絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 165:提督に気をつけろ

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《エレクトロンVSP-524》ムーンフライフィッシュ社が製造する琥珀樹脂封入型外部Sm記憶メモリー。内部に封入した記憶媒体であるSmは、製造会社が独自に設計したもので、小型亜種であっても情報容量が多く。ニューロジャンクなどの精密情報交換に高い能率を発揮する。もちろん、普通の記録媒体としても使えるが、その場合は普通の金属記録媒体のほうがコストの面で秀でている。




 







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 木々の合間から飛んできた擲弾てきだんは土煙のとばりを突き破って、蟷螂かまきりの前脚をくぐり、蛇腹状の甲殻に覆われた胸部に直撃する。
 深部にまで届く衝撃にウォールマッシャーは悲鳴をとどろかせた。
 巨体を伝う振動に対し、身をすくませてやり過ごした提督テイトクは、自然に顔を上げ首を横に振る。

「いや違う! これは、この痛みと感覚は、この感情は私じゃない。冷静になれ、冷静に……ッ」

 声の調子をなんとか平素に戻すと、小さな円形のモニターを占領していた黄色の一か所が、赤いグラデーションに染まって色調の波紋を作った。
 提督はヒステリックな叫び声を上げそうになるが、歯を食い縛って堪え、くぐもった唸り声を漏らす。
 ウォールマッシャーは南に潜む敵へ頭を向けて、前脚で地面を払い除け、土砂の高波を広範囲に拡散し、それを壁にして、敵である自警軍の接近を阻んだ。
 ダムのある西へと向きを戻したウォールマッシャーは、密かに死角から近づく存在に気付かない。
 
「行くぞソーニャ!」
 
 バイクを乗り回すイサクによる覚悟を問う呼び声に、おうよ! と後ろに乗る少女が応えた。
 片手で数えられる人数を超えた集団をイサクは引き連れていた。
 直後、集団から離脱したバギーは巨体に横を向ける形で停車する。後ろにいた射手は担いだTRPGの狙いを巨体に定め発射する。
 最初の2発は、蟷螂の前脚の横に薙ぎ払う動作によって防がれる。
 別方向から自警軍の仲間によって放たれたもう1発は、体の向きを変えたウォールマッシャーの背中に直撃する。
 逃避のつもりで横滑りするウォールマッシャーから軽車両は撤退する。

「舐めおって! こんな攻撃でこのウォールマッシャーが潰せると?!」

 提督は嘲笑あざわらった。
 追加で飛んでくる擲弾や榴弾の類は自由闊達かったつな前脚の餌食になる。ウォールマッシャーは自身が巻き上げた土埃つちぼこりと混ざる火薬の煙を蟷螂の前脚で裂き、小さき下手人を複眼で見つけ出す。
 巨体に比べて矮小に見える自警軍の隊員は、勇敢な者ほど前脚の射程圏内に入っていた。伸ばされた前脚は加速によって像がしなり、鞭のように逃げる敵へ迫る。

「だから言ったでしょ。TRPGがいいって!」

 バイクを盾にするソーニャが語り掛けるのは。TRPGを担ぐイサクだった。
 彼はさんざん仲間が目立つ働きをして、敵を引き付けてくれた間に土埃に紛れ、巨体の横っ腹を狙える位置にいた。

「ああ、だから仲間に借りたんだろ」

 つぶやくイサクによって発射された擲弾。
 気が付いたウォールマッシャーだったが、反応するよりも先に、左の前脚の下を掻い潜った擲弾が左の人の腕に接触し、肌を爆発で化粧する。

「よっしゃ! 直撃させたぞ!」
 
 などと逃げ延びた車両に乗る仲間はイサクの成果に歓喜し、ほかの仲間に喧伝けんでんした。
 巨体の内部で苦痛に仰け反り悶絶もんぜつする提督は、機体が擲弾を浴びた左腕に呼応して、己の左腕を痙攣けいれんさせる。急ぎ、イソギンチャクに見えるコンソールから左腕を放そうとするが、同時に何かに体を縛られたような動きの悪さを露呈ろていした。
 巨体が盛大に叫びを上げる。
 風が煙幕を拭い去り、現れた人腕は酷く抉れていた。しかし、体を支えるだけの機能も、指先に指令を飛ばす機能も残っている。掴んでいた虜囚スロウスを地面に抑え込み、己の執着が成就していることを知らしめる。
 荒々しい呼吸の提督は、声を震わせた。

