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第02章――帰着脳幹編
Phase 164:微笑めない戦士
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《フェニア》北欧のミューシング社が制作した人型汎用試作Sm。完全な姿での発生が難しく、任意で発達させた一部器官を売り出している。人神経反応との親和性が高く、特別な操作補助機構に頼ることなくシンプルなニューロジャンク制御のみで十分動かせるため、論理破綻や操縦者への神経負担なども低い。ただし、他の機体や部分器官製品と比べると割高で、完全な姿を維持し続けるためには、栄養を考えた燃料など、リソース管理も必要となる。
Now Loading……
距離をとるぞ! と告げるフレデリックがバイクのアクセルを唸らせる。
砲手は据え置きの迫撃砲を2人で担ぎ、バギーが牽引する台車に乗せる。
ウォールマッシャーから見てダムの方角に陣取っていた部隊にも土砂の雨が降り注いだ。巨大な山羊に乗った彼らは、乗り回す獣の頭部から生えた太いケーブルに備わるコンソールを片手で操作する。山羊は軽快な足取りで森の起伏を踏破した。
部隊が消えた領域に、気兼ねしないウォールマッシャーが身を屈めるようにして侵入し、樹木を体重でなぎ倒す。
攻撃を浴びてなお健在な巨体の甲殻を見たイサクは、なんて硬さだ! と訴えた。
ソーニャ曰く。
「ダメージ自体はある。けど、まだ足りないんだ。もっと火力を集中させて深部にまで衝撃を届けるか、あるいは傷を拡大させないと」
「そもそも、あの蟷螂の腕が厄介だ。砲弾を食らってるはずなのに……」
「ストイスヤの前脚はもとから固いんだよ。そもそも対中型Sm破壊兵器としてその後の改良と遺伝子組み換えが行われた機体で、鉄を含んだ甲殻は強靭で柔軟、おまけに熱にも強くて軽い。機体の栄養で回復しちゃうし」
「そうかSmなら回復するんだよな、車やバイクと違って……。ちなみに、さっきの攻撃によるダメージも回復したのか?」
「さっきの今で完全回復なんてことはないだろうけど。すでに乾漆液が滲んで割れ目を塞いでる可能性は高い。もともと戦闘用に運用されてきた歴史もあるし、系列機種は総じて回復力が高いし、栄養補給を継続させるために太い導管を通してるだろうし。巨体だから保有するエネルギーも膨大。あと話は変わるけど明らかに動きがよくなってるから、きっと操縦者とグレーボックスの通信密度が上がってる」
「ニューロジャンク操作じゃなくて、もしかすると手動での操作ってのは考えられないのか?」
「人の技量にもよるけど。機体の仕草とあの反応速度は絶対に神経連絡をしてるに違いない」
何か倒す方法はないか? とイサクはソーニャに尋ねた。
「一先ず、平行から射撃してヘクターガンの脚、あのムカデみたいな後ろ脚を止める。あれは機動性が高い反面、装甲は一般車両並みだから、今までの攻撃よりは、効果が出るはず」
「一般車両か、それでも固いな。ただ、どうやって近づこうか」
イサクが森の奥へ目を細める。枝葉が作る薄い闇に紛れる土埃の帳に巨体が隠されている。
ソーニャは、当たって砕ける! と豪語するが。
イサクは冷静だった。
「さっきの反撃を見たろ? 攻撃したら相手は適宜反応してくる。当たっても砕けるのが俺たちだけじゃ駄目なんだ」
「じゃあどうするの? ソーニャには地道な攻撃しか思いつかないよ」
「そうだよな。答えてくれたのに悪かった。そもそも、あの目の性能が高いんだ。広い範囲を見渡して、即座にこちらを察知する。弾丸の速度なら当たるが……」
「う~ん。ストイスヤの目は、もとになっている虫と同じで、視力はそれほど高くない。けど、そこに人の情報処理能力とグレーボックスの分析が加われば話が違ってくるからなぁ……。それに昔から言われてた物理的弱点でもあるから、攻撃の対策をしているだろうし」
実際、目の破壊を目論んだ砲撃は、突き出される蟷螂の前脚によって容易く防がれ、人型の手が拾った倒木を返礼として投げつけられる始末だ。
