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第02章――帰着脳幹編
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《バッグベアーズ》イレンウェイク州シカワを拠点とした運送業者の警備部門を前身とする傭兵組織。主に企業抗争に参加し、独特な装備が発揮する防御力に裏打ちされた継戦能力と帰還率の高さは他の武装集団より抜きんでており、その道義を重んじる姿勢も評価されている。ただし、慢性的な資金不足によって、最近では攻略が難ししい拠点の制圧や、明らかに目標に対して人員と物資が釣り合わない無茶な作戦にも参加する姿が目撃されている。しかし、集団の団結力の高さから、組織の解体は当面ないとのことだ。
Now Loading……
「なんや、詳しいことはしらへんけどな、どこかの誰かがな、ソーニャを捕まえようとしてるらしいねん。そんでな、ソーニャ捕まえたらな、誰かさんが1000ザルを払うそうやねん」
と背中に盾を背負うソーニャは腰のベルトに刺した道具入れを撫でつつ、エセ方言で賊徒たちに説明した。
フレンドリーパーの獣脚のQ:本当か?
空賊一味のライオネルのA:嘘に決まってるだろ真に受けるな。
ライオネルの即答に出題者である獣脚は笑みを作り、賢そうな割に嘘が下手だな、と言ってのける。
正直者だからな、とライオネルの返答は早い。
ソーニャは。
「多分、バッグベアーズの人たちも懸賞金目当てなんだよ。どっから情報を仕入れたのか分からないけど。じゃなきゃ、いきなりソーニャの身柄を引き渡せ、なんて言わないもん」
キャプテンが小声で問い詰める。
「だからって、なんで言っちまうんだよ! お前を狙う奴を増やしてどうする!?」
叱責されたソーニャは。
「でも、手荒に扱われることもなくなったんじゃない?」
だからって、と二の句が思いつかないキャプテンは仲間に袖を引っ張られ、フレンドリーパーの視線に生唾を飲む。
獣脚は特別な反応も示さず、ただ眼差しを鋭くするばかりだ。
ノースミートは告げる。
「どちらにしてもイニシアティブを誰が持っているのか。歴然だと思うがな」
武力が支配するその場において手も足も出ないライオネルは、しかし、恐怖など微塵も感じさせず、巌の面持ちを見せつける。
その時、路地から人が飛び出した。誰もがそちらへ意識を注ぎ。その瞬間、ライオネルが駆け出す。
ノースミートは照準の向きを瞬く間に修正した。
しかし、それよりも早くライオネルがノースミートの懐の鞘からナイフを引き抜き、刃が元の持ち主の首を捕らえる。
バッグベアーズの殺意と銃口が一人に集中するが。
動くな! ライオネルの一言が引き金を引かせない。
首に刃を押し付けられたノースミートは大男にされるがまま、同胞に対峙する盾にされる。それでも発言権は保持していた。
「お前……ただのバンディットじゃないな?」
「それが分かるなら、どうするべきかも分るよな? 答えは……大人しく言うことを聞く、だ」
ライオネルの質問の答えはノースミートの無抵抗であった。
その傍では獣脚が少女に視線を移す。
警戒したソーニャはコロンビーナ一味へ身を引いた。
獣脚は呻き、銃口の向きの半数が集中した人物に睨みを利かせる。
路地から飛び出した覆面の人物は数多の銃口と視線に手を挙げた。
「待ってくれ! 俺はボスマートの下働きしてるやつだ! もしかして、お前らミッドヒル同盟の奴らか!?」
恐怖に眉間を歪ませる覆面に対し、皆、眉を顰める。
その瞬、自称下働きの覆面は、背後を振り返り、絶叫した。
周りが何事かを判断する間もなく、逃げ出そうとした覆面の背中に路地から現れた巨大な足が蹴りを贈呈し、覆面の体を向かい合わせの壁まで吹っ飛ばした。
度重なる新手の登場に度肝を抜かれた集団は絶句する。
蛮行をしでかした足はゆっくりと下がり、やがてその付け根を支えていた胴体が緩やかに現れる。
ただ一人を除いて現場に戦慄が走った。
表情を晴らしたソーニャが高らかに告げる。
「スロウス! こいつら全員ぶっ飛ばして!」
逃げろーッ! とキャプテンが叫んだ。
ライオネルも仲間を追う。
「逃げられると思うなよ!」
解放されたノースミートは、自分に対して狼藉を働いた人間を逃がすつもりはなかった。
しかし、横に迫ったスロウスにすべての意識が持っていかれる。
――早いッ!?
