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第01章――飛翔延髄編
Phase 96:意味深な会話
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《カシャフ》汎用運搬業務機体としてピッグマン社が販売するSm。柔軟な体と馬力、耐久力、そして、業務に必要なアタッチメントの接続に対する拒絶反応の低さから、自由な改造が施せることが強み。唯一の欠点は見た目が巨大な芋虫ということ以外ない、と言われるほど完成度と汎用性の高い機体だったが、一時期需要が伸び悩み、同じ路線のカドモスとシェアを争うことになると、赤字を運ぶお荷物、などと揶揄されるようになる。しかし、カドモスの販売会社がピッグマン社に征服吸収されて以降、販売時期の見直しなどで競合摩擦が軽減され、加えて、改良と販売路線の拡充などで再評価がなされると、売り上げを盛り返した。近年では、征服事業のデータをもとに生み出された軍事用モデルを各州の自治軍に売り出している。
Now Loading……
老職人が鉄火場と評した現場では、ゴブリンの予想もつかない挙動によって、動揺が広がる。
若い作業員が大声で言った。
「だからもう有形解体を諦めて、破壊解体に移行したらいいじゃないですか。必要な臓器だけを残して……」
不満を隠さなかった若者は、リックの一睨みにたじろぎ、顔を下げると、抱えていたホースの束を運んで行った。
意見を退けたリックは声を張り上げる。
「まずはこいつの暴走を止める。任意アポトーシスを引き起こして、これ以上の細胞発達を抑制し、麻酔の効果を確認次第、骨の除去を決行する。そして、部品を外して持っていく。それでいいなポンコツ」
構ワン、とジャーマンD7が答えた。イソリの社員が慌てて言った。
「待ってください! このゴブリンはぜひとも、できる限り完全な状態で我々が回収したい」
リックは首を横に振った。
「だめだ。部品を統合したままで運搬して、また何かあったらかなわん。ワシが現場を預かったからには優先するのは安全だ。それを譲るつもりはない」
すかさず、市長が声を大にして口を挟む。
「お待ちくださいヒギンボサム氏! ここはイソリ社のエンジニアの意見に従ったほうが」
ジャーマンD7は市長の前に出た。
「リック・ヒギンボサムの命令に従いたくない者は、今スグこの現場を退いてもらう! ここに残り、ゴブリンの対処に従事するのであればリック・ヒギンボサムの命令を順守シテもらう!」
市長はアンドロイドの前に回り込んだ。
「署長。ゴブリンはそもそもイソリの開発したSmですよ? ならば一番わかっているイソリ社の従業員に任せたほうが……」
「コノ暴走した機体を一番わかっているのは、最初から最後まで我々とともに事件に対処したリック・ヒギンボサムであると安全上の観点から判断しました。もし市長のお言葉が正しければ……イソリ社は、ゴブリンがこのような事件を引き起こすとわかっていたことを示唆することになりますが? もしや、市長はそう仰られたのデスか?」
表情を失うタウンゼントの唇を中心に、顔全体が微細な痙攣を始める。
その時、リックがゴブリンに刃物を近づける集団を察知して、サンプル取得は後にしろ! と怒鳴って蹴散らした。
イソリの作業着を着た彼らは、蜘蛛の子を散らす。
「サンプルくらい採らせてもいいのでは?」
市長の言葉を聞いたリックは、いいのか? とアンドロイドに問う。
ジャーマンD7は、ダメダ、と告げる。
市長は詰め寄り、なぜです? と詰問した。
「このゴブリンは犯行の証拠物件デス。安全確保の行動ならまだしも、それ以外の行為によって損壊されるのは控えるベキだ」
リックはイソリの社員に告げる。
「あんたら企業連中が上のほうからせっつかれてるのは重々承知だ。だが、今は意識を解体に集中してくれ。ちゃんと組織のケアを怠らなければ腐敗も分解も抑制できるし、機体を分割されても、組織間の作用だっていくらか判断できる上、後から全てを再構成したっていいだろう。お勧めしないがな。採取をするにしても、サンプル自体の安全性を見極める必要もある。それでも異議があるなら今言え!」
