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第01章――飛翔延髄編
Phase 100:我が子を憂うアブンダンティア
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《BFW》ザナドゥカ合衆国の航空機体メーカーで、軍需産業にも大きな影響力を持つ征服企業。中央政権会議の初期議席企業で、単一戦力は国家戦略級とうたわれる。
Now Loading……
タウンゼントの電話の相手は告げる。
「いきなりの電話に応じていただき感謝いたします市長。私は《B・F・W》の最高経営責任者を務めるグリゼルダ・サッチャーでございます」
セマフォ越しに名乗った女性は、物怖じなど微塵も感じさせない堂々とした雰囲気、そして鉄の心構えを声だけで伝えてくる。
無駄な抑揚もないが明朗で胸に直接押し込むような圧力を宿した言葉。
応対するタウンゼントは一度深く呼吸する。
「これはこれはCEOからわざわざ連絡をいただけるとは。今すぐ高級通信を使って映像会議のご用意を……」
「いえ結構。単刀直入に聞きます市長。今、我が社の製造販売した機体がデスタルトシティー上空を飛行し制御できないということですが、我が社に落ち度がある証拠などは見つかっていますでしょうか。もしあったのならば、こちらとしても黙っているわけにはまいりません。ですので事態収拾のため我が社の力を総動員して助力を申し出る次第です」
氷で構成したようなグリゼルダの声は、高圧とも違う、迫力を持ち、通信網を通す前に、無機質なコンクリートの空間に響く。
そこは一室、というには広すぎて、人が居るには暗すぎる。明かりは、人の腰の高さから天井まで伸びる垂直の窓が受け入れた自然光だけ。まるで雲の隙間から差し込んだ、一条の光を背にして椅子に座る人物は、組合わせた両手をこれまた無味乾燥なテーブルに置いて微動だにしない。
机に置かれたセマフォは、カラフルな動物たちを所狭しと配置した派手な装飾のカバーに入れられ、タウンゼントの声を発した。
『それは、この上なく有難い提案です』
「そう思っていただき何よりです。では、そちらで現在判明している情報を細部まで頂きたい。それが叶えば、こちらからも、実用的な打開策の提案ができることでしょう」
『わかりました。では、実際に事態に対処している者を呼び、貴社の窓口とさせていただきます。しばし時間を要するので、人選と情報の整理が済み次第、折り返しお電話いたします』
「感謝いたします市長。それでは後ほど……」
グリゼルダはセマフォの画面を指で斜めになぞる。
通信が途絶えた機械に手を伸ばすのは、グリゼルダの正面に広がる闇の中から登場した女性。少女にしては成長しているが、うんしょ、と子供っぽい口ぶりで広いテーブルに乗っかるように身を乗り出し、セマフォを求めた。
見かねたグリゼルダがセマフォを手渡す。
「ありがとママ!」
セマフォを受け取った女性の感謝は実に軽い調子だった。彼女の装いは、セマフォ以上に、ファンシーという言葉が妥当である。白い雲を彷彿とさせる丈の短いワンピース、白と桃色が交互に並ぶニーハイソックス、色鮮やかな花をあしらったカチューシャ。テーブルに腰掛ける彼女が、騒がしく揺さぶる両足に履いているのは、ユニコーンを模したダットスニーカー。どれも現実離れした造形だが、ランドセルの掛紐によって、背中に背負ったボールギャグで口を拘束された豚の頭とそこから生えた純白の翼は本物としか言いようがない。
十代半ばの印象を伺わせる女性は、膝に乗せたセマフォの画面を両手で操作した。
グリゼルダはテーブルに肘を置き、向きを変えると、改めて闇を見つめ細やかに唸る。
少女は操るセマフォから目を離さず、口を開く。
