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第02章――帰着脳幹編
Phase 115:知らん子
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《スムーチャー》ミルウォーモンガー社が製造する工具型Sm。軟体動物の肉体と骨格的特性を模倣しつつ、その内部に金属部品を組み込むことで、ボルトやネジの着脱を可能にした。同じく工具メーカーのマシダの製品と比較されるが、マシダは工具の動力にSmを使い、ミルウォーモンガーはSmを工具にするという点で違う。そして、ミルウォーモンガーの場合は、壊れたとしても市販のSm燃料の摂取と時間経過で修復が可能という利点があるが、マシダの場合そもそも壊れないような設計を意図しているので、双方の優劣を決めるのは簡単ではない。
Now Loading……
巨大カナブン、コロンビーナの腹の下では、その巨体が抱えていた結果、事故で圧し潰してしまったコンテナに自警軍の面々が集まり、議論を交わしていた。
一方で、機内では。
「これ以上、あんたらを害する力は我々にない。だから……」
囚われのライオネルがシャロンに言い募る。
その時、銃座の開口部から若い戦闘員が頭を入れ、シャロンに告げる。
「隊長 敵勢力の捕縛完了しました。どうします。ボス側の保護ドローンに捧げて処分しますか?」
「せっかく制圧したんだ。セリにでも出して戦後復興の足しにしたい。ちょうど護送に適した機体もあるし」
どういうこと、というソーニャ。
ライオネルも眉を傾げた。
シャロンは機内に視線を一巡させつつ言う。
「ああ、こいつで地上を走って、さっき捕まえた敵を近くの都市にある収容所へ運ぼうと思ってね」
キャプテンが首を伸ばして声を上げた。
「待て、なんだって? いや、無理だ。この機体は」
飛べないけど動きはするんだろ? とシャロンが質問する。
誘拐犯たちが目配せして沈黙する中、ソーニャは快活に答えた。
「さっきちらっと機体を見たけど。破損したのは翅の可動部、それと横っ腹だけだから。這いずることはできると思うよ! 走破性の高いルポルトMk-3.3の胸から上にラムトンFH24を採用して、機体の軽量化を図ってる。そのため、発達した脚の力で十分歩行は可能なはず。なんなら、お腹の下のコンテナを外せば、もっと軽量化できる!」
勝手なことぬかすな! と声を荒げたキャプテンは、続けて述べる。
「言っとくけどな! 俺が動かさない限りこのコロンビーナは屁だって出せないんだ!」
シャロンが持つ拳銃の銃口が老人の額に押し当てられる。
沈黙した目上に対し、齢を重ねた女性の口が言葉を紡ぐ。
「なら、手伝ってもらう。じゃなきゃ、老い先短いあんたには先に墓に入って、お仲間の寝床を温めてもらうことになる。いや、冷たくなっちゃ、それも無理か」
キャプテンは乾く唇を舌で撫でてから、愛想笑いを浮かべる。
「だ、だけど、本当にバットコンディションで。その、Smというのは生物の模倣ですから機嫌を伺わないと不測の事態もあり得ますので……」
嘆息するシャロンは、なら分かった、と告げる。
それを了解と捉えて一味は誰もが笑みを作り安堵した。
シャロンは右の開口部にしゃがみ込むと、機内をうかがっていた部下に告げる。
「捕まえた連中を持ってこい。そいつらも含めてこの機体ごと全部燃やす」
な、とライオネルは目を丸くして言葉に詰まる。
キャプテンは腰を浮かし、勝手なことを!? と訴えるも。乗り込んできた戦闘員に銃口を向けられ黙らざるを得ない。
子供二人は涙ながらに、助けてくださいぃ、と懇願する。
ソーニャは急変する事態に戸惑い、誘拐犯一味と自警軍の面々を見比べた。
シャロンは。
「安心しな、そこのチビ共はあたしらが面倒見てやる。それ以外は……薪になってもらう。拳銃で頭打ち抜くよりも暖をとれるし、弾の節約にもなる」
やった! よかった! と喜び合う子供たちにソーニャも微笑みかけ、よかったねぇ、と頷いた。
ライオネルは。
「待ってくれ! 命までは! そもそも捕虜の保護法があるはず!」
シャロンは機体を見渡した。