イソリの年配の社員が駆け寄って、わかりました、と答えた。
リックは、あんた名前は、と尋ねる。
年配社員は、ドウモトです、と答えた。
うなずくリック。
「よし、もし作業中に俺に何かあったら次の現場の責任者は、まずはカツラだ!」
離れた場所で、薬品の容器をトラックから積み下ろしていたカツラは、顔を上げる。
ああゴブ専か。まあ妥当だな。の声が各所で上がる。
老人は名指しした相手と一瞬目を合わせてから、今度はドウモトに目を向けた。
「その次は、あんたに任せる。いいなポンコツ」
ジャーマンD7は回答せず、ドウモト氏を見つめて怖がらせる。
別の年配の作業員が手を振ってリックの注意をひきつけ、どこから手を付ける、と伺う。
「まず絶対に取り出したいのはゴブリンのグレーボックスと周辺中枢だ。場合によっては、組織活動を弱めるため、栄養補給機関を真っ先に取り除いて、点滴補給に切り替える。ドウモトよ、あんたはイソリの責任者か?」
私ですか? とドウモトはメガネの位置を整え、慌ててリックのもとに舞い戻る。
一応本社からは社員を任されております、と答えた相手に対し。リックはゴブリンから降りることなく、膝を折り、尋ねた。
「俺の提案で事を進めていいか? もしダメなら納得できる理由を言ってくれ」
「……はい、いえ。かまいません。ちなみに解体で出た……破片などはこちらで優先的に回収できないでしょうか」
「俺はこいつの所有者じゃないし。これは証拠物件だって言ってただろ。アンドロイドに聞け」
ジャーマンD7は近づく。
「サンプルの運用については保安兵舎の科捜研の監督のモト、提供するサンプルを決めるつもりだ。よって勝手な持ち出しはやめてもらいタイ」
市長が口を出す。
「いや、それは少し頑なすぎやしませんか? 使われた薬剤の解析をするのであれば、より多くの試験機関を通すほうが結果も早いはずです」
「こちらの職務に口出しスル権限は、市長……あなたにはないハズですが?」
「意見を聞くことはできるでしょう」
「それらの言葉は、あなたの意見デスか? それとも企業の願望デスか?」
アンドロイドは市長から視線を外し、イソリ社員に告げる。
「もちろん、組織の劣化などの懸念もあるため早急にサンプルを提供スルつもりだ」
その時は勿論我が社だけに、とドウモトがジャーマンD7に言い募る。
「確約はしかねる。こちらの解析機関が手詰マリになり、貴殿らの解析結果に満足できない場合は、あらゆる手段ヲ講ジさせてもらう」
そんなぁ、と話を聞いていたイソリ社員が声を上げ、表情を悪くする。
わかりました、とドウモトはアンドロイドに頭を下げてから同僚に振り替える。
「あきらめて仕事に取り掛かろう。早く終わったら、その分、目的も早く達成する」
ボーナスはなしかな、と社員から内実が出る。
何とかなりませんかねぇ、と社員はアンドロイドを迂回して老人に伺うも、相手はそっけなく手と首を横に振った。
すると、大きな金属のノズルを運んでいた中年の作業員が声を張り上げる。
「待ってくれ。俺はてっきり解体だと思って、部品もらえるものと思ってたけど。そうじゃないんだよな? リックの召集だから半分手弁当気分で来たが、手当とかはないのか?」
ドウモトは。
「皆様の労務に関しては我々イソリ社が保証させていただきます」
リックをはじめ作業員たちがドウモトに近づき、いいのかよ? と聞いてしまう。
「勿論です。今回の事件で残念ながら当社の製品が使われて、こうして皆様のお手を煩わせる形となりましたので。もちろん、私の一存ではなく、会社からの言伝です」
頷くリック。
「ということだ。もし金に不満が出たら要相談だし、その時は市長さんが何とかしてくれるだろ」
話題に挙げられたタウンゼントは片眉だけ動く。
リックは得意げに笑い、ゴブリンの肉垂の坂を下って、市長に迫る。
「わざわざ来てくれるほど親身な市長さんなんだ。きっと、俺たちの仕事ぶりを評価してボーナス、じゃなくて、慰労金でも報奨金でも恵んでくださるだろうよ。なあ?」
作業員たちの視線を集めて市長は微笑む。