想起する言葉を出す余裕もないノースミートは、刹那の間に振り返り、近接する相手に血走った目と銃口を向ける。
スロウスは欠損した頭部に銃口を突き付けられるが、銃身を握って強引に照準を外す。
ノースミートは武装を手放し、即座に横へと飛び退く。譲った場所にはバッグベアーズの銃撃が殺到した。
スロウスは片腕で頭を隠して武装集団へ突撃する。同胞への被弾を避けるため、おおよそ横並びになっていたバッグベアーズは巨躯に圧倒された。
銃撃など関係なくスロウスは、振るう鉈でもって敵の火器を薙ぎ払う。
銃は瞬く間に欠損し、形状と機能を保っていても刃の一撃で持ち主の手から弾き飛ばされた。
さらには骨を張り合わせた拳がバッグベアーズの腹を射抜き、意識を打ち砕く。
それを真横から見せつけられた同胞は喚いて、逃げるつもりで踵を返すと、スロウスに頭を捕まれ別の同胞へと投擲される。
離れろ! とノースミートが手榴弾を投げた。
と同時に事態を見ていたソーニャが。
「スロウス! 7時の方角から爆弾が来る! 待って時計の見方わかる!?」
突発手に警告し、即座に困惑する主をしり目に、スロウスは振り返りざまに鉈の腹で爆弾を跳ね上げた。
なんだと!? のノースミートの声は頭上で解き放たれた爆発に掻き消される。
粉塵が漂う中、距離を詰めたスロウスの拳によって、ノースミートは下段から胴体を殴られ、天へと掲げられた。
ソーニャは壁の方へ退いて、状況を傍観する。それしかできない。
その死角から近づく獣脚。フレンドリーパーの一員として、ひいては悪人として少女に魔手を伸ばす。
しかし、ソーニャは愚鈍ではなかった。
獣脚の手が届く、あと一歩のところで気が付き、逃げ出す。しかし、大の男の伸ばす腕は長く、手は広く、行く手を阻んで、逃げ道を閉ざす過程で立ち位置を入れ替えた獣脚は、ソーニャを壁際に追い詰める。
「おっと勝手に行くな。大人しくついてこい! さもないと」
あ! とソーニャは在らぬ方を指さす。
そんな手に乗るか! と獣脚は言うが。
ソーニャはいきなり頭を抱えて指さした方に背中の盾を向ける。
獣脚も流石に視線を移す。少女が指示したのは逃げるキャプテン一味の背中。それ以外は特筆すべきものは何もなかった。
騙しやがったな! と怒れる獣脚は少女に向き直るが。
すでにソーニャは、黒く艶やかなあの虫の如く地面を爬行して逃げていた。向かう先には絶賛暴れまわるスロウスがいる。
待ちやがれ! と怒鳴りつける獣脚は手を伸ばすが、至近距離を流れ弾が飛んで思わず身を引く。
地上を走る巨大なGを発見したバッグベアーズは銃を向けるが、相手があの少女だと分かった途端、撃つな! と警告が飛び交い、銃口を上げる。
その一瞬がスロウスの接近を許し、豪快なラリアットに、二名様が巻き込まれ吹っ飛ばされた。
撤退だ! と誰かが叫びバッグベアーズの動ける者は従う。
負傷した同胞が、待ってくれぇ、と懇願するがスロウスの手で額を地面に叩きつけられ強制入眠へと移行する。
同胞を置いていったバッグベアーズの連中はただ自分の保身だけを願う。しかし、運命の女神は彼らに微笑まなかった。
左右に開ける路地に突入しようとしたところで目の前に手榴弾が転がってきた。ある同胞は爆発に、あるものは煙幕弾に巻き込まれ、銃撃に身をさらす。
ソーニャとスロウスは背中合わせになる。
まだフレンドリーパーの数名が残っていた。
一人が人ならざる青緑の腕で転がっていた小銃を手にして発射するが、銃身が弾け、手が吹っ飛んだ。
「クソ! なんだってこんな時にハズレを引いちまうんだッ!」
青緑の肉片から赤紫の液体がほとばしり、内部に隠していた配線が剥き出しになる。しかし当人は痛みよりも怒りや嘆きが強く、腕のローンがぁ、と叫ぶ。
同胞も他に転がっている銃を確かめたが。見るからに銃身が曲がっていたり、一部が潰れているなど破損が目立つ。それがスロウスの鉈による破損か、もとからの不備なのかは判断つかないが、今一番信用できる武装が素手であることは確かだった。
しかし、スロウスの威容に圧倒されて、足は前ではなく後ろへ一歩進み、ついには背中を晒して。
「お、覚えていやがれ!」
使い古された格安の捨て台詞を吐いて逃げていく襲撃者たちに、ソーニャは悪い笑みを浮かべて口走る。
「それは、出番が残ってるやつのセリフだぜ……」
必死で逃げる者たちを指さす少女は、一言。
「スロウス……やれ」