「まーた難しい顔してるとぉ、シワ増えちゃうよぉ」
「増えたところで気にする相手がいません」
女性はセマフォから顔を外し、グリゼルダに不満を体現した面持ちを向ける。
「イングリッドはいやよ。ママにはずっと、ずうーと! きれいでいてほしいの! ね オリバーもそう思うよね!」
なんとも重みにかける言葉遣いのイングリッドが同意を求めたのは、光と闇の境界線に置かれたソファーに座る人物だ。スーツに包むその人は、肘を腿に置き、両手の指先を合わせている。
「まあ、母上が健康であれば私はほかに求めることはありません」
淡々と、それでいて本心と思いやりが読み取れる物言い。しかし、イングリッドは。
「もう! そうじゃないのー! ほんと、男子ってわかってないよねー! ねえピグレポン?」
背中の豚が僅かに鳴く。
グリゼルダは微笑む。
「わかりました。あまり顔まで神妙にしないよう努めます。ただ、そのためにはまず、あなた達が助けとなってくれなければ、私の負担も心労も減らず、結果、皺は増え体力は衰えてしまうのですよ?」
オリバーは軽く叩頭し、善処します、と応じる。
しかしイングリッドは知らん顔を決め込み、視線を泳がせると言い放った。
「だったらぁ、こんな地方の事件にいちいち首突っ込まなければいいんじゃない? 優秀さんな部下だっていっぱい、いいっぱい! いるんだからさぁ。全部丸投げしちゃってさ」
グリゼルダは背もたれに体重を預けると、呆れの気分とため息を一緒に吐き出す。
「まったくこの子は、いつになったら成長が見られるのやら」
えぇええ、とイングリッドは不服を表明する。
オリバーも苦言を呈した。
「デスタルトシティーは決して、一地方都市などではありませんよ。ザナドゥカ国内で製造される大量生産Smの約5%を製造し、汎用内臓器官の生産に関しては、国内シェアの20%に及ぶ。そのほかにSmNAの改変や、品種改良などの技術、それらのノウハウを持つ人材の集約地であり。そして、我が社の製品生産の要でもある。あそこを失うだけで我が社の経済的損失がどれほどになるか……」
机から飛び降りたイングリッドは頬を膨らませた。
「それくらい分かってるよぉ! でも、社長がいちいち出て行ってたら、結局、組織としてどうなんですかー? って話」
オリバーの口調も若干崩れる。
「要領を得ないなぁ……。つまりマイクロマネジメントは組織の稼働と成長に弊害をもたらす懸念があると?」
「普通の言葉で話してよぉ!」
オリバーは諦めて項垂れる。
グリゼルダは。
「確かに私が出しゃばるのは後進の育成や、現場のチームワークにとって快くないでしょう。ですがあの都市で、我が社の製品が暴れておきながら、CEOがなんの言葉も発しないのは、いかにもまずい」
「でもぉ、ウチってけっこうお強い企業じゃないですかぁシャチョー。細かいことにいちいち慌ててたら、身が持ちませんぜぇ? それにぃ、今回のことってぇ、なんだか悪者がヘンテコお薬を使って、ってコトでしょぉ? ウチが悪かった所なんてぇ、ないんじゃないのぉ?」
背丈のみを考慮すれば十代半ばかそれ以上。なのに言動は十歳児以下くらい幼いイングリッド。
呆れを隠すようなオリバーは。
「忘れてはいけないよイングリッド。我々は、正当なる『征服企業』の一柱で、中央政権議会常任理事企業でもある。企業であり国家だ。その強固な概念による両輪によって支えられているんだ。今回は企業という車輪の危機。もし、我が社の対応に不手際があれば敵対他社がその隙を突いてくる。たとえ、小さな穴でも……害虫は内部に入り込み、健全な部位までも侵食する……」
グリゼルダは組み合わせた手を支えに前に重心を傾ける。
「そして国家として、国民たる社員従業員に知らしめねばならない。私は決して盲目な君主ではないと」
意図を酌むオリバーは。
