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第01章――飛翔延髄編
Phase 108:割断
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《ハルパーMシリーズ》スターライト社が製造するSm組織用電動切断具。一般のチェーンソーにはない工夫が施されており、Sm専用というだけあって、効率と切断面の滑らかさが違う。取り回しも楽で、内蔵したヤナリシリーズはこの製品用にSmNA組み換えがされている。
Now Loading……
ミニッツグラウスは急上昇し、上に屯する者どもをすり身にするため体当たりを決行。それをスロウスが力で防ぐ。
頭上に大質量が迫り、屈むことを強いられるソーニャは言った。
「畜生! やっぱり、スロウスには支えてもらうしかないのか。いや……」
急に考え込んだ少女は思い付きを口走る。
「ここはスロウスに前屈になってケツを上に突き出してもらい、それでクラウドウェーブを受け止めつつ鉈で目標を突いてもらえば……」
脊柱に目を向けたベンジャミンはメイに告げる。
「この脊柱は外装でしかない。中心を暴かないと……」
『ここまで来たら、空創隊だけで切断できるんじゃないのか?』
「すまんが断言はできん。もしかすると、こっちはフェイクってこともあり得る」
偽装までするのか? とメイは驚愕する。
「というより、製造エラーだ。SmNAの成型機序の問題でグラウスの意思とは関係ない。実例でいうと。脊柱の内部に本来収まっているべき伝達経路を押しのける形で別の組織が発生したりとかな。見かけ上、動きに破綻がないから、杞憂だと思いたいが」
『希望と想定が裏切られてばかりだからな。了解した。ならば……こちらはいつでも逃げられる体制を整える』
「感謝する。悪いな手柄を奪うようで」
ベンジャミンが言った後。ソーニャの命令が飛ぶ。
「スロウス! 上の機体を支えて絶対にミニッツグラウスに触れさせないで」
スロウスは大股でミニッツグラウスを踏みしめ、両手を掲げる。その姿たるやトスを狙うバレーボール選手のようだ。
ベンジャミンはナスと協力して、再生しようとする機体の組織に剣のような楔を突き刺し、脊柱と周辺組織を隔絶した。そして新たにやってきたナスが、脊椎の間に詰まる半透明の組織の上に、まさしく消火器といえる器具で、濃密な青い泡を噴霧した。
ベンジャミン曰く。
「中枢に近いから、支持組織の再生圧も低い。これなら機内で味わった面倒は回避できそうだが。その分、飛散防止剤は邪魔だな。けどしゃあないか……」
ナスが持ってきたチェーンソー。それをベンジャミンが試しに動かし、最後に装着したマスクの位置を正す。
「大将首が出てきた以上、気兼ねなくおもちゃを使える。だから神様……最後のチェックメイトなんだ。キングは、予想してる範疇に置いてくれ」
『作戦実行10秒前』
メイの声が告げる。
『3、2……』
「……1ッ」
ソーニャが最後の数字を囁く。
『切断開始!』
メイの号令で始まる。
ベンジャミンは、起動したチェーンソーを斜め下の角度で脊椎の間にある半透明の組織へ下す。回転する刃によって少しずつ削れる組織は、水気がなく、硬い削れ方をして、泡と混ぜ合わさった粉塵は小さな飛沫に終始する。
当然のごとく、これにはミニッツグラウスが吠えた。
ナスがベンジャミンの腰を抱き支え、作業をアシストする。飛翔するミニッツグラウスと上のクラウドウェーブが触れ合うことをスロウスが全身全霊で阻む。しかし、巨大な機体の上昇の力はスロウスに膝を屈させた。
暴走機の前方で飛翔するナスは、腕を左右に広げ、しきりに振り下ろす。
航空機の整備士がそれを見てパイロットに、降下せよ、と指示を出す。
ワームを噛み締め耐え忍ぶゴロコッタにエロディが、頑張って! と声援を送る。
牽引担当の航空機12機が一斉に降下するとワームが作る結び目が、ミニッツグラウスの足首を締め、引き下ろした。