「もちろんです。皆さんのこの街に対する貢献には必ず報いるようにいたします。イソリ社の恩給とは別に」
それを聞いて俄然活気とやる気に満ちる職人たちは、作業の手をより迅速にし、歩みも軽快になる。
ゴブリンを降りたリックは市長の前に立つ。
「ということで市長さん。思わぬ活躍ご苦労だった」
凍った笑みを作る市長は淡々と述べた。
「いえ、お役に立てたのなら幸いです……」
「そんじゃ、あんたのできることはこれ以上ないだろう。それとも俺たち一人一人にもっとお恵みを弾んでくれるってんなら、すきに居ていいが」
「いえいえ……皆さんの技術と仕事に限りない感謝の意を示したいのですが。街の財源にも私の権限にも限りはありますので」
権限、の言葉を吐くと当時に市長の視線はアンドロイドに向かった。
リックは頷く。
「そうか。なら、もう帰ったほうがいい。さっきも言ったように、これからますます忙しくなる。あんたのことをかまってやれる余裕も本当になくなって不意な事故が巻き起こって……。いざ作業が終わった後、あんたが冷たくなってたら、あいつらだってガッカリするだろう。ここにいる連中は、みんな確かな腕はあっても、医者じゃないから人は直せないぞ?」
リックは口調こそ穏やかで平易だが、顔には笑顔も何もない。
対するタウンゼントは作り物の微笑みを貫く。
「そうですか。まあ、現状と皆様のやる気を知ることができましたので市長としての務めを果たしたのは確かです。ここでお暇しましょう」
「市長さんのお帰りだぞ皆!」
リックがそう告げると、作業員たちはそれぞれ仕事に支障が出ない程度にお辞儀をし、拍手までした。
市長は一人一人に手を振って応じると踵を返す。
肩をすくめたリックは、相手の背中に疲れを含んだ眼光を飛ばしてから、自分の仕事に戻ろうと思う。その時
「あ、そうだ……」
タウンゼントは振り返る。
「ご家族の無事の帰還。お祈り申し上げます」
同じく背中を向けていたリックはうんざりした顔だったが、踵を返すと、できる限りの愛想笑いとなり、どうも、と帽子を脱いで応じ、さっさと離れようと決心する。
市長の話は終わらない。
「しかし、お孫さんに続いて、養女までもが危険に巻き込まれるとは。あなたの胸中を察すると私も心痛に堪えません」
リックの足が止まり、疑心によって再び振り返ることを強いられる。
「どういうことだ?」
「おや? 知らないので?」
タウンゼントが本当に驚いた顔になったところで、両者の間にジャーマンD7が割って入る。
「市長、オ帰リになられるのでしたら、我々ガお送りしますガ?」
「……いえ署長殿の手を煩わせるわけにはいきませんので、これにて失敬」
おいどういうことだ? とリックが近づくのをジャーマンD7が腕を伸ばして遮り、市長の姿を護衛のSmが隠してしまう。
やがて、タウンゼントを乗せたリムジンと随伴者たちのすべてが元来た道をたどった。
作業員たちは小声で。
「リックさんって、市長と仲良かったっけ?」
「バカ。んなわけねえだろ。リックは労働組合のトップだぞ? 企業利益の代弁者っていう裏看板背負った市長とは水と油だ」
「逆に言うと火と油くらい相性がいい」
「確かに、あの二人が長く一緒にいたら、直ぐに火事場だな」
井戸端会議に賑わっていた作業員一同は振り返り、話題の人物の鋭い視線に息を飲む。
「手が空くほどひまなら。いっそのこと、外側からの順次解体じゃなくて、体内作業でもさせようか?」
ソレはナンだ? とジャーマンD7の質問に答えるリックだが、その目は作業員たちに向けられていた。
「言葉通り、Smの体内に潜り込んで作業するんだよ。蒸し暑い防護服を着て、息苦しいマスクをしてだ。狭い機体の中を進むんだ」
「ほう……ソレはさぞ危険ナノだろうな」
と考え深げな音声で宣うアンドロイド。
作業員たちは、急げ急げ、と口以上に手を動かすことを決心して、早回しでそれぞれの職務に取り掛かった。
彼らの焦りを尻目にリックはジャーマンD7へ近づく。
「おいポンコツ。俺に話してないことはないか?」
ジャーマンD7は老人を見ない。