「あんたらはどっちにも組してないはずだろ? 捕虜の保護法というか……いや、混ぜっ返すのはやめだ。それはさておき、違法改造の機体ってのは、事故を起こしやすい。その中で持ち主が天に召されても、何も不思議じゃないだろ?」
そんな、と言葉に詰まるライオネルの隣から機長が言い募った。
「コロンビーナと老人の命だけは助けてくれ! 後の連中は薪でも犬の餌にでもして構わないから!」
とキャプテンは自分本位な命乞いをする。
しかしシャロンはゴミを見る目で大人たちを見比べる。
「いいや、言うことを聞かないっていうなら居るだけで災いだ。後顧の憂いはここで絶つ。あたしらも面倒を抱えられるほど余裕がなくてね。恨むなら自分とボスマートを恨みな」
そんなあ、とキャプテンが嘆く。しかし、決定は変わらず。
燃料を持ってこい! とシャロンは外の仲間を急かした。
「待って!」
そう声を張り上げたソーニャはシャロンに歩み寄る。
切迫した少女の眼差しに、シャロンは片膝をついて目線の高さを揃えた。
「お嬢さん。あたしだって命を奪うのは心苦しいが、仲間と町の安全のためなら地獄にだって行く覚悟があるんだ」
そう告げる女性の声にはわずかな憂いを感じるが、面持ちには冷徹な決意しか窺えない。
そうじゃないの、と首を横に振る少女は駆け出す。
「どっかにSm用の燃料があるはずだから、今後の活動のために少し分けてもらいたい! それと、アレ! あのパオペイのヘッドギア結構高く売れる、もとい、なかなか貴重なものだから取り外して有効活用するべきだと思います隊長! なんなら道中スロウスにそういったジャンク品を運ばせていただきます! 助けていただいたお礼に!」
シャロンは敬礼する少女に目を瞬いてから、表情を引き締め頷いた。
「よろしい! ならば略奪……ではなく資源確保に当たれソーニャ隊員」
ラジャー! とソーニャはさっそく機内を漁り出し、物が多いハンモックに飛びついた。
キャプテンは目を血走らせて怒鳴る。
「ふざけんな! さんざん講釈垂れておいてお前たちも結局盗人になろうってか?! ミイラ取りがミイラになるって聞いたことあんのか? お前ら恥ずかしくないのか!?」
ソーニャは潜り込んだハンモックから降りると、腕いっぱいに抱えた缶詰や食器、工具などを見比べつつ。
「そりゃあソーニャだってこんなことしたくないよ。でも……これって、戦略なのよね」
最後のセリフは憂いに満ちた表情で口走り、流し眼が哀愁を掻き立てる。
されど直後、鉄板の蓋で隠されていた床下の収納からボトルが発掘され、少女の意識と注目が移る。
「あ! 小型Sm用の経口燃料だ。ラッキーもらっとこ!」
俺たちも手伝おうか? と誘拐犯一味の少年に尋ねられたジュディはほんの一瞬考えて、生存は保証されてるしね、と同意する。
「俺ヘイデン! ドラゴングロッキーの場所教えるよ」
その提案に喜ぶソーニャ。
「おお良い品もっとりますなぁ。あれは使用する機体の個性を選ぶ一方で使えたら燃費がいいんだよ。まあ使用後はSmの燃焼消化器官が疲れちゃうことがあるけど。あるならもらっておきましょうか」
少年ヘイデンに続いてジュディが提案する。
「ちなみに機体を燃やしたいなら燃料のある胃袋に火を突っ込んだほうが早いよ」
キャプテンは身を乗り出し、お前ら裏切るっていうのか!? と絶叫し津々と泣き出した。
「身寄りのないお前たちを、危険で汚い場所から拾い上げ、ここまで育て上げてきたってのに、その報いがこれなんて、あんまりだぁ……」
子供たち三人はお互いに憂う表情を向けあう。
そこにシャロンが加わり。
「もし、仲間と運命を共にするっていうんなら、あたしは別に止めやしないよ?」
「コロンビーナの燃料補給口がある場所を教えるね!」
「この乾燥した縄に着火して、補給口に突っ込めば、胃袋にため込んだ燃料に引火するはずだよ!」
ジュディに続きヘイデンは笑顔で仲間を売り、その旅立ちの手順までをレクチャーする。
怒りに顔を真っ赤にするキャプテンは涙も蒸発し、この人でなし! と叫ぶ。
そんな機長にライオネルは、ここは言うことを聞いたほうが賢明だろう と囁きかける。