航空機内の整備士たちは懸念を口にする。
「ミニッツグラウスを下げすぎたら、場合によっては壁の高さを下回る」
「かといって、抑え込まないと」
「スロウスが潰される……」
ソーニャは地上を見る。
街の景色は一層近くなり、窓に人影が見える気さえする。そして地平線を眺めると、自分の位置が、町で一番高い建物の頂上より下であると理解できた。
急速に高度が下がってない? と少女の不安を受けてメイが通信する。
『クラウドウェーブ。重力機関の出力を上げてもらえるか?』
試してみる、とケラーマンの応答をイヤホンで聞いてソーニャは重力の緩和を肌で感じ、吹き荒ぶ風に押される。
ミニッツグラウスが勢いを増して上昇すると、上下の機体の間で、スロウスが緩衝材の役目を果たす。
メイはいう。
『一番壁に迫る軌道で機体の自由を奪わなければ。不時着することになる』
墜落の予想とかは? とソーニャ伺う。
『ミニッツグラウスのコンディションがこれ以上変化しないなら。事前の予想落下地点は算出できる。そのあとは運を天に任せるしかない』
結局かよぉ、とソーニャは歯噛みした。その間にも、ミニッツグラウスはクラウドウェーブへ再び迫る。ベンジャミンは頭髪が逆立つ思いに駆られ、一瞬上を見た。その瞬間、操る刃の角度が少し傾き、先端が尋常じゃない硬さのものにぶつかる。
泡の中で金切り音が響き、火花が噴出してチェーンソーを持つ腕がぶれる。
何だ!? とベンジャミンが言葉にした時には、引き抜かれたチェーンソーが動きを止めて、破損したチェーンが外れ、捻じれながら、動力へと巻き込まれる。
「やっちまった! クソ! なんだってこんな時に俺はバカをしでかすんだ! 畜生!」
訳も分からずベンジャミンは徹底的に糾弾する。それはすべて自分に向けられた言葉の刃となった。
だからメイは追及せず、部下に命令を発する。
『早く新しい装備をもってこい!』
直後、ミニッツグラウスが傾く。ソーニャもベンジャミンも重心が崩れた。ナスが受け止めなければ転落は免れなかっただろう。
続いてミニッツグラウスは逆へ傾く。その最中スロウスは機体同士の狭間で押し込められ、せっかく持ち上げた片膝を再び屈する。
上下の幅が狭まると、スロウスはもう一方の足でミニッツグラウスを踏みつけ抗議を示す。
ソーニャが目を見開く。
足踏みが鳴り、ミニッツグラウスは低く耳障りな嘶きを吐く。
傾いだ状態で飛行を続ける機体の上で身構えていた一同だったが、やがて足場は水平を取り戻し、落ち着いた。
「畜生、なんてこった。こんな、マジ賢くなってやがる」
発言が稚拙になったベンジャミンは注意の配分に苦慮する。手元にも集中したいが、一方で巨体にも目が奪われる。
これでは普通の生物と同じだ、とメイは訴えた。
膝を屈して重心の安定を図るベンジャミンは、叱るようにミニッツグラウスを拳で小突く。
その一方で、やってきたナスが報告した。
『今すぐ持ってこれるのはこれだけ、残りは今……』
ナスが運んできたのは、先ほどまでミニッツグラウスの爪を切っていたチェーンソー。だが、ベンジャミンが使っていたものに比べて小さい上、刃に詰まっている削りカスが目立つ。
『すみません。めたてしてる時間がなくて』
受け取ったベンジャミンはさっそく、チェーンソーを確かめる。
「予想より脊椎が分厚くて組織の構造が強固だったから、正直もっと硬くて頑丈な刃が欲しかったが。けど、やるしかない。あるいは脊椎を燃やして、炭化したところを切るなんて方法もあるが。いや、でも脂肪燃料の分布が気がかりだ……」
こうなったら我々がやるぞ、そう言ってナスが前のめりになる。しかし。
「待って……ッ」
そう告げるソーニャは、メイが操縦するナスの腕から勝手に出て行って、チェーンソーが破損した箇所に顔を近づけていた。
勝手に離れるなソーニャ! とメイの声で怒るナスに対し。ソーニャが返した返答は言葉ではなく、泡から取り出した金属片で、それは軟組織と泡に塗れていた。