状況を見ていたソーニャは生唾を飲み込む。
「巨体がダムに乗り込んでくることばかり考えてたけど、ああして木でもなんでもダムに投げ込まれたら、それだけでダムの機能がマヒしそう……」
「そうなる前に敵の機動力を削ぎ、こちらの攻撃が狙い通りに命中できるようにしたい。その為には現状を打破する力が必要だ。なんのことか分るよな?」
まさかスロウスのこと? 当意即妙だったソーニャは目を丸くした。
イサクは。
「あいつを助けるんだ。たとえ、今すぐ役に立たなくても修理でも何でもして、今後の戦いに……」
途中でイサクは鼻で笑う。
「いや、お前を無事返すためにも、あいつは役立つ。それに、あいつ有ってのお前だ」
ソーニャは反論しようと怒りの形相で口を大きく開くが。そのままぎこちなく目を瞑り、眉間の皺を深める。
「確かに……ッ。ソーニャだけじゃ、たぶん、おうちに帰れないし。場合によっては途中で駄々をこねるマイラを連行することもできない」
「大胆な計画だな。なら、やっぱりスロウスが必要だ」
「でも、言いたくないけど。もう壊れて動けないかもしれないよ? Ctカドモスに近づくのだって危険だし。どうするの?」
「あの人型の腕は? 蟷螂の前脚ほど固いのか?」
人型の腕とは、今まさに片手でスロウスを拘束し、そして、もう一方の手で掴んだ樹木を投じている器官のことだ。
「フェニアアームのこと? うん。あれは、もちろん簡単に破壊できない。けど、今までの攻撃方法でもかなりのダメージを与えられるはずだよ」
言っててソーニャは気が付いたように目を丸くする。
やがて2人の乗るバイクは仲間と合流した。
最初、敵襲を想定して銃口で出迎えたフレデリックは、止まったイサクにバイクで近づき、無事だったか、と安堵する。
ああ、と応えるイサクは話し出す。
「協力してほしいことがあるんだが……」
単刀直入の言葉が相手の顔に疑念の表情を作り出す。
しかし話を済ませると、フレデリックが最後に頷いてくれた。
「分かった。仲間を集めてスロウスを掴む腕を破壊しよう」
狙えるか? とイサクが尋ねる。
フレデリックに手招きされて、より近づく砲手は言った。
「無理じゃない。TRPGで狙い撃ちすればな」
そう言って隊員が擲弾筒を掲げた。武装の先端から飛び出す弾頭は、飛行機のような形をしている。
「今さっき兵站部から受け取った火力をここで一気に使ってやる」
と砲手は得意気な面持ちだったが、すぐに真剣みを帯びて続けて言った。
「けど、散々見ただろうが、敵は巨体のくせにかなりすばしっこい上、あの人型の腕を庇ってる。特にスロウスを拘束した方の手はずっと腹の下の地面に押し付けて、背後からは勿論、蟷螂の前脚が邪魔で、左右から狙うのも厳しい。はっきり言って、確実に仕留めるつもりなら、前脚を潜って接近する必要がある」
そうだな、と呟いたイサクは振り返り。
「ソーニャ降りてくれ」
と少女に下車を言い渡した。
ソーニャは不安そうな顔を覗かせる。
イサクは微笑み。
「安心しろ、お前は仲間に安全な場所へ運んでもらう」
「そりゃもちろんだよ! けどイサクは行くつもりなの?」
頷くイサクは銃声と巨大な足踏みの発生源へ目を向ける。
「少し無茶をすることになる。まあ、リターンは期待できると思うから、少し待ってくれ」
「分かった。なら、ソーニャもついていく!」
そう言って少女はイサクの腰に回した腕に力を籠める。
腹部の圧が強まったイサクは意図せず息を出す。むせそうになったが食道を逆流する面倒は、舌の一歩手前で踏み止め、胃に仕舞う。
「待て待て! 話を聞け」
「あのCtカドモスに近づいて、フェニアの腕をTRPGの火力で破壊してスロウスを開放するつもりでしょ?」
「なら分かるだろ? 危ないから離れてほしい!」
「でも、スロウスが解放されたらどうするの? 命令できるのはソーニャだけなんだよ?」
「トランシーバーがあるだろ? それで”逃げろ”と命じればいい!」