処断は始まる。
真っ先に襲われたのは獣脚で、同胞を置いていく勢いで先頭を独走していたが、スロウスが投じた小銃が後頭部に直撃し、足がもつれると、等速直線運動に則って地面を転がる。
その後も、スロウスに追いつかれた者から悲惨な声を発する。
ソーニャは憚りもなく嘲笑った。
「ぐははは! 身の程知らず共め! まるで……」
その傍らでノースミートが動き出す。
振り返るソーニャは死者の復活を見たほどの驚愕に襲われた。
ノースミートだけではない。倒れていたバッグベアーズの数名が身を起こす。
「出番が残ってる奴のセリフ……。『ダイワールド3』の主人公がラストで敵に放った名言……いいチョイスだ。友達になれそうだったのに、残念」
ノースミートが途絶え途絶えに紡いだ言葉には、どこか余裕の気配さえにじませる。
どうして、と疑問を口にした少女。
ノースミートは全身を覆っていたギリースーツを脱ぎ捨て、胸に垂れ下がる布を引きずり下ろし、足を邪魔した端切れを取り除く。それによって隠していた防具が露になった。
「モンゴリアンライフワーム!」
ソーニャが名を呼んだものは、ノースミートが着用する戦闘服に巻き付く管であった。それは数日前に使用した覚えのある、まさしく巨大なミミズである。それを関節を含めて手足や胴に巻いて、防具にしていたのだ。
ノースミートは足取りがふらつくが舌はだいぶ回るようになる。
「さすがに、直撃を受けたときは死ぬかと思ったが、助かった……」
スロウス! とソーニャが名を呼んだSmは不埒者を地面に叩き込んでから振り返り、ノースミートの投じた煙幕弾の爆発を顔面で浴びる。
ソーニャは下僕の安否に気を取られたが、接近する人のことも把握してとっさに飛び退く。しかし、彼女は自分の過失で足がもつれて前のめりになった。すると、背負っていた盾がノースミートの手を阻む。それをいいことにソーニャは駆け出す。
ギリースーツを脱ぎ捨て身軽になったノースミートは、盾の端を握り締め引っ張る。広がる煙幕から影が踊り出た。
ノースミートは奪われずに済んだ一振りの鉈を懐から取り出し、少女の顎下に添えた。
煙から脱したスロウスが聞いたのは、動くな! と主でもないノースミートの命令。それに従わなければ主に寄り添う薄い鉈が何をするか分からない状況だった。
「はっはっは! お前の負けだ! さあ、お嬢さん……早速Smに命じろ」
「相手が下手な動きを見せたら、ためらわず殺せってな」
残忍な要求を告げるのは人生の酸いも甘いも弁えた女の声。
そんな提言など認められないノースミートだったが、後頭部に銃口が押し付けられると口答えも出ない。
ソーニャは首筋に寄り添う鉈を考慮し、ゆっくりと振り返り。
「シャロン!?」
ついさっき別れた女性の微笑みと目が合う。
そのさらに向こう、シャロンの背後では、自警軍の面々が銃口でバッグベアーズの生き残りを牽制し、膠着している。
ノースミートに銃を突きつけるシャロンは少女の首筋に張り付く鉈の刃と、少女の首に刻まれた傷に視線を尖らせた。
「やあソーニャ。また会ったね。で、こいつらは……?」
ソーニャたちから見て悪人、と断言するソーニャ。
周囲に転がる人間のうち意識があるものはただ呻いている。
立ち上がっている者、あるいは今から起き上がろうとしていた者は、しかし、自警軍の銃が動くことを許さない。
「そうかい。だいぶ世話になったようだね、お互いに……ッ」
シャロンに顔を覗き込まれたノースミートは雑多な布の覆面から覗かせる口を動かす。
「銃を下ろせ……この子供がどうなってもいいのか?」
声に僅かな動揺を伺わせるノースミートだが、手首を捻るだけで、少女の首に傷が増やせる立場なのは確かだ。それどころか命脈をも断てる。
「どいつもこいつもソーニャの首をなんだと思っているんだ」
と少女のボヤキは黙殺され、束の間の静寂には、遠くからの喧騒が横たわった。
※作者の言葉※
次の投稿は一身上の都合により3月24日の日曜日に予定変更いたします。
Now Loading……
「なんや、詳しいことはしらへんけどな、どこかの誰かがな、ソーニャを捕まえようとしてるらしいねん。そんでな、ソーニャ捕まえたらな、誰かさんが1000ザルを払うそうやねん」
と背中に盾を背負うソーニャは腰のベルトに刺した道具入れを撫でつつ、エセ方言で賊徒たちに説明した。
フレンドリーパーの獣脚のQ:本当か?