それはいったい? とメイは少女を片腕で抱きしめ、もう一方の手で捻じれた金属片を受け取る。
ソーニャ曰く。
「多分、ミニッツグラウスの内装とかの金属部材だよ。きっと、脊柱の形成過程で、表面や内側を通った組織誘導で細胞や資源を送り込む際に、紛れ込んだんだよ」
「さっき俺たちがぶつかったのは、そいつだったのか?」
チェーンソーを持ってきたナスの操縦者が無線に語る。
『Sm用のチェーンソーではなく、金属切削のための工具を用意するべきじゃ』
ソーニャは。
「さっき見たら、奥のほうに間違いなく中枢連絡経路があった」
「つまり、本命だったってわけだ。ならあと少し……」
しかし、ミニッツグラウスの抵抗も激しさを増す。彼らは動く巨体という荒波に乗っている状態だ。
『この動きに耐えて作業するには、もっと人員が必要だ……。仕方がない。投薬班のナスを呼び寄せろ!』
そんな中、ソーニャは言う。
「実は、一瞬で切断できそうな作戦思いついた」
それを言われて皆、有無も許さず少女に顔を近づけ短い会議に没頭する。
話が終わり、真っ先にメイが苦言めいた言葉を吐く。
『かなり強引だが……』
ベンジャミンは。
「瞬間火力なら断然そちらが上だろう。それに、どこに入ってるかもわからない金属も関係ない。だが、スロウスはいいのか?」
「この町のためなら、このソーニャ喜んでアヤツを生け贄ならぬ死に贄とする覚悟はできておりますッ」
覚悟というより、それくらいの値段なら出せますよといった面持ちの少女に対し。おっさんは
「そ、そうか……ありがとう」
言い淀む感謝の直ぐ後で通信が告げる。
『中尉! 新しい落着予想が出ました。場所は……避難指定された商業ビル、その他2か所です』
『了解した。その範囲の近隣に、落下物の危険を周知させよ』
『ソレナラバ問題ナイ』
地上ではジャーマンD7率いる。保安兵が拡声器で。
「落下物の危険があります! 近隣の皆さんは決して外に出ないで窓から離れて! 地下に隠れて!」
上では。
クラウドウェーブ! とメイに名を呼ばれた機体が上昇する。ナスによってスロウスのもとに手引きされたソーニャが命令する。
「スロウス! 鉈をこの切り口に突き刺せ!」
スロウスが振り下ろす鉈は、ベンジャミンが作った脊椎の深い裂け目に侵入する。刃の幅が見合わないうえ、周辺組織から発生する肉芽が、楔の合間を縫って根を張り、裂け目に触れる。
ソーニャは指差し命令を続け、両腕の拳を突き上げる。
そこにベンジャミンがナスを伴い近づいた。
「ソーニャ……。わかってるだろうが、もし、神経伝導路がフェイクだったら……」
「その時は、スロウスに脊柱を引っこ抜いてもらって、さらに深部を探索する。けど、多分だけど、本命のはずだよ。だって、すっごく嫌がってたし」
ベンジャミンは目が泳ぐが不安を抱えた面持ちで頷き、だな、と答えた。
少女も以心伝心を確かにするため自然と頷く。
手柄をとって悪いな、とメイが笑い含みに告げ、皆に笑みをもたらした。
ソーニャは。
「ベンジャミン、そんじゃまたあとで」
ああまたあとで、返答を返した男をナスが連れて行った。
少女の補佐を担当するメイが連絡する。
「クラウドウェーブ降下せよ!」
「了解!」
言葉の通りに動くクラウドウェーブを受け止めたスロウスは、短い跳躍で突き刺さる鉈の柄頭に乗る。
降下するクラウドウェーブの質量は、それを受け止めたスロウスを伝って一点に集中する。膨大な質量を背負った鉈は深く脊椎を貫く。加えて、スロウスの足の動きで、鉈は傾き、刃が骨を砕き、奥を切り裂く。
少女曰く。
「その鉈はリックから預かった軍需品。ストロンチウムの合金の単結晶をなんやかんやして軍事Smの骨を断つ設計なんだって! その強度は血統書付きだよ!」
ミニッツグラウスの悲鳴が今一度盛大に炸裂した。
耳ある者の鼓膜どころか全身を揺さぶり破壊しようとする音波。
それに晒されるソーニャは得意満面が一変し、苦痛に対する生理反応として顔中の穴から夥しい液が溢れる。