「状況を見ないで適当なことを言ったらスロウスを逆に窮地に追いやることになりかねないし。逃げる方向だってあるでしょ? 実際、ソーニャが目を離したダムの戦いだって、途中まで善戦したらしいけど結局は勝手に動いてソーニャを探しに出かけちゃったよ? スロウスを取り返すのが目的なら絶対に成功させないと! それとも今更子供を巻き込みたくないって言うつもり? ここまで連れてきて!」
「勿論、俺だって、お前には安全な場所にいてほしいと願ってる。最初からな。誰だってそうだろ? お前だって同じくらいの年齢の子供が戦場に来たら嫌だろ」
そうだけど! と少女が反論するのを聞いていたフレデリックが妨害した。
「言い争ってる時間なんてないぞ! どうする? 子供を連れて帰るか? それとも作戦を実行するのか? 早くしないと、そろそろダムからの砲撃も始まる可能性がある!」
届くのか? とイサクが驚く。
フレデリック曰く。
「今の距離だと命中率は保証しかねるが、命中のための試射にはなる」
だとしても合図があるだろ、と反論するイサクだが。しかし忠告の前半の時間に関する予想は同意せざるを得ない。
ソーニャが顔を覗き込んでくる。
ため息をついたイサクは。
「どうなっても知らないからなッ……。特に俺が、マイラにどんな目に遭わされるか……」
ソーニャは巨体に振り向き、おうよ! と強い口調で明言する。
発進するイサクに3名の仲間が追従した。うち2両はバギーであり、座面の後ろにいる隊員はTRPGを背中に担いでいた。握り締める掛け紐を引っ張れば、すぐにでも発射態勢を整えられる。
イサクが忠告する。
「言っておくがソーニャ! 無謀な挑戦になることは間違いない。最悪1人で逃げることになるかもしれない」
「あるいはソーニャに何かあったら。イサクがマイラに八つ裂きにされるかもね!」
それが一番怖い、と呟いてイサクは渋い表情となった。
ウォールマッシャーの行進も巨体にしては早いが、やはり、森の中で小回りが利くバイクとバギーに追いつかれてしまう。障害物競走では小さいほうが有利だったようだ。
しかし、ある一定の距離になると、巨体が無尽蔵に放つ土煙と土石と木片が即席の防護柵となって接触を阻む。
イサクの隊は巨体を追い越し、森から轟く銃声、それと発射された擲弾の煙の軌道を目印に仲間の部隊に合流し、見知った人物を見つけ出す。
「ミゲル!」
機関銃の装填を担当していたミゲルは、発射の準備を整えた武装を仲間に渡した。
「おおお! お前ら! 見当たらなくて心配したぞ! 無事か?」
ちょうどいい、とイサクは近づいて思い描く筋書きを告げた。
言われた他の部隊員も理解して納得する。
「了解した! ダムで助けてもらった上に、またあいつに助けてもらえるなら何でも手伝う」
すると、援軍のバギーがちょうどやってきて、運転手が後ろに積んできたクレートを開き、武器弾薬を提示する。
残弾のない擲弾筒を渡したイサクは、代わりに対物ライフルを預かり。これはカドモスに有効だろうか? と少女に尋ねる。
少しの逡巡を挟んだソーニャは、お守り程度にはなる、と明言する。
ならもらうか、とイサクは重い銃器を背負った。
ソーニャは運転手との間に存在感のある異物が割り込んできて目を細め、顎を突き出す。
そっちは? とソーニャは援軍が後ろに積んだ包みを指さす。
「こいつは別の味方に渡すつもりで持ってきた。まあ、お守りみたいなもんだよ」
「そっか。もうTRPGはないの? 威力のある弾丸じゃ、貫通させて内部にダメージを与えられても全体の機能を奪うことは無理だと思うよ」
分かってる、と指摘の武装を手にしたイサクが告げた。その声にはわずかに切迫感が読み取れる。
ソーニャは首にかけていたトランシーバーを傾聴し、定期的に発せられる細やかなリズムを刻む騒音を確認した。
「よしよし、受信できてる! スロウス! 身を守ることに徹して。そのための行動をとって。自身が破損しないように注意して! 重要なのは頭部だからね、頭部! あと頸椎も!」
巨大な五指で身柄を拘束されていたスロウスは、ナイフを持った手で右半分の頭を隠した。