空賊一味のライオネルのA:嘘に決まってるだろ真に受けるな。
ライオネルの即答に出題者である獣脚は笑みを作り、賢そうな割に嘘が下手だな、と言ってのける。
正直者だからな、とライオネルの返答は早い。
ソーニャは。
「多分、バッグベアーズの人たちも懸賞金目当てなんだよ。どっから情報を仕入れたのか分からないけど。じゃなきゃ、いきなりソーニャの身柄を引き渡せ、なんて言わないもん」
キャプテンが小声で問い詰める。
「だからって、なんで言っちまうんだよ! お前を狙う奴を増やしてどうする!?」
叱責されたソーニャは。
「でも、手荒に扱われることもなくなったんじゃない?」
だからって、と二の句が思いつかないキャプテンは仲間に袖を引っ張られ、フレンドリーパーの視線に生唾を飲む。
獣脚は特別な反応も示さず、ただ眼差しを鋭くするばかりだ。
ノースミートは告げる。
「どちらにしてもイニシアティブを誰が持っているのか。歴然だと思うがな」
武力が支配するその場において手も足も出ないライオネルは、しかし、恐怖など微塵も感じさせず、巌の面持ちを見せつける。
その時、路地から人が飛び出した。誰もがそちらへ意識を注ぎ。その瞬間、ライオネルが駆け出す。
ノースミートは照準の向きを瞬く間に修正した。
しかし、それよりも早くライオネルがノースミートの懐の鞘からナイフを引き抜き、刃が元の持ち主の首を捕らえる。
バッグベアーズの殺意と銃口が一人に集中するが。
動くな! ライオネルの一言が引き金を引かせない。
首に刃を押し付けられたノースミートは大男にされるがまま、同胞に対峙する盾にされる。それでも発言権は保持していた。
「お前……ただのバンディットじゃないな?」
「それが分かるなら、どうするべきかも分るよな? 答えは……大人しく言うことを聞く、だ」
ライオネルの質問の答えはノースミートの無抵抗であった。
その傍では獣脚が少女に視線を移す。
警戒したソーニャはコロンビーナ一味へ身を引いた。
獣脚は呻き、銃口の向きの半数が集中した人物に睨みを利かせる。
路地から飛び出した覆面の人物は数多の銃口と視線に手を挙げた。
「待ってくれ! 俺はボスマートの下働きしてるやつだ! もしかして、お前らミッドヒル同盟の奴らか!?」
恐怖に眉間を歪ませる覆面に対し、皆、眉を顰める。
その瞬、自称下働きの覆面は、背後を振り返り、絶叫した。
周りが何事かを判断する間もなく、逃げ出そうとした覆面の背中に路地から現れた巨大な足が蹴りを贈呈し、覆面の体を向かい合わせの壁まで吹っ飛ばした。
度重なる新手の登場に度肝を抜かれた集団は絶句する。
蛮行をしでかした足はゆっくりと下がり、やがてその付け根を支えていた胴体が緩やかに現れる。
ただ一人を除いて現場に戦慄が走った。
表情を晴らしたソーニャが高らかに告げる。
「スロウス! こいつら全員ぶっ飛ばして!」
逃げろーッ! とキャプテンが叫んだ。
ライオネルも仲間を追う。
「逃げられると思うなよ!」
解放されたノースミートは、自分に対して狼藉を働いた人間を逃がすつもりはなかった。
しかし、横に迫ったスロウスにすべての意識が持っていかれる。
――早いッ!?