ナスの迅速な撤退によって音の影響が弱まっていき、やっと苦痛が耐えられるレベルに下がると、叫び自体が止んでしまった。
そして、ミニッツグラウスの両翼が反り返った。
Now Loading……
ミニッツグラウスは急上昇し、上に屯する者どもをすり身にするため体当たりを決行。それをスロウスが力で防ぐ。
頭上に大質量が迫り、屈むことを強いられるソーニャは言った。
「畜生! やっぱり、スロウスには支えてもらうしかないのか。いや……」
急に考え込んだ少女は思い付きを口走る。
「ここはスロウスに前屈になってケツを上に突き出してもらい、それでクラウドウェーブを受け止めつつ鉈で目標を突いてもらえば……」
脊柱に目を向けたベンジャミンはメイに告げる。
「この脊柱は外装でしかない。中心を暴かないと……」
『ここまで来たら、空創隊だけで切断できるんじゃないのか?』
「すまんが断言はできん。もしかすると、こっちはフェイクってこともあり得る」
偽装までするのか? とメイは驚愕する。
「というより、製造エラーだ。SmNAの成型機序の問題でグラウスの意思とは関係ない。実例でいうと。脊柱の内部に本来収まっているべき伝達経路を押しのける形で別の組織が発生したりとかな。見かけ上、動きに破綻がないから、杞憂だと思いたいが」
『希望と想定が裏切られてばかりだからな。了解した。ならば……こちらはいつでも逃げられる体制を整える』
「感謝する。悪いな手柄を奪うようで」
ベンジャミンが言った後。ソーニャの命令が飛ぶ。
「スロウス! 上の機体を支えて絶対にミニッツグラウスに触れさせないで」
スロウスは大股でミニッツグラウスを踏みしめ、両手を掲げる。その姿たるやトスを狙うバレーボール選手のようだ。
ベンジャミンはナスと協力して、再生しようとする機体の組織に剣のような楔を突き刺し、脊柱と周辺組織を隔絶した。そして新たにやってきたナスが、脊椎の間に詰まる半透明の組織の上に、まさしく消火器といえる器具で、濃密な青い泡を噴霧した。
ベンジャミン曰く。
「中枢に近いから、支持組織の再生圧も低い。これなら機内で味わった面倒は回避できそうだが。その分、飛散防止剤は邪魔だな。けどしゃあないか……」
ナスが持ってきたチェーンソー。それをベンジャミンが試しに動かし、最後に装着したマスクの位置を正す。
「大将首が出てきた以上、気兼ねなくおもちゃを使える。だから神様……最後のチェックメイトなんだ。キングは、予想してる範疇に置いてくれ」
『作戦実行10秒前』
メイの声が告げる。
『3、2……』
「……1ッ」
ソーニャが最後の数字を囁く。
『切断開始!』
メイの号令で始まる。
ベンジャミンは、起動したチェーンソーを斜め下の角度で脊椎の間にある半透明の組織へ下す。回転する刃によって少しずつ削れる組織は、水気がなく、硬い削れ方をして、泡と混ぜ合わさった粉塵は小さな飛沫に終始する。
当然のごとく、これにはミニッツグラウスが吠えた。
ナスがベンジャミンの腰を抱き支え、作業をアシストする。飛翔するミニッツグラウスと上のクラウドウェーブが触れ合うことをスロウスが全身全霊で阻む。しかし、巨大な機体の上昇の力はスロウスに膝を屈させた。
暴走機の前方で飛翔するナスは、腕を左右に広げ、しきりに振り下ろす。
航空機の整備士がそれを見てパイロットに、降下せよ、と指示を出す。
ワームを噛み締め耐え忍ぶゴロコッタにエロディが、頑張って! と声援を送る。
牽引担当の航空機12機が一斉に降下するとワームが作る結び目が、ミニッツグラウスの足首を締め、引き下ろした。
航空機内の整備士たちは懸念を口にする。
「ミニッツグラウスを下げすぎたら、場合によっては壁の高さを下回る」
「かといって、抑え込まないと」
「スロウスが潰される……」
ソーニャは地上を見る。
街の景色は一層近くなり、窓に人影が見える気さえする。そして地平線を眺めると、自分の位置が、町で一番高い建物の頂上より下であると理解できた。