「アッタとしても、私はすべての情報を貴殿に開示する義務を負っていない。無論、人命の安全上必要な情報共有は怠らないと約束スル」
「ソーニャに何かあったのかッ?」
リックの静かな声には、鬼気迫るものがあった。
しかし、アンドロイドは何一つ動じず、背中を向け歩き出す。
「彼女もマタ、己ノ果たすべきコトを為そうとしている、ト言っておこう……職人」
「無事なんだろうな!?」
「貴殿ヤ私ヨリ元気ダ」
アンドロイドの冷たい背中を見せつけられても老人の疑念が晴れることはなかった。
Now Loading……
老職人が鉄火場と評した現場では、ゴブリンの予想もつかない挙動によって、動揺が広がる。
若い作業員が大声で言った。
「だからもう有形解体を諦めて、破壊解体に移行したらいいじゃないですか。必要な臓器だけを残して……」
不満を隠さなかった若者は、リックの一睨みにたじろぎ、顔を下げると、抱えていたホースの束を運んで行った。
意見を退けたリックは声を張り上げる。
「まずはこいつの暴走を止める。任意アポトーシスを引き起こして、これ以上の細胞発達を抑制し、麻酔の効果を確認次第、骨の除去を決行する。そして、部品を外して持っていく。それでいいなポンコツ」
構ワン、とジャーマンD7が答えた。イソリの社員が慌てて言った。
「待ってください! このゴブリンはぜひとも、できる限り完全な状態で我々が回収したい」
リックは首を横に振った。
「だめだ。部品を統合したままで運搬して、また何かあったらかなわん。ワシが現場を預かったからには優先するのは安全だ。それを譲るつもりはない」
すかさず、市長が声を大にして口を挟む。
「お待ちくださいヒギンボサム氏! ここはイソリ社のエンジニアの意見に従ったほうが」
ジャーマンD7は市長の前に出た。
「リック・ヒギンボサムの命令に従いたくない者は、今スグこの現場を退いてもらう! ここに残り、ゴブリンの対処に従事するのであればリック・ヒギンボサムの命令を順守シテもらう!」
市長はアンドロイドの前に回り込んだ。
「署長。ゴブリンはそもそもイソリの開発したSmですよ? ならば一番わかっているイソリ社の従業員に任せたほうが……」
「コノ暴走した機体を一番わかっているのは、最初から最後まで我々とともに事件に対処したリック・ヒギンボサムであると安全上の観点から判断しました。もし市長のお言葉が正しければ……イソリ社は、ゴブリンがこのような事件を引き起こすとわかっていたことを示唆することになりますが? もしや、市長はそう仰られたのデスか?」
表情を失うタウンゼントの唇を中心に、顔全体が微細な痙攣を始める。
その時、リックがゴブリンに刃物を近づける集団を察知して、サンプル取得は後にしろ! と怒鳴って蹴散らした。
イソリの作業着を着た彼らは、蜘蛛の子を散らす。
「サンプルくらい採らせてもいいのでは?」
市長の言葉を聞いたリックは、いいのか? とアンドロイドに問う。
ジャーマンD7は、ダメダ、と告げる。
市長は詰め寄り、なぜです? と詰問した。
「このゴブリンは犯行の証拠物件デス。安全確保の行動ならまだしも、それ以外の行為によって損壊されるのは控えるベキだ」
リックはイソリの社員に告げる。
「あんたら企業連中が上のほうからせっつかれてるのは重々承知だ。だが、今は意識を解体に集中してくれ。ちゃんと組織のケアを怠らなければ腐敗も分解も抑制できるし、機体を分割されても、組織間の作用だっていくらか判断できる上、後から全てを再構成したっていいだろう。お勧めしないがな。採取をするにしても、サンプル自体の安全性を見極める必要もある。それでも異議があるなら今言え!」
イソリの年配の社員が駆け寄って、わかりました、と答えた。
リックは、あんた名前は、と尋ねる。
年配社員は、ドウモトです、と答えた。
うなずくリック。
「よし、もし作業中に俺に何かあったら次の現場の責任者は、まずはカツラだ!」
離れた場所で、薬品の容器をトラックから積み下ろしていたカツラは、顔を上げる。
ああゴブ専か。まあ妥当だな。の声が各所で上がる。
老人は名指しした相手と一瞬目を合わせてから、今度はドウモトに目を向けた。
