絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 121:戦意剥奪

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《フレンドリーパー》南部一帯を本拠地とする傭兵組織。その上位組織の創設者で医者でもあるドナルド・エッグは、Smの人体転用技術に着想を得て、人間自体を強化し、人類そのものを進化させる、などといった思想を広めるため、南部を中心として講演会を開く傍ら、現地のはみ出し者を集めて、武装化と人体実験まがいのSm移植手術を実施し、巨大な組織に発展させていった。その中には、支部とも下部組織ともつかない立場で武力や組織内で行われるSmの移植技術を商材に扱うものが現れた。












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 シャロンは冷徹な声色で告げた。

「おじょうちゃんを殺したいのかい? それとも自殺したいのかい?」

 シャロンの視線が頭蓋ずがいき出しにした顔に向く。
 スロウスは熱い吐息を吹きながら主を害する敵へ一歩迫る。
 動くな! と怒鳴るノースミートは、ソーニャの首にえるなたを傾け、体の正面をスロウスへ向けた。
 一方、スロウスの背後では、倒れていたフレンドリーパーの一員が地面から体を引き離す。鳥のくちばしを思わせる装具で鼻と口元を隠すそいつは、胆力たんりょく一つで意識の喪失そうしつえた。血走った目には怒りを満たす。すぐ近くに転がるさやは、恐らくバッグベアーズのものだろう。同胞がつい先ほど、意識のない者から武装を漁っていた時に奪ったものかもしれない。そこからナイフを引き抜き、靴を脱ぐと装具に相応しい4本指の鳥の足があらわになる。
 ノースミートは言う。

「我々は別にこの子を害したいわけじゃない。ただ、生き残りたいだけなんだ。たとえ地獄の底を這いつくばっても……」

「だったら今すぐその子を開放しな。少なくとも、臭い飯で命をつなぐ手伝いはしてやるよ」

 それは自由の保障もされるのか? と皮肉気にノースミートが問う。
 その間にソーニャは道具入れに手を伸ばす。しかし首の刃が冷たく光を反射し、ノースミートの手が少女の肩を握る。
 シャロンも視線でソーニャに静止を促した。
 スロウスの巨躯きょくとコートに隠れる鳥足は、靴に合わせたプロテクターの留め具を指先で外すと、解放された素足で地面を蹴ってスロウスに飛び掛かる。尋常でない脚力で跳躍し、両手で逆さのナイフを支える。その凶刃を収めるさやに選んだのはスロウスの頭部の欠損。ナイフを振り下ろす姿はダンクシュートを決めるバスケ選手の姿と重なった。
 小さな刃が患部に下される。
 シャロンは勿論もちろんソーニャもノースミートも、巨躯の背後から襲撃者の影が現れてやっと急転直下の事態を察し、そちらへ意識がかれる。

「スロウス後ろ!」

 主の言葉を浴びたスロウスは柔軟な前屈からの後ろ蹴りをほぼ垂直に近い角度で上へ放って、頭上に迫っていた襲撃者の胴体を射抜き、空へと吹っ飛ばす。
 呆気あっけにとられるノースミートの真後ろから、シャロンはノースミートの隣へ飛び移る。
 足蹴あしげにされた鳥脚は自分が跳躍で稼いだ以上の飛距離を舞い、大きな放物線を描いてから、地面を転がった。
 振り向くノースミートは目の端にシャロンを捉えるも、刃から伝わる違和感に戦慄せんりつし、少女の首に視線を注ぐ。彼が見たのは少女の柔肌と鉈の間に割り込んだ銃口であった。ソーニャは反射的に1歩分鉈から離れた。
 ノースミートは鉈を捻って銃口を容易たやすすくい上げると、グローブをはめた手で銃身をはばんでから、逃げようとする少女の背中めがけて蹴りをお見舞いする。そこに一歩引いていたシャロンが銃口を再度向けてきた。
 上がった片足を下すノースミートは鉈を振り上げ、シャロンの銃を叩いて逸らす。
 シャロンはもう一歩引くが、両足を地面につけたノースミートの突撃は素早く、距離は詰められ、銃身を捕まれ、腹に突き込まれた鉈を回避するため、思わず武装を手放し、倒れる少女を背にする形で逃れる。
 武装を受け取ったノースミートは鉈を手放し、あたかも元から自分が持っていたかのように小銃を構えた。
 勝負あったな! と豪語して引き金に指をかければ勝利者の完成だ。
 ひれ伏すつもりかシャロンが瞬く間に屈むと、彼女の頭上をスロウスの蹴りが横なぎに襲った。
 ノースミートは誰に銃口を向ける間もなく、広い足の甲に蹴られた右横腹を中心に体を屈曲させ、そのままの体勢で吹っ飛び、壁に激突して真っすぐに戻る。力なく地面に尻から墜落して、すでにこと切れた、と思われた意識は残っていた。動かない右腕は無視するノースミートは、痛みを覚えるがまだ動ける左手で銃を構える。だが、駆け寄ってきたスロウスが跳躍から突き出す足の裏を顔面に浴び、背後の壁にダイブさせられた。
 壮絶な音を上げて一人の人間の体が堅牢けんろうな壁を破壊し、屋内に押し込まれる瞬間は、今まで冷静な態度を崩さなかったシャロンを呆然あぜんとさせるに十分であった。
 しかし、彼女の意識に少女のうめき声が入ると、今まさに起き上がったソーニャに目が行く。
 イちててて、と首に手を近づけるソーニャだったが、急ぎ道具入れの中身を見て、問題なし、とうなずいた。