「以前に増して、我らと競合する企業の技術革新は著しい。加えて。あのイソリも、フォヨダと共同で航空型Smの開発に着手したと情報が入っている。ならば、いよいよ安楽に構えているわけにはいかない」
不安とまではいかないが、懸念に目を背けられないことが二人の口ぶりから容易に想像つく。
だがイングリッドは。
「ダイジョブっしょ! うちの企業たくさんいろいろしてるしー。まあ、航空産業はうちの主力だけどー。それ以外に兵器でしょ、鉄鋼産業に、運送、領地経営だって」
軽快に指折り数える相手に、首を横に振るオリバー。
「それでも航空産業が我社の基幹産業であることには変わりない。独占しているわけでもないのにさらに競合が増えれば根幹が揺らぐ」
「でもー。うちって中央政府とつながり強いでしょー」
グリゼルダは
「それすらも我社だけの専売特許ではありませんよイングリッド」
「だから、デスタルトに首を突っ込むの? ママが?」
「もちろん、私が直接出向くわけじゃありません……」
オリバー、と名を呼ばれた男性はソファーから立ち上がる。
「人選も出向の手配もすでに完了しております」
「ご苦労。私からのオーダーは……」
事件解決? イングリッドが当てにかかる。
微笑むグリゼルダ。
「それは大前提ですし、向こうの行政機関が主導すること。もちろん我社もできる限りの助力はするつもりですし、あわよくば、主導権を確保します」
オリバーが姉妹の隣に並び、口を開く。
「わかっております。必ず、ご要望にお応えする結果を出して御覧に入れます」
グリゼルダは言い損ねた言葉を飲み、頷く。
「頼みましたよ。今回の事件の対処はあなたに任せます」
「ええ、今回の一件を利用して謀議を画策する連中にも、目を光らせましょう」
イングリッドはぁ? と小首を傾げる当人。
気楽に微笑むグリゼルダは
「あなたは私の下でもう少しお勉強ですね」
と言って徐に手を伸ばす。
勝手知ったるイングリッドは、テーブルに乗っかり、身を横たえ、母に頭を撫でてもらいご満悦。
呆れを隠さぬオリバーは、少しで済めばいいですが、と本音を吐露した。
イングリッドは目を細め
「それってぇ、もしかしてぇ、バカにしてますかー?」
「もしかしなくとも馬鹿にしてるよ」
ああ! とイングリッドは不満を爆発させテーブルを這いずり、母に縋りつく。
「ママー! オリバーがイングリッドに悪口言ったー!」
グリゼルダは泣き言を宣う愛娘の背中を撫でてなだめた。
「よしよし……。オリバー、言葉が過ぎますよ。あなたも大人なんですから言葉を選ばなくては、それこそ我々の失態を利用したがってる連中に付け入られますよ?」
「大人というのならばイングリッドも同じでしょうに」
と異議申し立てする兄弟にイングリッドは。
「オリバー、ママに甘えられなくて、やきもち焼いてるんだ」
まったく的外れなことを言われてオリバーはため息をこぼす。
「そのように犬や猫みたいに扱われるのを喜ぶほど私は落ちぶれちゃいません」
グリゼルダが顔を上げた。
「おやおや、私の我が子への愛を畜生と同等だと思っているのですか?」
険のある言い方、とまではいかないが。母の指摘にオリバーは背筋を正し、言葉が過ぎました、と叩頭する。
「分かればよろしい。さあ、バツとして私に頭を差し出しなさい」
オリバーは瞑目し、観念したようにテーブルに乗り上げ頭を下げ、母の手を受け入れる。
いささか乱暴に息子の頭を撫でたグリゼルダ。
「二人とも、家族という絆を大事にしなければこの謀略渦巻く乱世を生きていけませんよ」
承知しております、そう応えたオリバーの表情は自身の言葉によって消失する。
イングリッドは難しい顔で両膝を抱え込み、机の上で丸くなる。
グリゼルダは言う。
「互いに結束しなければ最大最高の題目を達成できない。すべてを統一し、真の平和と秩序をもたらすという人類の悲願『パクス・ザナドゥカーナ』のために」