想起する言葉を出す余裕もないノースミートは、刹那の間に振り返り、近接する相手に血走った目と銃口を向ける。
スロウスは欠損した頭部に銃口を突き付けられるが、銃身を握って強引に照準を外す。
ノースミートは武装を手放し、即座に横へと飛び退く。譲った場所にはバッグベアーズの銃撃が殺到した。
スロウスは片腕で頭を隠して武装集団へ突撃する。同胞への被弾を避けるため、おおよそ横並びになっていたバッグベアーズは巨躯に圧倒された。
銃撃など関係なくスロウスは、振るう鉈でもって敵の火器を薙ぎ払う。
銃は瞬く間に欠損し、形状と機能を保っていても刃の一撃で持ち主の手から弾き飛ばされた。
さらには骨を張り合わせた拳がバッグベアーズの腹を射抜き、意識を打ち砕く。
それを真横から見せつけられた同胞は喚いて、逃げるつもりで踵を返すと、スロウスに頭を捕まれ別の同胞へと投擲される。
離れろ! とノースミートが手榴弾を投げた。
と同時に事態を見ていたソーニャが。
「スロウス! 7時の方角から爆弾が来る! 待って時計の見方わかる!?」
突発手に警告し、即座に困惑する主をしり目に、スロウスは振り返りざまに鉈の腹で爆弾を跳ね上げた。
なんだと!? のノースミートの声は頭上で解き放たれた爆発に掻き消される。
粉塵が漂う中、距離を詰めたスロウスの拳によって、ノースミートは下段から胴体を殴られ、天へと掲げられた。
ソーニャは壁の方へ退いて、状況を傍観する。それしかできない。
その死角から近づく獣脚。フレンドリーパーの一員として、ひいては悪人として少女に魔手を伸ばす。
しかし、ソーニャは愚鈍ではなかった。
獣脚の手が届く、あと一歩のところで気が付き、逃げ出す。しかし、大の男の伸ばす腕は長く、手は広く、行く手を阻んで、逃げ道を閉ざす過程で立ち位置を入れ替えた獣脚は、ソーニャを壁際に追い詰める。
「おっと勝手に行くな。大人しくついてこい! さもないと」
あ! とソーニャは在らぬ方を指さす。
そんな手に乗るか! と獣脚は言うが。
ソーニャはいきなり頭を抱えて指さした方に背中の盾を向ける。
獣脚も流石に視線を移す。少女が指示したのは逃げるキャプテン一味の背中。それ以外は特筆すべきものは何もなかった。
騙しやがったな! と怒れる獣脚は少女に向き直るが。
すでにソーニャは、黒く艶やかなあの虫の如く地面を爬行して逃げていた。向かう先には絶賛暴れまわるスロウスがいる。
待ちやがれ! と怒鳴りつける獣脚は手を伸ばすが、至近距離を流れ弾が飛んで思わず身を引く。
地上を走る巨大なGを発見したバッグベアーズは銃を向けるが、相手があの少女だと分かった途端、撃つな! と警告が飛び交い、銃口を上げる。
その一瞬がスロウスの接近を許し、豪快なラリアットに、二名様が巻き込まれ吹っ飛ばされた。
撤退だ! と誰かが叫びバッグベアーズの動ける者は従う。
負傷した同胞が、待ってくれぇ、と懇願するがスロウスの手で額を地面に叩きつけられ強制入眠へと移行する。
同胞を置いていったバッグベアーズの連中はただ自分の保身だけを願う。しかし、運命の女神は彼らに微笑まなかった。
左右に開ける路地に突入しようとしたところで目の前に手榴弾が転がってきた。ある同胞は爆発に、あるものは煙幕弾に巻き込まれ、銃撃に身をさらす。
ソーニャとスロウスは背中合わせになる。
まだフレンドリーパーの数名が残っていた。
一人が人ならざる青緑の腕で転がっていた小銃を手にして発射するが、銃身が弾け、手が吹っ飛んだ。
「クソ! なんだってこんな時にハズレを引いちまうんだッ!」
青緑の肉片から赤紫の液体がほとばしり、内部に隠していた配線が剥き出しになる。しかし当人は痛みよりも怒りや嘆きが強く、腕のローンがぁ、と叫ぶ。
同胞も他に転がっている銃を確かめたが。見るからに銃身が曲がっていたり、一部が潰れているなど破損が目立つ。それがスロウスの鉈による破損か、もとからの不備なのかは判断つかないが、今一番信用できる武装が素手であることは確かだった。
しかし、スロウスの威容に圧倒されて、足は前ではなく後ろへ一歩進み、ついには背中を晒して。
「お、覚えていやがれ!」
使い古された格安の捨て台詞を吐いて逃げていく襲撃者たちに、ソーニャは悪い笑みを浮かべて口走る。