急速に高度が下がってない? と少女の不安を受けてメイが通信する。
『クラウドウェーブ。重力機関の出力を上げてもらえるか?』
試してみる、とケラーマンの応答をイヤホンで聞いてソーニャは重力の緩和を肌で感じ、吹き荒ぶ風に押される。
ミニッツグラウスが勢いを増して上昇すると、上下の機体の間で、スロウスが緩衝材の役目を果たす。
メイはいう。
『一番壁に迫る軌道で機体の自由を奪わなければ。不時着することになる』
墜落の予想とかは? とソーニャ伺う。
『ミニッツグラウスのコンディションがこれ以上変化しないなら。事前の予想落下地点は算出できる。そのあとは運を天に任せるしかない』
結局かよぉ、とソーニャは歯噛みした。その間にも、ミニッツグラウスはクラウドウェーブへ再び迫る。ベンジャミンは頭髪が逆立つ思いに駆られ、一瞬上を見た。その瞬間、操る刃の角度が少し傾き、先端が尋常じゃない硬さのものにぶつかる。
泡の中で金切り音が響き、火花が噴出してチェーンソーを持つ腕がぶれる。
何だ!? とベンジャミンが言葉にした時には、引き抜かれたチェーンソーが動きを止めて、破損したチェーンが外れ、捻じれながら、動力へと巻き込まれる。
「やっちまった! クソ! なんだってこんな時に俺はバカをしでかすんだ! 畜生!」
訳も分からずベンジャミンは徹底的に糾弾する。それはすべて自分に向けられた言葉の刃となった。
だからメイは追及せず、部下に命令を発する。
『早く新しい装備をもってこい!』
直後、ミニッツグラウスが傾く。ソーニャもベンジャミンも重心が崩れた。ナスが受け止めなければ転落は免れなかっただろう。
続いてミニッツグラウスは逆へ傾く。その最中スロウスは機体同士の狭間で押し込められ、せっかく持ち上げた片膝を再び屈する。
上下の幅が狭まると、スロウスはもう一方の足でミニッツグラウスを踏みつけ抗議を示す。
ソーニャが目を見開く。
足踏みが鳴り、ミニッツグラウスは低く耳障りな嘶きを吐く。
傾いだ状態で飛行を続ける機体の上で身構えていた一同だったが、やがて足場は水平を取り戻し、落ち着いた。
「畜生、なんてこった。こんな、マジ賢くなってやがる」
発言が稚拙になったベンジャミンは注意の配分に苦慮する。手元にも集中したいが、一方で巨体にも目が奪われる。
これでは普通の生物と同じだ、とメイは訴えた。
膝を屈して重心の安定を図るベンジャミンは、叱るようにミニッツグラウスを拳で小突く。
その一方で、やってきたナスが報告した。
『今すぐ持ってこれるのはこれだけ、残りは今……』
ナスが運んできたのは、先ほどまでミニッツグラウスの爪を切っていたチェーンソー。だが、ベンジャミンが使っていたものに比べて小さい上、刃に詰まっている削りカスが目立つ。
『すみません。めたてしてる時間がなくて』
受け取ったベンジャミンはさっそく、チェーンソーを確かめる。
「予想より脊椎が分厚くて組織の構造が強固だったから、正直もっと硬くて頑丈な刃が欲しかったが。けど、やるしかない。あるいは脊椎を燃やして、炭化したところを切るなんて方法もあるが。いや、でも脂肪燃料の分布が気がかりだ……」
こうなったら我々がやるぞ、そう言ってナスが前のめりになる。しかし。
「待って……ッ」
そう告げるソーニャは、メイが操縦するナスの腕から勝手に出て行って、チェーンソーが破損した箇所に顔を近づけていた。
勝手に離れるなソーニャ! とメイの声で怒るナスに対し。ソーニャが返した返答は言葉ではなく、泡から取り出した金属片で、それは軟組織と泡に塗れていた。
それはいったい? とメイは少女を片腕で抱きしめ、もう一方の手で捻じれた金属片を受け取る。
ソーニャ曰く。
「多分、ミニッツグラウスの内装とかの金属部材だよ。きっと、脊柱の形成過程で、表面や内側を通った組織誘導で細胞や資源を送り込む際に、紛れ込んだんだよ」
「さっき俺たちがぶつかったのは、そいつだったのか?」