「『パクス・ザナドゥカーナ』のために」
二人の子らも復唱した。
闇へと溶ける言葉の真意は、この空間において、三人だけが共有するのであった。
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タウンゼントの電話の相手は告げる。
「いきなりの電話に応じていただき感謝いたします市長。私は《B・F・W》の最高経営責任者を務めるグリゼルダ・サッチャーでございます」
セマフォ越しに名乗った女性は、物怖じなど微塵も感じさせない堂々とした雰囲気、そして鉄の心構えを声だけで伝えてくる。
無駄な抑揚もないが明朗で胸に直接押し込むような圧力を宿した言葉。
応対するタウンゼントは一度深く呼吸する。
「これはこれはCEOからわざわざ連絡をいただけるとは。今すぐ高級通信を使って映像会議のご用意を……」
「いえ結構。単刀直入に聞きます市長。今、我が社の製造販売した機体がデスタルトシティー上空を飛行し制御できないということですが、我が社に落ち度がある証拠などは見つかっていますでしょうか。もしあったのならば、こちらとしても黙っているわけにはまいりません。ですので事態収拾のため我が社の力を総動員して助力を申し出る次第です」
氷で構成したようなグリゼルダの声は、高圧とも違う、迫力を持ち、通信網を通す前に、無機質なコンクリートの空間に響く。
そこは一室、というには広すぎて、人が居るには暗すぎる。明かりは、人の腰の高さから天井まで伸びる垂直の窓が受け入れた自然光だけ。まるで雲の隙間から差し込んだ、一条の光を背にして椅子に座る人物は、組合わせた両手をこれまた無味乾燥なテーブルに置いて微動だにしない。
机に置かれたセマフォは、カラフルな動物たちを所狭しと配置した派手な装飾のカバーに入れられ、タウンゼントの声を発した。
『それは、この上なく有難い提案です』
「そう思っていただき何よりです。では、そちらで現在判明している情報を細部まで頂きたい。それが叶えば、こちらからも、実用的な打開策の提案ができることでしょう」
『わかりました。では、実際に事態に対処している者を呼び、貴社の窓口とさせていただきます。しばし時間を要するので、人選と情報の整理が済み次第、折り返しお電話いたします』
「感謝いたします市長。それでは後ほど……」
グリゼルダはセマフォの画面を指で斜めになぞる。
通信が途絶えた機械に手を伸ばすのは、グリゼルダの正面に広がる闇の中から登場した女性。少女にしては成長しているが、うんしょ、と子供っぽい口ぶりで広いテーブルに乗っかるように身を乗り出し、セマフォを求めた。
見かねたグリゼルダがセマフォを手渡す。
「ありがとママ!」
セマフォを受け取った女性の感謝は実に軽い調子だった。彼女の装いは、セマフォ以上に、ファンシーという言葉が妥当である。白い雲を彷彿とさせる丈の短いワンピース、白と桃色が交互に並ぶニーハイソックス、色鮮やかな花をあしらったカチューシャ。テーブルに腰掛ける彼女が、騒がしく揺さぶる両足に履いているのは、ユニコーンを模したダットスニーカー。どれも現実離れした造形だが、ランドセルの掛紐によって、背中に背負ったボールギャグで口を拘束された豚の頭とそこから生えた純白の翼は本物としか言いようがない。
十代半ばの印象を伺わせる女性は、膝に乗せたセマフォの画面を両手で操作した。
グリゼルダはテーブルに肘を置き、向きを変えると、改めて闇を見つめ細やかに唸る。
少女は操るセマフォから目を離さず、口を開く。
「まーた難しい顔してるとぉ、シワ増えちゃうよぉ」
「増えたところで気にする相手がいません」
女性はセマフォから顔を外し、グリゼルダに不満を体現した面持ちを向ける。