「その次は、あんたに任せる。いいなポンコツ」
ジャーマンD7は回答せず、ドウモト氏を見つめて怖がらせる。
別の年配の作業員が手を振ってリックの注意をひきつけ、どこから手を付ける、と伺う。
「まず絶対に取り出したいのはゴブリンのグレーボックスと周辺中枢だ。場合によっては、組織活動を弱めるため、栄養補給機関を真っ先に取り除いて、点滴補給に切り替える。ドウモトよ、あんたはイソリの責任者か?」
私ですか? とドウモトはメガネの位置を整え、慌ててリックのもとに舞い戻る。
一応本社からは社員を任されております、と答えた相手に対し。リックはゴブリンから降りることなく、膝を折り、尋ねた。
「俺の提案で事を進めていいか? もしダメなら納得できる理由を言ってくれ」
「……はい、いえ。かまいません。ちなみに解体で出た……破片などはこちらで優先的に回収できないでしょうか」
「俺はこいつの所有者じゃないし。これは証拠物件だって言ってただろ。アンドロイドに聞け」
ジャーマンD7は近づく。
「サンプルの運用については保安兵舎の科捜研の監督のモト、提供するサンプルを決めるつもりだ。よって勝手な持ち出しはやめてもらいタイ」
市長が口を出す。
「いや、それは少し頑なすぎやしませんか? 使われた薬剤の解析をするのであれば、より多くの試験機関を通すほうが結果も早いはずです」
「こちらの職務に口出しスル権限は、市長……あなたにはないハズですが?」
「意見を聞くことはできるでしょう」
「それらの言葉は、あなたの意見デスか? それとも企業の願望デスか?」
アンドロイドは市長から視線を外し、イソリ社員に告げる。
「もちろん、組織の劣化などの懸念もあるため早急にサンプルを提供スルつもりだ」
その時は勿論我が社だけに、とドウモトがジャーマンD7に言い募る。
「確約はしかねる。こちらの解析機関が手詰マリになり、貴殿らの解析結果に満足できない場合は、あらゆる手段ヲ講ジさせてもらう」
そんなぁ、と話を聞いていたイソリ社員が声を上げ、表情を悪くする。
わかりました、とドウモトはアンドロイドに頭を下げてから同僚に振り替える。
「あきらめて仕事に取り掛かろう。早く終わったら、その分、目的も早く達成する」
ボーナスはなしかな、と社員から内実が出る。
何とかなりませんかねぇ、と社員はアンドロイドを迂回して老人に伺うも、相手はそっけなく手と首を横に振った。
すると、大きな金属のノズルを運んでいた中年の作業員が声を張り上げる。
「待ってくれ。俺はてっきり解体だと思って、部品もらえるものと思ってたけど。そうじゃないんだよな? リックの召集だから半分手弁当気分で来たが、手当とかはないのか?」
ドウモトは。
「皆様の労務に関しては我々イソリ社が保証させていただきます」
リックをはじめ作業員たちがドウモトに近づき、いいのかよ? と聞いてしまう。
「勿論です。今回の事件で残念ながら当社の製品が使われて、こうして皆様のお手を煩わせる形となりましたので。もちろん、私の一存ではなく、会社からの言伝です」
頷くリック。
「ということだ。もし金に不満が出たら要相談だし、その時は市長さんが何とかしてくれるだろ」
話題に挙げられたタウンゼントは片眉だけ動く。
リックは得意げに笑い、ゴブリンの肉垂の坂を下って、市長に迫る。
「わざわざ来てくれるほど親身な市長さんなんだ。きっと、俺たちの仕事ぶりを評価してボーナス、じゃなくて、慰労金でも報奨金でも恵んでくださるだろうよ。なあ?」
作業員たちの視線を集めて市長は微笑む。
「もちろんです。皆さんのこの街に対する貢献には必ず報いるようにいたします。イソリ社の恩給とは別に」
それを聞いて俄然活気とやる気に満ちる職人たちは、作業の手をより迅速にし、歩みも軽快になる。
ゴブリンを降りたリックは市長の前に立つ。
「ということで市長さん。思わぬ活躍ご苦労だった」
凍った笑みを作る市長は淡々と述べた。
「いえ、お役に立てたのなら幸いです……」
「そんじゃ、あんたのできることはこれ以上ないだろう。それとも俺たち一人一人にもっとお恵みを弾んでくれるってんなら、すきに居ていいが」