「おのれおのれッおのれぇええッ! だが、だがまだ感覚があるぞッ! そうだ! 分かる! 今わかった! 今つながった! ウォールマッシャーの怒りを、グレーボックスのプログラムではない本物の感情を今俺は感じている!! そして、俺の怒りをお前も感じている! 感覚が溶け合っている!」

 苦痛を感じているのに、提督は狂笑に興じて天を仰ぎ見る。
 振り向くウォールマッシャーの複眼が下手人とその背後にいる少女を射抜いた。
 イサクは慌ててバイクにまたがる。その後ろにすでに着座していた少女がトランシーバーに声を張り上げる。

「起きろスロウス! こっちにこーーいッ!」

 無骨な首輪が復唱する少女の声。
 それに呼ばれたスロウスは、胴体を余すところなく巨大な手によって押さえつけられていた。
 それでも腕を伸ばす。片手で地面を掴み、そして、胸を反らせ、起き上がろうと試みる。
 急ぎ、ウォールマッシャーは掌握する小さな巨人に体重を乗せるが、スロウスがうつぶせになるほうが早かった。
 ならば向けた背中を抑え込む。
 その時、バギーが1台近づいた。
 こいつを使え! そう叫ぶのは武器弾薬を運ぶ補給係の隊員で、片手にはチェーンソーが握られている。だが、一瞬にして自身を覆う影の本体であるウォールマッシャーが前脚を振り上げた途端、ハンドルを回して来た道を引き返した。
 蟷螂かまきりの前脚は目についた人間へと延びる。しかし、胴体へと迫る擲弾と銃撃を防ぐため、結局、前脚は引き下がり、今度は盾の役目を果たす。さらには頭上から榴弾までも降下してくる。これには身を屈めても対処できず、たまらず動き出した。横に並ぶ木々の合間から水平に来る攻撃は、とりあえず身を低くしてやり過ごす。しかし、事前に進路に待機していた自警軍の隊員が、木々の陰から身を出し、擲弾を発射してくる。
 さんざん攻撃にさらされたウォールマシャーは健全な手で土を握る。
 その間に、スロウスが今まで自前のナイフで攻撃を加えて損傷を与えていた指を押しのけ、脱出を試みる。
 ウォールマッシャーは土をばら撒くと、スロウスを無事な右手に持ち変えようとするが、自警軍の機関銃や擲弾、手榴弾の攻撃が横から襲い、対処に追われた。
 不自由ながらもスロウスは横を向き、巨大な指の間から伸ばした手足で、圧迫しようと迫るてのひらを押し返す。
 それでも両手で包み込まれるのは止められなかった。だが、諦めの悪いスロウスは、巨大な手に抗っていた、と思えば突如脱力し、落下しようと画策する。
 健全な手で取り押さえようとウォールマッシャーはうつぶせになる。しかし、手間取っているうちに上空からとめどなく榴弾が降り、横から擲弾が直撃する。甲殻の亀裂は深く広がり、破片がこぼれる。
 まだ手放さないか欲張りめ、とイサクは険しい顔で苦言を吐く。
 欲張りはどっちなんだか、とソーニャは呟いた。
 イサクは一瞬背後を見る。

「言っておくが俺はスロウスを助けるつもりなんだが?」

「分かってるけど……スロウスのために危険を冒すのはどうかと思う……」

 と言ってソーニャはトランシーバーに告げる。

「スロウス! 逃げ出せないうちは防御に徹して!」

 敵と仲間を見比べて、攻撃が来ないと判断した場所へとイサクはバイクを走らせる。
 森に立ち上る土煙は着実にダムのほうへと近づく。それを遠くから確認するシェルズ達は、森に展開する他の自警軍と交戦していた。
 互いに木々を遮蔽物しゃへいぶつにして銃撃を交わし、時に爆弾を投じる。
 その渦中に突入していたミゲルは、こっちも盛り上がってやがる、と愚痴をこぼす。岩が作った段差を防塁ぼうるいにして、射撃を繰り出し、身を隠すと弾倉を交換する。

「今頃マイラちゃんは、俺のこと心配してくれてるかなぁ」

 淡い期待を胸に秘めて、突撃する仲間を援護射撃で助けた。






 一方、ダムでは――。
 スネイルマンが幅のあるものの車高の低い台車をダムの建屋へと撤収させていた。
 残された機材を見上げる若いマグネティストは感嘆の声を漏らす。