「イングリッドはいやよ。ママにはずっと、ずうーと! きれいでいてほしいの! ね オリバーもそう思うよね!」
なんとも重みにかける言葉遣いのイングリッドが同意を求めたのは、光と闇の境界線に置かれたソファーに座る人物だ。スーツに包むその人は、肘を腿に置き、両手の指先を合わせている。
「まあ、母上が健康であれば私はほかに求めることはありません」
淡々と、それでいて本心と思いやりが読み取れる物言い。しかし、イングリッドは。
「もう! そうじゃないのー! ほんと、男子ってわかってないよねー! ねえピグレポン?」
背中の豚が僅かに鳴く。
グリゼルダは微笑む。
「わかりました。あまり顔まで神妙にしないよう努めます。ただ、そのためにはまず、あなた達が助けとなってくれなければ、私の負担も心労も減らず、結果、皺は増え体力は衰えてしまうのですよ?」
オリバーは軽く叩頭し、善処します、と応じる。
しかしイングリッドは知らん顔を決め込み、視線を泳がせると言い放った。
「だったらぁ、こんな地方の事件にいちいち首突っ込まなければいいんじゃない? 優秀さんな部下だっていっぱい、いいっぱい! いるんだからさぁ。全部丸投げしちゃってさ」
グリゼルダは背もたれに体重を預けると、呆れの気分とため息を一緒に吐き出す。
「まったくこの子は、いつになったら成長が見られるのやら」
えぇええ、とイングリッドは不服を表明する。
オリバーも苦言を呈した。
「デスタルトシティーは決して、一地方都市などではありませんよ。ザナドゥカ国内で製造される大量生産Smの約5%を製造し、汎用内臓器官の生産に関しては、国内シェアの20%に及ぶ。そのほかにSmNAの改変や、品種改良などの技術、それらのノウハウを持つ人材の集約地であり。そして、我が社の製品生産の要でもある。あそこを失うだけで我が社の経済的損失がどれほどになるか……」
机から飛び降りたイングリッドは頬を膨らませた。
「それくらい分かってるよぉ! でも、社長がいちいち出て行ってたら、結局、組織としてどうなんですかー? って話」
オリバーの口調も若干崩れる。
「要領を得ないなぁ……。つまりマイクロマネジメントは組織の稼働と成長に弊害をもたらす懸念があると?」
「普通の言葉で話してよぉ!」
オリバーは諦めて項垂れる。
グリゼルダは。
「確かに私が出しゃばるのは後進の育成や、現場のチームワークにとって快くないでしょう。ですがあの都市で、我が社の製品が暴れておきながら、CEOがなんの言葉も発しないのは、いかにもまずい」
「でもぉ、ウチってけっこうお強い企業じゃないですかぁシャチョー。細かいことにいちいち慌ててたら、身が持ちませんぜぇ? それにぃ、今回のことってぇ、なんだか悪者がヘンテコお薬を使って、ってコトでしょぉ? ウチが悪かった所なんてぇ、ないんじゃないのぉ?」
背丈のみを考慮すれば十代半ばかそれ以上。なのに言動は十歳児以下くらい幼いイングリッド。
呆れを隠すようなオリバーは。
「忘れてはいけないよイングリッド。我々は、正当なる『征服企業』の一柱で、中央政権議会常任理事企業でもある。企業であり国家だ。その強固な概念による両輪によって支えられているんだ。今回は企業という車輪の危機。もし、我が社の対応に不手際があれば敵対他社がその隙を突いてくる。たとえ、小さな穴でも……害虫は内部に入り込み、健全な部位までも侵食する……」
グリゼルダは組み合わせた手を支えに前に重心を傾ける。
「そして国家として、国民たる社員従業員に知らしめねばならない。私は決して盲目な君主ではないと」
意図を酌むオリバーは。
「以前に増して、我らと競合する企業の技術革新は著しい。加えて。あのイソリも、フォヨダと共同で航空型Smの開発に着手したと情報が入っている。ならば、いよいよ安楽に構えているわけにはいかない」