「いえいえ……皆さんの技術と仕事に限りない感謝の意を示したいのですが。街の財源にも私の権限にも限りはありますので」
権限、の言葉を吐くと当時に市長の視線はアンドロイドに向かった。
リックは頷く。
「そうか。なら、もう帰ったほうがいい。さっきも言ったように、これからますます忙しくなる。あんたのことをかまってやれる余裕も本当になくなって不意な事故が巻き起こって……。いざ作業が終わった後、あんたが冷たくなってたら、あいつらだってガッカリするだろう。ここにいる連中は、みんな確かな腕はあっても、医者じゃないから人は直せないぞ?」
リックは口調こそ穏やかで平易だが、顔には笑顔も何もない。
対するタウンゼントは作り物の微笑みを貫く。
「そうですか。まあ、現状と皆様のやる気を知ることができましたので市長としての務めを果たしたのは確かです。ここでお暇しましょう」
「市長さんのお帰りだぞ皆!」
リックがそう告げると、作業員たちはそれぞれ仕事に支障が出ない程度にお辞儀をし、拍手までした。
市長は一人一人に手を振って応じると踵を返す。
肩をすくめたリックは、相手の背中に疲れを含んだ眼光を飛ばしてから、自分の仕事に戻ろうと思う。その時
「あ、そうだ……」
タウンゼントは振り返る。
「ご家族の無事の帰還。お祈り申し上げます」
同じく背中を向けていたリックはうんざりした顔だったが、踵を返すと、できる限りの愛想笑いとなり、どうも、と帽子を脱いで応じ、さっさと離れようと決心する。
市長の話は終わらない。
「しかし、お孫さんに続いて、養女までもが危険に巻き込まれるとは。あなたの胸中を察すると私も心痛に堪えません」
リックの足が止まり、疑心によって再び振り返ることを強いられる。
「どういうことだ?」
「おや? 知らないので?」
タウンゼントが本当に驚いた顔になったところで、両者の間にジャーマンD7が割って入る。
「市長、オ帰リになられるのでしたら、我々ガお送りしますガ?」
「……いえ署長殿の手を煩わせるわけにはいきませんので、これにて失敬」
おいどういうことだ? とリックが近づくのをジャーマンD7が腕を伸ばして遮り、市長の姿を護衛のSmが隠してしまう。
やがて、タウンゼントを乗せたリムジンと随伴者たちのすべてが元来た道をたどった。
作業員たちは小声で。
「リックさんって、市長と仲良かったっけ?」
「バカ。んなわけねえだろ。リックは労働組合のトップだぞ? 企業利益の代弁者っていう裏看板背負った市長とは水と油だ」
「逆に言うと火と油くらい相性がいい」
「確かに、あの二人が長く一緒にいたら、直ぐに火事場だな」
井戸端会議に賑わっていた作業員一同は振り返り、話題の人物の鋭い視線に息を飲む。
「手が空くほどひまなら。いっそのこと、外側からの順次解体じゃなくて、体内作業でもさせようか?」
ソレはナンだ? とジャーマンD7の質問に答えるリックだが、その目は作業員たちに向けられていた。
「言葉通り、Smの体内に潜り込んで作業するんだよ。蒸し暑い防護服を着て、息苦しいマスクをしてだ。狭い機体の中を進むんだ」
「ほう……ソレはさぞ危険ナノだろうな」
と考え深げな音声で宣うアンドロイド。
作業員たちは、急げ急げ、と口以上に手を動かすことを決心して、早回しでそれぞれの職務に取り掛かった。
彼らの焦りを尻目にリックはジャーマンD7へ近づく。
「おいポンコツ。俺に話してないことはないか?」
ジャーマンD7は老人を見ない。
「アッタとしても、私はすべての情報を貴殿に開示する義務を負っていない。無論、人命の安全上必要な情報共有は怠らないと約束スル」
「ソーニャに何かあったのかッ?」
リックの静かな声には、鬼気迫るものがあった。
しかし、アンドロイドは何一つ動じず、背中を向け歩き出す。
「彼女もマタ、己ノ果たすべきコトを為そうとしている、ト言っておこう……職人」
「無事なんだろうな!?」
「貴殿ヤ私ヨリ元気ダ」
アンドロイドの冷たい背中を見せつけられても老人の疑念が晴れることはなかった。
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