チェーンソーを持ってきたナスの操縦者が無線に語る。
『Sm用のチェーンソーではなく、金属切削のための工具を用意するべきじゃ』
ソーニャは。
「さっき見たら、奥のほうに間違いなく中枢連絡経路があった」
「つまり、本命だったってわけだ。ならあと少し……」
しかし、ミニッツグラウスの抵抗も激しさを増す。彼らは動く巨体という荒波に乗っている状態だ。
『この動きに耐えて作業するには、もっと人員が必要だ……。仕方がない。投薬班のナスを呼び寄せろ!』
そんな中、ソーニャは言う。
「実は、一瞬で切断できそうな作戦思いついた」
それを言われて皆、有無も許さず少女に顔を近づけ短い会議に没頭する。
話が終わり、真っ先にメイが苦言めいた言葉を吐く。
『かなり強引だが……』
ベンジャミンは。
「瞬間火力なら断然そちらが上だろう。それに、どこに入ってるかもわからない金属も関係ない。だが、スロウスはいいのか?」
「この町のためなら、このソーニャ喜んでアヤツを生け贄ならぬ死に贄とする覚悟はできておりますッ」
覚悟というより、それくらいの値段なら出せますよといった面持ちの少女に対し。おっさんは
「そ、そうか……ありがとう」
言い淀む感謝の直ぐ後で通信が告げる。
『中尉! 新しい落着予想が出ました。場所は……避難指定された商業ビル、その他2か所です』
『了解した。その範囲の近隣に、落下物の危険を周知させよ』
『ソレナラバ問題ナイ』
地上ではジャーマンD7率いる。保安兵が拡声器で。
「落下物の危険があります! 近隣の皆さんは決して外に出ないで窓から離れて! 地下に隠れて!」
上では。
クラウドウェーブ! とメイに名を呼ばれた機体が上昇する。ナスによってスロウスのもとに手引きされたソーニャが命令する。
「スロウス! 鉈をこの切り口に突き刺せ!」
スロウスが振り下ろす鉈は、ベンジャミンが作った脊椎の深い裂け目に侵入する。刃の幅が見合わないうえ、周辺組織から発生する肉芽が、楔の合間を縫って根を張り、裂け目に触れる。
ソーニャは指差し命令を続け、両腕の拳を突き上げる。
そこにベンジャミンがナスを伴い近づいた。
「ソーニャ……。わかってるだろうが、もし、神経伝導路がフェイクだったら……」
「その時は、スロウスに脊柱を引っこ抜いてもらって、さらに深部を探索する。けど、多分だけど、本命のはずだよ。だって、すっごく嫌がってたし」
ベンジャミンは目が泳ぐが不安を抱えた面持ちで頷き、だな、と答えた。
少女も以心伝心を確かにするため自然と頷く。
手柄をとって悪いな、とメイが笑い含みに告げ、皆に笑みをもたらした。
ソーニャは。
「ベンジャミン、そんじゃまたあとで」
ああまたあとで、返答を返した男をナスが連れて行った。
少女の補佐を担当するメイが連絡する。
「クラウドウェーブ降下せよ!」
「了解!」
言葉の通りに動くクラウドウェーブを受け止めたスロウスは、短い跳躍で突き刺さる鉈の柄頭に乗る。
降下するクラウドウェーブの質量は、それを受け止めたスロウスを伝って一点に集中する。膨大な質量を背負った鉈は深く脊椎を貫く。加えて、スロウスの足の動きで、鉈は傾き、刃が骨を砕き、奥を切り裂く。
少女曰く。
「その鉈はリックから預かった軍需品。ストロンチウムの合金の単結晶をなんやかんやして軍事Smの骨を断つ設計なんだって! その強度は血統書付きだよ!」
ミニッツグラウスの悲鳴が今一度盛大に炸裂した。
耳ある者の鼓膜どころか全身を揺さぶり破壊しようとする音波。
それに晒されるソーニャは得意満面が一変し、苦痛に対する生理反応として顔中の穴から夥しい液が溢れる。
ナスの迅速な撤退によって音の影響が弱まっていき、やっと苦痛が耐えられるレベルに下がると、叫び自体が止んでしまった。
そして、ミニッツグラウスの両翼が反り返った。
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