お前まで、と顔を引きつらせるキャプテンに対し。
引くつもりのないライオネル。
「翅をつぶされて飛行できないし逃げることもできない。さらに言えば、もうミッドヒル側に組み分けされた。俺たちは同業者の格好の餌になったんだ……。キャプテン、ここは潔く諦めよう。少なくとも、この戦いが終結するまでな」
キャプテンは苦悶に歪めた顔を下げる。
次に面を上げたときにはヘッドギアを装着していた。
パオペイ製のヘッドギアに追加で接続した配線の先には、また別のヘッドギアがあり、自警軍の隊員が被っていた。
「そんじゃあ、ニューロジャンク結合するから心してね。変なことしたら頭焼き切るから。シャッフル製の本領なめんなよ?」
「わかってる……畜生。俺のパーソナルシグナルが……」
パンツを見せるくらいなもんさ気にするな、とライオネルが慰める。
キャプテンに言わせれば、肛門の皺を数えられるようなもんなんだよ! とのことだった。
さて外の隊員たちは、縛り上げた獣脚をはじめとする武装集団の面々を銃で誘導し、次々とコロンビーナの後ろのハッチを上がらせる。そして、巨体の下にある潰れたコンテナにできた裂け目をスロウスがさらに拡大し、その中にジュディとヘイデンが入る。
心配そうに見送るソーニャが、大丈夫? と尋ねた。
中からジュディが答える。
「平気! 幸い便所が無事だったし、シャワーの水も、全部流れ出してたから、濡れる心配もない。スムーチャーちょうだい。天井のナット引っこ抜くから」
了解、とソーニャはツボのような形状をした脚のないタコをスロウスがこじ開ける裂け目に差し入れる。
コンテナ内の天井の四隅を支える極太のナットに、スムーチャーの吸盤とも見える口が押し付けられ、逆さの頭頂部にある黄色い瘤が押される。すると、タコの胴体が膨らみ、回転して捻じれていく。一連の手順を4回繰り返し、その都度、スムーチャーから外されたナットが吐き出された。
続いてスロウスは、ディノモウの前脚のタイヤに巻いたチェーンを引っ張り、機体の反転を手伝う。操縦席を担当するレントンは。
「とりあえず動かせて助かった。スロウスも本調子みたいだし……。そんじゃ、銃座は頼みますよ」
レントンが話しかけた相手は、相棒に代わって銃座を任せられた自警軍の隊員。
了解です、と快く応じる隊員が機体の天井に固定された短い梯子を踏んで銃座の向きをかえれば、天蓋も連動して左右に回転した。
起動したコロンビーナは六本の脚で体を持ち上げ、コンテナから離脱し、反転すると、その尾部のハッチの真下にある甲殻の突起に打ち込まれた太い金輪に、スロウスが持ってきたチェーンのフックをひっかけてもらう。
それを確認したソーニャは。
「OKディノモウも連結完了! これでいつでもどこでも行ける」
それを聞いてシャロンは周りを警戒しつつ頷いた。
「バカどものセマフォはちゃんと奪ってバッテリーを抜き取っておきな。ボスマートの連中に居場所を特定される。なんなら、自警軍の仲間も察知して、そのまま勘違いして襲ってくるかもしれないし」
近づいてきたソーニャに名前を呼ばれたシャロンは、なんだい? と返す。
「マイラっていう人知らない? フルネームは、マイラ・ラヴォー。あるいはヒギンボサムっていうファミリーネームを使ってるかもしれないんだけど」
シャロンは目を丸くした。
「マイラなら知ってるよ? まさか、ああ!」
シャロンは喋る途中で声を大きくし、白目を剥いた。
「そうだソーニャ! あんたが、ソーニャ!? そうか。そうだったのか……」
天を仰ぎ見たシャロンは、笑みを作り、片膝を付いて少女を改めて観察した。
「そうか。マイラのことを言われるまで、あんたの名前を失念してたよ。 はは、本当に。来ちまったのか……」
もっと氏素性を詳しく聞いておけばよかった、と呟くシャロンは表情を暗くした。
ソーニャは、今マイラはどこにいるの? と勢い込んで伺った。
シャロンは。
「あたしが知り合いから聞いた話じゃ……。南西からくる敵部隊の偵察に同行していた、と思う。すまないね。マイラとはノルンで一緒に戦った後、彼女の知り合いの家族か親類縁者だかを連れてミッドヒルに行ってもらって、それっきりわからないんだ。けど、あの子のことだ。どっかで敵部隊を殲滅してるかもしれないね」