「うへぇ、でかい機材を持ってきたなぁ……。これが、トータル・ポーン?」

 皆の注目を集めたのは、機械の円柱あるいは巨大なチェスのポーンである。円柱の頂に乗る球体の付け根に巻き付くドーナツ状の構造は、円柱自体と互いにケーブルで接続し合う。そして、球体の左右に伸びる蛾の触角のようなアンテナが微動する。
 円柱の中間には、張り出す鉄のカバーをひさしにした画面とキーボードがあり、今まさにマイラに操作されている。

「そう、こいつを使って私の脳にあるの活動を計測し、必要なアーツプロセスを一定期間再現する……らしい」

 若いマグネティストは感心したようにうなずく。
 その隣で銃を構えていた隊員が目を輝かせて機械を見渡しながら口を開く。

「メスメル野ってのは聞いたことがあるよ。人間の脳みそなんだろ? こいつも……まさか、人間を使って」
 
 途端に顔色を悪くした隊員は機材から一歩引くが、トータルポーンから延びる配線と接続したタブレットを操るフランチェスカが答える。

「ご安心ください。こっちは、調整グレーボックスを使っていますから人道的ですよ」

 安堵する隊員と若いマグネティストをよそに、マイラは作業に集中し、画面の表示や機械に埋め込まれた多種多様なメーターが示すメモリ、あるいは接続する各種外部機材の調子を見比べ、手元にある使い込まれたノートを読んだ。

「ただし、人の脳じゃなくて、Smの脳、つまりグレーボックスが使われてるから、そんなに記憶力が高くない、というか、機能の制約で長時間の命令の履行ができない。だから、起動のたびにマグネティストの脳を解析して、命令と求められるタスクを取得しないといけない。けど、うまく使えたらマグネティストの仕事をサポートできる。実際、南の戦いでもこれが役に立った」

 隊員は、へぇ……、と呟いてから。最初から使えばよかったんじゃないのか? などと指摘する。
 フランチェスカいわく。

「こうして稼働する準備を整える前に敵が来て、手を加える暇がなかったんですよ。それに、この機体は不調を回復させるために一時的にここに置いてあったようなもので、マニュアルを読み込んだ人間は、救援のために前線へ行ってしまって、稼働の目処めどが立たず現在は使用した経験があるマイラさんに機能回復及び起動を頼んでいる、ということです」

 頷くマイラが話を引き継ぐ。

「実は、別の場所で同型のやつを都市防衛で起動する手伝いをしたんだ。んで、向こうで修正した精神機序のパッチを今さっき、こっちのやつに組み込んだから、同じ理由で動作に支障が出ているなら、これで正常に稼働できる」

 マイラが視線を移した先、キーボードの下には。端子に『SMART MEDICINE』とラベリングされたドングルが突き刺さっている。見た目は琥珀こはくの塊に接続端子をつけたような代物で、透明な内部にある小さな未成熟のはいのようなものから生えたいく本ものすじが、端子へと伸びているのが観察できる。
 マイラさんには感謝です、と謝辞を述べたのはトータル・ポーンを回り込んできたフランチェスカ。
 微笑むマイラは。

「本当はミッドヒルに届ける予定だったパッチだけど、役に立ってよかったよ」

「なら、こちらの実施データも加えてミッドヒルに送りましょう。これは、みんなやマイラさん、それに助けてくれたソーニャさんの功績ですからね。絶対に無駄にできません」

 頷くマイラは画面とノートを交互に見比べつつ、キーボードでもって画面に表示される文字列に新たな文言を書き込む。その作業を繰り返した果てに、エンターキーをタップ。するとトータル・ポーンから新しく重低音が響きだし、アンテナが回り始めた。
 画面の正反対に位置する円柱の側面が突然甲高かんだかい音と空気を噴出し、金属がぶつかり合うような音色を立てて扉を開ける。そこから出てきたのはアームによって差し出された座席だった。一見すると歯科医の施術椅子に見えるが、座面は肉抜き穴が目立ち軽量化を差し引いても面積が狭く、座り心地は見るからに保証されていない。
 今まで椅子が収まっていたであろう円柱の奥には配線や配管が根っこのように密生していた。それを覗き込んで若いマグネティストとフランチェスカは生唾を飲み込む。











※作者の言葉※
 次の投稿は7月26日の金曜日に予定変更いたします。




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