それをヘッドギアの映像で視認する提督は、膝の間に顔を向け下卑た笑みとなり、やっとおとなしくなったか? と小首を捻る。それから顔を上げる動作は異様に俊敏で、肩を不自然に跳ね上げる。
「さあ、我々の願い! それはさらなる強化! 違う! 借金返済? 同胞たちの繁栄! シェルズのために!」
支離滅裂に片足を突っ込んだ言動には、理性の摩耗が感じられた。
Now Loading……
距離をとるぞ! と告げるフレデリックがバイクのアクセルを唸らせる。
砲手は据え置きの迫撃砲を2人で担ぎ、バギーが牽引する台車に乗せる。
ウォールマッシャーから見てダムの方角に陣取っていた部隊にも土砂の雨が降り注いだ。巨大な山羊に乗った彼らは、乗り回す獣の頭部から生えた太いケーブルに備わるコンソールを片手で操作する。山羊は軽快な足取りで森の起伏を踏破した。
部隊が消えた領域に、気兼ねしないウォールマッシャーが身を屈めるようにして侵入し、樹木を体重でなぎ倒す。
攻撃を浴びてなお健在な巨体の甲殻を見たイサクは、なんて硬さだ! と訴えた。
ソーニャ曰く。
「ダメージ自体はある。けど、まだ足りないんだ。もっと火力を集中させて深部にまで衝撃を届けるか、あるいは傷を拡大させないと」
「そもそも、あの蟷螂の腕が厄介だ。砲弾を食らってるはずなのに……」
「ストイスヤの前脚はもとから固いんだよ。そもそも対中型Sm破壊兵器としてその後の改良と遺伝子組み換えが行われた機体で、鉄を含んだ甲殻は強靭で柔軟、おまけに熱にも強くて軽い。機体の栄養で回復しちゃうし」
「そうかSmなら回復するんだよな、車やバイクと違って……。ちなみに、さっきの攻撃によるダメージも回復したのか?」
「さっきの今で完全回復なんてことはないだろうけど。すでに乾漆液が滲んで割れ目を塞いでる可能性は高い。もともと戦闘用に運用されてきた歴史もあるし、系列機種は総じて回復力が高いし、栄養補給を継続させるために太い導管を通してるだろうし。巨体だから保有するエネルギーも膨大。あと話は変わるけど明らかに動きがよくなってるから、きっと操縦者とグレーボックスの通信密度が上がってる」
「ニューロジャンク操作じゃなくて、もしかすると手動での操作ってのは考えられないのか?」
「人の技量にもよるけど。機体の仕草とあの反応速度は絶対に神経連絡をしてるに違いない」
何か倒す方法はないか? とイサクはソーニャに尋ねた。
「一先ず、平行から射撃してヘクターガンの脚、あのムカデみたいな後ろ脚を止める。あれは機動性が高い反面、装甲は一般車両並みだから、今までの攻撃よりは、効果が出るはず」
「一般車両か、それでも固いな。ただ、どうやって近づこうか」
イサクが森の奥へ目を細める。枝葉が作る薄い闇に紛れる土埃の帳に巨体が隠されている。
ソーニャは、当たって砕ける! と豪語するが。
イサクは冷静だった。
「さっきの反撃を見たろ? 攻撃したら相手は適宜反応してくる。当たっても砕けるのが俺たちだけじゃ駄目なんだ」
「じゃあどうするの? ソーニャには地道な攻撃しか思いつかないよ」
「そうだよな。答えてくれたのに悪かった。そもそも、あの目の性能が高いんだ。広い範囲を見渡して、即座にこちらを察知する。弾丸の速度なら当たるが……」
「う~ん。ストイスヤの目は、もとになっている虫と同じで、視力はそれほど高くない。けど、そこに人の情報処理能力とグレーボックスの分析が加われば話が違ってくるからなぁ……。それに昔から言われてた物理的弱点でもあるから、攻撃の対策をしているだろうし」
実際、目の破壊を目論んだ砲撃は、突き出される蟷螂の前脚によって容易く防がれ、人型の手が拾った倒木を返礼として投げつけられる始末だ。
状況を見ていたソーニャは生唾を飲み込む。
「巨体がダムに乗り込んでくることばかり考えてたけど、ああして木でもなんでもダムに投げ込まれたら、それだけでダムの機能がマヒしそう……」
「そうなる前に敵の機動力を削ぎ、こちらの攻撃が狙い通りに命中できるようにしたい。その為には現状を打破する力が必要だ。なんのことか分るよな?」