「そう、なんだ……」
とソーニャは顔を下げる。シャロンは不用意なことを言った気がして目が泳いだ。
「ああ、すまないね、余計なことを言った。でも、きっと大丈夫さ。長い間一緒に居たわけじゃないが、それでも、彼女の賢さと強さは断言できる。どんな危険も回避して、無事なはずだ」
うん、とソーニャは頷いた。
シャロンも共感し頷いた。
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一方で、機内では。
「これ以上、あんたらを害する力は我々にない。だから……」
囚われのライオネルがシャロンに言い募る。
その時、銃座の開口部から若い戦闘員が頭を入れ、シャロンに告げる。
「隊長 敵勢力の捕縛完了しました。どうします。ボス側の保護ドローンに捧げて処分しますか?」
「せっかく制圧したんだ。セリにでも出して戦後復興の足しにしたい。ちょうど護送に適した機体もあるし」
どういうこと、というソーニャ。
ライオネルも眉を傾げた。
シャロンは機内に視線を一巡させつつ言う。
「ああ、こいつで地上を走って、さっき捕まえた敵を近くの都市にある収容所へ運ぼうと思ってね」
キャプテンが首を伸ばして声を上げた。
「待て、なんだって? いや、無理だ。この機体は」
飛べないけど動きはするんだろ? とシャロンが質問する。
誘拐犯たちが目配せして沈黙する中、ソーニャは快活に答えた。
「さっきちらっと機体を見たけど。破損したのは翅の可動部、それと横っ腹だけだから。這いずることはできると思うよ! 走破性の高いルポルトMk-3.3の胸から上にラムトンFH24を採用して、機体の軽量化を図ってる。そのため、発達した脚の力で十分歩行は可能なはず。なんなら、お腹の下のコンテナを外せば、もっと軽量化できる!」
勝手なことぬかすな! と声を荒げたキャプテンは、続けて述べる。
「言っとくけどな! 俺が動かさない限りこのコロンビーナは屁だって出せないんだ!」
シャロンが持つ拳銃の銃口が老人の額に押し当てられる。
沈黙した目上に対し、齢を重ねた女性の口が言葉を紡ぐ。
「なら、手伝ってもらう。じゃなきゃ、老い先短いあんたには先に墓に入って、お仲間の寝床を温めてもらうことになる。いや、冷たくなっちゃ、それも無理か」
キャプテンは乾く唇を舌で撫でてから、愛想笑いを浮かべる。
「だ、だけど、本当にバットコンディションで。その、Smというのは生物の模倣ですから機嫌を伺わないと不測の事態もあり得ますので……」
嘆息するシャロンは、なら分かった、と告げる。
それを了解と捉えて一味は誰もが笑みを作り安堵した。
シャロンは右の開口部にしゃがみ込むと、機内をうかがっていた部下に告げる。
「捕まえた連中を持ってこい。そいつらも含めてこの機体ごと全部燃やす」
な、とライオネルは目を丸くして言葉に詰まる。
キャプテンは腰を浮かし、勝手なことを!? と訴えるも。乗り込んできた戦闘員に銃口を向けられ黙らざるを得ない。
子供二人は涙ながらに、助けてくださいぃ、と懇願する。
ソーニャは急変する事態に戸惑い、誘拐犯一味と自警軍の面々を見比べた。
シャロンは。
「安心しな、そこのチビ共はあたしらが面倒見てやる。それ以外は……薪になってもらう。拳銃で頭打ち抜くよりも暖をとれるし、弾の節約にもなる」
やった! よかった! と喜び合う子供たちにソーニャも微笑みかけ、よかったねぇ、と頷いた。
ライオネルは。
「待ってくれ! 命までは! そもそも捕虜の保護法があるはず!」
シャロンは機体を見渡した。
「あんたらはどっちにも組してないはずだろ? 捕虜の保護法というか……いや、混ぜっ返すのはやめだ。それはさておき、違法改造の機体ってのは、事故を起こしやすい。その中で持ち主が天に召されても、何も不思議じゃないだろ?」
そんな、と言葉に詰まるライオネルの隣から機長が言い募った。
「コロンビーナと老人の命だけは助けてくれ! 後の連中は薪でも犬の餌にでもして構わないから!」
とキャプテンは自分本位な命乞いをする。