「それは、出番が残ってるやつのセリフだぜ……」
必死で逃げる者たちを指さす少女は、一言。
「スロウス……やれ」
処断は始まる。
真っ先に襲われたのは獣脚で、同胞を置いていく勢いで先頭を独走していたが、スロウスが投じた小銃が後頭部に直撃し、足がもつれると、等速直線運動に則って地面を転がる。
その後も、スロウスに追いつかれた者から悲惨な声を発する。
ソーニャは憚りもなく嘲笑った。
「ぐははは! 身の程知らず共め! まるで……」
その傍らでノースミートが動き出す。
振り返るソーニャは死者の復活を見たほどの驚愕に襲われた。
ノースミートだけではない。倒れていたバッグベアーズの数名が身を起こす。
「出番が残ってる奴のセリフ……。『ダイワールド3』の主人公がラストで敵に放った名言……いいチョイスだ。友達になれそうだったのに、残念」
ノースミートが途絶え途絶えに紡いだ言葉には、どこか余裕の気配さえにじませる。
どうして、と疑問を口にした少女。
ノースミートは全身を覆っていたギリースーツを脱ぎ捨て、胸に垂れ下がる布を引きずり下ろし、足を邪魔した端切れを取り除く。それによって隠していた防具が露になった。
「モンゴリアンライフワーム!」
ソーニャが名を呼んだものは、ノースミートが着用する戦闘服に巻き付く管であった。それは数日前に使用した覚えのある、まさしく巨大なミミズである。それを関節を含めて手足や胴に巻いて、防具にしていたのだ。
ノースミートは足取りがふらつくが舌はだいぶ回るようになる。
「さすがに、直撃を受けたときは死ぬかと思ったが、助かった……」
スロウス! とソーニャが名を呼んだSmは不埒者を地面に叩き込んでから振り返り、ノースミートの投じた煙幕弾の爆発を顔面で浴びる。
ソーニャは下僕の安否に気を取られたが、接近する人のことも把握してとっさに飛び退く。しかし、彼女は自分の過失で足がもつれて前のめりになった。すると、背負っていた盾がノースミートの手を阻む。それをいいことにソーニャは駆け出す。
ギリースーツを脱ぎ捨て身軽になったノースミートは、盾の端を握り締め引っ張る。広がる煙幕から影が踊り出た。
ノースミートは奪われずに済んだ一振りの鉈を懐から取り出し、少女の顎下に添えた。
煙から脱したスロウスが聞いたのは、動くな! と主でもないノースミートの命令。それに従わなければ主に寄り添う薄い鉈が何をするか分からない状況だった。
「はっはっは! お前の負けだ! さあ、お嬢さん……早速Smに命じろ」
「相手が下手な動きを見せたら、ためらわず殺せってな」
残忍な要求を告げるのは人生の酸いも甘いも弁えた女の声。
そんな提言など認められないノースミートだったが、後頭部に銃口が押し付けられると口答えも出ない。
ソーニャは首筋に寄り添う鉈を考慮し、ゆっくりと振り返り。
「シャロン!?」
ついさっき別れた女性の微笑みと目が合う。
そのさらに向こう、シャロンの背後では、自警軍の面々が銃口でバッグベアーズの生き残りを牽制し、膠着している。
ノースミートに銃を突きつけるシャロンは少女の首筋に張り付く鉈の刃と、少女の首に刻まれた傷に視線を尖らせた。
「やあソーニャ。また会ったね。で、こいつらは……?」
ソーニャたちから見て悪人、と断言するソーニャ。
周囲に転がる人間のうち意識があるものはただ呻いている。
立ち上がっている者、あるいは今から起き上がろうとしていた者は、しかし、自警軍の銃が動くことを許さない。
「そうかい。だいぶ世話になったようだね、お互いに……ッ」
シャロンに顔を覗き込まれたノースミートは雑多な布の覆面から覗かせる口を動かす。
「銃を下ろせ……この子供がどうなってもいいのか?」
声に僅かな動揺を伺わせるノースミートだが、手首を捻るだけで、少女の首に傷が増やせる立場なのは確かだ。それどころか命脈をも断てる。
「どいつもこいつもソーニャの首をなんだと思っているんだ」
と少女のボヤキは黙殺され、束の間の静寂には、遠くからの喧騒が横たわった。
※作者の言葉※
次の投稿は一身上の都合により3月24日の日曜日に予定変更いたします。
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