まさかスロウスのこと? 当意即妙だったソーニャは目を丸くした。
イサクは。
「あいつを助けるんだ。たとえ、今すぐ役に立たなくても修理でも何でもして、今後の戦いに……」
途中でイサクは鼻で笑う。
「いや、お前を無事返すためにも、あいつは役立つ。それに、あいつ有ってのお前だ」
ソーニャは反論しようと怒りの形相で口を大きく開くが。そのままぎこちなく目を瞑り、眉間の皺を深める。
「確かに……ッ。ソーニャだけじゃ、たぶん、おうちに帰れないし。場合によっては途中で駄々をこねるマイラを連行することもできない」
「大胆な計画だな。なら、やっぱりスロウスが必要だ」
「でも、言いたくないけど。もう壊れて動けないかもしれないよ? Ctカドモスに近づくのだって危険だし。どうするの?」
「あの人型の腕は? 蟷螂の前脚ほど固いのか?」
人型の腕とは、今まさに片手でスロウスを拘束し、そして、もう一方の手で掴んだ樹木を投じている器官のことだ。
「フェニアアームのこと? うん。あれは、もちろん簡単に破壊できない。けど、今までの攻撃方法でもかなりのダメージを与えられるはずだよ」
言っててソーニャは気が付いたように目を丸くする。
やがて2人の乗るバイクは仲間と合流した。
最初、敵襲を想定して銃口で出迎えたフレデリックは、止まったイサクにバイクで近づき、無事だったか、と安堵する。
ああ、と応えるイサクは話し出す。
「協力してほしいことがあるんだが……」
単刀直入の言葉が相手の顔に疑念の表情を作り出す。
しかし話を済ませると、フレデリックが最後に頷いてくれた。
「分かった。仲間を集めてスロウスを掴む腕を破壊しよう」
狙えるか? とイサクが尋ねる。
フレデリックに手招きされて、より近づく砲手は言った。
「無理じゃない。TRPGで狙い撃ちすればな」
そう言って隊員が擲弾筒を掲げた。武装の先端から飛び出す弾頭は、飛行機のような形をしている。
「今さっき兵站部から受け取った火力をここで一気に使ってやる」
と砲手は得意気な面持ちだったが、すぐに真剣みを帯びて続けて言った。
「けど、散々見ただろうが、敵は巨体のくせにかなりすばしっこい上、あの人型の腕を庇ってる。特にスロウスを拘束した方の手はずっと腹の下の地面に押し付けて、背後からは勿論、蟷螂の前脚が邪魔で、左右から狙うのも厳しい。はっきり言って、確実に仕留めるつもりなら、前脚を潜って接近する必要がある」
そうだな、と呟いたイサクは振り返り。
「ソーニャ降りてくれ」
と少女に下車を言い渡した。
ソーニャは不安そうな顔を覗かせる。
イサクは微笑み。
「安心しろ、お前は仲間に安全な場所へ運んでもらう」
「そりゃもちろんだよ! けどイサクは行くつもりなの?」
頷くイサクは銃声と巨大な足踏みの発生源へ目を向ける。
「少し無茶をすることになる。まあ、リターンは期待できると思うから、少し待ってくれ」
「分かった。なら、ソーニャもついていく!」
そう言って少女はイサクの腰に回した腕に力を籠める。
腹部の圧が強まったイサクは意図せず息を出す。むせそうになったが食道を逆流する面倒は、舌の一歩手前で踏み止め、胃に仕舞う。
「待て待て! 話を聞け」
「あのCtカドモスに近づいて、フェニアの腕をTRPGの火力で破壊してスロウスを開放するつもりでしょ?」
「なら分かるだろ? 危ないから離れてほしい!」
「でも、スロウスが解放されたらどうするの? 命令できるのはソーニャだけなんだよ?」
「トランシーバーがあるだろ? それで”逃げろ”と命じればいい!」
「状況を見ないで適当なことを言ったらスロウスを逆に窮地に追いやることになりかねないし。逃げる方向だってあるでしょ? 実際、ソーニャが目を離したダムの戦いだって、途中まで善戦したらしいけど結局は勝手に動いてソーニャを探しに出かけちゃったよ? スロウスを取り返すのが目的なら絶対に成功させないと! それとも今更子供を巻き込みたくないって言うつもり? ここまで連れてきて!」