しかしシャロンはゴミを見る目で大人たちを見比べる。
「いいや、言うことを聞かないっていうなら居るだけで災いだ。後顧の憂いはここで絶つ。あたしらも面倒を抱えられるほど余裕がなくてね。恨むなら自分とボスマートを恨みな」
そんなあ、とキャプテンが嘆く。しかし、決定は変わらず。
燃料を持ってこい! とシャロンは外の仲間を急かした。
「待って!」
そう声を張り上げたソーニャはシャロンに歩み寄る。
切迫した少女の眼差しに、シャロンは片膝をついて目線の高さを揃えた。
「お嬢さん。あたしだって命を奪うのは心苦しいが、仲間と町の安全のためなら地獄にだって行く覚悟があるんだ」
そう告げる女性の声にはわずかな憂いを感じるが、面持ちには冷徹な決意しか窺えない。
そうじゃないの、と首を横に振る少女は駆け出す。
「どっかにSm用の燃料があるはずだから、今後の活動のために少し分けてもらいたい! それと、アレ! あのパオペイのヘッドギア結構高く売れる、もとい、なかなか貴重なものだから取り外して有効活用するべきだと思います隊長! なんなら道中スロウスにそういったジャンク品を運ばせていただきます! 助けていただいたお礼に!」
シャロンは敬礼する少女に目を瞬いてから、表情を引き締め頷いた。
「よろしい! ならば略奪……ではなく資源確保に当たれソーニャ隊員」
ラジャー! とソーニャはさっそく機内を漁り出し、物が多いハンモックに飛びついた。
キャプテンは目を血走らせて怒鳴る。
「ふざけんな! さんざん講釈垂れておいてお前たちも結局盗人になろうってか?! ミイラ取りがミイラになるって聞いたことあんのか? お前ら恥ずかしくないのか!?」
ソーニャは潜り込んだハンモックから降りると、腕いっぱいに抱えた缶詰や食器、工具などを見比べつつ。
「そりゃあソーニャだってこんなことしたくないよ。でも……これって、戦略なのよね」
最後のセリフは憂いに満ちた表情で口走り、流し眼が哀愁を掻き立てる。
されど直後、鉄板の蓋で隠されていた床下の収納からボトルが発掘され、少女の意識と注目が移る。
「あ! 小型Sm用の経口燃料だ。ラッキーもらっとこ!」
俺たちも手伝おうか? と誘拐犯一味の少年に尋ねられたジュディはほんの一瞬考えて、生存は保証されてるしね、と同意する。
「俺ヘイデン! ドラゴングロッキーの場所教えるよ」
その提案に喜ぶソーニャ。
「おお良い品もっとりますなぁ。あれは使用する機体の個性を選ぶ一方で使えたら燃費がいいんだよ。まあ使用後はSmの燃焼消化器官が疲れちゃうことがあるけど。あるならもらっておきましょうか」
少年ヘイデンに続いてジュディが提案する。
「ちなみに機体を燃やしたいなら燃料のある胃袋に火を突っ込んだほうが早いよ」
キャプテンは身を乗り出し、お前ら裏切るっていうのか!? と絶叫し津々と泣き出した。
「身寄りのないお前たちを、危険で汚い場所から拾い上げ、ここまで育て上げてきたってのに、その報いがこれなんて、あんまりだぁ……」
子供たち三人はお互いに憂う表情を向けあう。
そこにシャロンが加わり。
「もし、仲間と運命を共にするっていうんなら、あたしは別に止めやしないよ?」
「コロンビーナの燃料補給口がある場所を教えるね!」
「この乾燥した縄に着火して、補給口に突っ込めば、胃袋にため込んだ燃料に引火するはずだよ!」
ジュディに続きヘイデンは笑顔で仲間を売り、その旅立ちの手順までをレクチャーする。
怒りに顔を真っ赤にするキャプテンは涙も蒸発し、この人でなし! と叫ぶ。
そんな機長にライオネルは、ここは言うことを聞いたほうが賢明だろう と囁きかける。
お前まで、と顔を引きつらせるキャプテンに対し。
引くつもりのないライオネル。
「翅をつぶされて飛行できないし逃げることもできない。さらに言えば、もうミッドヒル側に組み分けされた。俺たちは同業者の格好の餌になったんだ……。キャプテン、ここは潔く諦めよう。少なくとも、この戦いが終結するまでな」
キャプテンは苦悶に歪めた顔を下げる。
次に面を上げたときにはヘッドギアを装着していた。
パオペイ製のヘッドギアに追加で接続した配線の先には、また別のヘッドギアがあり、自警軍の隊員が被っていた。