「そりゃよかったが、心配すべきあんた自体は大丈夫なのかい?」

 振り返るソーニャはこれまた頷き、表情をほころばせ苦笑いの声を発した。それから面持おももちを正す。

「助けに来てくれてありがとう。これで一安心、もう二度と首はちょん切られない」

「なんだか切られたことがあるように聞こえるよ? いや、このご時世だ、深くは聞かない。それに、どっちかというと助けられたのはあたしのように思うが……」

 そう言ってシャロンは親指で崩壊した壁を示した。
 主の注目を集めるスロウスは片手を支えに壁から両足を引き抜いて立ち上がる。それと入れ替わってシャロンが巨躯を警戒しつつ壁の中を覗き込む。まだ粉塵が膝の高さで騒いでいるが、なんだが人の形が闇の中で痙攣けいれんしている。
 瓦礫がれきの間から自分の小銃を拾うシャロンは、崩壊した壁のふちを背にして、外光に晒す銃の状態を様々な角度から確認し、弾倉を取り外し、薬室を覗き込む。総括として一言。

「まあ何かあったらその時はそのときか……」

 銃の扱いだけじゃなくりも得意なシャロンは、銃に弾倉をセットして銃身を再度見直してから周辺に目を配る。
 ソーニャは近づいてきたスロウスを背にして、道具入れの品々を一つずつ再確認する。しかし、悲痛な声が聞こえて、そちらへ顔を上げた。
 体の痛みを堪えていたバッグベアーズの面々は、にらんでくる少女の背後でまったく動かないスロウスの眼に気圧され、加えて背後の自警軍の面々に銃で狙われると、手も足も出ず、撤退した。
 逃がしてもいい? それともぶっ潰す? と少女が尋ねるのでシャロンは小声で。

「人数が五分だからね。それに連れていく足がない」

「スロウスなら制圧はいけるんじゃない? 命令するよ?」

「無理すんじゃないよ。あんたみたいな子供が……というにはなかなか肝が据わってるようだが。暴れるなら状況を分析して先々を考えてからにしな。さもないとまた窮地きゅうちに立って周りも巻き込む。ていうか、なんであんたがここに? ほかの連中は?」

「ああ、それを話すと長くなるから、まずは逃げよう」

 ソーニャは今にもスロウスを進ませる気配を出す。シャロンはそれを見て。

「待ちな、まずは周りをよく見てSmに先々の動きを命じな。いくらタフなSmでも危機察知能力には限度がある。人機一体じんきいったいになるんだ」

 はい! とソーニャは首を伸ばし周辺警戒に当たる。
 やがてシャロンの仲間である自警軍の面々が合流した。
 彼らは一人々が警戒の手順を心得ており、道の端々に目を配り、2人ずつ離脱して、広範囲を索敵した。
 しばらく経たないうちに終結すると、1人がシャロンに近づき。

「追ってくる敵部隊はありません」

「そうか、ならとっとと逃げるとしよう」

 列をなす部隊は中央にソーニャを懐に入れたスロウスを据える。
 ここから先はどうするの? とソーニャがシャロンに尋ねた。

「あんたは黙ってついてきな。そうすりゃ人間が出せる力の限り守ってやるから」

 了解です、とソーニャはスロウスの懐に潜り込んだ。
 進みだす一行は曲がり角に警戒し、時に窓へ注目するが、何事もなく市街地の外れの丘にたどり着き、その上に建てられた工場の敷地内で、既にいた仲間と合流する。
 シャロンは町へ振り向く。