「勿論、俺だって、お前には安全な場所にいてほしいと願ってる。最初からな。誰だってそうだろ? お前だって同じくらいの年齢の子供が戦場に来たら嫌だろ」
そうだけど! と少女が反論するのを聞いていたフレデリックが妨害した。
「言い争ってる時間なんてないぞ! どうする? 子供を連れて帰るか? それとも作戦を実行するのか? 早くしないと、そろそろダムからの砲撃も始まる可能性がある!」
届くのか? とイサクが驚く。
フレデリック曰く。
「今の距離だと命中率は保証しかねるが、命中のための試射にはなる」
だとしても合図があるだろ、と反論するイサクだが。しかし忠告の前半の時間に関する予想は同意せざるを得ない。
ソーニャが顔を覗き込んでくる。
ため息をついたイサクは。
「どうなっても知らないからなッ……。特に俺が、マイラにどんな目に遭わされるか……」
ソーニャは巨体に振り向き、おうよ! と強い口調で明言する。
発進するイサクに3名の仲間が追従した。うち2両はバギーであり、座面の後ろにいる隊員はTRPGを背中に担いでいた。握り締める掛け紐を引っ張れば、すぐにでも発射態勢を整えられる。
イサクが忠告する。
「言っておくがソーニャ! 無謀な挑戦になることは間違いない。最悪1人で逃げることになるかもしれない」
「あるいはソーニャに何かあったら。イサクがマイラに八つ裂きにされるかもね!」
それが一番怖い、と呟いてイサクは渋い表情となった。
ウォールマッシャーの行進も巨体にしては早いが、やはり、森の中で小回りが利くバイクとバギーに追いつかれてしまう。障害物競走では小さいほうが有利だったようだ。
しかし、ある一定の距離になると、巨体が無尽蔵に放つ土煙と土石と木片が即席の防護柵となって接触を阻む。
イサクの隊は巨体を追い越し、森から轟く銃声、それと発射された擲弾の煙の軌道を目印に仲間の部隊に合流し、見知った人物を見つけ出す。
「ミゲル!」
機関銃の装填を担当していたミゲルは、発射の準備を整えた武装を仲間に渡した。
「おおお! お前ら! 見当たらなくて心配したぞ! 無事か?」
ちょうどいい、とイサクは近づいて思い描く筋書きを告げた。
言われた他の部隊員も理解して納得する。
「了解した! ダムで助けてもらった上に、またあいつに助けてもらえるなら何でも手伝う」
すると、援軍のバギーがちょうどやってきて、運転手が後ろに積んできたクレートを開き、武器弾薬を提示する。
残弾のない擲弾筒を渡したイサクは、代わりに対物ライフルを預かり。これはカドモスに有効だろうか? と少女に尋ねる。
少しの逡巡を挟んだソーニャは、お守り程度にはなる、と明言する。
ならもらうか、とイサクは重い銃器を背負った。
ソーニャは運転手との間に存在感のある異物が割り込んできて目を細め、顎を突き出す。
そっちは? とソーニャは援軍が後ろに積んだ包みを指さす。
「こいつは別の味方に渡すつもりで持ってきた。まあ、お守りみたいなもんだよ」
「そっか。もうTRPGはないの? 威力のある弾丸じゃ、貫通させて内部にダメージを与えられても全体の機能を奪うことは無理だと思うよ」
分かってる、と指摘の武装を手にしたイサクが告げた。その声にはわずかに切迫感が読み取れる。
ソーニャは首にかけていたトランシーバーを傾聴し、定期的に発せられる細やかなリズムを刻む騒音を確認した。
「よしよし、受信できてる! スロウス! 身を守ることに徹して。そのための行動をとって。自身が破損しないように注意して! 重要なのは頭部だからね、頭部! あと頸椎も!」
巨大な五指で身柄を拘束されていたスロウスは、ナイフを持った手で右半分の頭を隠した。
それをヘッドギアの映像で視認する提督は、膝の間に顔を向け下卑た笑みとなり、やっとおとなしくなったか? と小首を捻る。それから顔を上げる動作は異様に俊敏で、肩を不自然に跳ね上げる。
「さあ、我々の願い! それはさらなる強化! 違う! 借金返済? 同胞たちの繁栄! シェルズのために!」
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