「そんじゃあ、ニューロジャンク結合するから心してね。変なことしたら頭焼き切るから。シャッフル製の本領なめんなよ?」
「わかってる……畜生。俺のパーソナルシグナルが……」
パンツを見せるくらいなもんさ気にするな、とライオネルが慰める。
キャプテンに言わせれば、肛門の皺を数えられるようなもんなんだよ! とのことだった。
さて外の隊員たちは、縛り上げた獣脚をはじめとする武装集団の面々を銃で誘導し、次々とコロンビーナの後ろのハッチを上がらせる。そして、巨体の下にある潰れたコンテナにできた裂け目をスロウスがさらに拡大し、その中にジュディとヘイデンが入る。
心配そうに見送るソーニャが、大丈夫? と尋ねた。
中からジュディが答える。
「平気! 幸い便所が無事だったし、シャワーの水も、全部流れ出してたから、濡れる心配もない。スムーチャーちょうだい。天井のナット引っこ抜くから」
了解、とソーニャはツボのような形状をした脚のないタコをスロウスがこじ開ける裂け目に差し入れる。
コンテナ内の天井の四隅を支える極太のナットに、スムーチャーの吸盤とも見える口が押し付けられ、逆さの頭頂部にある黄色い瘤が押される。すると、タコの胴体が膨らみ、回転して捻じれていく。一連の手順を4回繰り返し、その都度、スムーチャーから外されたナットが吐き出された。
続いてスロウスは、ディノモウの前脚のタイヤに巻いたチェーンを引っ張り、機体の反転を手伝う。操縦席を担当するレントンは。
「とりあえず動かせて助かった。スロウスも本調子みたいだし……。そんじゃ、銃座は頼みますよ」
レントンが話しかけた相手は、相棒に代わって銃座を任せられた自警軍の隊員。
了解です、と快く応じる隊員が機体の天井に固定された短い梯子を踏んで銃座の向きをかえれば、天蓋も連動して左右に回転した。
起動したコロンビーナは六本の脚で体を持ち上げ、コンテナから離脱し、反転すると、その尾部のハッチの真下にある甲殻の突起に打ち込まれた太い金輪に、スロウスが持ってきたチェーンのフックをひっかけてもらう。
それを確認したソーニャは。
「OKディノモウも連結完了! これでいつでもどこでも行ける」
それを聞いてシャロンは周りを警戒しつつ頷いた。
「バカどものセマフォはちゃんと奪ってバッテリーを抜き取っておきな。ボスマートの連中に居場所を特定される。なんなら、自警軍の仲間も察知して、そのまま勘違いして襲ってくるかもしれないし」
近づいてきたソーニャに名前を呼ばれたシャロンは、なんだい? と返す。
「マイラっていう人知らない? フルネームは、マイラ・ラヴォー。あるいはヒギンボサムっていうファミリーネームを使ってるかもしれないんだけど」
シャロンは目を丸くした。
「マイラなら知ってるよ? まさか、ああ!」
シャロンは喋る途中で声を大きくし、白目を剥いた。
「そうだソーニャ! あんたが、ソーニャ!? そうか。そうだったのか……」
天を仰ぎ見たシャロンは、笑みを作り、片膝を付いて少女を改めて観察した。
「そうか。マイラのことを言われるまで、あんたの名前を失念してたよ。 はは、本当に。来ちまったのか……」
もっと氏素性を詳しく聞いておけばよかった、と呟くシャロンは表情を暗くした。
ソーニャは、今マイラはどこにいるの? と勢い込んで伺った。
シャロンは。
「あたしが知り合いから聞いた話じゃ……。南西からくる敵部隊の偵察に同行していた、と思う。すまないね。マイラとはノルンで一緒に戦った後、彼女の知り合いの家族か親類縁者だかを連れてミッドヒルに行ってもらって、それっきりわからないんだ。けど、あの子のことだ。どっかで敵部隊を殲滅してるかもしれないね」
「そう、なんだ……」
とソーニャは顔を下げる。シャロンは不用意なことを言った気がして目が泳いだ。
「ああ、すまないね、余計なことを言った。でも、きっと大丈夫さ。長い間一緒に居たわけじゃないが、それでも、彼女の賢さと強さは断言できる。どんな危険も回避して、無事なはずだ」
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