不安とまではいかないが、懸念に目を背けられないことが二人の口ぶりから容易に想像つく。
だがイングリッドは。
「ダイジョブっしょ! うちの企業たくさんいろいろしてるしー。まあ、航空産業はうちの主力だけどー。それ以外に兵器でしょ、鉄鋼産業に、運送、領地経営だって」
軽快に指折り数える相手に、首を横に振るオリバー。
「それでも航空産業が我社の基幹産業であることには変わりない。独占しているわけでもないのにさらに競合が増えれば根幹が揺らぐ」
「でもー。うちって中央政府とつながり強いでしょー」
グリゼルダは
「それすらも我社だけの専売特許ではありませんよイングリッド」
「だから、デスタルトに首を突っ込むの? ママが?」
「もちろん、私が直接出向くわけじゃありません……」
オリバー、と名を呼ばれた男性はソファーから立ち上がる。
「人選も出向の手配もすでに完了しております」
「ご苦労。私からのオーダーは……」
事件解決? イングリッドが当てにかかる。
微笑むグリゼルダ。
「それは大前提ですし、向こうの行政機関が主導すること。もちろん我社もできる限りの助力はするつもりですし、あわよくば、主導権を確保します」
オリバーが姉妹の隣に並び、口を開く。
「わかっております。必ず、ご要望にお応えする結果を出して御覧に入れます」
グリゼルダは言い損ねた言葉を飲み、頷く。
「頼みましたよ。今回の事件の対処はあなたに任せます」
「ええ、今回の一件を利用して謀議を画策する連中にも、目を光らせましょう」
イングリッドはぁ? と小首を傾げる当人。
気楽に微笑むグリゼルダは
「あなたは私の下でもう少しお勉強ですね」
と言って徐に手を伸ばす。
勝手知ったるイングリッドは、テーブルに乗っかり、身を横たえ、母に頭を撫でてもらいご満悦。
呆れを隠さぬオリバーは、少しで済めばいいですが、と本音を吐露した。
イングリッドは目を細め
「それってぇ、もしかしてぇ、バカにしてますかー?」
「もしかしなくとも馬鹿にしてるよ」
ああ! とイングリッドは不満を爆発させテーブルを這いずり、母に縋りつく。
「ママー! オリバーがイングリッドに悪口言ったー!」
グリゼルダは泣き言を宣う愛娘の背中を撫でてなだめた。
「よしよし……。オリバー、言葉が過ぎますよ。あなたも大人なんですから言葉を選ばなくては、それこそ我々の失態を利用したがってる連中に付け入られますよ?」
「大人というのならばイングリッドも同じでしょうに」
と異議申し立てする兄弟にイングリッドは。
「オリバー、ママに甘えられなくて、やきもち焼いてるんだ」
まったく的外れなことを言われてオリバーはため息をこぼす。
「そのように犬や猫みたいに扱われるのを喜ぶほど私は落ちぶれちゃいません」
グリゼルダが顔を上げた。
「おやおや、私の我が子への愛を畜生と同等だと思っているのですか?」
険のある言い方、とまではいかないが。母の指摘にオリバーは背筋を正し、言葉が過ぎました、と叩頭する。
「分かればよろしい。さあ、バツとして私に頭を差し出しなさい」
オリバーは瞑目し、観念したようにテーブルに乗り上げ頭を下げ、母の手を受け入れる。
いささか乱暴に息子の頭を撫でたグリゼルダ。
「二人とも、家族という絆を大事にしなければこの謀略渦巻く乱世を生きていけませんよ」
承知しております、そう応えたオリバーの表情は自身の言葉によって消失する。
イングリッドは難しい顔で両膝を抱え込み、机の上で丸くなる。
グリゼルダは言う。
「互いに結束しなければ最大最高の題目を達成できない。すべてを統一し、真の平和と秩序をもたらすという人類の悲願『パクス・ザナドゥカーナ』のために」
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