「存外すんなり脱出できたが、どうやら別動隊がひきつけてくれたおかげかね……」

 スロウスの懐から飛び降りたソーニャは、工場の建屋に入ると目を輝かせて、吊し上げられた胃袋と腸がセットになった有機器官や、寝そべって腹腔ふくくうを晒す巨大羊を観察した。
 シャロン曰く。

「ようこそ、ここはビクーニャ・フロントのノルン支店だ。あたしらの仮拠点だよ。何か整備に必要なら好きに使っとくれ。店主からは了承を得てるからね。とその前に……」

 それじゃあ早速、と話を聞かないソーニャはスロウスに今まで担がせていたものを足元に降ろさせた。それは束にされたライフワームであり、元の持ち主はノースミートであった。

「ふむふむ。攻撃を防げるように通常個体と比べて弾力と強度を変えてるみたいだね。そして表面のキチン質が普通より分厚く、かつ節同士がくっ付いて、柔軟性を失った代わりに防弾性を実現している」

 ソーニャが持ち上げると、より一層チューブを重ねて服にした構造がわかる。ソーニャは首を振るようにものを探し、見つけ出した容器を持ってくる。その注ぎ口に装着した先細りするノズルを、ワームが先端に隠していた口に差し込んだ。

「このモンゴリアンライフワームはユサールアームズ社のD1-600の品種改良だと思うから、多分、高カルシウム系補給剤で組織運搬が促進されるはず。加えて、炎症緩和剤を点滴したら、一時間も経たないうちに損傷部位を新しい組織が埋めて治癒する。そのあとで少し固形燃料も与えれば、体力も取り戻せる」

 よく知ってるな、と隊員の一人が感心する。
 その一方でシャロンは。

「Smの修復もいいが、まずはお前さんの治療が先じゃないのかい?」

 ああ、とソーニャは思い出したように首の傷に触れようとするが、近づいた衛生兵がその手を抑えて、消毒させてもらうよ、とうかがう。
 頷いたソーニャは、他の隊員が持ってきてくれたパイプ椅子に、感謝を述べてから着席し、膝の上でワームの経口補給を続ける。
 シャロンは衛生兵の処置に目を細めた。

「どうだい? 逃げるほうを優先したから、時間が経っちまってるだろ。化膿とかしてないかい?」

「大丈夫ですよ、まだね。もし熱が出たり傷口が痛んだり、腫れたりして具合が悪くなったら必ず言うこと」

「了解です! でも破傷風のワクチンもしっかり投与したソーニャに恐れるものはない……。敗血症以外は。あれ、そういえば、いつだっけ破傷風のワクチンを打ったのって? 三年前?」

 若干じゃっかん能天気な少女に苦笑いのシャロンと衛生兵。
 一方で他の隊員は、開けっ放しのシャッターの前に立つスロウスの威容いように改めて絶句した。
 いきなり襲って来たりしないよな? と隊員に聞かれたソーニャは、いきなり攻撃しない限りは、と答える。
 こいつには餌あげないのか? の質問には。

「今朝機内で補給をしたからフル稼働であと12時間は補給は必要ないよ……。と言いつつ、ここにあるものを少しいただこうかな……。今後も襲撃されたら修理に何かと物資が必要になるだろうし」

 隊員の一人が笑って近づく。

「おお、使えるものは墓石でも何でも使え。後で同盟資金から補填して……」

「ああ、お金ならあるから、支払うよ」

「じゃあ、いつかこの店の店主に出会ったら、渡してくれ。まあ、その前に同盟の基金から下りた支援金が店主へ支払われるはず。となると、お嬢ちゃんの支払いを含めたら、丸儲けじゃないか?」

 隊員の戯言ざれごとに少し笑いが起こる。
 シャロンは仲間の一人と銃を取り換えて、語りだす。

「聞いてくれ。これからあたしらは、近くの味方の拠点まで後退する。地上の戦力に加えて、奴らの本隊が重い腰を上げて、ずかずかと乗り込んで来たみたいだからね」

 ワームからノズルを外したソーニャは眉を傾げた。

「この街を放棄するの?」

「ああ、残念ながら後退せざるを得ない。あたしらにはが来たからね……」

 疑問を抱えるソーニャは治療を終えると外に連れられる。彼女が目にしたのは高い位置から見た街並みと、その向こうに現れた大きな機影。

「どうにもならない相手、って……もしかして、アレのこと?」

 と少女が指さす機影の正体をシャロンは答えた。

「店舗戦艦……。企業が地盤を固めるために送り出す総合インフラストラクチャーモールだよ。あれ一つに町の機能と商業が詰まってる」









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