の避難場所も数か所目星をつけている。いざとなったら、そこへ残りの避難者を集メル」

「じゃあ車両組は交通整理ですか? それともお年寄りとか探して地下に匿います?」

 アーサーの質問にジャーマンD7は。

「アノ機体が墜落の兆候を見せた時は、その時点で計算できる被害個所と規模に従って避難と対策をする。動ける隊員の四分の一は武装を整え、車両の保守点検をセヨ」

「武装ってことは地上に落ちた後も暴れるんですか?」

「専門家の助言によるとな。可能性は十分にあると踏んでイル アレのように」

 アンドロイドが指し示すゴブリンの巨体を目にして、誰もが納得する。
 向こうでの対策は? とアーサーが聞いた。

「空港側はハイジャック機に先鋭ヲ送リ、すでに犯人を取り押さえている。あとは技術者が機体の制御を取り戻すダケ」

 アーサーの中で点がつながり、少女の姿がフラッシュバックする。

「もしや、あの機体にソーニャが?」

「お前たちの機動に必要な情報は余すことなく渡すつもりだ」

「それ以外は」

「必要な分だけ開示スル……。各員に指示ヲ送ル……。オ前ハ不調ナ武装ヲ保安兵舎ヘ運ビ、代ワリトナル武装ヲ持ッテコイ。足リナイ場合ハ逐次修繕ノ済ンダ武器ヲ装備セヨ。オ前ハ交通整理ニ配置……」

 それぞれの無線から車両の手配。武器弾薬の調達。避難ルートの確保がジャーマンD7の声で指図される。

 俺は何をすれば? とアーサーが小首を傾げる。無線からジャーマンD7の声で、私ノ足トナレ、と告げられ、アンドロイドがバイクの座席の後ろに跨る。
 どこに? と尋ねる運転手に対しジャーマンD7は。

「アノ機体の直下に行け。到着次第、指示ヲ出ス」

 あいよボス、と言ってエンジンを吹かすアーサーだったが一つ思い出す。

「そうだ、ソーニャに連絡したいんですが、うちの通信使っても?」

「ソノ連絡は私が機会を見計らってスル」

「……なんで?」

「向コウはこっちよりも切迫した状況だ。無節操に連絡すればそれこそ彼らの安全に関ワル」

「畜生……ことが終わった後で伝言を届けたんじゃ、リックに合わせる顔がねぇ」

 バイクが発進する。

「事態ガ収拾シ、伝言の意味がなくなればそれこそリック・ヒギンボサムはもちろん、万人にとって幸いとなるはずダガ?」

「そうですね。そういう捻くれたところは心得てますねアンタって人は」

「私ハヒトジャナイ……。ヒトノ上位互換ダ」

「ならたくさん作って配備すりゃいいんだアンドロイドを。そんで、一番優秀なやつをコピーして、それ以外を破棄して……」

「ソウなれば地上の人間は不要となり、やがて、居ナクナルでアロウ」

「俺たちのために働くって意思はないんですか?」

「モシ優秀な人間が無能な他人のために働くなら、そもそも私は生まれなかったダロウ」

「そうですか。確かに、俺だってそうだもんなぁ」

 アーサーは諦念めいた口ぶりで、空を見た。

「オ前ハ優秀じゃない上に働かんガナ」

 バイクの駆動音が軽快に肯定した。




 
 ミニッツグラウスの機内では。
 掘った穴に近づくソーニャがマスクを外し、ベンジャミンに尋ねる。

「どう? まだ薬必要?」

 割れた窓からナスが差し出すタンクをスロウスが受け取る。それがどれほど繰り返され、どれほどの薬品が投与さ れたかは、転がるタンクの数と種類が物語る。
 ベンジャミンはマシンガンシリンジの引き金を引きっぱなしにしていたが、タンクが、ごんッ、と音を立てて振動する。
 ソーニャも同じ音を耳にして自前のガンスプレーを引き寄せた。
 引き金から指を離すベンジャミンは、マシンガンシリンジのノズルと注射位置を見比べつつ言った。

「ソーニャ。いったん様子を見たい。それと、組織の切除もしないと」

 ベンジャミンが入っていた空間は、金属のフレームで支えられていたものの、隙間からは軟組織が今にも爆発しそうなほど膨らんでいる。
 ソーニャは。

「鉈を刺し続けて、フレームの支えにすればよかったかな……。底のほうは?」

「底は導管だけ剥き出しにしてる状態、だったが……」

 導管に押し付けたマシンガンシリンジのノズルは、膨れる組織に埋没しており、定期的にそれをメスで切りとった。
 すると、ベンジャミンは、穴を支えているフレームの軋みを察知した。彼はソーニャと無言で視線を交わし、とっさに飛び出ようと両手を穴の淵に。
 ソーニャは金具が弾ける音を聞いて、振り返る。
 腕を使って体を持ち上げるベンジャミンだが、引っ張る感覚が足を襲う。下を見る。理解は遅いが内臓はすでに熱を失う。
 どうしたの、とソーニャも穴の底を覗き込んだ。
 ベンジャミンの傾けたブーツの裏に軟組織が癒着し、それは引っ張られて短い柱となっていた。
 早く切って! とソーニャが告げる。
 ベンジャミンはメスで急いで組織を裂いていく。フレームに阻まれていた壁面の肉が空気を注入されたように膨張したかと思えば、一つ一つの膨らみが無差別に震え始める。
 ベンジャミンが声を張り上げた。

「離れろ!」

 ソーニャは意を決し、スロウス! と叫んで、屈んでいたベンジャミンの上を飛び越える。
必死な整備士は機内の前へと背中を乗り出し、足を引っ張るが、目の前に飛び降りた少女に白目をむく。

「バカ何やってんだ!」

「いいから切って!」

 同じ穴の貉になるソーニャは、ベンジャミンの足首まで包む軟組織をメスで掻っ切る。次の瞬間、フレームの四隅を支えていた金具が爆ぜ、二人を襲い、堰を切って押し留められていた肉が迫る。逃げ場はなかった。二人はまとめて圧縮される、そう覚悟したソーニャは目を開け、顔を上げる。

「スロウス!」

 名を呼ばれたSmは二人を見下ろす。
 スロウスは穴に腰を据え、曲げた両足で左右の壁を抑えつけ、すね臀部でんぶで前後を支え、二人を抱え込むような体勢となる。
硬直するベンジャミンの膝を叩いたソーニャが、早く出よう! と行動を促す。
 二人で軟組織を断ち切り、脱出準備が整った。
 ソーニャが最初にスロウスの太腿を足掛かりに横っ腹と腕の間を潜って、ベンジャミンが同じ経路を辿って床に出た。
 穴が空っぽになるとスロウスは脱力し、あふれる軟組織によって、手足は簡単に束縛された。

「スロウス脱出して!」









しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

特別な人

BL / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:73

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:20,236pt お気に入り:1,502

『欠片の軌跡』オマケ・外伝(短編集)

BL / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:8

伸ばしたこの手を掴むのは〜愛されない俺は番の道具〜

BL / 連載中 24h.ポイント:11,581pt お気に入り:2,716

俺に着いてこい〜俺様御曹司は生涯の愛を誓う

恋愛 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:14

星を旅するある兄弟の話

SF / 連載中 24h.ポイント:511pt お気に入り:0

臆病な犬とハンサムな彼女(男)

BL / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:3

処理中です...